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第三章 神と魔と
193 ディスタスの国境の街
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幸いというか当然というか、緩衝地帯で盗賊のたぐいに襲われることはなかった。
なにしろ大人数だし、日もまだ高く昇らんとする時間、さすがにこの条件で襲撃するのは愚か者だけだ。
両国の間であるがゆえに整備されていない道を進むと、やがて見えて来たのが巨大な城壁のような国境の壁だった。
「でけえな」
思わずその壁を見てうなってしまう。
俺以外にも初めてその国境の壁を見た旅人がいるようで、立ち止まって驚きの声を上げる者が多数いた。
「こけおどしだ」
勇者が切って捨てるように言う。
だいたい学習したが、勇者は特に権威を示すものが嫌いなようだ。
少し前まではそれこそ権威ある地位の一人だったはずなのに、そんなに裏切られたのがショックだったのだろうか。
心の傷がまだまだ癒えていないということなのだろう。
ディスタスの国境は見た目の厳しさに反して入国は簡単だった。
身分証などの確認はせずに金を払うことで通ることが出来たからだ。
金額は人間一人当たり一銀貨、馬や家畜一頭当たり二大銅貨、荷物一つ当たり一大銅貨という内訳だった。
道理でディスタスに向かう民に馬持ちが少なく、荷物は大荷物一つというスタイルばかりのはずだ。
「通行料ということか?」
「拝金主義なんだ」
俺の疑問に答える勇者の辛口批評はいつものごとくである。
何にせよ無事に国境を越えることが出来たから良かったが、金がないときには荷物を諦める必要もありそうだ。
「商人なんかは困るだろう」
現に今も商人の荷馬車が入国しようとしていた。
「商人は許可書を持っていれば、荷馬車一台を一つの荷物として扱ってもらえるのさ」
俺の疑問に答えたのは意外なことにモンクのテスタだ。
「詳しいんだな」
「うちはディスタスの商家だったから」
「そうだったのか」
「うん」
彼女が昔の話をするのは滅多にないことだ。
どこか面白くなさそうに国境沿いの街の家々を眺めるモンクの視線は、今ではないいつかのこの場所を眺めているようだった。
「さて、時間はまだ早いがここで軽く茶でも飲んで行くか? ここから次の宿場町まで行くと夕方到着になるが」
「それなら、わたしが知っている店でいい?」
「ああ、知っている店があるなら助かる。頼むよ」
モンクが珍しく積極的に意見を言ってくれたので任せることにした。
きっと思い出があるのだろう。
モンクが案内したのは、表通りから少し入り込んだところにある目立たない茶店だった。
「地元の商人がよく使う店で、軽く食べるにはちょうどいいんだ」
案内に従ってぞろぞろと続く。
店構えは大きくないが、馬を繋ぐ場所は広く、馬車ぐらい入りそうだった。
ちゃんと水飲み場もある。
なるほど旅の途中の商人がちょっと立ち寄る店なのだろう。
「おじゃまする」
「らっしゃい」
店は壁のところが全部ベンチのような腰掛けとなっていて、そこに適当にテーブルを配置している形だ。
店の中央には大きな柱があり、その柱に彫刻が掘られ、その彫刻に図柄を合わせたランプが美しい配置で置かれている。
建物の白とテーブルや椅子の茶色がすっきりと美しい。
テーブルの上には絵柄が織られた小さな布が敷いてあった。
客は三組ほどか。
旅人というよりも地元の商人といった感じだ。
「茶のセットを人数分」
「あいよ」
モンクが注文すると主らしき男が返事をした。
他の客は到底商人には見えない俺たちを警戒するようにしばしジロジロと眺めていたが、やがてさり気なくその視線を外して自分たちの会話に戻る。
とは言え、緊張はまだ続いているようだ。
「場違いじゃないか?」
「別に商人しか利用したら駄目だって決まりがある訳じゃないから。実際兵士も利用する人は利用するし」
「そうか」
やがて主人がやって来て全員にカップを配り、温かい茶を注いでいく。
「お、白いな」
「お客さん初めてで?」
「ああ、ディスタスは初めてなんだ」
「これは乳茶ですよ。あっためた牛の乳で茶を入れてるんでさ」
「ほう」
「あとはこれをみなさんでつまんでください」
大きめの木の深皿に盛られていたのは、これも温かい焼いたパンのようなものだ。
白い半円状のパンで、普通の焼き立ての薄焼きパンよりも固い。
大きさは手の平よりも大きいぐらいだ。
半分に割ってみると中身がある。
甘い香りがした。
「なかは煮た果物か?」
「へい、ベリーがたっぷり入ってます」
「ほう」
かぶりつくとサクッとしたパンと温かいベリーがとても美味い。
そこに乳茶を飲むとなんともいえないやわらかな味わいに気持ちが安らぐ感じがした。
「これは美味いな!」
「本当に美味しい」
「私、これ好き」
勇者とメルリル、そして聖女が嬉しそうにその煮たベリーの入ったパンを食べる。
パンに包んで焼くという方法があるのか。なるほど。
「これはなんて名前だ?」
「わっしらは単に包み焼きって呼んでますが。秋にはイチジクやナシなんかも入れるんです」
「なるほど、いいものだな」
「ありがとうございます」
このパンも普通のパンではないんだろうな。
パリッとしているし、いい香りがする。
何かの油を使っているのか。
モンクには礼を言わなければな。俺はそう思ってもうひと口包み焼きをかじった。
