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契約
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「いや、戦ってはいるんだよ。一般の人の目が届かないところで、だけど」
「……うん」
メディは、僕の言葉を真の意味では受け入れていない。
それはわかった。
ただ、人族と魔族が彼女の言うように仲良くなるのは難しいだろう。
いや、不可能と言っていい。
人族と魔族は、見た目は近いのに、あまりにもその中身が違い過ぎるのだ。
僕は勇者の影として、魔族と何度も戦ったが、その感覚の違いは、お互いに歩み寄る気持ちがないと克服出来ないだろうと思えた。
そして、どちらの種族にもそんな気持ちは一切ない。
「私、悔しいの。私が半魔だとわかるまでは、故郷の人達はとても優しかった。私は何も変わっていないのに、魔族の血が混ざっているっていうだけで、嫌われてしまった。黙っていたことが悪かったのかなって思って、正直に話したら、知らない人に石を投げられることになっちゃった。どうして? なんで、こんなふうになっちゃうの? 見たこともない戦いなんて知らないよ。みんなだって、きっと知らないのに」
僕には何も言えない。
人々が魔族の血を嫌う気持ちはわかるし、お互いを憎み合うようになった経緯は説明出来る。
でも、同時に、それがきっと正しい答えではないこともわかるのだ。
ひとつだけはっきりと言えるのは、メディはこんな風に傷つけられていい人ではなかったということだけ。
「どうにか、出来ないかな。半魔でも、ううん、魔族だって、何もしていない人が憎まれずに暮らせるように。世界の片隅でもいいの。そんな理不尽な憎しみがない場所が欲しいよ」
メディは、……メディウムという少女は、自分に石を投げた人に対する怨嗟ではなく、ただ、当たり前のことが正しく報われる世界を望んだ。
勇者達への恨みをわめき、石を投げられるメディから背を向けて逃げた僕とは全く違う正しさを、彼女は持っている。
「人族と魔族が仲良くなるのは不可能だ。……本来なら、ね」
僕は、もう自由に生きると決めていた。
主を持ってその人のために命を賭けるなんてバカバカしい。
例え強力な魔法のほとんどが使えなくなってしまったとしても、自分一人だけで気楽に暮せばいい。
そう思っていた。
「メディ、もし……その方法があるとしたらどうする? 血と泥にまみれる道を選べば、そこに至れるとしたら? そのためには、人族も魔族もたくさんの人を傷つけなければならないだろうと言ったら、君は、どうする?」
そのとき、メディが初めて顔を上げた。
涙と泥と藁にまみれた、酷い顔だ。
きれいな少女なのに、今やその片鱗も窺えない。
だが、その目。
黄金に輝く瞳だけは、まるで力持つ宝石のように輝いて見えた。
「方法があるの?」
「ある。だけど修羅の道だ。優しい君には耐えられないだろう」
「私、優しくなんてないよ。全然優しくない。お母さんのお墓を荒らした人が嫌いだし、こんな風に私を傷つけて平気な人達が怖い」
「そりゃあよかった」
僕は笑う。
「こんなことを全然気にしてないような、心の擦り切れた人間を主に選びたくないからね」
「主?」
メディは不思議そうに尋ねた。
「うん。もし、もし世界を変えたいのなら、僕と契約を結ぼう。世界を破壊するのでも、人族を勝利させるのでも、魔族を滅ぼすのでもない。ただ、人族と魔族が仲良く暮らす場所が欲しいという君の願いは、きっと誰もが不可能としか言わないだろうし、本来絶対に叶わない夢でもある。……僕と契約をするという方法以外では」
「カゲルさん?」
メディは、僕の言葉を理解していない。
それはそうだろう。
いきなり納得されたら僕のほうが引いてしまう。
「私、そういう誘い文句の悪魔が出て来る物語を知っています」
メディはそう言って笑った。
そこで、笑うんだ。
全く、君は僕の予想外のことしかしない。
そんな君だから、僕は、手に入れたばかりの自由を捨て去ってもいいと思った。
「……カゲルさんが、出来ると言うのなら、私、カゲルさんを信用します」
「え? 悪魔の誘いとわかっていて信用するの?」
僕はおどけたように言う。
場所は馬の糞や尿の香りが漂う馬小屋の片隅。
寝付きの悪い馬がときおりガツガツと地面を蹴る音が響いている。
僕の主になる予定の少女は、粗末な毛布の上に半裸で横たわり、背中はアザだらけ。
僕に薬を塗られている有様だ。
それは、最高に最悪で、最高に神聖な瞬間だった。
「私、カゲルさんと契約します。もし私の魂が欲しいならあげる。だから、私の望みを叶えてください」
メディは藁の上に敷かれた薄い毛布から身を起こす。
僕が持ち込んだランプと、窓から差す白白とした月の光が、隠しもしない彼女の半身を照らし出した。
「後見を……後見を許す、と言ってくれ」
「こうけんを、許します」
その瞬間、行き先を失っていた僕の魂の鎖が、彼女の魂に絡みつくのをはっきりと感じた。
これが契約、これこそが契約だった。
勇者との間にあった結びつきは、これに比べれば細い糸のようなものだったと、今にしてわかる。
