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Scene 10
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ものすごい激動の夏がようやく過ぎ去ろうとしている。9月も半ば、俺は講義とゼミとバイト、そしてバンド練習の規則正しい生活になっていた。坊主にした頭は、髪の毛がやっとつかめるくらいまで伸びていた。
「伸びかけのボウズ頭は、どうもいけねぇな」
ミギが江戸っ子の発音で俺の頭を茶化す。俺の最後のステージになるキモノマーケットまであと半月だ。
「停学になって一ヶ月たった高校生みたいだろ」
俺も調子をあわせておどけてみせる。
「俺も高校では停学一回自宅謹慎一回だったな」
リョータローが笑う。
「俺は、高校三年の今ごろ、そんな髪だった」
キタがぼつりとつぶやく。
「キタも停学?」
リョータローが信じられない、というような感じでキタに話しかける。
「いや、俺、野球部だったから。夏の県予選終わってから、やっと坊主から解放された」
ミギが驚く。
「おい、聞いたことないぞ、マジか」
キタは寡黙な男なので、聞かれたこと以外ほとんど口を開かないし、自分から話すのは音楽のことだけだ。
「どこ守ってたんだ」
俺も興味しんしんだ。
「ピッチャー」
「打順は」
リョータローもキタににじり寄って尋ねる。
「四番」
キタは、ちょっと失敗した、という表情で続ける。
「一応、県予選ではベスト4まで行った」
「かっけー」
リョータローが叫ぶ。
「何で野球部入らなかったんだ?」
ミギがたたみかけるように尋ねる。
「ウチの大学、弱くないよな、野球部」
「もしかしてキタって、野球で入ったの?ここ」
俺も調子に乗ってまくしたてた。
「そこまでうまくない、でも、一応真面目に野球やってたから、推薦もらった」
「へぇー」
キタを除く俺たち三人が、心から感心したように言った。キタは顔を真っ赤にしている。ものすごく恥ずかしいらしい。
「ベースは野球やりながらずっとやってた。指もよく動くようになるし、変化球がうまくなるんだ」
キタは最近五弦のベースを手にいれ、熱心に練習している。ベーシスト向きの、大きな手だった。よく考えたらキタは190センチ近い身長だ。常に寡黙で控えめなので、大きさに気がつかないのかもしれない。
「そういえばキタは、いい体してるもんな」
ミギがキタの上腕から胸、背中に尻までなでまわす。キタがくすぐったそうに身をよじる。
「キタは、JETに入ってなかったら、大学出て実家帰るんだったろ?」
リョータローが聞く。
「そうだな、やる気があるんだったら、母校で野球部のコーチで入れてくれるって言われたよ、監督に」
「私立高か」
「うん、まぁ地元じゃ野球バカかホントのバカしかいかないって学校だった」
めずらしくキタが冗談を言ったので、おれたちは笑っていいのかどうか少し迷った。
「笑うとこだから、ここ」
キタが普段通りの落ち着いたの声で突っ込む。俺たちは大爆笑した。
ひとしきり笑いが収まると、ミギが話しだした。
「アイ、一応報告しておくよ。JETは、BBと契約することにした」
BBミュージックというのは、20年位前のインディーズバンドブームのときにいくつかデビューしたバンドのひとつ、「カフェ・ペテルスブルグ」のリーダーが興した事務所だ。自分のバンドは2枚のアルバムを出しただけで2年弱で解散し、以後は有望なバンドのマネージメントに徹している。若手有望株、といわれるバンドやソロアーティストを擁する、業界の風雲児と言われる塚本信也の事務所だ。
「やっぱ、塚本さんついていくことにしたよ」
「そうか、おめでとう」
俺は言葉を選ぶことが出来ずに、ようやく切り出した。ちょっと気まずい沈黙が流れた。ミギが場を取り繕うように話を進める。
「ところで、卒業後の進路は決まったのか」
「あぁ」
「山形で百姓やるのか」
リョータローが小馬鹿にしたように言う。
「いいな、憧れるよ」
キタがポツリとつぶやく。
「俺の家は普通のサラリーマン家庭だし」
ウチだってそうだ、とリョータローが笑う。
「いや、実はさ、俺はキタの当初の進路になっちゃって」
「どういうことだ?」
ミギが尋ね、ウーロン茶のペットボトルをくわえた。
「教師やることになった」
ミギがものすごい勢いでウーロン茶を吹き出す。
「教師?」
リョータローは座っていたドラムセットの椅子から転げ落ちる。
キタが絶句して左手からベースギターのネックを放した。
「いや、この夏休みに、すべてが一気に進行しちゃって」
俺はこれまでのことをかいつまんで3人説明した。
「アイが、教師…」
ミギが本心からあきれたように言った。
「科目は」
キタが少しうらやましそうに俺を見る。
「社会…世界史かな」
「ガラじゃねぇな」
リョータローが茶化す。
「俺たちがブレイクしたら、マル秘エピソードにぴったりのネタだな、キタの高校球児ネタと」
ミギも珍しく軽口を叩く。だが、ミギの目は、俺におめでとうと言っていた。
「DRUNK ANGEL、いいじゃん」
