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神様が見てる
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男の厭らしい言葉に、理性の壁が徐々に削られていく。残された僅かな"私"の仮面が剥がされてしまえば、もう、意識も記憶も全部取っ払って、獣の本性が剥き出しになる。男は、その瞬間を、今か今かと待ち構えているのだ。
猛獣使いの巧みさと厳しさで、私を飼い慣らす男の手慣れた様子。従順に"待て"の状態を保ちながら、気が狂いそうなほど待ち焦がれている。解放の瞬間を、快楽に全身が塗り替えられるその時を。
真っ赤に彩られた指先を男の舌が捕らえて軽く食む。下腹部がぎゅんっと喜んで、だらだらとハシタない海が溢れる。
どろどろに蕩けた熱い襞を摘まむように、侵入してきた指が掻き混ぜてくる。強すぎる刺激に、一瞬意識がトビかかる。誰にも見せない深い場所まで届く、容赦のない意志を持った動きに、翻弄されることしか出来ない。背中を駆け上がる電流のような甘い痺れが、最後の理性を破壊した。
揺れる腰と、だらしない喘ぎ声。こんなの私じゃない。見えない。何も見えないから大丈夫。見えないから私じゃない。だから、どんなに乱れても大丈夫。私じゃないから。
ありえない質量が喉を塞ぐ。頭がガクガクするほど激しく揺さぶられて、じゅるりと水音が耳を犯す。ガンガンと突かれる喉が噎せて、引き抜かれた空洞が淋しさを感じる暇もない速さで、掴まれた腰に重い衝撃が走る。
貫かれた熱さに、息が止まった。
弓なりにしなる背中が汗ばんで、受け入れた太い杭に浮き上がる血管の一本一本まではっきりと分かるほど、ぎちぎちに締め付けてしまう。
男の呻き声が耳に届いて、打ちつけられる腰の速さが増していく。ぐいぐいと押し広げられ、徐々に奥へと侵入していく熱の塊が、届くはずのない場所をコツコツと叩く。
強すぎる快楽に全身で抗っても、容易く絡め取られて、更に激しさを増す抽挿にもう何も考えられない。
ぐちゃぐちゃに溶けて、もう何処までが自分かも分からない。何もかもどうでもよくなる。もっともっと刺激を、脳が焼ききれるほどの快楽を。
パンパンに張りつめた風船が弾けた瞬間。
のぼりつめた快感が弾けた。刹那、絶息する。
"私"が私じゃなくなる感覚に満たされて海月のように浮遊する。
息を整えて、身体からずるりと引き抜かれる感触に、また全身が戦慄く。底知れない快楽に恐怖と恍惚が入り交じる。
一旦取り除かれた重みがまた、のしかかる。
夜は果てしない。快楽への貪欲な希求もまた、尽きることがない。
何度意識を失って、何度快楽に果てて、叫んで吠えて夜に熱を刻んで、それでも終わらない責め苦に自我が崩壊して尚、私は私のまま。形を保って存在していることに、悲しみと安らぎを覚える。
どんなにぐちゃぐちゃに掻き回されて嬲られても無くならない"私"という存在。剥ぎ取られても剥ぎ取られてもまだ薄皮一枚で最後の砦と化している仮面の"私"がいる。
見ないで。私を見ないで。
悪い子は連れ去られてしまう。
夜の海に溺れてしまえば、もう戻れない。
ほら、こっちを見てる。
黄金色の瞳が、私を見ているから。
逃げなければ。
目を、合わせては、いけない。
ほら、海の向こうから追いかけてくるよ。
黄金色の正しさが、私の正しくなれない弱さを暴きにくるよ。
だから隠さなきゃ。
目を塞いで、何も見なければ、何も感じなければいい。
ほら、夜が追いかけてくる前に。
私を隠さなければ。
**************
……気がつけば、視界が明るかった。どうやら意識を失っていたらしい。どろどろに乱れた身体もシーツも、サッパリと清められていた。ベッドの上の温もりは、一つだけ。
情事の後を示すものは、嗄れた喉と鈍く痛む腰だけ。
ベッドサイドに置かれたメモには、再会を約束する言葉と、一室の支払いには多すぎる紙幣。
甦る夜の記憶がじんわりと滲み出す。
何度も肌を重ねて私の趣味嗜好を熟知した男は、傷ひとつ跡ひとつ残さずにいつも、朝には消えている。
朝の光の眩しさに目を細めながらシャワーを浴びるために身体を起こすと、とろり、とまだ掻き出しきれていなかった昨夜の残滓が溢れ出した。
本来受け止めるべきではない場所に注がれた大量の欲望の証が、肌を伝っておちていく。
"──ねぇ、どうして自分のこと私って言うの?"
