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第五章 破滅を招くもの

436 作戦開始

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 いよいよ作戦当日、すっかり幻島姫げんとうきと仲良くなった一同は、道中ちょくちょく外に出て彼女の背中で過ごすようになった。
 とは言え、敵国に発見される訳にはいかないので、南海国の領域を抜けた後はずっと潜航していたが。
 やがて目的地に到着した。

「ご武運を」
「ゲアッ!」

 テア・アンリカさんと幻島姫げんとうきに見送られて洞窟に潜った。
 ここまでの期間に、階段や縄梯子を設置し、広い洞窟には光を発する迷宮草を移植している。
 この迷宮草の移植はメルリルがいなかったら出来なかったことだ。

 迷宮草はその名の通り暗い迷宮に生えるコケのような草で、迷宮の魔力を吸って発光する。
 冒険者にとってありがたい存在で、魔力が多ければ多いほど繁殖する草だ。
 しかしこの洞窟の魔力はそこまででもないので、本来は根付かない草なのである。

 そういった地道な下準備のおかげでほとんど遅延なく洞窟地帯を抜け、放牧地の近くにある洞窟出口から深夜に外に出る。
 
「さて、ここからだな」

 天杜あめもり出身のネスさんに相談したところ、他人に話しかけられず、ほとんど疑われずに天守之宮てんもりのみやと呼ばれる天守山の登り口まで行く手段が判明した。
 それが巡礼者だ。

 天杜あめもりの巡礼者は自分の姿のほとんどを覆い隠し、左手に鈴のついた素朴な木の杖を持って天守山に向かうということだった。
 人々から施しをもらいつつ一切言葉を発することなく天守山に到着することが出来れば、国護りの天の主の鱗の入った護符を頂くことが出来、死後の安寧を約束されるのだと言う。

 危険を犯して生涯に一度大聖堂を訪れる巡礼者と似ているところが多い。
 大聖堂に向かう巡礼は施しだけで過ごさないし、会話も禁じられていないが、危険な道中なので、覚悟が必要となる。

「死後の安寧、か」
「私達の教えでは死した者は肉は地に魂は循環の輪に戻るとされているのに、こちらの人たちは違うのね」
「いや、循環の輪については否定はしていないと言っていたぞ。ただ愛する者と再び巡り合って共にまた生まれることが出来るのだとか」
「それなら、わかる、かな」

 メルリルが俺を見てそう言った。

 愛する者と共に在りたいというのは強い欲求だ。
 だが本来そんな力は持たないであろう天守山の主にそんなことを望むのはどうなんだろう。

 同じ巡礼でも、大聖堂の場合はわかりやすく聖女や聖人などの治癒が受けられるという病に苦しむ人の希望があったが、天守山参りでは死後のことなんか誰にもわかりようがないので、効果があるかどうか確かめる術がない。
 それでも人は奇跡に縋りたいものなのだろうか。

「ともあれ、ここから長いぞ。絶対他人がいるところで口を利くなよ。アルフ」
「俺限定? いや、俺はちゃんとわかっているぞ」

 俺は不安な目で勇者を見た。
 本当に? 本当に数日間完全に無言でいられるのか?

「だ、大丈夫だ。……たぶん」
「自分でも自信が持てないことを安請け合いするなよ? まぁどうしても話したいときには口を手で覆って話せばいいらしいからな」
「おお、そんな隠し技が!」

 不安だ……。

 全員が特別製の白いローブを纏う。
 頭部に無地の銅の冠、手に白木の杖、杖の先には銀の鈴。
 個性などどこにもない巡礼姿だ。

「フォルテ、道順や、危険を確認してくれよ」
「ピッ!」

 フォルテはまるで人間のように胸を張って上空に飛び立った。
 夜明け前の真っ暗な世界に一歩を踏み出す。
 白木の杖につけた鈴がリィーンと高く澄んだ音を立てる。

「それじゃあ行くぞ!」
「おう!」

 俺たちはゆっくりと歩き出した。




 道のりは順調だった。
 ちょっとだけ目立ったが、怪しまれる方向にではない。

「まぁ冬の巡礼者なんて、とても大切な方を亡くされたのね」

 と、涙ながらに食事を施してくれるお年寄り。

「冬の巡礼者か。山の主様もその気持ちをきっと汲んでくださるさ」

 と、納屋を貸してくれた大店の主など、この国の人間は皆、巡礼者に優しかった。
 むしろ騙しているこっちの心が痛んだぐらいだ。

 ちなみに母屋に泊めずに納屋に泊めるのは、巡礼者は寝床のある場所に泊まると徳が落ちるという習わしだからである。

「ここ数日で学んだことは、納屋よりも馬小屋のほうが温かいということだな」

 口を手で覆って勇者がぼそっと呟いた。
 怪しまれるとマズいので聖女の結界は使っていない。そのためほぼ自然のままの環境で過ごしているのだ。さすがの勇者もちょっと辛くなって来たようだった。

 これでもメルリルに夜中に風が侵入しないようにしてもらっている分、温かいんだけどな。

 ずっと歩きづめで足が棒のようになって来ていた。
 いざとなったときに疲れ果てていては始まらないので、問題の土地に到着する前の集落で二日程留まった。
 麓入りする前に英気を養うのは巡礼者によくあることらしく、集落の人もお湯を使わせてくれたり、温かい粥を食べさせてくれたりと、手慣れた対応をしてくれて助かった。

 とは言え、これからこの人たちの信じる神と戦いに行くのだから、何やらその気持を裏切っているようで居心地が酷く悪い。

「巡礼者か」

 これまでの人々の対応とがらりと変わって、天守之宮てんもりのみやの門衛の対応は、巡礼者に冷たかった。

「なんでもかんでも天主様におすがりするしか能のないやくたたずが」

 吐き捨てるように言うと、それでも門を通してくれる。
 そして一人一人の手にインクを塗った印を押し当てて朱印という印をつけた。

「貧民門へ行け!」

 俺たちは示された方角へと向かう。
 天守之宮てんもりのみやの内部は見事なものだった。
 以前フォルテの目で見た通り、朱の柱や屋根、白い壁や道で形作られたこの城塞のような場所は、道ごとに門が設けられていて、人によって行き場所を制限されているようだ。

「ここからどうする?」

 勇者が口を手で覆って聞いた。

「夜を待つしかないだろう。さすがに昼間は動けない」

 こっちとアンリカ・デベッセと南海国との連合艦隊の開戦時間は精密に合わせる必要はない。
 むしろ少し時間差があるほうが混乱を大きく出来るという算段だった。
 出来ればこっちが先に開始して、向こうに行く人数を減らしたい。

 そして俺たちは導かれるままに貧民門へと向かったのだった。
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