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新たな力

板の剣で道を切り開け

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 船長が、刀身が指先から肘辺りまでも無いカットラスを8の字に振り回しながらウルとの距離を縮めてくる。

 そして、船員たちに指示を送る。

「おい、お前たち。この小僧を取り囲め。たった一人しか仕入れできなかった大切な商品様だ。死なねぇ程度に痛めつけてやりな」
 健全な船乗りたちがウルを取り囲んで、徐々に包囲網を狭めてくる。

 大立ち回りが始まろうとする中、奴隷商船に役人たちが乗り込んできた。

「検閲だ。禁制品が無いか、改めさせてもらう」「どうぞ、ご勝手に」
 船長の承諾を得て、役人たちの何人かが船内へと入っていった。

「で、お前たち、何をやっている?」
 役人の一人が大勢の船員たちが少年を取り囲む様を見て船長に訊ねた。

 そんな中。

 酒をあおって眠りこけていた船乗りが、騒ぎに目を覚ましてヨロヨロと立ち上がると、奴隷商船の脇を通る一艘のセイリングボートに目をやるなり大慌てで船長の前へと駆け寄ってきた。
「大変だ!親分」

「どうした?ん?ってか、お前!昼間っから酒をあおっていやがるのか?」
 船員の怠惰に呆れている。

 そして。
「どうも、すみません。色々と立て込んでおりやして」
 カットラスを背後に回して、船長は役人にペコペコ頭を下げる。

 当の酔った船乗りは、船から乗り出すようにして、セイリングボートへと指差した。

「親分。この小僧がいた島の漁師たちは、海鳥と共にカツオをセイリングボートで追い回して釣り上げる漁をするそうですぜ」

「それがどうした?」

「もしかして、あの小僧がさらわれたと報せに、俺たちよりも先にこの港に来やがったんじゃ―」
 さすがにそこは耳打ちで伝える。も。

「さらわれた!?誰が?お前、確かに、あの小僧の親に金を渡して来たって言ったよな?」
 酔った船乗りは、船長に問い詰められて、慌てふためき両手で口を塞いだ。

「俺は言ったよな?俺たちは奴隷商人であって、人さらいじゃねぇと」
 船長が詰め寄る。

「で、お前たち、この少年を囲んで何をやっているんだね?」
 役人が訊ねてきた。と、船長の顔がみるみる内に青ざめてくる。

 連れて来た小僧(ウル)の身内にお金を渡して来なければ、人身売買は成立しない。

 ただ連れて来たのなら、誘拐したものと見なされてしまう。

 それは立派な犯罪行為だ。

 ただでさえ風貌だけでやましいと思われているのに、ここで目の前の少年が役人たちに助けを求めようものなら、船を出して脱出を図らなければならない。

 船長の頬を冷や汗が流れ落ちてゆく。

「えいやぁッ!」
 ウルが板の剣を体全体を使って振り回すと、マストを束ねていたロープを切断。

 一気にマストが下りてきて、潮風を受けて大きく膨らんだ。

 数人からの視界からウルは姿を消した。

「な、何を!?お前たち、こんな所でマストを広げたら、船が動いてしまうじゃないか!」
 役人が大声を張り上げて、船長に厳重注意。しかし、張本人のウルは、この騒ぎに紛れてタラップから船を降りると、奴隷商船を係留しているロープまで断ち切ってしまった。

「おい、テメェ!何をしやがる!」
 船から乗り出してウルを怒鳴り付ける船長。しかし、船が動いている事に驚き、慌てて船員たちにマストを引き上げるよう指示した。

 大きな音を立てて、他の船に衝突する奴隷商船。

 港は大騒ぎとなった。

 そんな騒ぎの真っただ中を、「すみませーん、俺、船に乗るの初めてだからー。許して下さーい、船長ぉー」
 走りながら、心にも無い詫びを並べ立てて去って行った。

 役人が肩を怒らせながら船長を睨み付けた。
「貴様!あんな素人を船乗りに雇っていたのか!?まったく、指導がなってないぞ!」

 積み荷もなく、商品の奴隷にも逃げられ、役人からこっぴどく厳重注意を頂いた船長は、ただただ小さくなるしかなかった。


 一方で。


 夢にまで見た大陸に、無事上陸を果たしたウル。

 しかし。

「今日中に、この港町を出なきゃな。あのオッサンどもが怒り狂って追い掛けてくるかもしれないし」
 のんびりもしていられない。

 ウルは急いで丘を目指して歩き始めた。

 やがて彼の脚は自然に駆け出し。

 夢と希望にあふれる思いが、自然と彼の心を逸らせた。
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