Straight Flash

市川 電蔵

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Scene 27

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理事長室の重厚な長テーブルのドア側に俺と小川が座る。向かいには先ほどの高梨管理部長と、もう一人事務連絡をしていた偉い人、佐藤先生と東海林先生が座っている。理事長である母は、議長席に座っている。議長席の反対側のスクリーンには、パワーポイントで作成されたレクチャー資料の表紙が写しだされている。
「では高梨、始めなさい」
理事長は全ての者を姓の呼び捨てで通すと言っていたが、本当に本当だ。そして威厳もものすごい。自宅で俺をあーくん呼ばわりしている母とは別人である。この人はここでは紛れも無く理事長だ。俺はそれをまず頭に叩き込んだ。校内では母ではないと。
「最初に改めて自己紹介します。まず私、管理部長を仰せつかっています高梨です。校内では、管理部門を統括します。私の隣が大畑指導部長。校内では生活指導や進路指導、主に運動部の実技指導を担当します」
紹介が終わったタイミングで理事長が話しだした。
「私から説明しておきます。この寒河江中央学院高校は、学習・指導・管理をすべて分離しています。普通の高校のように、教師が授業も部活も生活指導も全て行う学校ではありません。言うなれば大学のそれに近く、教師は学問を教え、生徒指導や部活動はその道の専門家が行い、管理も適切な手法をとって行います。この高梨と大畑は教員免許を持っていません。高梨は銀行の総務課長、大畑は陸上自衛隊の教育隊隊長でした。教師は自分の専門分野に磨きをかけて生徒に学問を授けるのが仕事です。そして生徒のメンタルケアも重要な仕事と思いなさい。教員は私が部長を兼ねる教務部に属します」
俺は素直に感心した。小川がさっき言っていたのはこういうことか。
「石川の指導係の佐藤は、イスラム帝国史の専門家です。あと2年ほどで定年ですが、仙台の大学で常勤講師として採用が決まっています。小川の指導係の東海林も、日本語言語解析の論文が学会誌に定期的に掲載されるほどの研究者です。指導部の仕事を横取りして、バスケットボール部のコーチに押しかけてますけど」
理事長がにやっと笑って東海林先生を見る。東海林先生が照れて頭をかき、大畑指導部長が大笑いした。
「指導部長を拝命しております大畑です。理事長から紹介ありましたが、元は自衛官であります。陸上自衛隊では新任隊員の教育隊に長く関わっておりました。指導部は、普通の学校の体育教師の集団と思ってください。私は教員資格を持っていませんが、指導部の現役は全て体育教師の資格は持っています。どうしても元自が多いが、元自は就職にもコネをたくさん持ってるから」
モトジというのは、元自衛官という意味なのだろう。
「私は長生銀行山形支店の総務課長として東京から転勤してきて、次の年にはここに転職しました。懇親会でお会いした理事長の学校経営の思想に共鳴しましてね。教育者は教育に全力を入れ、管理部門は独立して効率化をはかると。生徒の成績の管理や出席の把握、むろん教員の給与管理、校舎の掃除やグランドの整備まで、すべての事務方を統括します。部活動の対外練習試合の交通手段と宿泊先、弁当の手配まで」
ますます感心した。俺が研究者としてどうかは別として、学問好きで子供好きなら、願ってもない職場だろう。
「理事長、質問よろしいですか」
小川がめずらしく大きな声で言い右手をぴんと伸ばした。
「どうぞ」
理事長が小川を優しい目で見ている。
「私、大学で専攻していたテーマを自分なりに追っていこうと思っているのですが」
無造作に束ねた髪が揺れる。
「あぁ、小川は民俗学専攻だったね。学院の教師のスキルは、担当科目の生徒の理解度を示す指数によって評価されます。この指数は高梨が考案したもので、試験の点数だけが変数ではないんだ。教師のスキルが一定以上を保持していれば、休日や放課後はもちろん、授業の空き時間も自分の研究のために割いても別に構いません。学会での論文評価もスキルには加点されます。東海林など、その加点がなければとっくにクビ」
