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第六章 その祈り、届かなくとも……
511 未知を選ぶ者たち
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勇者は自分の財産を持てない。
鎧や剣やマントは王国の所有物だ。
何かを行った際に報酬を受け取ってはならない。
政治に関わってはならない。
表から見える華やかさとは裏腹に、勇者は王国と大聖堂によって完全にコントロールされた存在だ。
というか、そうなるように作られている。
まぁ強大な力を神から与えられた個人を野放しにしたくないという気持ちがあるのだろうなとは思うのだが、人生これからの若者に対する仕打ちとしてはなかなか厳しいものがあるだろう。
とは言え、これまでの勇者が唯々諾々とそういう支配に従って真面目にやっていたかというと、その辺はちょっと怪しいところがある。
なぜかというと、初代以外の歴代の勇者のなかには他国の要職に就いた者やどっかの塔に引きこもった者や魔物討伐の旅の途中に行方知れずになった者もいたからだ。
上が押さえつけようとしてもそのときそのときの勇者は案外うまいことやっていたんじゃないかと思われる。
「師匠、準備は完璧に整ったぜ!」
「うかつに完璧という言葉を使うもんじゃないぞ。というか準備には完璧というものはない。ある程度柔軟に対応出来るように余裕を持って準備するのが大切だ。完璧は目指すな」
「お、おう、なかなか難しいな」
「そういう部分は経験だからだんだんわかるようになる。慌てて全てを学ぼうとする必要はないさ」
「わかった!」
ただ、こいつはどうも危なっかしいんだよな。
素直というか、直情的というか、腹が立ったら怒る、嫌いな者は無視する。
こうもあからさまだと上に嫌われてどうにかされてしまうんじゃないかという不安がある。
もっと柔軟な人間になるべきなんだろうが、人々の希望の勇者としては今の姿が正しい気がするのも確かだ。
まぁもう子どもじゃないんだから、自分で学んで対応するだろう。
誰だって自分のことは自分で面倒みるしかないからな。
「じゃあとりあえずオアシスに行くという目的だけで何か当てがある訳じゃないんだ」
「ええ、この子も私も身内はもう誰も生きてないと思うので」
「そっか、辛いね。実は私も身内はみんな死んじゃっててさ、天涯孤独なんだよ」
「まぁ!」
別の場所ではピャラウとフォウを囲んでうちの女性たちが荷物の仕分けをしていた。
なかでもモンクは二人の身の上に何か感じるところがあったのだろう。
親身になって世話をしていた。
「でも、それ、では、大変ではない、ですか?」
久々に人見知り状態に陥った聖女ががんばって気遣いを見せている。
「大変だけど、それはここでも一緒だし。なによりも西方人がいないのが大きいかな。……あ、みなさんには感謝しているので、その、偏見はないつもりなんですけど、体が硬直してしまって、こればっかりはどうしようも……」
「いえ、大丈夫ですよ。そうだ、よかったら心が落ち着く魔法をかけますよ」
「そ、それ、痛くない?」
聖女の提案にフォウがびくびくしながら聞いた。
大連合では魔法があまり信用されてないようなんだよな。
「全然痛くありませんよ。試しに自分にかけてみますね」
ふんわりと柔らかい光が見え、どこからともなく花のようないい香りが漂って来た。
「ふわぁ、なんだかきれい?」
「うふふ、じゃあ、かけますね」
「あったかい……」
「気持ちいい!」
どうやら聖女の魔法で二人の気力をアップしたようだ。
そう言えば聖女も最初に会ったときからすると格段に積極的になったな。
初対面に近い相手にああやって積極的に関わるとか、以前では考えられないことだ。
「こんな風だけど、ミュリアはもう十六なんだよ」
「えっ、それじゃあ私と同い年なんですか? ふわぁ」
「……こんな風。テスタは酷いです」
「あははごめんごめん」
さてさて、和気あいあいとやっているところに割り込むのはちょっと勇気がいるが、そろそろ頃合いだ。
「すまない。仕分けは終わったか? そろそろ積み込みたいんだが」
「は、はい、終わりました」
「終わったよ!」
二人共元気だな。
この分なら荒野を歩くのもなんとかなるだろう。
聖女様の魔法もあることだしな。
使う場面ごとに仕分けた荷物をそれぞれリンたち山岳馬に積み込んで行く。
いったん荷物が降ろされてさぞやせいせいしていただろうと思っていたリンたちだったが、どうも荷物が背中にないほうが落ち着かないらしい。
荷物を持つと早く積めと言うように手を引っ張って来る。
なんというか、俺たちにとってはありがたいが、それでいいのか?
