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第五章 破滅を招くもの

382 魔法使いの弟子

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「山沿いにある防壁には特徴があってな」

 海王国の予知者ウルスが、巨大な防壁を見ながら説明を続けた。

「北に行くほど立派で、南に行くほど形だけのものになる……のだそうだ」
「伝聞かよ」
「当たり前だろ。いや、考えてみろよ、いくつもの国をまたいで続いているバカ長え壁を全部見た奴がそうそういる訳ねえだろ?」
「それはそうだが、そう考えると元々のその話がどこから出て来たってことになるぞ」
「歴史的な建造物の写真を専門に撮っている撮影家がいるんだよ」
「写真?」

 ウルスの説明に、俺だけじゃなく勇者やメルリルも首をかしげた。

「おい、まさか、西には写真もねえのか? 光を利用して風景とかを紙に印刷する技術だよ」
「印刷ってなんだ?」

 また訳のわからない言葉が出て来たが、それに答えたのは聖女だった。

「お師匠さま。印刷というのは文字や絵を模写するのではなく、転写する技術のことです。薄く削ったガラスの板に魔鉱石の粉をまぶして、対象の上に置いて魔力を込めることで原版を作れます。それにインクを流して紙に写すのです。最近は大聖堂の書物はそうやって印刷したものを各地の教会に配っているのですよ」
「なるほどね。で、写真ってのは?」
「それはちょっと、申し訳ありません」

 印刷についてはわかったが写真についてはさすがの聖女さまも知らないらしい。
 だが、今の説明でなんとなくはわかる。
 魔鉱石の粉をまぶしたガラスの薄板というやつを風景に向けて写し取るということなのだろう。
 なんともはや、驚きだな。
 東方は魔道具は発達していないと思っていたが、そうでもないようだ。

「つまりミュリアの言ったような印刷を風景に向けて行う技術のことか? 凄いな」
「いや、凄いのはそっちかもしれんぞ。なんだ、魔鉱石とか魔力って」

 ウルスが呆れたように言う。
 ん? どういうことだ。

「東でも魔鉱石は使うだろ? あの研究所のやつらが人工的にバカみたいにでかい魔宝石を造っていたし、機械にも利用していたぞ。ほら、これだ」

 俺は以前研究所で機械から取り出した魔宝石をウルスに見せた。

「……これはただのレンズじゃないか? いや、まぁ色付きを使うのは珍しいが、……うん?」

 ウルスは魔宝石を覗き込むと、顔をしかめた。

「あんまり見るなよ。魔力持ちは魔宝石のなかの魔力に干渉しちまうから、魔力が暴発するかもしれんぞ」

 ウルスは俺の言葉にぎょっとしたように顔を離した。

「おい、やめろよ」

 俺の忠告に悪態をつくが顔が青い。
 本当に何か作用したのかな?
 まぁ道具の介在なしにこの程度の魔宝石でそれほど重大な事故は起こらないけどな。
 ウルスはその魔宝石をじっと見て、何かを考え込んでいる。

「今、はっきりとした映像が見えた」
「……どういうことだ?」
「おそらく未来の光景だ」
「へ?」

 ウルスの言葉に今度は俺がぎょっとする。

「それは有り得るかもしれんぞ。王国付きの預言者も魔宝石の大きな結晶を仕込んだ杖を持っていた。おそらく補助に使っていたんだと思う」

 勇者が自分の経験からの知識を披露した。
 マジか、そういう使い方をする場合があるんだな。

「どんな光景だったんだ? 悪い知らせか?」
「いや、特に悪いという内容でもなかった。俺たちはまるで廃墟のように崩れた壁を越えていたんだが、子どもたちの一人がそこで転んでケガをしていたようだった」
「悪いじゃないか」
「別に大ケガじゃない」

