板の剣は相手の頭を叩き割るためのもの

ひるま(マテチ)

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新たな力

不本意なる旅立ちの日

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 ウルが乗った船は“奴隷船”だった。

 幸いな事に、男たちから身ぐるみを剥がされる事は無かった。

 手持ちの荷物は。

 一度酒場から家に帰って持ち出せたものは。

 せいぜい2日しのげるくらいの路銀と、ほとんど空のバックパック。

 それに、自らが造り上げた“板の剣”。

 だけど、今まで剣などまともに振った事が無いので、扱える重さにまで軽量化を果たそうものなら、薄く削った鉄の板を、さらに両端を削っては強引に刃を剣に付け足して剣にしたもの。

 鞘も無いので布で巻いてロープで身体に巻いてきた。

 どんな不純物が混じったのか?やたらと背後でビュンビュンとしなって鬱陶しい。


 それはともかく、まさか乗り込んだ船が奴隷商船だったとは…。


 だけど、タダで船に乗れたに越したことはない。

 出る時に、この剣を振り回して逃走すれば良いのだけの事さ。

 不思議とウルは不安を感じなかった。

 今の彼は、根拠のない自信に満ち溢れていた。



 明くる朝。


 男たちは困惑していた。


 もう数日が経つというのに、未だ押さえてるのはウルただ一人。


「この島の連中ときたら、島での生活が充実しているせいで、大陸に夢の一つも持ってやしねぇ。どれだけ金儲けができるとそそのかしても、誰も食い付いて来ねぇ」
 完全に空振りに終わっていた。

「これ以上、この島に留まっていても金が出て行くばかりだ。しょうがねぇ。今日出発するぞ。昼までに水と食料の補給を済ませておけぃ!」
 船乗りたちに指示を送った。

 船長が、男の一人に訊ねた。
「ところで、あのガキの親に金を払ってきただろうな?」

 ところが。

「あのガキの家は見つけたんですがねぇ。両親とも出掛けちまっていて、まだ金を払っていませんでさぁ」
 頭を掻きながらの報告。

 すると、船長は怒り出して、報告をした船乗りを足蹴にした。

「バカ野郎ォ!親に金を渡さなきゃあ、人身売買が成立しねぇばかりか、俺たち人さらいになっちまうだろうがぁ!俺たちは奴隷商であって人さらいじゃねぇんだ。つまらねぇコトで役人どもにとっ捕まるのは御免だぜ!」
 再度ウルの親を探しに走らせた。


 しばらくして、船乗りが戻ってきた。

「船長、ヤツの親にお金を渡して来やしたぜ」
 両腕を振って大声で報告しながら戻ってきた。

 しかし、それは真っ赤なウソ。

 彼はウルの親に渡すためのお金をネコババ。しかも、それが知れても騒ぎにならないように、他の船乗りたちに口止め料として山分けをしてしまったのだ。

 この奴隷商船に乗る、その事実を知らない者は船長ただ一人。

 そして、ウルの両親も、彼の失踪を心配してはいなかった。

 男たちと仲良く話し込み、船へとついていった彼を多くの島民が目撃している。

 ウルは晴れて大陸を目指した。

 それが、両親及び島民たちの見解であった。



 奴隷商船が帆を広げて大陸を目指して出航した。

 旅立ちの日。

 ウルは奴隷商船の牢屋から、便所として設けられた足元の隙間から離れてゆく故郷の島を眺めていた。

 だが、そうは長く眺めてもいられない。

「臭っせぇなぁ」
 転がりながら、牢屋の入口へと向かう。

 船底に近い牢屋は、やたらと揺れて、ウルの体は再び便所の方向へと転がってゆく。

 そして、またもや牢屋の入口へと転がり。

 仰向けとなり、目をやった天井が、グルグルと回り始めた。

 大きな船に乗った事の無いウルは、いとも簡単に船に酔ってしまった。



 丸2日が経ち。


 昼夜問わずに波に揉まれる散々な船旅が、ようやく終わりを告げようとしていた。

 微かではあるが、大陸が見えたのだ。


 
 ―港湾都市・ブロント―

 故郷のガンムと異なり、このブロントの街の港には大型の商船が入港できる港がある。

 ウルたちを乗せた船も難なく港に接舷できた。


「オイ、着いたぞ。船を降りろ」
 船乗りに告げられ、ウルはようやくにして牢屋から解放された。

 2日とはいえ、船に揺られて、加えて一日一食の劣悪な待遇に、ウルはすっかり痩せていた。


 だけど、ウルはただ船に揺られていた訳では無い。

 大海原の波が、彼の足腰を若干ではあるが鍛えてくれていたのだ。

 そう、ウルはたった2日間の船旅の中、座り込む事をせずに、起きている時間はなるべく立っているようにしていたのだった。

 筋力を鍛えるには至らなかったが、十分体幹は鍛え上げられた。

 牢屋から解放され、船乗りたちがウルの手荷物を奪おうとした、その時。

 ウルは走り出した。

 狭い船の中、甲板を目指して走る、走る。

「あのガキ、なんであんなに足が速いんだ」
 驚くなかれ。ウルは元々足が速かった。

「どけどけ、邪魔だ!」
 板の剣を取り出して、前へと突き出し突き進む。

 船の構造上、通路は狭く作られている。

 それは、交易船が行き交うこの時代、いつ何時海賊に襲われるとも知れない。

 だから、刀を振り回せぬように通路は狭く作ってあるのだ。

 ウルの持つ板の剣は、切っ先こそ無いが、長さでは船乗りたちが持っているカットラスよりもはるかに長い。

 単純に脅威だ。

「おぉりゃぁあぁぁ!」
 唸りを上げて突き進む。

 しかも、この奴隷商船、船員の士気は非常に低く、上陸前だというのに、すでに酒をあおっている者までいる。

 ウルを取り逃がす者もいれば、最初から足腰立たぬ者までいる。

 甲板に躍り出た。

 久しぶりの日光に、思わず目を細める。

 それは清々しいまでの光。

 ウルは太陽の光を全身に浴びて、「ここからだ!」旅の始まりを確信した。

「ちょいと待ちな」
 ガンッと足を鳴らして、船長がウルの前に立ちはだかる。

 そして、腰からカットラスを引き抜いて、ウルに切っ先を向けた。

「商品は商人の手元で大人しくしていろや」

 上陸を目前にして、奴隷商船の船長がウルの行く手を阻んだ。

 いきなりのボス戦だ。
 
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