5 / 9
新たな力
不本意なる旅立ちの日
しおりを挟む
ウルが乗った船は“奴隷船”だった。
幸いな事に、男たちから身ぐるみを剥がされる事は無かった。
手持ちの荷物は。
一度酒場から家に帰って持ち出せたものは。
せいぜい2日しのげるくらいの路銀と、ほとんど空のバックパック。
それに、自らが造り上げた“板の剣”。
だけど、今まで剣などまともに振った事が無いので、扱える重さにまで軽量化を果たそうものなら、薄く削った鉄の板を、さらに両端を削っては強引に刃を剣に付け足して剣にしたもの。
鞘も無いので布で巻いてロープで身体に巻いてきた。
どんな不純物が混じったのか?やたらと背後でビュンビュンとしなって鬱陶しい。
それはともかく、まさか乗り込んだ船が奴隷商船だったとは…。
だけど、タダで船に乗れたに越したことはない。
出る時に、この剣を振り回して逃走すれば良いのだけの事さ。
不思議とウルは不安を感じなかった。
今の彼は、根拠のない自信に満ち溢れていた。
明くる朝。
男たちは困惑していた。
もう数日が経つというのに、未だ押さえてるのはウルただ一人。
「この島の連中ときたら、島での生活が充実しているせいで、大陸に夢の一つも持ってやしねぇ。どれだけ金儲けができるとそそのかしても、誰も食い付いて来ねぇ」
完全に空振りに終わっていた。
「これ以上、この島に留まっていても金が出て行くばかりだ。しょうがねぇ。今日出発するぞ。昼までに水と食料の補給を済ませておけぃ!」
船乗りたちに指示を送った。
船長が、男の一人に訊ねた。
「ところで、あのガキの親に金を払ってきただろうな?」
ところが。
「あのガキの家は見つけたんですがねぇ。両親とも出掛けちまっていて、まだ金を払っていませんでさぁ」
頭を掻きながらの報告。
すると、船長は怒り出して、報告をした船乗りを足蹴にした。
「バカ野郎ォ!親に金を渡さなきゃあ、人身売買が成立しねぇばかりか、俺たち人さらいになっちまうだろうがぁ!俺たちは奴隷商であって人さらいじゃねぇんだ。つまらねぇコトで役人どもにとっ捕まるのは御免だぜ!」
再度ウルの親を探しに走らせた。
しばらくして、船乗りが戻ってきた。
「船長、ヤツの親にお金を渡して来やしたぜ」
両腕を振って大声で報告しながら戻ってきた。
しかし、それは真っ赤なウソ。
彼はウルの親に渡すためのお金をネコババ。しかも、それが知れても騒ぎにならないように、他の船乗りたちに口止め料として山分けをしてしまったのだ。
この奴隷商船に乗る、その事実を知らない者は船長ただ一人。
そして、ウルの両親も、彼の失踪を心配してはいなかった。
男たちと仲良く話し込み、船へとついていった彼を多くの島民が目撃している。
ウルは晴れて大陸を目指した。
それが、両親及び島民たちの見解であった。
奴隷商船が帆を広げて大陸を目指して出航した。
旅立ちの日。
ウルは奴隷商船の牢屋から、便所として設けられた足元の隙間から離れてゆく故郷の島を眺めていた。
だが、そうは長く眺めてもいられない。
「臭っせぇなぁ」
転がりながら、牢屋の入口へと向かう。
船底に近い牢屋は、やたらと揺れて、ウルの体は再び便所の方向へと転がってゆく。
そして、またもや牢屋の入口へと転がり。
仰向けとなり、目をやった天井が、グルグルと回り始めた。
大きな船に乗った事の無いウルは、いとも簡単に船に酔ってしまった。
丸2日が経ち。
昼夜問わずに波に揉まれる散々な船旅が、ようやく終わりを告げようとしていた。
微かではあるが、大陸が見えたのだ。
―港湾都市・ブロント―
故郷のガンムと異なり、このブロントの街の港には大型の商船が入港できる港がある。
ウルたちを乗せた船も難なく港に接舷できた。
「オイ、着いたぞ。船を降りろ」
船乗りに告げられ、ウルはようやくにして牢屋から解放された。
2日とはいえ、船に揺られて、加えて一日一食の劣悪な待遇に、ウルはすっかり痩せていた。
だけど、ウルはただ船に揺られていた訳では無い。