「さて、出発するぞ」
「はーい!」「おう!」「はい!」
元気な声を聞きながら俺たちは常設の市場を出立した。
ちなみに市場にもいろいろあって、俺たち西方人が市場と呼んでいるのは主に常設のこの場所だけだが、大連合の人々は季節ごとにいろいろな場所で開かれる交易の場も同じように呼んでいるとのことだった。
そっちのバザールにも一度寄ってみたいものだ。
だがもしかすると余所者は禁止かもしれないな。
市場に流れ込んでいる川を辿れば聖地には辿り着くのだが、オアシスに行くには遠回りになるらしい。
「案内しますね!」
と言うピャラウに従ってオアシスまでの直通ルートを取ることにした。
当然フォルテを斥候に出している。
ピャラウを信じない訳じゃないが、荒野は未知の世界だ。用心に越したことはないからな。
鎧や剣やマントは王国の所有物だ。
何かを行った際に報酬を受け取ってはならない。
政治に関わってはならない。
表から見える華やかさとは裏腹に、勇者は王国と大聖堂によって完全にコントロールされた存在だ。
というか、そうなるように作られている。
まぁ強大な力を神から与えられた個人を野放しにしたくないという気持ちがあるのだろうなとは思うのだが、人生これからの若者に対する仕打ちとしてはなかなか厳しいものがあるだろう。
とは言え、これまでの勇者が唯々諾々とそういう支配に従って真面目にやっていたかというと、その辺はちょっと怪しいところがある。
なぜかというと、初代以外の歴代の勇者のなかには他国の要職に就いた者やどっかの塔に引きこもった者や魔物討伐の旅の途中に行方知れずになった者もいたからだ。
上が押さえつけようとしてもそのときそのときの勇者は案外うまいことやっていたんじゃないかと思われる。
「師匠、準備は完璧に整ったぜ!」
「うかつに完璧という言葉を使うもんじゃないぞ。というか準備には完璧というものはない。ある程度柔軟に対応出来るように余裕を持って準備するのが大切だ。完璧は目指すな」
「お、おう、なかなか難しいな」
「そういう部分は経験だからだんだんわかるようになる。慌てて全てを学ぼうとする必要はないさ」
「わかった!」
ただ、こいつはどうも危なっかしいんだよな。
素直というか、直情的というか、腹が立ったら怒る、嫌いな者は無視する。
こうもあからさまだと上に嫌われてどうにかされてしまうんじゃないかという不安がある。
もっと柔軟な人間になるべきなんだろうが、人々の希望の勇者としては今の姿が正しい気がするのも確かだ。
まぁもう子どもじゃないんだから、自分で学んで対応するだろう。
誰だって自分のことは自分で面倒みるしかないからな。
「じゃあとりあえずオアシスに行くという目的だけで何か当てがある訳じゃないんだ」
「ええ、この子も私も身内はもう誰も生きてないと思うので」
「そっか、辛いね。実は私も身内はみんな死んじゃっててさ、天涯孤独なんだよ」
「まぁ!」
別の場所ではピャラウとフォウを囲んでうちの女性たちが荷物の仕分けをしていた。
なかでもモンクは二人の身の上に何か感じるところがあったのだろう。
親身になって世話をしていた。
「でも、それ、では、大変ではない、ですか?」
久々に人見知り状態に陥った聖女ががんばって気遣いを見せている。
「大変だけど、それはここでも一緒だし。なによりも西方人がいないのが大きいかな。……あ、みなさんには感謝しているので、その、偏見はないつもりなんですけど、体が硬直してしまって、こればっかりはどうしようも……」
「いえ、大丈夫ですよ。そうだ、よかったら心が落ち着く魔法をかけますよ」
「そ、それ、痛くない?」
聖女の提案にフォウがびくびくしながら聞いた。
大連合では魔法があまり信用されてないようなんだよな。
「全然痛くありませんよ。試しに自分にかけてみますね」
ふんわりと柔らかい光が見え、どこからともなく花のようないい香りが漂って来た。
「ふわぁ、なんだかきれい?」
「うふふ、じゃあ、かけますね」
「あったかい……」
「気持ちいい!」
どうやら聖女の魔法で二人の気力をアップしたようだ。
そう言えば聖女も最初に会ったときからすると格段に積極的になったな。
初対面に近い相手にああやって積極的に関わるとか、以前では考えられないことだ。
「こんな風だけど、ミュリアはもう十六なんだよ」
「えっ、それじゃあ私と同い年なんですか? ふわぁ」
「……こんな風。テスタは酷いです」
「あははごめんごめん」
さてさて、和気あいあいとやっているところに割り込むのはちょっと勇気がいるが、そろそろ頃合いだ。
「すまない。仕分けは終わったか? そろそろ積み込みたいんだが」
「は、はい、終わりました」
「終わったよ!」
二人共元気だな。
この分なら荒野を歩くのもなんとかなるだろう。
聖女様の魔法もあることだしな。
使う場面ごとに仕分けた荷物をそれぞれリンたち山岳馬に積み込んで行く。
いったん荷物が降ろされてさぞやせいせいしていただろうと思っていたリンたちだったが、どうも荷物が背中にないほうが落ち着かないらしい。
荷物を持つと早く積めと言うように手を引っ張って来る。
なんというか、俺たちにとってはありがたいが、それでいいのか?
「さて、出発するぞ」
「はーい!」「おう!」「はい!」
元気な声を聞きながら俺たちは常設の市場を出立した。
ちなみに市場にもいろいろあって、俺たち西方人が市場と呼んでいるのは主に常設のこの場所だけだが、大連合の人々は季節ごとにいろいろな場所で開かれる交易の場も同じように呼んでいるとのことだった。
そっちのバザールにも一度寄ってみたいものだ。
だがもしかすると余所者は禁止かもしれないな。
市場に流れ込んでいる川を辿れば聖地には辿り着くのだが、オアシスに行くには遠回りになるらしい。
「案内しますね!」
と言うピャラウに従ってオアシスまでの直通ルートを取ることにした。
当然フォルテを斥候に出している。
ピャラウを信じない訳じゃないが、荒野は未知の世界だ。用心に越したことはないからな。
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