ミギが世界史のノートに書きなぐった俺の曲をパソコンの音楽ソフトで編集し、譜面に直したものを差し出した。
「キモノまであと2週間しかねぇぞ、始めるか!」
JET BLACKがおう、と応えた。
「伸びかけのボウズ頭は、どうもいけねぇな」
ミギが江戸っ子の発音で俺の頭を茶化す。俺の最後のステージになるキモノマーケットまであと半月だ。
「停学になって一ヶ月たった高校生みたいだろ」
俺も調子をあわせておどけてみせる。
「俺も高校では停学一回自宅謹慎一回だったな」
リョータローが笑う。
「俺は、高校三年の今ごろ、そんな髪だった」
キタがぼつりとつぶやく。
「キタも停学?」
リョータローが信じられない、というような感じでキタに話しかける。
「いや、俺、野球部だったから。夏の県予選終わってから、やっと坊主から解放された」
ミギが驚く。
「おい、聞いたことないぞ、マジか」
キタは寡黙な男なので、聞かれたこと以外ほとんど口を開かないし、自分から話すのは音楽のことだけだ。
「どこ守ってたんだ」
俺も興味しんしんだ。
「ピッチャー」
「打順は」
リョータローもキタににじり寄って尋ねる。
「四番」
キタは、ちょっと失敗した、という表情で続ける。
「一応、県予選ではベスト4まで行った」
「かっけー」
リョータローが叫ぶ。
「何で野球部入らなかったんだ?」
ミギがたたみかけるように尋ねる。
「ウチの大学、弱くないよな、野球部」
「もしかしてキタって、野球で入ったの?ここ」
俺も調子に乗ってまくしたてた。
「そこまでうまくない、でも、一応真面目に野球やってたから、推薦もらった」
「へぇー」
キタを除く俺たち三人が、心から感心したように言った。キタは顔を真っ赤にしている。ものすごく恥ずかしいらしい。
「ベースは野球やりながらずっとやってた。指もよく動くようになるし、変化球がうまくなるんだ」
キタは最近五弦のベースを手にいれ、熱心に練習している。ベーシスト向きの、大きな手だった。よく考えたらキタは190センチ近い身長だ。常に寡黙で控えめなので、大きさに気がつかないのかもしれない。
「そういえばキタは、いい体してるもんな」
ミギがキタの上腕から胸、背中に尻までなでまわす。キタがくすぐったそうに身をよじる。
「キタは、JETに入ってなかったら、大学出て実家帰るんだったろ?」
リョータローが聞く。
「そうだな、やる気があるんだったら、母校で野球部のコーチで入れてくれるって言われたよ、監督に」
「私立高か」
「うん、まぁ地元じゃ野球バカかホントのバカしかいかないって学校だった」
めずらしくキタが冗談を言ったので、おれたちは笑っていいのかどうか少し迷った。
「笑うとこだから、ここ」
キタが普段通りの落ち着いたの声で突っ込む。俺たちは大爆笑した。
ひとしきり笑いが収まると、ミギが話しだした。
「アイ、一応報告しておくよ。JETは、BBと契約することにした」
BBミュージックというのは、20年位前のインディーズバンドブームのときにいくつかデビューしたバンドのひとつ、「カフェ・ペテルスブルグ」のリーダーが興した事務所だ。自分のバンドは2枚のアルバムを出しただけで2年弱で解散し、以後は有望なバンドのマネージメントに徹している。若手有望株、といわれるバンドやソロアーティストを擁する、業界の風雲児と言われる塚本信也の事務所だ。
「やっぱ、塚本さんついていくことにしたよ」
「そうか、おめでとう」
俺は言葉を選ぶことが出来ずに、ようやく切り出した。ちょっと気まずい沈黙が流れた。ミギが場を取り繕うように話を進める。
「ところで、卒業後の進路は決まったのか」
「あぁ」
「山形で百姓やるのか」
リョータローが小馬鹿にしたように言う。
「いいな、憧れるよ」
キタがポツリとつぶやく。
「俺の家は普通のサラリーマン家庭だし」
ウチだってそうだ、とリョータローが笑う。
「いや、実はさ、俺はキタの当初の進路になっちゃって」
「どういうことだ?」
ミギが尋ね、ウーロン茶のペットボトルをくわえた。
「教師やることになった」
ミギがものすごい勢いでウーロン茶を吹き出す。
「教師?」
リョータローは座っていたドラムセットの椅子から転げ落ちる。
キタが絶句して左手からベースギターのネックを放した。
「いや、この夏休みに、すべてが一気に進行しちゃって」
俺はこれまでのことをかいつまんで3人説明した。
「アイが、教師…」
ミギが本心からあきれたように言った。
「科目は」
キタが少しうらやましそうに俺を見る。
「社会…世界史かな」
「ガラじゃねぇな」
リョータローが茶化す。
「俺たちがブレイクしたら、マル秘エピソードにぴったりのネタだな、キタの高校球児ネタと」
ミギも珍しく軽口を叩く。だが、ミギの目は、俺におめでとうと言っていた。
「DRUNK ANGEL、いいじゃん」
ミギが世界史のノートに書きなぐった俺の曲をパソコンの音楽ソフトで編集し、譜面に直したものを差し出した。
「キモノまであと2週間しかねぇぞ、始めるか!」
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