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そしてゲームは開幕する
惑乱の乙女
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その日、王国の歴史ある学び舎である、トゥエルブサイン学園では一つの騒ぎが発生した。
まだ、学期の始まっていない学園の門前に、みすぼらしい女が現れ、学園に在籍中の、王国第三王子である、ピアニー・ジャニュアリー・オーバープレインに会わせろと要求したのだ。
それだけなら門番の判断で追い払ってしまっただろう。
だが、なんとその女は、公爵家であるグリーンガーデン家の娘であると主張した。
学園には、グリーンガーデン家の長子である、ローズ・メイ・グリーンガーデンが在籍していて、門番もその姿を見知っていたが、その女とは全く違う容姿であった。
だが、その女は、ローズ・メイ・グリーンガーデンの妹で、今期の入学生である、リリア・メイ・グリーンガーデンだと主張していた。
貴族の、しかも公爵家の者と偽るのは大罪であり、通常なら鞭打ち、下手をすると死罪となることもある。
その女がそのような大罪人なら、警吏を呼んで引き渡す必要があるが、万が一事実なら、そのような疑いをかけた門番こそが重罪となってしまう。
公爵家の名はそれだけの重みがあるのだ。
自分達だけの判断では無理だと感じた門番は、一人を女の監視に残し、一人が園内に駆け込み、寮監を呼んで来た。
やって来た寮監も判断に困った。
何しろ、まだ入寮していない学生の顔など知るはずもない。
雨に打たれて髪もドレスもボロボロの少女は、しかし、よく見れば貴族的な気品が感じられる美しい顔立ちをしていた。
「なぜ入学前のこの時期に、馬車も使わずに訪れたのか?」
紋切り口調で問い質す寮監の言葉に、リリア・メイ・グリーンガーデンを名乗る女は、ただ泣きじゃくりながら、「ピアニー様に、ピアニー様に会わなくちゃ……」と、繰り返すばかり。
寮監からしてみれば、何があったにしろ、このような取り乱し方は、貴族的ではないと、不快に思うところだった。
だが、相手は公爵家、事実を確認しなければ、大変なことになってしまう。
しぶしぶ、寮監は、王子の部屋を訪れた。
ピアニーはちょうど、学期が始まる前に寮に戻っていた。
自宅である後宮にいても面白いことは何もなく、彼の安らぎは目下、学園にある。
そのため、早々に戻っていたのだ。
突然のノックに、ピアニーはすぐに返事を返す。
「なにごとか?」
「こ、このような時間に、まこと、恐れ入りまして……」
声は寮監のものだが、あきらかに様子がおかしい。
ピアニーは、眉をひそめつつ、穏やかな声で応じる。
「落ち着いてください。今、扉を開けます」
ピアニーは、王子ではあるものの、一人部屋を与えられている訳ではない。
ほかに二人ほど同室の者がいるのだが、その二人はまだ寮に戻って来ていなかった。
扉越しに話を続けるよりは、入ってもらったほうがいい。
ピアニーはそう思い、一応護身用の剣を手にすると、部屋の扉を開いた。
「お騒がせいたしまして……」
「何か大変なことですか?」
相手の尋常ならない様子に、ピアニーの胸に不安が押し寄せた。
国の大事か、親しい者の不幸か、そのようなことが起きたのではと考えたのだ。
「実は、この雷雨のなか、馬車にも乗らず、学園の門前を訪れた者がいまして。それが、リリア・メイ・グリーンガーデンと名乗っているのです」
「なんですって!」
思わず声を上げてしまい、ピアニーは慌てて、再び声をひそめる。
「事実なのですか?」
「わたくし共には判断しかねることでして、その方がピアニー様のお名前を……」
皆まで聞かず、ピアニーは走り出した。
リリアがもし本当に、そのような状況であるのなら、間違いなく、その姉であるローズにも何かが起こったに違いない。
ローズはピアニーの婚約者であり、彼が守るべき相手であった。
「お、お待ちを!」
雨に濡れるのもいとわず、門番小屋に走り込んだピアニーの姿に、混乱してただ泣きじゃくるだけだったリリアが反応した。
「ピアニー様! お兄様! どうか、お姉様とイツキをお救いください!」
遮二無二しがみついて来るリリアを、驚愕と共に受け止め、そのあまりの姿にさらに驚く。
「なんということだ。このような状態の婦女子に、何も手を差し伸べることもせぬまま、留め置いたのか!」
カッとしたように叱咤するピアニーの姿に、門番達にさっと緊張が走る。
だが、すぐにピアニーは自分を制した。
ここで自分の感情のままに振舞っても、目前のリリアも、何かあったらしいローズやイツキも救えはしないと、判断したのだ。
「誰か女性の職員を呼んで来てください。出来るだけ口の堅い方を」
「は、はい!」
門番は慌てて駆け出すが、彼等が直接乗り込めるのは、下働きの宿舎ぐらいだ。
そのため、彼等が呼んで来たのは、堅実な仕事を行うと有名な、下女の一人だった。
急な呼び出しにも関わらず、彼女は一点の隙もない身だしなみをしていた。
しかも、呼び出されてから、さほど時間は経過していない。
(信頼出来そうな女性だ)
ピアニーはそう判断して、彼女にこの日、見聞きしたことを口外しないことを約束させつつ、リリアの世話を任せた。
泣きじゃくっていたリリアは、ピアニーに会えたことで安心したのか、どこかぼうっとした顔で、ふらふらとした動きをしている。