大海原の波が、彼の足腰を若干ではあるが鍛えてくれていたのだ。
そう、ウルはたった2日間の船旅の中、座り込む事をせずに、起きている時間はなるべく立っているようにしていたのだった。
筋力を鍛えるには至らなかったが、十分体幹は鍛え上げられた。
牢屋から解放され、船乗りたちがウルの手荷物を奪おうとした、その時。
ウルは走り出した。
狭い船の中、甲板を目指して走る、走る。
「あのガキ、なんであんなに足が速いんだ」
驚くなかれ。ウルは元々足が速かった。
「どけどけ、邪魔だ!」
板の剣を取り出して、前へと突き出し突き進む。
船の構造上、通路は狭く作られている。
それは、交易船が行き交うこの時代、いつ何時海賊に襲われるとも知れない。
だから、刀を振り回せぬように通路は狭く作ってあるのだ。
ウルの持つ板の剣は、切っ先こそ無いが、長さでは船乗りたちが持っているカットラスよりもはるかに長い。
単純に脅威だ。
「おぉりゃぁあぁぁ!」
唸りを上げて突き進む。
しかも、この奴隷商船、船員の士気は非常に低く、上陸前だというのに、すでに酒をあおっている者までいる。
ウルを取り逃がす者もいれば、最初から足腰立たぬ者までいる。
甲板に躍り出た。
久しぶりの日光に、思わず目を細める。
それは清々しいまでの光。
ウルは太陽の光を全身に浴びて、「ここからだ!」旅の始まりを確信した。
「ちょいと待ちな」
ガンッと足を鳴らして、船長がウルの前に立ちはだかる。
そして、腰からカットラスを引き抜いて、ウルに切っ先を向けた。
「商品は商人の手元で大人しくしていろや」
上陸を目前にして、奴隷商船の船長がウルの行く手を阻んだ。
いきなりのボス戦だ。
幸いな事に、男たちから身ぐるみを剥がされる事は無かった。
手持ちの荷物は。
一度酒場から家に帰って持ち出せたものは。
せいぜい2日しのげるくらいの路銀と、ほとんど空のバックパック。
それに、自らが造り上げた“板の剣”。
だけど、今まで剣などまともに振った事が無いので、扱える重さにまで軽量化を果たそうものなら、薄く削った鉄の板を、さらに両端を削っては強引に刃を剣に付け足して剣にしたもの。
鞘も無いので布で巻いてロープで身体に巻いてきた。
どんな不純物が混じったのか?やたらと背後でビュンビュンとしなって鬱陶しい。
それはともかく、まさか乗り込んだ船が奴隷商船だったとは…。
だけど、タダで船に乗れたに越したことはない。
出る時に、この剣を振り回して逃走すれば良いのだけの事さ。
不思議とウルは不安を感じなかった。
今の彼は、根拠のない自信に満ち溢れていた。
明くる朝。
男たちは困惑していた。
もう数日が経つというのに、未だ押さえてるのはウルただ一人。
「この島の連中ときたら、島での生活が充実しているせいで、大陸に夢の一つも持ってやしねぇ。どれだけ金儲けができるとそそのかしても、誰も食い付いて来ねぇ」
完全に空振りに終わっていた。
「これ以上、この島に留まっていても金が出て行くばかりだ。しょうがねぇ。今日出発するぞ。昼までに水と食料の補給を済ませておけぃ!」
船乗りたちに指示を送った。
船長が、男の一人に訊ねた。
「ところで、あのガキの親に金を払ってきただろうな?」
ところが。
「あのガキの家は見つけたんですがねぇ。両親とも出掛けちまっていて、まだ金を払っていませんでさぁ」
頭を掻きながらの報告。
すると、船長は怒り出して、報告をした船乗りを足蹴にした。
「バカ野郎ォ!親に金を渡さなきゃあ、人身売買が成立しねぇばかりか、俺たち人さらいになっちまうだろうがぁ!俺たちは奴隷商であって人さらいじゃねぇんだ。つまらねぇコトで役人どもにとっ捕まるのは御免だぜ!」
再度ウルの親を探しに走らせた。
しばらくして、船乗りが戻ってきた。
「船長、ヤツの親にお金を渡して来やしたぜ」
両腕を振って大声で報告しながら戻ってきた。
しかし、それは真っ赤なウソ。
