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第三章 神と魔と

200 森の中の館4

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 食事を終えた俺たちは、勇者の部屋に後で全員集まることにして一旦各自の部屋に戻った。
 俺は荷物からてのひら草の塩漬けを取り出して口に放り込む。
 元のシャキシャキ感はやや失われているが、やさしい辛味がむしろ旨味となっていて食べやすさは上がっている。
 てのひら草は解毒と消化の作用を持つ。
 別に館の主を疑っている訳ではないのだが、初めて会った相手との食事の後には必ずこれを食うようにしていた。
 まぁ用心は役に立たないほうがいいから、単に食後にちょっと漬物を食っただけの話だ。

 しばらく様子を見たが、手がしびれることも急な眠気が襲うこともなかったので、やはり俺の杞憂だったのだろう。
 そろそろ勇者の部屋に行くかと思ったそのときに、窓の外からコンコンと何か軽いものがぶつかる音がした。
 外は変わらず大雨なので、その雨粒がぶつかる音かと思ったが、それにしては固い音だ。
 窓の外に木か何かあればその枝が当たっているということだが、さっき開けたときにそのようなものはなかった。

 俺は用心しつつ窓に近づき、ゆっくりと押し開けた。

「ピュイ?」

 フォルテが何かを感じたように窓に向かって問いかけるように鳴く。

「あ、ありがとうございます。窓を開けてくださって」
「!」

 人の声? しかもこれって子どもの声じゃないか!
 俺は驚いて窓を全開にした。
 そこには逆さの顔があった。

「うわっ!」
「きゃっ!」

 思わず飛び退いて叫んでしまった俺に向こうも驚いたらしく、小さな悲鳴が上がる。
 稲光が走り、その子どもの顔がくっきりと見えた。
 血の気の引いた真っ白な顔に青い瞳。柔らかな頬からしてまだ十歳かそこらだろう。
 俺は慌てて再び窓に駆け寄った。
 その子どもは、どうやら窓の上のひさしから身を乗り出して逆さまに窓を覗いていたらしい。

「危ないぞ。そこから降りろ。いや、まて俺が降ろしてやるから動くな」

 俺は窓から身を乗り出すと、窓枠に片足を残したまま壁の突起にもう片方の足を引っ掛けてひさしに上半身を持ち上げた。
 子どもはひさしの上に丸まるようにして座り込んでいる。
 子どもだから出来た体勢だな。
 
「こっちへ」

 と俺が言うと、子どもの両手が差し伸べられて首にしがみついた。
 軽い。
 それがその子どもを抱えた第一印象だった。

 部屋のなかに子どもを入れて、とりあえず布で拭く。
 さんざん濡らした布はあまり役に立たなかったが、フォルテが気を利かせて風を送って俺と子どもを乾かしてくれた。

「ハックシュ!」

 残念ながらフォルテの風は暖かくはないので夏だと言うのに少々冷えてしまったが。

「ヘクチ!」

 俺がくしゃみをすると、まるで真似るように子どももくしゃみをした。
 その様子が少しおかしくて笑ってしまう。
 よくよく見ると、子どもは少女のようだ。
 洋服もドレスのような部屋着で、見た目もいい。まるで貴族のお姫さまのようだが、ここにいるのは商人で貴族ではない。まぁ金持ちのようだから子どもをお姫さまのように育てることも出来るのだろう。

「ここの子か?」

 俺の問いに少女はこくりとうなずいた。

「どうしてあんな危ない真似をした?」
「あなたに助けて欲しかったの」
「どういうことだ?」

 少女の冷え切った冷たい両手が俺の手を握る。

「地下にいる人達を助けてあげて」
「なに?」
「かわいそうなの」

 少女の目が憂いを帯びて伏せられる。

「この館の主人が人を閉じ込めているのか? 囚人か何かか?」
「ううん。何も悪いことしてない人たちなの。ずっと泣いているわ。お家に帰りたいって。お願いあなたならきっと私の言葉を聞いてくれると思ったからお願いしに来たの」
「どうして俺なんだ? 俺よりももっと立派で強そうな奴らがいただろうに」
「ほかの人は駄目。怖いもの」
「……そ、そうか」

 勇者たちが怖くて俺が怖くないとは変わった子だな。
 しかしこの館の主が人さらいをしている可能性があるとなれば勇者たちが見逃すいわれはないだろう。
 大丈夫だと言おうとした俺より先に少女が動く。

「これを」

 少女は首から下げていたネックレスを俺に渡した。
 少女がつけるには少々ゴツい作りのアクセサリーだ。
 いくつかの種類の宝石と魔宝石が使われていて、なんらかの加護もかかっていそうだった。
 古い時代の魔道具はこういった装身具として作られていたのだが、このネックレスもそういう魔道具のような気配がある。

「これを依頼料にするわ」
「いや、家のものを勝手に依頼料にしたらマズいだろ?」
「大丈夫。これはお母さまの形見でただ一つ残った私のものだから。お願い。引き受けてください」
「いいからこれは君が持っていなさい。お母さんの形見なら大事なものだろ。俺は冒険者だが、今は勇者さまの従者だ。人を助けるのに料金はいらないんだ」
「助けてくれるの?」
「ああ」

 俺が受け合うと、少女の顔がぱぁっと明るくなった。

「ありがとう!」

 そう言うと、タタッと走ってまた窓から飛び出した。

「おい!」

 肝を冷やして窓から顔を出したが、地面に少女の姿はない。

「お願いね」

 声に振り向くと、壁にあるでっぱりを伝って、隣の窓のひさしへと飛び乗るところだった。

「おてんばだな」

 ため息をいてその後姿を見送った。
 どうやらかなり慣れているようで、その動きに危なげはない。
 俺もよく教会の屋根に登ったものだが、子どもってのはどうしてああも高いところに登りたがるものなんだろうか。
 
「あ!」

 部屋のテーブルの上にあの少女のネックレスが残されていた。
 俺はそのずっしりとした重みのネックレスを持ち上げる。

「仕方ないな」

 とりあえず勇者たちに相談するしかないだろう。
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