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第三章 神と魔と

207 森の中の館11

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 外は嵐、石造りの館は昼間であっても灯りなしにはいられないほどに暗い。
 だが、さらに昼間なのに夜よりも暗い場所があった。
 地下室の一画、牢のなかである。
 灯り一つない場所で縛られたまま男たちは転がされていた。
 魔力などさほど持たない彼らは、闇を見通す目もなく、何をすることも出来ない。そのはずだった。
 しかし、そのぐらいでおとなしくなるような人間が悪事を働くはずもないのである。

「くそが、おい、起きてるんだろうな」
「へ、へい、おやっさん」

 野太い声の呼びかけにくぐもった返事が返る。
 言葉がはっきりしないのは、歯がかなり折れてしまったからか、頬が腫れているからか。もしくは鼻が曲がっているせいかもしれない。

「せっかく獲物があっちから飛び込んで来たと思えばとんだ食わせものだったわ。役人に雇われた冒険者かなにかだったんだろうが、ちっ、凄腕を雇いやがったな」
「全くで」

 ズルズルとおやっさんと呼ばれた男がケガの多い男のほうへと這いずる。

「おい、お前、魔道具は何か残しているか?」
「いえ、全部取り上げられました」
「くそっ、じゃあ俺の分だけか」
「さすがおやっさん。魔道具を隠してたんで?」
「ああ、さすがに奥歯のやつには気づかなかったようだ」
「へっ、間抜けなやつらだ」
「幸い縄で縛られているだけだ。このぐらいは焼き切ってしまえばいい」
「おお」
「油断しきっている今がチャンスだ。女子どもを人質にして一気に立場を逆転してやる」
「へへっ、やつらの泣き叫ぶ顔が早く見たいですね」

 闇のなかで交わされる悪党共の相談が盛り上がっていたとき。
 どこからか、コツンコツンという小さな音が聞こえて来た。

「ん? 誰か来やがったか」

 慌てて寝たふりをした二人だが、何か様子がおかしいことに気づいた。
 人の足音にしては軽すぎるのだ。

(なんだ?)

 疑問が沸き起こったそのとき。

「ケーッ! ケェツ! ケェッ!」

 けたたましい声と共にバサバサという大きな音が響いた。
 男たちはぎょっとして声の方向を見る。
 すると、青いぼんやりとした光が浮かび上がり、それがゆらゆらと揺れながら近づいて来る。

「悪い人、だあれ?」

 突然、男の真後ろから少女の声が響いた。

「うわっ! こ、子ども?」

 まさか自分たちと一緒に子どもを閉じ込めたのかと、男たちが驚くが、おやっさんと呼ばれた男はニヤリと笑う。

「ちょうどいい。人質にしてやるぜ。はぜろ!」

 男たちの眼前に赤い火が燃え上がる。
 一瞬にして真っ暗だった牢のなかが照らされた。
 しかしそこには男たちしかいない。

「なに?」
「ケッケッケケケケケッケケケ!」

 牢のなかで呆然としていると、今度は牢の外からけたたましい声が再び響いた。
 青い光が矢のように飛んで来たかと思うと、火を切り裂き消し去ってしまう。

「ど、どうなってやがる」

 ここで、ようやく男たちは異常に気づいた。
 自分たちが相手にしているのは人間ではないのではないか、と、

「ワルイ、ニンゲン、マルカジリ、ニクモ、タマシイモ、オイシクイタダクゾ!」

 感情のこもらない無機質な声が甲高く宣言した。
 
「ひいいい!」

 最初に音を上げたのはケガだらけの男だ。

「や、やっぱり噂は本当だったんだ。この館呪われてるって誰も近づかないからちょうどいいっておやっさんが言うから! お、俺はもう悪いことしねえから、勘弁してくれ!」
「だ、だまれバカ! こんなのは魔法かなんかに決まってるだろ! 俺たちを脅して従順にしようってハラだ。そうだろ!」
「やっぱり悪い人?」
「ひぃ!」