「理事長、あんまりです」
東海林の抗議に皆が笑う。いや、小川は笑っていなかった。眼鏡の奥の瞳が、期待に輝いていた。
「ぜひ、石川家の文書を見せていただきたいと思います」
小川がワンオクターブ高い声を出している。俺がギター好きなのと同じように、小川は民俗学好きなのだろう。
「石川家に伝わる古文書のたぐいは、先代の頃から数十年かけて県と寒河江市、山形大学にすべて無償譲渡してあります。しかるべき機関に閲覧願いを出しなさい」
理事長は事務的ながら優しさを込めた言い方で答える。小川が平伏した。
その後、理事長はパワーポイントを使って学院の歴史や学校経営の理念などのレクチャーをみっちり行った。長いことは長かったが、決して冗長ではなく、俺も小川も真剣に聞き、要所要所でメモを取っていた。まったく、去年の夏頃からの俺は、まるで高校時代のようにまともに勉強をしている。自分で言うのも何だが、俺の行っていた高校は五年に一人くらいは東大に一浪で合格する奴が出る程度の偏差値だったが、俺は一年の二学期まではテストで二十番以内をキープしていた。お勉強はできる方だったのだが、ギターにのめり込んでからガタガタ成績が落ちただけだ。やればできる子なのだ、俺は。
レクチャーが終わり、俺達は理事長に礼をする。
「小川、最初に言っておきます」
理事長は俺達の礼を受けるとおもむろに話しだした。
「学院の教職員すべてが知っていることですが、その石川は私の息子です」
その言葉を聞いて、小川がちらりと俺を見る。表情に驚きの色はない。
「すくなくとも親戚か何かだとは思っていました」
まったく動じない小川の態度を好感してか、理事長はにっこり微笑んで続ける。
「厳密には義理の息子、石川家の婿、私の一人娘の夫ということになります。先週入籍したばかりだけど」
「おめでとうございます」
ボケているのか真面目なのか判然としないが、小川が理事長にお祝いを述べる。
「私の信念として、学院では石川を息子として扱う気は毛頭ありません。小川と同じように、ただの新任教員でしかありませんから」
この言葉は俺に向かっていっているのだと思った。
「私は校内では、教師も教員も生徒も、全て等しく姓を呼び捨てします」
小川は理事長をしっかりと見てうなずく。
「校内では、お互いのことは基本的に姓にさん付けで呼びあうように。教職員同士が先生と呼び合うのは愚の骨頂です。ただし、私と高梨、大畑のことだけは職位で呼ぶこと。これが学院の教職員のルールのひとつです」
「同姓の場合はどうしたら」
俺は間抜けな質問をする。
「同姓の人が複数以上いる場所で話をする場合は、もっとも年長の人を姓で呼び、その他はファーストネームにさん付けで」
高梨管理部長がさらりと答える。
「あと、教職員が生徒を呼ぶときも基本同じ、姓の呼び捨てだ。同姓がいる場合は下の名を呼び捨て。特に男性教職員が女子生徒の下の名をちゃん付けで呼ぶことは、学院では最大のタブーだ」
大畑指導部長が厳しく言う。
「逆もまたタブーですか、男子生徒のファーストネームをくん付け」
小川も同じく間抜けな質問をする。
「あたりまえ。このルールは新任女性教職員の事件から始まったんだから」
理事長が苦笑する。
「あ、大畑。石川には軽音楽部の顧問をやらせるので、承認してください」
「はぁ、理事長がおっしゃるのなら構いませんが。組織上、部活動はすべて指導部麾下ですが、演劇部と吹奏楽部以外の文化部は同好会的要素が強いので、実質的に管理部麾下。希望する教員が顧問を勤めてますし」
元自衛官の大畑指導部長だけに、あまり聞いたことのない単語を使う。
「しかしなぜ軽音楽部に?あそこには」
「石川のギターの腕はプロ級なの」
理事長は高梨管理部長の疑問を遮るようにそう言い、俺を見てニヤッと笑った。どうも何かありそうだ。
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