「ん? 嬢ちゃん、もしかして織物売りのサフラスんとこの上の娘さんじゃ?」
主がふとモンクを見てそう尋ねる。
モンクは常とは違った困ったような笑みを浮かべていた。
なにしろ大人数だし、日もまだ高く昇らんとする時間、さすがにこの条件で襲撃するのは愚か者だけだ。
両国の間であるがゆえに整備されていない道を進むと、やがて見えて来たのが巨大な城壁のような国境の壁だった。
「でけえな」
思わずその壁を見てうなってしまう。
俺以外にも初めてその国境の壁を見た旅人がいるようで、立ち止まって驚きの声を上げる者が多数いた。
「こけおどしだ」
勇者が切って捨てるように言う。
だいたい学習したが、勇者は特に権威を示すものが嫌いなようだ。
少し前まではそれこそ権威ある地位の一人だったはずなのに、そんなに裏切られたのがショックだったのだろうか。
心の傷がまだまだ癒えていないということなのだろう。
ディスタスの国境は見た目の厳しさに反して入国は簡単だった。
身分証などの確認はせずに金を払うことで通ることが出来たからだ。
金額は人間一人当たり一銀貨、馬や家畜一頭当たり二大銅貨、荷物一つ当たり一大銅貨という内訳だった。
道理でディスタスに向かう民に馬持ちが少なく、荷物は大荷物一つというスタイルばかりのはずだ。
「通行料ということか?」
「拝金主義なんだ」
俺の疑問に答える勇者の辛口批評はいつものごとくである。
何にせよ無事に国境を越えることが出来たから良かったが、金がないときには荷物を諦める必要もありそうだ。
「商人なんかは困るだろう」
現に今も商人の荷馬車が入国しようとしていた。
「商人は許可書を持っていれば、荷馬車一台を一つの荷物として扱ってもらえるのさ」
俺の疑問に答えたのは意外なことにモンクのテスタだ。
「詳しいんだな」
「うちはディスタスの商家だったから」
「そうだったのか」
「うん」
彼女が昔の話をするのは滅多にないことだ。
どこか面白くなさそうに国境沿いの街の家々を眺めるモンクの視線は、今ではないいつかのこの場所を眺めているようだった。
「さて、時間はまだ早いがここで軽く茶でも飲んで行くか? ここから次の宿場町まで行くと夕方到着になるが」
「それなら、わたしが知っている店でいい?」
「ああ、知っている店があるなら助かる。頼むよ」
モンクが珍しく積極的に意見を言ってくれたので任せることにした。
きっと思い出があるのだろう。
モンクが案内したのは、表通りから少し入り込んだところにある目立たない茶店だった。
「地元の商人がよく使う店で、軽く食べるにはちょうどいいんだ」
案内に従ってぞろぞろと続く。
店構えは大きくないが、馬を繋ぐ場所は広く、馬車ぐらい入りそうだった。
ちゃんと水飲み場もある。
なるほど旅の途中の商人がちょっと立ち寄る店なのだろう。
「おじゃまする」
「らっしゃい」
店は壁のところが全部ベンチのような腰掛けとなっていて、そこに適当にテーブルを配置している形だ。
店の中央には大きな柱があり、その柱に彫刻が掘られ、その彫刻に図柄を合わせたランプが美しい配置で置かれている。
建物の白とテーブルや椅子の茶色がすっきりと美しい。
テーブルの上には絵柄が織られた小さな布が敷いてあった。
客は三組ほどか。
旅人というよりも地元の商人といった感じだ。
「茶のセットを人数分」
「あいよ」
モンクが注文すると主らしき男が返事をした。
他の客は到底商人には見えない俺たちを警戒するようにしばしジロジロと眺めていたが、やがてさり気なくその視線を外して自分たちの会話に戻る。
とは言え、緊張はまだ続いているようだ。
「場違いじゃないか?」
「別に商人しか利用したら駄目だって決まりがある訳じゃないから。実際兵士も利用する人は利用するし」
「そうか」
やがて主人がやって来て全員にカップを配り、温かい茶を注いでいく。
「お、白いな」
「お客さん初めてで?」
「ああ、ディスタスは初めてなんだ」
「これは乳茶ですよ。あっためた牛の乳で茶を入れてるんでさ」
「ほう」
「あとはこれをみなさんでつまんでください」
大きめの木の深皿に盛られていたのは、これも温かい焼いたパンのようなものだ。
白い半円状のパンで、普通の焼き立ての薄焼きパンよりも固い。
大きさは手の平よりも大きいぐらいだ。
半分に割ってみると中身がある。
甘い香りがした。
「なかは煮た果物か?」
「へい、ベリーがたっぷり入ってます」
「ほう」
かぶりつくとサクッとしたパンと温かいベリーがとても美味い。
そこに乳茶を飲むとなんともいえないやわらかな味わいに気持ちが安らぐ感じがした。
「これは美味いな!」
「本当に美味しい」
「私、これ好き」
勇者とメルリル、そして聖女が嬉しそうにその煮たベリーの入ったパンを食べる。
パンに包んで焼くという方法があるのか。なるほど。
「これはなんて名前だ?」
「わっしらは単に包み焼きって呼んでますが。秋にはイチジクやナシなんかも入れるんです」
「なるほど、いいものだな」
「ありがとうございます」
このパンも普通のパンではないんだろうな。
パリッとしているし、いい香りがする。
何かの油を使っているのか。
モンクには礼を言わなければな。俺はそう思ってもうひと口包み焼きをかじった。
「ん? 嬢ちゃん、もしかして織物売りのサフラスんとこの上の娘さんじゃ?」
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