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第三章 神と魔と

217 旅の疲れを落とす

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 各自部屋に収まった後は、湯浴みが出来るということで、全員で浴室におもむく。
 メルリルと聖女のおかげでほとんど砂を被ることもなかったが、それでもやはり疲労はあったので、正直ありがたかった。
 問題は俺とメルリルも勇者一行と一緒に同じ風呂に入っていいかということだ。
 なにしろ従者という触れ込みだからな。

「教会の建前では、全ての人間は等しく神の恩恵に浴すとなっているんだから問題ない」

 というのが勇者の言い分だが、建前と本音というものがある。
 
「導師がいつ押しかけて来るかもしれん。バラバラにならないほうがいいだろう」

 俺とメルリルが遠慮すると、勇者はそう重ねて言った。
 確かに、バラバラにいるところに難癖つけられたら何か不都合が発生する可能性がある。
 あえて咎め立てする者がいないのであればいいか、と、俺とメルリルも勇者一行と一緒に湯浴みした。
 まぁいまさらだしな。

 大聖堂の湯着は、刺繍の入った立派なもので、部屋着の間違いじゃないかと思ったのだが、そういう湯着らしい。
 大聖堂で働くものは、神の僕としてわりと身を清める機会が多いので、湯着にもそれなりに手を入れているとのことだった。
 大聖堂には金はあるだろうから、そういうところでケチらないということだろう。

 暖められた石の上に腰掛けて、置いてある手桶で湯を体にかける。
 フォルテは湯の上に羽を広げて器用に浮かんで、全員の笑いを誘った。
 クルクル回っている様子が水面の花のようでなかなか綺麗だ。
 その一方で、ちらりと見えた、体の線がくっきりと浮き上がったメルリルを、なるべく視界に入れないようにしていた。
 余計な意識が湧き上がってしまうからな。目の毒すぎる。
 そうこうしながら、俺たちは湯浴みを終えた。
 いつもよりも湯上がりが火照っっている感じがする。
 俺は頭を振って、気持ちを切り換えた。

 湯から上がって、全員体を拭いて着替え、風呂場の横の茶室で寛いでいると、控えめにドアがノックされ、俺たちの世話役のノルフェイデが現れた。

「おくつろぎのところ、申し訳ありません。導師インティト・ハスハさまより会食のお申込みを頂きました」
「来たか」

 想定内というか、想定よりも遅いぐらいだ。
 それに会食として申し込んで来るとは思わなかった。
 せっかくの食事が緊張感の溢れるものになりそうだな。

「導師殿に、申し訳ないが到着直後で疲労が激しく、本日の食事は身内のみで行いたい。改めて後日会談の場を用意していただけないだろうか? と、伝えてくれ」

 おお、勇者よくやった。
 いつもなら無礼千万な返事に頭の痛い思いをするところだが、さすがに今日はもう面倒なことはしたくなかった。
 それに、到着したばかりの相手に無理強いするのはホスト側の度量不足と捉えることが出来る。
 正確に言えば、別に導師はホストでもなんでもないのだが、第三者から見た場合どう見えるかという話だ。

「はい。承りました。そのように」

 世話役のノルフェイデさんも特に反対もせずに粛々とその言葉を受け入れた。
 さてさて、どうなるかな?
 部屋を出るノルフェイデさんを見送って、勇者が俺をじっと見た。
 なんだ?

「師匠、食事の話をされたら腹が減った。何か軽いものを作ってくれ」
「は?」

 こいつ。
 いや、実際風呂上がりで喉が乾いているし、茶を淹れて茶請けがないのも寂しい。
 ここは大人らしく率先して動こう。
 なんと言っても俺は勇者の従者だからな。

「わかった。待ってろ」

 俺がそう言うと、勇者は一瞬キョトンとした顔をして、次に破顔した。
 何だお前、その、言ってはみたけど無理だと思ってたのに、願いが叶ったみたいな顔は?
 横で聖騎士が笑いをこらえているぞ?

「私も手伝います!」

 メルリルがさっと立ち上がる。

「ああ、メルリルは茶を淹れてくれ。もうだいたい慣れただろ?」
「はい! お茶の淹れ方はもう万全! ただ、まだお茶選びはあまり自信がないんですけど」

 うんうん、だいぶがんばって料理やお茶の淹れ方を覚えたもんな。
 お茶を淹れるのはもう安心して任せられる。

「湯浴みの後だから、すっきり飲めるものがいいだろう。体に負担が少ないものを選ぶといい」
「はい!」

 茶室の従者用の準備室には、当然ながら茶を淹れたり、簡単な料理を作れる設備がある。
 俺とメルリルはそこで手早く準備をして茶の用意をした。
 この準備室には焼き菓子やパンなどの材料も用意してあるので、ちょっとしたものなら材料を持ち込む必要もない。
 酒や砂糖まで置いてあって驚いたが、ありがたく使わせてもらうことにして、挽き割り粉に水と酒を垂らし、練ったものを焼き、それに砂糖をまぶした焼き菓子を作った。

「甘くて美味しいですね」

 聖女さまがその焼き菓子を大変お気に召したようだ。
 
「お茶もすっきりして飲みやすいし、甘い菓子に合ってるね」

 モンクもメルリルのお茶を褒める。
 メルリルがとてもうれしそうだ。

「甘すぎるかなと思ったが、美味い」

 勇者は最初直接砂糖がまぶしてあるのを見て、焼き菓子を食べるのを躊躇していたが、食べてみたら気に入ったらしく、バクバク遠慮なく食っていた。

「ずっと旅続きだったし、さすがに疲れているから、体が甘いものを欲しいんだろう」
「そうですね。甘味はありがたいです」

 俺の言葉に聖騎士クルスがうなずいた。

「キュウ!」
「お前はこっちな」

 勇者たちの皿の上の焼き菓子を取ろうとしたフォルテに、俺の皿の砂糖をまぶしていないほうの焼き菓子を差し出す。

「キュ~」
「いや、お前糖分必要なのか? 必要ないだろ。こっちは酒の風味だけだから大人の味だぞ」
「ピュイ!」

 大人という言葉が効いたのか、フォルテは勇者たちの皿にある菓子をあきらめて、俺の皿から菓子を取って食べ始めた。
 ん? 勇者がなにやらこっちを見ているぞ。

「し、師匠。やっぱり俺は甘いのよりは、甘くないほうがいい」
「……まぁいいか」

 俺の皿から焼菓子を分けてやる。
 大人の味という言葉に惹かれたのか? 相変わらずフォルテとものの考え方が似ているやつだな。
 そういうのを子どもと言うんだぞ?

 その後の夕食が全員あまり進まなかったのは言うまでもないだろう。
 世話役のノルフェイデさんに余計な心配をかけて申し訳なかった。
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