彼はウルの親に渡すためのお金をネコババ。しかも、それが知れても騒ぎにならないように、他の船乗りたちに口止め料として山分けをしてしまったのだ。
この奴隷商船に乗る、その事実を知らない者は船長ただ一人。
そして、ウルの両親も、彼の失踪を心配してはいなかった。
男たちと仲良く話し込み、船へとついていった彼を多くの島民が目撃している。
ウルは晴れて大陸を目指した。
それが、両親及び島民たちの見解であった。
奴隷商船が帆を広げて大陸を目指して出航した。
旅立ちの日。
ウルは奴隷商船の牢屋から、便所として設けられた足元の隙間から離れてゆく故郷の島を眺めていた。
だが、そうは長く眺めてもいられない。
「臭っせぇなぁ」
転がりながら、牢屋の入口へと向かう。
船底に近い牢屋は、やたらと揺れて、ウルの体は再び便所の方向へと転がってゆく。
そして、またもや牢屋の入口へと転がり。
仰向けとなり、目をやった天井が、グルグルと回り始めた。
大きな船に乗った事の無いウルは、いとも簡単に船に酔ってしまった。
丸2日が経ち。
昼夜問わずに波に揉まれる散々な船旅が、ようやく終わりを告げようとしていた。
微かではあるが、大陸が見えたのだ。
―港湾都市・ブロント―
故郷のガンムと異なり、このブロントの街の港には大型の商船が入港できる港がある。
ウルたちを乗せた船も難なく港に接舷できた。
「オイ、着いたぞ。船を降りろ」
船乗りに告げられ、ウルはようやくにして牢屋から解放された。
2日とはいえ、船に揺られて、加えて一日一食の劣悪な待遇に、ウルはすっかり痩せていた。
だけど、ウルはただ船に揺られていた訳では無い。
大海原の波が、彼の足腰を若干ではあるが鍛えてくれていたのだ。
そう、ウルはたった2日間の船旅の中、座り込む事をせずに、起きている時間はなるべく立っているようにしていたのだった。
筋力を鍛えるには至らなかったが、十分体幹は鍛え上げられた。
牢屋から解放され、船乗りたちがウルの手荷物を奪おうとした、その時。
ウルは走り出した。
狭い船の中、甲板を目指して走る、走る。
「あのガキ、なんであんなに足が速いんだ」
驚くなかれ。ウルは元々足が速かった。
「どけどけ、邪魔だ!」
板の剣を取り出して、前へと突き出し突き進む。
船の構造上、通路は狭く作られている。
それは、交易船が行き交うこの時代、いつ何時海賊に襲われるとも知れない。
だから、刀を振り回せぬように通路は狭く作ってあるのだ。
ウルの持つ板の剣は、切っ先こそ無いが、長さでは船乗りたちが持っているカットラスよりもはるかに長い。
単純に脅威だ。
「おぉりゃぁあぁぁ!」
唸りを上げて突き進む。
しかも、この奴隷商船、船員の士気は非常に低く、上陸前だというのに、すでに酒をあおっている者までいる。
ウルを取り逃がす者もいれば、最初から足腰立たぬ者までいる。
甲板に躍り出た。
久しぶりの日光に、思わず目を細める。
それは清々しいまでの光。
ウルは太陽の光を全身に浴びて、「ここからだ!」旅の始まりを確信した。
「ちょいと待ちな」
ガンッと足を鳴らして、船長がウルの前に立ちはだかる。
そして、腰からカットラスを引き抜いて、ウルに切っ先を向けた。
「商品は商人の手元で大人しくしていろや」
上陸を目前にして、奴隷商船の船長がウルの行く手を阻んだ。
いきなりのボス戦だ。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】アル中の俺、転生して断酒したのに毒杯を賜る
堀 和三盆
ファンタジー
前世、俺はいわゆるアル中だった。色んな言い訳はあるが、ただ単に俺の心が弱かった。酒に逃げた。朝も昼も夜も酒を飲み、周囲や家族に迷惑をかけた。だから。転生した俺は決意した。今世では決して酒は飲まない、と。
それなのに、まさか無実の罪で毒杯を賜るなんて。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる