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本編

5.恋の予感

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「ずいぶん気に入ったみたいだね。そんなに私の顔が好きかい?」
教会の自室に居るのに背後に立たれる。この男はそういう男だ。
魔王討伐も自分で行けばよかったのに。
「私が行ったら魔王は嫌がって門も開けてくれないんだよ。
あの子は優しいからね。使命を終わらせないといけない勇者が居て初めて開けてくれるのさ」
どうせ心は読めるのだろうが口に出して聞いてやる。
「どうしてあの魂を連れてきたのですか」
「真面目に働いてくれる魂、の条件で引っかかっただけさ。
ずいぶん古い人間のようで驚いたよ。
あの黒いもやは久しぶりに見たなぁ」
「あれの正体を知っているのですか」
「あれは自責の念というやつさ。
もっとも、その呪いをかけたのは他人だろうけどね。
追い出そうと自覚すればすぐに追い出せるんだけど、人間には慣性が働くから一進一退だろうね」
「じゃあ私がまるで無力という訳でもないのですね。良かった」
「私の方が古い人間としての経験があるから、君よりあの子のことが理解出来るんだけど。
まぁ下衆なことを言うのはやめておこうかなぁ」 
「私には理解出来ない?」
「ジル、あの黒いモヤはあの子にとって『大したことない』んだよ。だってずっと一緒に居た身体の一部なんだから」
「そのせいで死期が早まっていてもですか? 
疲れきって土に帰りたくなっても?」
「あれを恋で治せるとは思えない。でも君が愛を与えると恋はもっと悪化するかもね。まぁ、聞かなかったことにしてくれ」
勝手に言いたいことだけ言って王様は消えてしまった。

自室に戻り一息つく。
何だか無性におこですわ。
出会ってすぐの女性を膝に乗せるチャラ神父。
いえ、崇めているものが神ではないのであれは神父ではないのだけれど。
あ、そう言えば。
勇者として武術が駄目過ぎて、最終的には王様が私の身体をコントロールしてたんだけど。
私は帯剣すらまともに出来なかったんだ。
王様曰く男女差ではなくて筋肉の使い方を私が知らないせいらしい。
悔しいから重り乗っけとくか。
腰のあたりに10kg程度のベルトをまく。
よし、とりあえずこれで日常生活を送れるようになろう。
あの魔物が私を膝に乗せた時重さで潰れてしまえばいいふふん。

「ラナン、何をしているのですか」
お、出たな魔物。
教会の脇の木の下で舞い散る木の葉を切る練習をしていたら、神父もどきに声をかけられた。
「舞い散る木の葉を切る練習です」
「……?」
「魔力で掴んでから切れば切れるらしいんですけど、元人間なんで武術が全然駄目なんですよね」
「それでよく勇者として勤めましたね」
「だから途中から王様が操作してたんですよ。
あの時に感覚を覚えておけば良かったな」
「これからも戦う予定があるのですか」
「ありませんけど。ジルさんを倒せるぐらい強くなりたいので」
「……私は戦闘はからきし駄目なので、すぐ倒せると思いますよ」
「ほう、どれぐらいの実力をお待ちで」
「人間の騎士が三人いれば負けますね」
「魔物基準で弱くても、人間基準では強いじゃないですか」
「うーん、うーん、でも私と戦うことはないんじゃないんでしょうか。せっかく出来た妹分ですし」
「……妹 ……愛玩動物……」
「???」
前世から持ってきた黒いモヤではない、何か別のモヤがジルさんと話していると溜まっていく気がする。
こういう何かよくわからない気持ち。
私はそれとゆっくり向き合うような性格ではなかった。
「やっぱり鍛錬が一番ですよね。
ジルさん、仕事ありますか。掃除とか洗い物とか」
ちなみに自分の洗濯物は朝干してある。
「じゃあここの掃き掃除でもしますかね」
ジルさんはにっこり微笑んで私の手を引く。
二人で箒を取りに向かった。

ジルさんは私の手を引くことに何の躊躇いもない。
絶対に私に好かれるというような、この自信はどこから……
教会の裏口に箒を返しに行った所で聞いてみた。
「ジルさんはおモテになるのですか」
「はい?
人間に好かれるということですか?
私はとても好かれますよ」
でしょうね。その見た目に邪気のなさ。
「そうですよね。それに選り好みしなそうだもの」
「はい、大抵の方とはお付き合い出来ますよ」
これは厄介だ。
「それは良かったです」
私が今彼氏とか求めてなくて。
「え……
ラナンさんがお望みなら、不肖ながらわたくし精一杯彼氏役を出来ますが!!」
ジルさんは私の正面に立ち目線を合わせるため座り込んできた。
「あれ、ジルさんってやいばあるんですね。やっぱり魔物だからかな。とっても魅力的ですね」
にっこり微笑んで面倒な話題を流す。
「あの……!?」
「ジルさんと生活しているのはとっても楽しいですよ」
そう、礼儀は大事だ。感謝を伝えるのも。
「……わたしは」
ジルさんが何か言いかける。
「?」
「いえ、何だか、頭が働かなくて……」
確かに顔が真っ赤だ。
「顔が真っ赤ですよ。熱があるのかもしれません」
「おかしいですね。魔物に風邪はないのに」
「うーん、
私がここに来てから、しばしばジルさんは顔が赤くなることがありました。
もしかして、私の邪気に当てられているのでは?」
過保護な紫の宝玉が飛んできて助言した。
「そういうんじゃないから。ラナン、しばらくジルを一人にさせてあげなさい」
宝玉はまた飛んでった。
「だそうです」
「はい、すみません休みますね」
ジルさんはよろよろしながら部屋に戻ってしまった。大丈夫かな?
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