そうして、僕とメディの契約は結ばれ、世界を変えるための僕達の戦いは始まったのだ。
「……うん」
メディは、僕の言葉を真の意味では受け入れていない。
それはわかった。
ただ、人族と魔族が彼女の言うように仲良くなるのは難しいだろう。
いや、不可能と言っていい。
人族と魔族は、見た目は近いのに、あまりにもその中身が違い過ぎるのだ。
僕は勇者の影として、魔族と何度も戦ったが、その感覚の違いは、お互いに歩み寄る気持ちがないと克服出来ないだろうと思えた。
そして、どちらの種族にもそんな気持ちは一切ない。
「私、悔しいの。私が半魔だとわかるまでは、故郷の人達はとても優しかった。私は何も変わっていないのに、魔族の血が混ざっているっていうだけで、嫌われてしまった。黙っていたことが悪かったのかなって思って、正直に話したら、知らない人に石を投げられることになっちゃった。どうして? なんで、こんなふうになっちゃうの? 見たこともない戦いなんて知らないよ。みんなだって、きっと知らないのに」
僕には何も言えない。
人々が魔族の血を嫌う気持ちはわかるし、お互いを憎み合うようになった経緯は説明出来る。
でも、同時に、それがきっと正しい答えではないこともわかるのだ。
ひとつだけはっきりと言えるのは、メディはこんな風に傷つけられていい人ではなかったということだけ。
「どうにか、出来ないかな。半魔でも、ううん、魔族だって、何もしていない人が憎まれずに暮らせるように。世界の片隅でもいいの。そんな理不尽な憎しみがない場所が欲しいよ」
メディは、……メディウムという少女は、自分に石を投げた人に対する怨嗟ではなく、ただ、当たり前のことが正しく報われる世界を望んだ。
勇者達への恨みをわめき、石を投げられるメディから背を向けて逃げた僕とは全く違う正しさを、彼女は持っている。
「人族と魔族が仲良くなるのは不可能だ。……本来なら、ね」
僕は、もう自由に生きると決めていた。
主を持ってその人のために命を賭けるなんてバカバカしい。
例え強力な魔法のほとんどが使えなくなってしまったとしても、自分一人だけで気楽に暮せばいい。
そう思っていた。
「メディ、もし……その方法があるとしたらどうする? 血と泥にまみれる道を選べば、そこに至れるとしたら? そのためには、人族も魔族もたくさんの人を傷つけなければならないだろうと言ったら、君は、どうする?」
そのとき、メディが初めて顔を上げた。
涙と泥と藁にまみれた、酷い顔だ。
きれいな少女なのに、今やその片鱗も窺えない。
だが、その目。
黄金に輝く瞳だけは、まるで力持つ宝石のように輝いて見えた。
「方法があるの?」
「ある。だけど修羅の道だ。優しい君には耐えられないだろう」
「私、優しくなんてないよ。全然優しくない。お母さんのお墓を荒らした人が嫌いだし、こんな風に私を傷つけて平気な人達が怖い」
「そりゃあよかった」
僕は笑う。
「こんなことを全然気にしてないような、心の擦り切れた人間を主に選びたくないからね」
「主?」
メディは不思議そうに尋ねた。
「うん。もし、もし世界を変えたいのなら、僕と契約を結ぼう。世界を破壊するのでも、人族を勝利させるのでも、魔族を滅ぼすのでもない。ただ、人族と魔族が仲良く暮らす場所が欲しいという君の願いは、きっと誰もが不可能としか言わないだろうし、本来絶対に叶わない夢でもある。……僕と契約をするという方法以外では」
「カゲルさん?」
メディは、僕の言葉を理解していない。
それはそうだろう。
いきなり納得されたら僕のほうが引いてしまう。
「私、そういう誘い文句の悪魔が出て来る物語を知っています」
メディはそう言って笑った。
そこで、笑うんだ。
全く、君は僕の予想外のことしかしない。
そんな君だから、僕は、手に入れたばかりの自由を捨て去ってもいいと思った。
「……カゲルさんが、出来ると言うのなら、私、カゲルさんを信用します」
「え? 悪魔の誘いとわかっていて信用するの?」
僕はおどけたように言う。
場所は馬の糞や尿の香りが漂う馬小屋の片隅。
寝付きの悪い馬がときおりガツガツと地面を蹴る音が響いている。
僕の主になる予定の少女は、粗末な毛布の上に半裸で横たわり、背中はアザだらけ。
僕に薬を塗られている有様だ。
それは、最高に最悪で、最高に神聖な瞬間だった。
「私、カゲルさんと契約します。もし私の魂が欲しいならあげる。だから、私の望みを叶えてください」
メディは藁の上に敷かれた薄い毛布から身を起こす。
僕が持ち込んだランプと、窓から差す白白とした月の光が、隠しもしない彼女の半身を照らし出した。
「後見を……後見を許す、と言ってくれ」
「こうけんを、許します」
その瞬間、行き先を失っていた僕の魂の鎖が、彼女の魂に絡みつくのをはっきりと感じた。
これが契約、これこそが契約だった。
勇者との間にあった結びつきは、これに比べれば細い糸のようなものだったと、今にしてわかる。
そうして、僕とメディの契約は結ばれ、世界を変えるための僕達の戦いは始まったのだ。
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