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第五章 破滅を招くもの
364 空白の地
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いきなり要塞のようなものに近寄るのも危険なので俺たちは奴隷を連れた連中がやって来た方向に回り込んだ。
要塞は切り立った崖の上に建設されていたのでおそらくかなり見晴らしがいいはずだが、俺たちには聖女の隠れ鬼の魔法があるので移動にそこまで注意しなくてもいいので助かる。
まぁ夕暮れが迫っているので普通に認識しにくい時間ではあるのだが。
「また不快なものを見る羽目になるかもしれないぞ」
「連中の会話からして不快なものがあるのは確実のように思うけどな」
俺の警告に、勇者は未だ怒りを感じさせる声で答える。
別に俺に怒っている訳ではないのはわかっているが、怒りが勇者の気配を剣呑なものにしていた。
「アルフ、気配を抑えろ。魔物が寄って来るぞ」
魔力持ちが殺気を放つということは魔力を放つということでもある。
魔力の多い場所を好む魔物を引き寄せる可能性があった。
「……わかった」
「俺だって腹は立ってるさ」
「……人を」
俺が勇者をなだめていると、聖女がぽつりと言った。
「人をなんだと思っているのでしょうか? わたくしたちの祖先がどれほどの苦労をして人の命を守って来たかわかっているとはとても思えません。歴代の勇者さまや、聖者さまや導師さまがその身命を神に捧げて購って来た全てを冒涜する行いです」
どうやら顔に出ないだけで聖女もかなりご立腹だったようだ。
もちろん俺だって腹立たしいが、人が人を軽んじるのは何も東だからという訳でもない。
他人の命を軽く見ている人間はそこそこいる。
西にだって目を覆うような残虐な行いをしていた奴はいるのだ。
だがまぁ、育ちのいい勇者や聖女はそういうことは知らないのだろうし、それは健全なことだろう。
あえてそのことを言い募るつもりはなかった。
そんな話をしながら問題の場所らしきところに到着したのは、完全に暗くなってしまってからだった。
明かりは目立つので、俺や勇者は自前の魔力で、ほかは聖女の補助の魔法で夜目が利くようにして行動する。
というかつくづく聖女の魔法って便利だよな。
直接の攻撃力はないが、冒険者としては攻撃力の高い魔法なんぞよりもずっと重宝すると思える。
「夜目の魔法は対象者の負担になるのであまり好きではありません。とても目が疲れてしまうのです」
「いいことばかりとは行かないか」
「はい。例えば天使の行軍も疲れにくくなりますが、疲労が少ない分体を鍛えるのには向きません。魔法によるサポートというものはいいことばかりとは言えないのです」
「使い所を考えて使わないとな」
「はい」
聖女の魔法も万能とは程遠いということか。
そりゃあそうだろうな。
基本の俺たちの体の本来持っている能力ではないものを付与されるんだから体のほうも戸惑うか。
周囲を確認してメルリルが不思議そうに言った。
「精霊がここには存在しない」
「それって死んだ土地ということか?」
メルリルの言葉に勇者が顔をしかめながら言った。
そう、問題の場所には予想したような無惨な痕跡は存在しなかったが、文字通り何もない場所だったのだ。
土があるはずの地面は、さらさらの掴みどころのない砂のような感じで、何の痕跡も残ってなかったのである。
ただし、そこが異様な場所だということはわかった。
どんな場所にしろ、自然のなかの環境にはある程度魔力があるものだ。
しかし、この場所には魔力が存在しなかった。
ぽっかりと魔力がない空間があるだけだ。
本来そんなことが起きるはずがない。
もしなんらかの影響で魔力がなくなったとしても、以前学者先生が言っていたように、周囲の魔力がそこに押し寄せて来るからだ。
連なった空間はつねに釣り合いを求める。
傾いたままにはならない。
もし傾きが戻らないなら、その理由があるはずだ。
「ダスター、この場所は異界化をしている」
メルリルが震えていた。
「異界化だと? ダンジョンみたいにか?」
「ダスター師匠、それおかしくない? 確かダンジョンって、魔力過多で土地が変質して出来るもんなんでしょ?」