 ふむ。
 確かに些細な予知だな。
 ウルスは東の人間だから今まで魔力をコントロールするという考えがなかったのだろう。
 だから予知も重要なものもそうでないものも、ごちゃまぜで発現してしまうのだ。
 とは言え、映像として見えるというのは、今までのなんとなく危ないとかいう予知よりも遥かに使い勝手がいい。

「ウルス、それやるから使いこなしてみろ」
「はぁ?」
「いいかよく聞け。お前たちは東側ではいわば犯罪者のような立場だ。これまでのようになんとなくで魔力を使っていたらまた捕まって、今度は確実に化物にされちまうだろう。それが嫌なら自分たちの魔力を使いこなして逃げ延びるしかない」

 ゴクリと、ウルスが喉をならしてつばを飲み込む音が聞こえた。

「確かに……そうかもしれない」
「考えてみろよ、お前たちは運がいいんだぞ? 西で最も強い魔法を使う勇者と、特別な魔法の知識の豊富な聖女がいる。おまけに俺はあんたたちと同じ天性の魔力持ちだ。それなりに助言も出来る。このチャンスを逃してどうするよ」
「……そうか、そうだな。これはチャンスだ。俺は生まれついて悪い予感がよく当たる気持ちの悪い子どもだと思われていた。だがそれをうまく利用することによってやがて商人として成功した。頭のおかしい狂信者共に捕まったときは万事休すかと思ったが、こうやって生きて、一生出会えないはずのおとぎ話の住人に出会った。波乱の多い人生だが、俺は常に賭けに勝ってきたんだ。これは俺の取り分。そう考えればいい」

 ウルスは手のなかの少し赤味がかった魔宝石をぎゅっと握った。

「教えてくれ。俺は絶対に生き延びる。いや、それだけじゃない。俺は国を動かす男になる。見てろよ、天守山に棲むという神に怯える日々から抜け出してみせる!」
「わ、私も頼む!」

 ウルスの決意に、それを見ていた少年から声が上がる。
 南海の言いにくい名前のッエッチ少年だ。
 彼は子ども組では一番年長で、十七歳だと言っていた。
 勇者とは年が近い上になにやら話が合うようで、急速に仲良くなっている。

「あ、わ、私も、私も、強くなりたい! お願いします」

 ペコリと頭を下げたのは、ミハルという央国生まれの少女だ。
 この娘は驚くべきことに聖女と同い年だった。
 全然年上に見えるんだがな。
 女騎士になりたいと言ったのもこの娘だ。
 この道中でクルスが聖騎士だと知って、弟子入りを頼んでいたはずである。

「ミハルは、クルスの弟子になるんじゃなかったのか?」
「し、師匠は何人いても、いいんじゃ、ないかな?」

 その意気込みに、ちらりと聖騎士を見ると、珍しく苦笑いを浮かべていた。

「そ、それなら僕も、あの、ミュリアさんに、教えて欲しい、です」

 驚いたことに、あまり自分を主張しない治癒者のカウロも便乗して声を上げる。

「僕は、大したこと出来ないんだ。友達が病気で苦しんでいたときも、痛いのを減らすことは出来たけど、治してあげることは出来なかったんだ。だから……」
「病気の治癒というのはケガの治癒よりも遥かに難しいの。そこまで行けるのは聖女や聖人と呼ばれる者たちだけ。とても一朝一夕に身につく技術じゃないわ。まずは、自分の力で出来ることと出来ないことを理解することね。それはとても大切なことなの。わたくしでよければ、それを教えてあげるわ」

 聖女がカウロの顔を見て言った。
 聖女の後ろにいるモンクが少し複雑な顔をしているのが見える。
 彼女の過去を知っている身としては、病気の治癒という言葉に感じるものがあったのだろうなと理解出来た。

「お、お願いします!」

 これまでの道中も魔力というものの本質については説明して来たのだが、この日から本格的に魔力の使い方を彼らに教えることとなったのだった。
 どっちにしろ、ウルスの予見のように壁が崩壊している場所を見つけるまでは山の東沿いを移動し続けるしかないからな。 
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