男の声が面白そうに尋ねる。
膨らみのない胸の飾りを弄びながら。
顎で切り揃えられた少し長めの髪、薄い色のついたリップ、彩られた爪。
それだけで十分女の子に見えてしまう"僕"を守るために、"私"でスイッチを切り替えている。だって正しくなれない罪を僕が背負ってしまったら、どうやって生きていけばいい。
同性にしか興奮できない" 僕"は、生き物として正しくない。だから、"私"になることで正しくするのだ。その行為を。
そして今度は、臆病な僕を隠す"私"の仮面を、熱いシャワーで洗い流す。僕を取り戻すための儀式。
自分の指で白濁を掻き出す侘しさに、笑いが漏れる。何を、しているんだろう。好きな男に好きとすら云えなくて、ただ縋るように身体の関係で引き留めるだけ。
だって、好きだなんて、とてもじゃないけど云えない。汚れた身体、汚れた心。何一つ、つりあわない。
だけど、といつも思うんだ。
本当に僕が、同性に惹かれることが正しくないのなら、何故神様は触れられるはずのない場所に、あんな快楽のスイッチを植えつけたのだと。
頭がおかしくなるほどの快感を与える性感帯を、本来使うはずのない場所に備えたのは、そこを使うことこそが正しさだと、教えるためじゃないかと。
だって、神様は間違えないのでしょう?
下らない。実に下らない正当化だ。
でも、それなら何故神様は僕を罰しに来ないのだろう。醜く汚ない僕は今日もまた息をして、何食わぬ顔で健やかに生きている。
シャワーを止めて、ガシガシと乱暴に水分を拭いながらベッドに戻る。サイドボードに残された、歪んだ正しさをカバンに突っ込んで部屋を後にする。
朝の眩しさの中ではもう、夜を恐れる必要はない。僕を連れ去る手も、ここまでは追いつけない。
でもきっとどこかで、
「ねえ、神様が見てるよ」
猛獣使いの巧みさと厳しさで、私を飼い慣らす男の手慣れた様子。従順に"待て"の状態を保ちながら、気が狂いそうなほど待ち焦がれている。解放の瞬間を、快楽に全身が塗り替えられるその時を。
真っ赤に彩られた指先を男の舌が捕らえて軽く食む。下腹部がぎゅんっと喜んで、だらだらとハシタない海が溢れる。
どろどろに蕩けた熱い襞を摘まむように、侵入してきた指が掻き混ぜてくる。強すぎる刺激に、一瞬意識がトビかかる。誰にも見せない深い場所まで届く、容赦のない意志を持った動きに、翻弄されることしか出来ない。背中を駆け上がる電流のような甘い痺れが、最後の理性を破壊した。
揺れる腰と、だらしない喘ぎ声。こんなの私じゃない。見えない。何も見えないから大丈夫。見えないから私じゃない。だから、どんなに乱れても大丈夫。私じゃないから。
ありえない質量が喉を塞ぐ。頭がガクガクするほど激しく揺さぶられて、じゅるりと水音が耳を犯す。ガンガンと突かれる喉が噎せて、引き抜かれた空洞が淋しさを感じる暇もない速さで、掴まれた腰に重い衝撃が走る。
貫かれた熱さに、息が止まった。
弓なりにしなる背中が汗ばんで、受け入れた太い杭に浮き上がる血管の一本一本まではっきりと分かるほど、ぎちぎちに締め付けてしまう。
男の呻き声が耳に届いて、打ちつけられる腰の速さが増していく。ぐいぐいと押し広げられ、徐々に奥へと侵入していく熱の塊が、届くはずのない場所をコツコツと叩く。
強すぎる快楽に全身で抗っても、容易く絡め取られて、更に激しさを増す抽挿にもう何も考えられない。
ぐちゃぐちゃに溶けて、もう何処までが自分かも分からない。何もかもどうでもよくなる。もっともっと刺激を、脳が焼ききれるほどの快楽を。
パンパンに張りつめた風船が弾けた瞬間。
のぼりつめた快感が弾けた。刹那、絶息する。
"私"が私じゃなくなる感覚に満たされて海月のように浮遊する。
息を整えて、身体からずるりと引き抜かれる感触に、また全身が戦慄く。底知れない快楽に恐怖と恍惚が入り交じる。