モンクがうさんくさそうに言った。
確かにモンクの言う通りだ。
俺はじいっとその空間を見た。
一見すると何もなさそうな場所だ。
何かの結界があるという訳でもない。
「いや、……待てよ」
目を凝らす。
夜目を使っているのでそこからさらに魔力を見るのはちょっと厳しいか。
「フォルテ、サポートしてくれ」
「クルル……」
フォルテが俺の内側に入り込む。
何かがある。
この場所の中心部に。
「……なかに、何かがいる?」
「なんだって!」
ぎょっとしたように勇者がその場所をじっと見る。
「くそ、よくわからないな」
「アルフ、お前の魔法をここの中心に叩き込んでみてくれ」
「へ? 何を?」
「なんでもいい。出来るだけ魔力がこもったやつだ」
「魔力が凝縮された魔法ならこれかな? 『結実せよ!』」
勇者の詠唱と共に、渦を巻く魔力が魔力の存在しない空間へと放たれた。
どんな魔法なんだか知らないが、魔力がどんどん中心に凝縮されていくのが見える。
とその魔法が枯れた土地の中心部に差し掛かったとき。
突然何かがその魔法を絡め取った。
「なんだ?」
勇者が驚きの声を上げる。
フォルテの力を借りていた俺にはその姿が見えていた。
それは透明の触手のようなものだ。
何十本もの透明な触手が、まるで投網のように勇者の魔法に向けて飛びかかった。
どうやらアレが魔力を食っていたようだ。
「魔物? いや、生き物の気配が感じられない。なんだ、あれは?」
ソレは捕らえた魔法を飲み込むとさらに凝縮させはじめた。
そして地面の底へと潜り込もうとする。
「ちっ、『開け!』」
勇者が鋭く詠唱した。
と、地中に潜り込んでいた魔力が今度は外側に弾ける。
途端に砂が噴水のように吹き上がり、周辺の魔力が一気になだれ込み始めた。
「ぐっ」
「師匠、危ない!」
腕を掴まれて引きずられる。
あの透明な触手があった場所に向かって引きずられかけたらしい。
全員が慌てて魔力のない場所から離れた。
「なんだったんだ?」
「うわっ、砂まみれに」
頭から砂を被ってしまってひどい有様だった。
「あ、精霊が戻り始めた」
メルリルが少し嬉しそうに言う。
その様子になんだか落ち着いた。
何が何やらわからないが、とりあえずこの場所を離れることにする。
出来るだけ安全そうな場所を見つけて今夜はとりあえず休んで、明日改めて調べることとしよう。
要塞は切り立った崖の上に建設されていたのでおそらくかなり見晴らしがいいはずだが、俺たちには聖女の隠れ鬼の魔法があるので移動にそこまで注意しなくてもいいので助かる。
まぁ夕暮れが迫っているので普通に認識しにくい時間ではあるのだが。
「また不快なものを見る羽目になるかもしれないぞ」
「連中の会話からして不快なものがあるのは確実のように思うけどな」
俺の警告に、勇者は未だ怒りを感じさせる声で答える。
別に俺に怒っている訳ではないのはわかっているが、怒りが勇者の気配を剣呑なものにしていた。
「アルフ、気配を抑えろ。魔物が寄って来るぞ」
魔力持ちが殺気を放つということは魔力を放つということでもある。
魔力の多い場所を好む魔物を引き寄せる可能性があった。
「……わかった」
「俺だって腹は立ってるさ」
「……人を」
俺が勇者をなだめていると、聖女がぽつりと言った。
「人をなんだと思っているのでしょうか? わたくしたちの祖先がどれほどの苦労をして人の命を守って来たかわかっているとはとても思えません。歴代の勇者さまや、聖者さまや導師さまがその身命を神に捧げて購って来た全てを冒涜する行いです」
どうやら顔に出ないだけで聖女もかなりご立腹だったようだ。
もちろん俺だって腹立たしいが、人が人を軽んじるのは何も東だからという訳でもない。
他人の命を軽く見ている人間はそこそこいる。
西にだって目を覆うような残虐な行いをしていた奴はいるのだ。
だがまぁ、育ちのいい勇者や聖女はそういうことは知らないのだろうし、それは健全なことだろう。
あえてそのことを言い募るつもりはなかった。
そんな話をしながら問題の場所らしきところに到着したのは、完全に暗くなってしまってからだった。
明かりは目立つので、俺や勇者は自前の魔力で、ほかは聖女の補助の魔法で夜目が利くようにして行動する。
