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Scene 11
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9月後半の俺は、それこそ寝る暇がなかった。東洋史と原始仏教論の授業は欠席を許されず、ノートを取ってファクスで佐藤先生に送り、添削を受ける。篠崎教授はいつの間にか雪江の母とすっかり親しくなったようで、俺の学業ぶりを細かに山形へ報告しているらしいのだ。さすがの俺も、超法規的措置で教育実習までねじ込んでもらった手前、双方に不義理は出来ない。
結婚は許されたものの仕送りはいまだ止まったままなので、バイトも休めない。多分両親は俺に仕送りすること自体忘れている。
そして何よりもキモノ・マーケットのラストギグのために、バンドのリハーサルも徹底的にやった。
「体、大丈夫なの?」
ベッドの中、雪江が俺に問いかける。今年の春頃までは週4回やっていたセックスも、夏以降は月に片手で足りる回数だった。
「体は大丈夫だけどね」
俺は雪江のほうに寝返りを打って答えた。
「ちょっと、今日もムリ」
「ばか」
雪江が笑う。
「しようって言うんじゃないよ」
「今が正念場だし」
「そうだね」
「ところで、オマエは、就職どうするんだ」
雪江が勉強しているところはよく見たが、就職活動をしているそぶりはない。
「専業主婦か」
ともすれば寝入ってしまいそうになりながら、俺は言葉を続けた。
「あぁ、言ってなかったね」
雪江が布団から這い出し、冷蔵庫を開ける。
「お父さんのところで働くことになってるんだ。まぁコネってヤツね」
雪江の父は市会議員だ。
「議員秘書か」
「違うよ。お父さんはたしかに市会議員だけど、本職は団体役員だから」
「団体役員って」
半分眠った。
「日本自由国民党山形県連常任総務」
目が覚めた。いくらバンドバカとはいえ、日本の政権与党の名前くらいは知っている。
「おま」
「実は結構偉かったりするんだ、お父さんって」
偉いなんてもんじゃないことは感覚でわかった。
「党の県支部で事務職で採用、ってことで内定してるわ。あ、あーくんは教師になるんだから、選挙の手伝いとかはさせないから、大丈夫よ」
「そういう意味じゃなくて」
俺も布団から出て、雪江が飲んでいたオレンジジュースを奪って飲み干した。
「お前の家って、なんでこう際限なくエラい人ばっかなの?」
「でも、市会議員だよ、エラくないよ」
「エラいよ十分」
「あ、でも、来年県会議員になるって言ってたか」
「なるって決まってんのかよ」
「寒河江が地盤の今の県議のセンセが、もう年だから引退するらしい」
俺はそんなところに婿に行くのか。
「おじいちゃん、は、もう亡くなってたんだよな」
「うん、私が小学校上がる前かな。悲しかったー」
「おじいちゃんは、何してた人?」
「んーとね、軍人。お仏壇には軍服着た写真が飾ってあるよ。陸軍少尉とか言ったかな。おばぁちゃんとはけっこう年が離れてたの」
めまいがしてきた。
「でも、私の中ではずっと農協の理事長だよ、おじいちゃんは」
結婚披露宴はいったいどんな連中が集まるのか、不安になってきた。俺は半端に伸びた坊主頭をぼりぼりと掻き、また布団へ入った。
結婚は許されたものの仕送りはいまだ止まったままなので、バイトも休めない。多分両親は俺に仕送りすること自体忘れている。
そして何よりもキモノ・マーケットのラストギグのために、バンドのリハーサルも徹底的にやった。
「体、大丈夫なの?」
ベッドの中、雪江が俺に問いかける。今年の春頃までは週4回やっていたセックスも、夏以降は月に片手で足りる回数だった。
「体は大丈夫だけどね」
俺は雪江のほうに寝返りを打って答えた。
「ちょっと、今日もムリ」
「ばか」
雪江が笑う。
「しようって言うんじゃないよ」
「今が正念場だし」
「そうだね」
「ところで、オマエは、就職どうするんだ」
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「専業主婦か」
ともすれば寝入ってしまいそうになりながら、俺は言葉を続けた。
「あぁ、言ってなかったね」
雪江が布団から這い出し、冷蔵庫を開ける。
「お父さんのところで働くことになってるんだ。まぁコネってヤツね」
雪江の父は市会議員だ。
「議員秘書か」
「違うよ。お父さんはたしかに市会議員だけど、本職は団体役員だから」
「団体役員って」
半分眠った。
「日本自由国民党山形県連常任総務」
目が覚めた。いくらバンドバカとはいえ、日本の政権与党の名前くらいは知っている。
「おま」
「実は結構偉かったりするんだ、お父さんって」
偉いなんてもんじゃないことは感覚でわかった。
「党の県支部で事務職で採用、ってことで内定してるわ。あ、あーくんは教師になるんだから、選挙の手伝いとかはさせないから、大丈夫よ」
「そういう意味じゃなくて」
俺も布団から出て、雪江が飲んでいたオレンジジュースを奪って飲み干した。
「お前の家って、なんでこう際限なくエラい人ばっかなの?」
「でも、市会議員だよ、エラくないよ」
「エラいよ十分」
「あ、でも、来年県会議員になるって言ってたか」
「なるって決まってんのかよ」
「寒河江が地盤の今の県議のセンセが、もう年だから引退するらしい」
俺はそんなところに婿に行くのか。
「おじいちゃん、は、もう亡くなってたんだよな」
「うん、私が小学校上がる前かな。悲しかったー」
「おじいちゃんは、何してた人?」
「んーとね、軍人。お仏壇には軍服着た写真が飾ってあるよ。陸軍少尉とか言ったかな。おばぁちゃんとはけっこう年が離れてたの」
めまいがしてきた。
「でも、私の中ではずっと農協の理事長だよ、おじいちゃんは」
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