一旦取り除かれた重みがまた、のしかかる。
夜は果てしない。快楽への貪欲な希求もまた、尽きることがない。
何度意識を失って、何度快楽に果てて、叫んで吠えて夜に熱を刻んで、それでも終わらない責め苦に自我が崩壊して尚、私は私のまま。形を保って存在していることに、悲しみと安らぎを覚える。
どんなにぐちゃぐちゃに掻き回されて嬲られても無くならない"私"という存在。剥ぎ取られても剥ぎ取られてもまだ薄皮一枚で最後の砦と化している仮面の"私"がいる。
見ないで。私を見ないで。
悪い子は連れ去られてしまう。
夜の海に溺れてしまえば、もう戻れない。
ほら、こっちを見てる。
黄金色の瞳が、私を見ているから。
逃げなければ。
目を、合わせては、いけない。
ほら、海の向こうから追いかけてくるよ。
黄金色の正しさが、私の正しくなれない弱さを暴きにくるよ。
だから隠さなきゃ。
目を塞いで、何も見なければ、何も感じなければいい。
ほら、夜が追いかけてくる前に。
私を隠さなければ。
**************
……気がつけば、視界が明るかった。どうやら意識を失っていたらしい。どろどろに乱れた身体もシーツも、サッパリと清められていた。ベッドの上の温もりは、一つだけ。
情事の後を示すものは、嗄れた喉と鈍く痛む腰だけ。
ベッドサイドに置かれたメモには、再会を約束する言葉と、一室の支払いには多すぎる紙幣。
甦る夜の記憶がじんわりと滲み出す。
何度も肌を重ねて私の趣味嗜好を熟知した男は、傷ひとつ跡ひとつ残さずにいつも、朝には消えている。
朝の光の眩しさに目を細めながらシャワーを浴びるために身体を起こすと、とろり、とまだ掻き出しきれていなかった昨夜の残滓が溢れ出した。
本来受け止めるべきではない場所に注がれた大量の欲望の証が、肌を伝っておちていく。
"──ねぇ、どうして自分のこと私って言うの?"
男の声が面白そうに尋ねる。
膨らみのない胸の飾りを弄びながら。
顎で切り揃えられた少し長めの髪、薄い色のついたリップ、彩られた爪。
それだけで十分女の子に見えてしまう"僕"を守るために、"私"でスイッチを切り替えている。だって正しくなれない罪を僕が背負ってしまったら、どうやって生きていけばいい。
同性にしか興奮できない" 僕"は、生き物として正しくない。だから、"私"になることで正しくするのだ。その行為を。
そして今度は、臆病な僕を隠す"私"の仮面を、熱いシャワーで洗い流す。僕を取り戻すための儀式。
自分の指で白濁を掻き出す侘しさに、笑いが漏れる。何を、しているんだろう。好きな男に好きとすら云えなくて、ただ縋るように身体の関係で引き留めるだけ。
だって、好きだなんて、とてもじゃないけど云えない。汚れた身体、汚れた心。何一つ、つりあわない。
だけど、といつも思うんだ。
本当に僕が、同性に惹かれることが正しくないのなら、何故神様は触れられるはずのない場所に、あんな快楽のスイッチを植えつけたのだと。
頭がおかしくなるほどの快感を与える性感帯を、本来使うはずのない場所に備えたのは、そこを使うことこそが正しさだと、教えるためじゃないかと。
だって、神様は間違えないのでしょう?
下らない。実に下らない正当化だ。
でも、それなら何故神様は僕を罰しに来ないのだろう。醜く汚ない僕は今日もまた息をして、何食わぬ顔で健やかに生きている。
シャワーを止めて、ガシガシと乱暴に水分を拭いながらベッドに戻る。サイドボードに残された、歪んだ正しさをカバンに突っ込んで部屋を後にする。
朝の眩しさの中ではもう、夜を恐れる必要はない。僕を連れ去る手も、ここまでは追いつけない。
でもきっとどこかで、
「ねえ、神様が見てるよ」
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