 耳のすぐそばで聞こえた少女の声に、ケガだらけの男は悲鳴を上げ、痛みも忘れてその場を転がり離れた。

「くそが! 正体を現しやがれ! はぜろ!」

 おやっさんと呼ばれた男が再度火を放つ。
 が、その火はちろりとトカゲの舌のように闇を舐めたあと、消え去った。

「な、なに? はぜろ! はぜろ!」

 もはや火花も起こらない。
 クスクスクスと子どもの笑い声が聞こえた。

「ひ、ひい」

 バサリと、大きな音と共にひんやりとした風が二人の男に吹き付けた。

「イタダキマース」

 バリバリと大きな音と金臭い臭い。
 男たちが気を失う前に覚えていたのはそこまでだった。

 ◇◇◇

「ん?」

 館を訪れてから三日目の朝。
 ようやく嵐も収まり、移動が出来るようになったので地下の様子を見に降りた俺の目に飛び込んで来たのは、大きく口を開けて白目を剥いて転がる二人の悪党共だった。

「おいおい、まさか死んでねぇだろうな?」

 一日程度水や食い物なしでも大丈夫だろうと、あえて弱らせるために与えてなかったのだが、まさかその程度で死んでしまったのだろうか。
 いや、もしかしたら油断させるための芝居かもしれない。
 俺は用心しながら牢に近づく。
 よく見ると、牢のなかに焦げ跡があった。

「まさか! おい、アルフ。何かあったときのためにいつでも相手を昏倒させる魔法を使えるように準備しておいてくれ」
「わかった」

 一緒に来ていた勇者が、少し嬉しそうに答えた。
 こいつらに魔法を撃ちたいんだな。
 とりあえずやる気があるのはいいことだ。
 俺は牢のカギを開け、用心しながらなかに入り、男たちの首にそれぞれ手を当てる。
 うん、脈はあるな。本当に意識もないようだ。何があったのやら。
 次いで、その体をあちこち探る。
 目当てのものが見つからない。
 そう言えば、昔歯に魔道具を仕込んだ貴族出身の冒険者がいたことを思い出して、まさかと思いながら二人の男の口を開かせてなかを覗き込んだ。

「うおっ、本当にあった。ヤバかったな」
「魔道具か?」
「簡単な魔法を一つか二つ仕込めるタイプのやつだな。こいつら犯罪者のくせして金持ちすぎないか。こりゃ上に繋がりがあるのを疑ったほうがいいかもな」
「領主もグルか?」

 勇者の顔が剣呑なものになる。
 俺は慌てて手を振って否定した。

「いや、決めつけるな。とりあえずまずは報告してからだ。その対処の仕方で考えよう」
「キュウ?」

 俺たちがなぜか気絶している犯罪者たちの処遇を相談していると、バサバサと羽音を立ててフォルテが俺の頭に舞い降りた。

「お、昨日は見回りご苦労さん。偉かったぞ」

 フォルテは昨日日中だけでなく一日中自主的に館の見回りを引き受けてくれたのだ。
 言われたことをただやるだけでなく、自発的にパーティの役に立つように行動するとは成長したなぁ。

「ガキ共を相手してやった俺のほうが偉いだろ!」

 勇者が主張する。
 そうなぜか子どもたちがみんな勇者になついてつきまとっていたので、日常的なことでやれることの少ない勇者に昨日は一日子どもたちの相手を頼んだのだ。
 夜にはぐったりとしていたが、それだけ働いたと主張したいのだろう。

「ああ、アルフもよくやった」
「あ、おおう」

 勇者は一瞬キョトンとした後、うれしそうに笑う。
 うんうん、そういう笑顔は若者らしくていいと思うぞ。フォルテに対して挑戦的な目つきをしなければな。
 ともあれ、ようやく行動出来る。
 こいつらを衛兵に引き渡して、領主には他国から攫われた被害者が戻れるように手配してもらわないとな。
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