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第三章 神と魔と

204 森の中の館8

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 全員の配置は、モンクが入口の横、俺が階段扉の前、メルリルが荷物の隙間にフォルテと一緒に潜んでいるという感じだ。
 戦闘になった場合、先制攻撃を行うのはモンクの役割となる。
 ドアノブが回り、内向きにドアが開かれた。
 ランタンの光が闇を照らし、一瞬視界を奪う。

「コソドロか」

 言葉よりも早く、剣閃が走る。
 モンクのいた壁にガツンと音を立てて剣がぶつかり、瞬時に身を低くしたモンクが相手の足を払った。
 だが、その場から既に相手は飛び退いている。
 やはり館の主人だ。

「やれやれ一夜の宿を貸したもののそれだ盗賊だったとはよく聞く話ですが、まったく嫌な世の中ですな」
「何を言う。法を犯しているのはお前だろうが」
「ほほう。何か証拠がおありで」

 モンクの攻撃を躱しながら俺と言葉を交わす余裕があるとは。勇者が感じた通り、こいつかなりの実力者だな。

「俺たちがここにいる理由がお前ならわかるんじゃないか?」
「はてさて、何のことやら。ですが、私は甘い人間ではありませんよ? 砕けろ!」

 言葉の最後に館の主はランタンを放り投げ、荷物の上で砕いた。
 魔法か!
 砕かれたランタンから油と火が飛び散り、それが荷物に燃え移る。

「っ! メルリル!」

 たちまち燃え広がった火が荷物の間にいるメルリルとフォルテに襲いかかる。
 俺とモンクが火とメルリルに気を取られた隙に、屋敷の主はモンクに回し蹴りを叩き込んだ。

「美しいお嬢さんを傷つけるのは気が進みませんな」
「ぬかせ!」

 モンクは少し吹き飛ばされながらも踏ん張り、そのまま攻撃に移ろうとするも、機先を制して館の主が大ぶりの拳を叩き込む。
 俺はというと、その二人の戦いを横目に見ながら、メルリルを火に包まれた荷物の間から救出しようとしていた。
 と、燃え上がっていた火が、ゆらりと風もないのに揺らいだ。
 炎の間から白い手が掲げられ、その手をまるで炎が慕うように吸い寄せられる。
 ふわりと、メルリルが舞う。
 炎は彼女の周囲をくるりと廻ると消え去った。

「私は大丈夫」
「ああ」

 そうだ、メルリルにはメッセリとしての力がある。
 風と炎は彼女の友なのだ。

「なかなか粘りますね!」

 モンクと屋敷の主の戦いは決着がつかないまま続いていた。
 館の主が荷物を蹴り飛ばして崩し、部屋の足場を狭めている。体捌きが戦いの主体であるモンクにとって不利な環境が出来上がりつつあった。
 せっかく開けた空間がたちまち埋まっていく。
 館の主の手にした幅広の剣がモンクをかすめて荷物に当たるとそれをすっぱりと斬り裂いた。
 なんて切れ味だ。
 俺もなんとか参戦したいが、どうしても一対一でしか戦えない状況に追い込まれている。
 場を支配するという点では悔しいが相手のほうが一枚上手のようだ。
 と、館の主が戦いの合間に何かを口に入れるのが見えた。
 なんだ?

 嫌な予感がした俺は、紐の両脇に重りのついた狩り用の道具を構えた。
 隙を窺って奴の足に絡ませるつもりだったのだが、なかなかその隙が見いだせなかったのだ。
 だが、あまり相手に猶予を与えると、次々と手札を切られてしまうばかりだ。少しでも相手の動きを封じることでモンクの助けにならないと。
 そう思って俺が入口のほうへと向かったとき。ドガアッ! と、後ろから激しい音が響いた。

「な!」

 振り向いた俺が見たものは、この小部屋の小さな窓を破って飛び込んで来た黒い影だった。

「キャアアア!」

 メルリルの悲鳴が上がる。

「ギャギャッ!」

 と、メルリルの腕のなかから青い光が飛び出して黒い影に突っ込んだ。
 フォルテが襲撃して来た何者かに攻撃を仕掛けたのだ。

「魔犬だと?」

 それは大きな黒い犬だった。
 目が燃える火のように赤く、魔力が影のように体を覆っている。
 俗に魔犬と呼ばれる魔物だ。
 魔犬は護身用に貴人が飼っていることもあるが、人に馴れさせるのがかなり難しい。そのあまりの獰猛さをコントロールするのが厄介だと言われている。
 とんでもない隠し玉がいたもんだ。

「ガアアアアア!」
「クアアアア!」

 魔犬とフォルテの激しい攻防が続いている。
 攻撃力的にはフォルテが不利だ。せっかくの飛べるというアドバンテージも狭い部屋ではあまり意味をなさない。
 俺は狩り用の道具を懐にしまい、星降りの剣を抜いた。
 こうなったら館の主はモンクを信じて任せるしかない。

「フォルテ!」

 声を掛け、同時に星降りの剣を振るう。フォルテが直前で避け、発現した断絶の剣が魔犬を襲う。
 斬った、と、思ったが、なんと魔犬は天井まで飛んでくるりと体を回し、天井を足場にして俺の背後に回り込んだ。
 早い!

「ちっ!」

 素早く噛み付いて来るのをとっさに剣の腹で受ける。
 恐ろしい力がのしかかって来た。

「ガルルルル!」

 生ぬるい獣の息が顔にかかる。
 と、魔犬の体がまるで見えない手に掴まれたかのように浮き上がった。
 小さく歌が聴こえる。

「今度こそ終わりだ!」

 手応えもなく、星降りの剣が魔犬を切り裂く。
 どさりという重いものが投げ出される音と共に、吹き出した血が撒き散らかされ生臭い臭気を放った。
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