【完結】スズラン

越知鷹 けい

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 私は迷った。――あの事を話すべきか。彩蘭を守る為にはどうすべきなのか。優先して考えるべきはそのこと。なのに、あの日の事がフラッシュバックしてしまう。

「デキちゃったから」そう言って、西木野にしきの 美希みきはお腹をさすった。「もう敬文たかふみと別れるつもりはないの。あなたさえ我慢すれば――」彼女の気持ち悪い笑顔が、再び、私の理性を焼き払った。

 朱鈴は、拳を握りしめて言った。

「刑事さん。NIPTって、知ってる?」
「新型出生前診断のことですね。母体血清マーカー検査と比べると判定の精度が非常に高いそうですね」

「刑事さんは、何でも知っているのね」
「事件に関係することでしたら、いくらでも調べます」桜月は産婦人科である結論に辿り着いていた。

「彩蘭の赤ちゃんは、ダウン症と診断されたのよ……」朱鈴の眼が赤くなる。

 桜月は、静かに次の言葉を待った。

敬文たかふみ、なんて言ったと思う? 『お金が掛かるから おろそう』って言ったのよ。信じられる?」
彩蘭あやかさんは。旦那さんに、なんて言い返したのですか?」

「一緒に働いて育てよう、って言ったの。そしたら、彼は『そんなことは無理に決まっている。子供を育児施設に預けて共働きなんてバカげている。今回は諦めよう』って言ったそうよ」朱鈴の瞳から涙がこぼれだす。

 ただ、桜月は敬文たかふみの意見の方が合理的であるという認識だった。子供への愛情は親が与える贈り物。託児所の人間に与えられて、子供の本能は喜ぶのだろうか?

「それで?」桜月は、突き放す言葉を放った。朱鈴の相貌そうぼうに怒りが滲む。

「二度と子供を授かる事のない身体になったのよ。おろす事へのショックも大きかったようだけど、あの言葉で敬文を嫌悪するようになったって、彩蘭あやかは言ってたわ。その後の無理な子作りがたたって、子宮頸癌になってしまったのよ。それからは、敬文が彩蘭に モラハラを 繰り返すようになったのよ。俺は、子どもが欲しかった、なんて言われたそうよ」

桜月は掛ける言葉に迷っていた。この後の返答で、朱鈴から真実を告白させられる可能性を殺してしまう気がしていたからだ。そして、桜月は知っていた。子供をおろしたのも子宮を摘出したのも産婦人科の 西木野 という医師だったことを。

 しかし、西木野にしきの 美希みきとは親子でも親族でもない。だが、彼女たちの中で繋がってしまったのだろう。産婦人科医と不倫相手の名字が偶然にも一致してしまった。

「だから………、殺したの?」

「誰を?」

――そう。私は人を殺したとは思てもいない。だから、私たちは殺人で捕まるのを回避しなかればならない。

「言っておくけど、産婦人科の先生は自動車事故で亡くなったのよ。敬文は彩蘭と不倫について口論したあと、突発的に首つり自殺したのよ」

 そうよ、私は殺していない。3週間前に、あの医者が常備薬として飲んでいた『MSコンチン錠30』の中に『MSコンチン錠60』を混ぜてやった。けど、確認して飲まなかった男が悪いのだ。

敬文についてもそうよ。ただ、追い詰めて誘導しただけに過ぎない。あいつは苦しんで当然の事をしたのだから。


「自殺? 楓の樹のしたに埋められていたわよ」桜月が真っすぐに私を見据える。
「私たちは、ただ遺体を埋めただけ。これって犯罪でしたっけ?」私はほんの少し口角を上げた。

西木野にしきの 美希みきさんは、何処なの?」語気を強めて訊ねる。
相対あいたいする私は、この刑事さんの態度に優越感を覚えはじめていた。

「知らないわよ。敬文にけば?」あの女が死んだことすら知らないでしょうけど、私は心の内で付け足した。

 桜月の内面はまるで穏やかでなかった。被疑者確保が無理ならば、せめて遺体の場所だけでもと思ったが供述する気はないようだった。手柄を焦り過ぎた結果、手痛いことになった。

 桜月のスマホが振動した。「失礼」と断りを入れて通話ボタンを押した。安倍《あべ》 彩蘭《あやか》が見つかったのかもしれない。期待が高鳴った。


「――先輩。特捜が立ち上がりました」その言葉に桜月は舌打ちをした。あとで後悔したが、すでに遅かった。安倍あべ 彩蘭あやかがすべて供述をしたと嘘を言って口を割らせればよかったのだ。

「それと、安倍あべ 敬文たかふみが使用していた白のワンボックスカーが発見されたとのことです。レシートから割り出されたファミレスから車で50分ほどの距離にある大型商業施設の駐車場で見つかったとのことです――」

 佐藤の話を聞き、通話を切った。西木野にしきの 美希みきの遺体が見つかるのも時間の問題であろう。桜月は小さく溜息を吐き、白咲しらさき 朱鈴あかりへ詰め寄った。

「任意ですが、署までご同行をお願いします」

「どうしてですか?」

「ワンボックスカーが発見されました。これ以上の説明は不要でしょう」そう言って、桜月は自身が乗ってきた警察車両へと朱鈴へ誘導した。


 ◇
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