というかつくづく聖女の魔法って便利だよな。
直接の攻撃力はないが、冒険者としては攻撃力の高い魔法なんぞよりもずっと重宝すると思える。
「夜目の魔法は対象者の負担になるのであまり好きではありません。とても目が疲れてしまうのです」
「いいことばかりとは行かないか」
「はい。例えば天使の行軍も疲れにくくなりますが、疲労が少ない分体を鍛えるのには向きません。魔法によるサポートというものはいいことばかりとは言えないのです」
「使い所を考えて使わないとな」
「はい」
聖女の魔法も万能とは程遠いということか。
そりゃあそうだろうな。
基本の俺たちの体の本来持っている能力ではないものを付与されるんだから体のほうも戸惑うか。
周囲を確認してメルリルが不思議そうに言った。
「精霊がここには存在しない」
「それって死んだ土地ということか?」
メルリルの言葉に勇者が顔をしかめながら言った。
そう、問題の場所には予想したような無惨な痕跡は存在しなかったが、文字通り何もない場所だったのだ。
土があるはずの地面は、さらさらの掴みどころのない砂のような感じで、何の痕跡も残ってなかったのである。
ただし、そこが異様な場所だということはわかった。
どんな場所にしろ、自然のなかの環境にはある程度魔力があるものだ。
しかし、この場所には魔力が存在しなかった。
ぽっかりと魔力がない空間があるだけだ。
本来そんなことが起きるはずがない。
もしなんらかの影響で魔力がなくなったとしても、以前学者先生が言っていたように、周囲の魔力がそこに押し寄せて来るからだ。
連なった空間はつねに釣り合いを求める。
傾いたままにはならない。
もし傾きが戻らないなら、その理由があるはずだ。
「ダスター、この場所は異界化をしている」
メルリルが震えていた。
「異界化だと? ダンジョンみたいにか?」
「ダスター師匠、それおかしくない? 確かダンジョンって、魔力過多で土地が変質して出来るもんなんでしょ?」
モンクがうさんくさそうに言った。
確かにモンクの言う通りだ。
俺はじいっとその空間を見た。
一見すると何もなさそうな場所だ。
何かの結界があるという訳でもない。
「いや、……待てよ」
目を凝らす。
夜目を使っているのでそこからさらに魔力を見るのはちょっと厳しいか。
「フォルテ、サポートしてくれ」
「クルル……」
フォルテが俺の内側に入り込む。
何かがある。
この場所の中心部に。
「……なかに、何かがいる?」
「なんだって!」
ぎょっとしたように勇者がその場所をじっと見る。
「くそ、よくわからないな」
「アルフ、お前の魔法をここの中心に叩き込んでみてくれ」
「へ? 何を?」
「なんでもいい。出来るだけ魔力がこもったやつだ」
「魔力が凝縮された魔法ならこれかな? 『結実せよ!』」
勇者の詠唱と共に、渦を巻く魔力が魔力の存在しない空間へと放たれた。
どんな魔法なんだか知らないが、魔力がどんどん中心に凝縮されていくのが見える。
とその魔法が枯れた土地の中心部に差し掛かったとき。
突然何かがその魔法を絡め取った。
「なんだ?」
勇者が驚きの声を上げる。
フォルテの力を借りていた俺にはその姿が見えていた。
それは透明の触手のようなものだ。
何十本もの透明な触手が、まるで投網のように勇者の魔法に向けて飛びかかった。
どうやらアレが魔力を食っていたようだ。
「魔物? いや、生き物の気配が感じられない。なんだ、あれは?」
ソレは捕らえた魔法を飲み込むとさらに凝縮させはじめた。
そして地面の底へと潜り込もうとする。
「ちっ、『開け!』」
勇者が鋭く詠唱した。
と、地中に潜り込んでいた魔力が今度は外側に弾ける。
途端に砂が噴水のように吹き上がり、周辺の魔力が一気になだれ込み始めた。
「ぐっ」
「師匠、危ない!」
腕を掴まれて引きずられる。
あの透明な触手があった場所に向かって引きずられかけたらしい。
全員が慌てて魔力のない場所から離れた。
「なんだったんだ?」
「うわっ、砂まみれに」
頭から砂を被ってしまってひどい有様だった。
「あ、精霊が戻り始めた」
メルリルが少し嬉しそうに言う。
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