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第五章 破滅を招くもの

378 母国

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 合成魔獣キメラから分離した子どもたちには、俺たちの着替えからシャツを出して着せ、紐で縛ってベルトのようにした。
 ちょっとみすぼらしいが、五、六歳の子どもならそれほどうるさく言う人間もいないだろう。
 それとそれまで利用していた隠れ場所が魔物の血肉まみれになってしまったので、勇者の炎で燃やしてから土を被せ、どこか危険の少ないところに移動することにした。
 人数が多いので身を隠せる場所が見つからない。
 仕方ないので小さな林に入って、聖女の魔法で安全を確保する。

「ここからここまでが結界の範囲だから。何かあったら逃げ込んで来るように。行動するときは子どもたちは年長者と三人以上で、大人組は話があるから残ってくれ」

 簡単に説明して野営の準備を手分けしてもらうことにした。
 
「結界ってなんだ!」

 十四、五歳かもうちょっと上ぐらいの年長組の男の子が手を挙げて尋ねる。
 というか、東のほうではものを尋ねるときに手を挙げる決まりがあるのだろうか?

「仲間と認めた者以外は入って来れなくなる魔法だ。攻撃が通らないので安全な場所になる。一度設置すると場所の移動は出来ない」

 簡潔に答えると、年長組から年少組までの子どもたちから歓声が上がった。
 大人組も「凄い」とか「魔法とか本格的におとぎ話だな」とか言っている。
 魔宝石を大量に作っていたり、ドラゴンと戦ったりしているくせに魔法を知らないのか。
 東の技術は謎が深いな。

 とりあえずモンクとメルリルが子ども扱いが上手だったので任せることにした。
 ついでに小さい子どもたちにフォルテが大人気だったため、子守りを頼んだ。
 文句を言っていたが、案外楽しそうだったぞ、あいつ。

「あんたたちに残ってもらったのは、東の国々のことを俺たちがほとんど知らないからだ。知識のない俺たちがいきなり訪れたら浮いてしまって目立つと思うんで、最低限のことを教えて欲しい」
「……あんたら俺たちの国に来るつもりなのか?」

 予知者のウルスが少し考え込むように尋ねる。

「そういう仕事なんだ」
「そういう仕事って……」

 俺たちの顔ぶれを見て、ウルスが顔をしかめた。

「なんかこう、掴みどころのない顔ぶれだよな」

 まぁ確かに何も知らない立場で俺たちを見たらそう思うよな。
 勇者パーティは二十前後の若者だし、聖女なんて見かけだけなら年長組の子どもたちよりも幼く見える。
 メルリルは森人だし、俺だけ年が上で浮いてるよな。
 しかも目立つ鳥を連れているし。

「俺はてっきりどっかの学校のフィールドワークであんたが引率の先生かと思ってたぞ」
「いや、それは無理があるだろ。西からここまで子ども連れて来る先生がいるかよ」
「やっぱり西方から来たってのは冗談じゃなかったんだ」
「ああ、ついでだから明かしておくが、そっちの頭が金色の奴は勇者だ。それとさっき合成魔獣キメラだった子どもたちを救ったのが聖女だ」

 てっとり早く説明する。
 どうやら自分の国でそれなりの立場があるらしいウルスとは腹を割った話をする必要が出て来るので、先に俺たちの立場を表明しておくことにしたのだ。

「はぁ? おとぎ話にも程があるだろ、俺を騙してるのか?」
「こんな話であんたを騙して何になるんだ? 俺たちはこの世界に悪い異変が起こっているからと大聖堂から派遣されたんだ。ちなみに俺はただの冒険者だ」
「は? ふざけんな、西ではただの冒険者が人と魔物の混ざった生き物を元通りに出来るのかよ!」
「あれはさっきも言ったが、聖女であるミュリアと、あの子、治癒者のカウロって子のおかげだな。特にカウロは最初に体内の酷い状態を整えてくれたからな。あの子どもたちが動けるようになったのもあの子のおかげだし。天然の治癒者ってのは凄いもんだ」
「いや、確かにあの坊主は凄いかもしれんがよ。まぁいいか。で、何が聞きたいんだ?」