「大丈夫ですよ。お嬢様」
その女性は、思いやりのある声で、リリアを支え、奥へと連れ立って行ったのだった。
まだ、学期の始まっていない学園の門前に、みすぼらしい女が現れ、学園に在籍中の、王国第三王子である、ピアニー・ジャニュアリー・オーバープレインに会わせろと要求したのだ。
それだけなら門番の判断で追い払ってしまっただろう。
だが、なんとその女は、公爵家であるグリーンガーデン家の娘であると主張した。
学園には、グリーンガーデン家の長子である、ローズ・メイ・グリーンガーデンが在籍していて、門番もその姿を見知っていたが、その女とは全く違う容姿であった。
だが、その女は、ローズ・メイ・グリーンガーデンの妹で、今期の入学生である、リリア・メイ・グリーンガーデンだと主張していた。
貴族の、しかも公爵家の者と偽るのは大罪であり、通常なら鞭打ち、下手をすると死罪となることもある。
その女がそのような大罪人なら、警吏を呼んで引き渡す必要があるが、万が一事実なら、そのような疑いをかけた門番こそが重罪となってしまう。
公爵家の名はそれだけの重みがあるのだ。
自分達だけの判断では無理だと感じた門番は、一人を女の監視に残し、一人が園内に駆け込み、寮監を呼んで来た。
やって来た寮監も判断に困った。
何しろ、まだ入寮していない学生の顔など知るはずもない。
雨に打たれて髪もドレスもボロボロの少女は、しかし、よく見れば貴族的な気品が感じられる美しい顔立ちをしていた。
「なぜ入学前のこの時期に、馬車も使わずに訪れたのか?」
紋切り口調で問い質す寮監の言葉に、リリア・メイ・グリーンガーデンを名乗る女は、ただ泣きじゃくりながら、「ピアニー様に、ピアニー様に会わなくちゃ……」と、繰り返すばかり。
寮監からしてみれば、何があったにしろ、このような取り乱し方は、貴族的ではないと、不快に思うところだった。
だが、相手は公爵家、事実を確認しなければ、大変なことになってしまう。
しぶしぶ、寮監は、王子の部屋を訪れた。
ピアニーはちょうど、学期が始まる前に寮に戻っていた。
自宅である後宮にいても面白いことは何もなく、彼の安らぎは目下、学園にある。
そのため、早々に戻っていたのだ。
突然のノックに、ピアニーはすぐに返事を返す。
「なにごとか?」
「こ、このような時間に、まこと、恐れ入りまして……」
声は寮監のものだが、あきらかに様子がおかしい。
ピアニーは、眉をひそめつつ、穏やかな声で応じる。
「落ち着いてください。今、扉を開けます」
ピアニーは、王子ではあるものの、一人部屋を与えられている訳ではない。
ほかに二人ほど同室の者がいるのだが、その二人はまだ寮に戻って来ていなかった。
扉越しに話を続けるよりは、入ってもらったほうがいい。
ピアニーはそう思い、一応護身用の剣を手にすると、部屋の扉を開いた。
「お騒がせいたしまして……」
「何か大変なことですか?」
相手の尋常ならない様子に、ピアニーの胸に不安が押し寄せた。
国の大事か、親しい者の不幸か、そのようなことが起きたのではと考えたのだ。
「実は、この雷雨のなか、馬車にも乗らず、学園の門前を訪れた者がいまして。それが、リリア・メイ・グリーンガーデンと名乗っているのです」
「なんですって!」
思わず声を上げてしまい、ピアニーは慌てて、再び声をひそめる。
「事実なのですか?」
「わたくし共には判断しかねることでして、その方がピアニー様のお名前を……」
皆まで聞かず、ピアニーは走り出した。
リリアがもし本当に、そのような状況であるのなら、間違いなく、その姉であるローズにも何かが起こったに違いない。
ローズはピアニーの婚約者であり、彼が守るべき相手であった。
「お、お待ちを!」
雨に濡れるのもいとわず、門番小屋に走り込んだピアニーの姿に、混乱してただ泣きじゃくるだけだったリリアが反応した。
「ピアニー様! お兄様! どうか、お姉様とイツキをお救いください!」
遮二無二しがみついて来るリリアを、驚愕と共に受け止め、そのあまりの姿にさらに驚く。
「なんということだ。このような状態の婦女子に、何も手を差し伸べることもせぬまま、留め置いたのか!」
カッとしたように叱咤するピアニーの姿に、門番達にさっと緊張が走る。
だが、すぐにピアニーは自分を制した。
ここで自分の感情のままに振舞っても、目前のリリアも、何かあったらしいローズやイツキも救えはしないと、判断したのだ。
「誰か女性の職員を呼んで来てください。出来るだけ口の堅い方を」
「は、はい!」
門番は慌てて駆け出すが、彼等が直接乗り込めるのは、下働きの宿舎ぐらいだ。
そのため、彼等が呼んで来たのは、堅実な仕事を行うと有名な、下女の一人だった。
急な呼び出しにも関わらず、彼女は一点の隙もない身だしなみをしていた。
しかも、呼び出されてから、さほど時間は経過していない。
(信頼出来そうな女性だ)
ピアニーはそう判断して、彼女にこの日、見聞きしたことを口外しないことを約束させつつ、リリアの世話を任せた。
泣きじゃくっていたリリアは、ピアニーに会えたことで安心したのか、どこかぼうっとした顔で、ふらふらとした動きをしている。
「大丈夫ですよ。お嬢様」
その女性は、思いやりのある声で、リリアを支え、奥へと連れ立って行ったのだった。
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