anonymous - 短編集 -

帯刀通

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短いバタフライ

01

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パタパタと、今日も胸の中に蝶が飛ぶ。
鮮やかな青。空よりも深く、海よりも淡い。
縁取りは闇の色。
パタパタと群れになった無数の蝶が、亜熱帯の森林の隙間をぬって上空へと羽ばたいていくイメージ。

それを僕は地面に寝転んで見上げている。
ハァハァと息は弾んで、肌には玉のような汗が後から後から流れて、暑くて仕方ない。全力で走りきった後に力尽きて倒れ込んだ地面は、じっとりと湿っていて柔らかくて僕を受け止めている。

ああ、いつもと同じ夢だ。

なぜか、彼に会った日いつも、この夢を見る。

鱗粉を撒き散らしながら連なって、渦巻きが空に飲まれるように、くるくると螺旋を描きながら飛び去っていく。

ぽっかりと空いた穴みたいな空は、白くくすんでいて、木々の影は墨のようにコントラストを描く。

行ったこともないのに、ジャングルなんて。
縁もゆかりもないこの場所で倒れ込んで空を見上げているだけの夢だけれど、やけに生々しくて、荒い息遣いや姿の見えない動物の高い鳴き声が、妙に真に迫っていて。

不思議と惹きつけられる夢だった。

*****

彼は、遠くから見るもの。
クラスの一番後ろが定位置なのは、身長がとても高いから。今は窓際の角に座っている。

それを見る僕は、教壇の上。
教卓にのせられたのは辞書と、ノートと、筆箱と。

眼鏡越しに見回す小さな教室は、数十人入ればいっぱいで、人気のない人文の講義なんて片手で足りるくらいしか出席者はいない。必修でもない宗教心理学なんて、いかにも頭数あわせの講義に毎回出てくる物好きが数人でもいることに、逆に驚いたほどだ。

講師になりたてで、授業を持ちたての新任講師は舐められて当然だ。学生たちと十も変わらない年、それに加えて小柄な身体は、いまだに高校生に間違えられることもあるほどで、三十路直前の貫禄とやらは永久に僕に訪れることはないらしい。

学生たちも程よい距離感で接してくる。かえって気楽でやりやすいとは思いつつも、複雑な気持ちがしないでもない。まあ、淡々とノルマをこなして研究が出来れば文句もない底辺研究者としては、授業というのはメシのタネ以上でも以下でもなかった。

そこに現れたのが、彼だった。
第一印象は、『大きい』
ーーーそれ以外は思い浮かばないほど、見上げる首の角度が鈍すぎて後頭部がぺたりと肩についた。

男性としては小柄な僕だが、一般女性の平均身長は越えている。その僕をして30センチはありそうな身長差。何だかガリバーみたい子だなと思った。

女の子たちは彼の胸元あたりまで、男の子たちは肩くらい、稀にそれを越す子達もいたがやはり彼だけ群を抜いている。

伝え聞いたところでは、モデルなどしているらしかった。道理で顔立ちが精悍で整っていると思った。雑誌の表紙を飾ってそうな美形。俗にいうイケメンだった。

そんな彼が、一二年生を対象にした僕の授業に現れた時は驚いた。威圧感というか、空間に対して占める割合が他よりもひどく多くて、見る気がなくとも視界に入ってしまう。たぶん、この教室にいる誰からしても同じ感想だろう。

そんな視線が鬱陶しいのか、彼は常に最後列を陣取っていた。そのために、人より早く教室に来るようだった。注目を浴びるのもなかなか大変だな、と思った覚えがある。
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