 ウルスは呆れたような顔で肩をすくめると話を促した。

「まず一つは、東国では魔力持ちは危険だからと一箇所に集めているという話は聞いていたが、こんな実験をしていて誰も抗議しないのか? 突然家族を連れさらわれる訳だろ」

 これは気になっていたことだ。
 俺が帝国で亡命者だという兄妹に会ったときには、妹を守るために亡命したとは聞いていたが、ここまで酷いことが行われているという話ではなかったと思う。
 ドラゴンに連れさらわれた亡命者も、逃げたときには合成魔獣キメラではなかったはずだ。

「言っておくが、俺だって知らなかったんだからな! 一部の国の偉いさんたちが魔人は危険だから隔離すると言っていて、実際に見つかったら収容所送りになる国もあることは知っていた。だがまさか、あんな胸糞悪い実験をしていたとか、知られていたら大問題だ」
「収容所送りになる国もあるってことはならない国もあるのか?」
「そうだ。俺は海王の人間だ。海王は魔人は登録制だが強制収容はしないという建前だ」
「建前か……」
「ああ、登録するとなんだかんだと理由をつけてどっかに連れて行かれるという話だったんで、俺は嫌な予感がして登録してなかった。それなのにライバル店に怪しまれてたんだろうな。ある日突然連れさらわれてこのザマよ」
「なるほど」

 東方の国も一枚岩という訳ではないらしい。

「あなたはどうですか? 確かお子さんを家に残されているとか」

 もう一人の大人である女性に尋ねる。

「私、子どもを産んだ後の定期検診に病院に行ったらそのまま……」

 彼女はそう言って泣き出した。
 子どもを産んだばっかりなのか。
 それは心配だろう。

「国はどちらですか?」
「私は天杜あめもりです。我が国では魔人は危険だからと収容所に入るのが当然とされています。でも、私、これまでそんな検査に引っかかったことなかったのに!」
「子どもを産んで魔力が発現することはよくあることです。命に関わる体験をした人は眠っていた魔力を呼び起こすことがあるんです」
「そんな……そんな……」

 また泣き出してしまった。
 ウルスが俺の腕を引っ張って耳打ちする。

天杜あめもりの国は最も神に近い国として信心深い人間が多い。魔人は特別な人間だと教えているのは国護りの天の主だ。その女は国に返さないほうがいいぞ」
「でも子どもがいるんじゃ」
「子どもは国の子として育てられる。魔人の母親が育てるよりずっと幸せさ」

 ウルスの言いように俺はイラッとした。

「親が育てるよりも国が育てるほうが幸せだと?」
「当然だ。迫害されている親に子育てが出来るか。だが国なら将来のために子どもに豊かな衣食住を与えて教育を施す。どっちが幸せかなんて考えるまでもないだろ」

 すると、ウルスの言葉が聞こえていたらしい女性が泣き止んだ。

「そう、そうね。私が育てるよりも坊やは、慈悲深き国護りの主の子として育ったほうがきっと幸せだわ」

 そう言って肩を落とした。
 納得してしまったのか。
 それでいいのだろうか?
 確かに貧しい生活は辛く苦しい。
 俺自身開拓村の生まれだし、先日会った隠れ里の子どもたちだって、美味しいものを食べたことも温かい服を着たこともないだろう。
 子どもだって朝から晩まで働かなければ生活出来ない。

 でもそれを他人から不幸だと言われるのは酷く腹の立つことだ。
 とは言え、人さまの家庭のことに首を突っ込むのはそれはそれで無責任だろう。
 今の所大事なのは東方の国々にもそれぞれ違いがあるということだ。
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