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第六章 その祈り、届かなくとも……
510 若き勇者は正道を、枯れた冒険者は裏道を
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ピャラウの問題というのは、精神面のことだった。
本人は気にしないようにしようと思っているのだが、西方国の武装した人間をみると身がすくんでしまうらしい。
この市場は大連合と西方諸国の唯一の接点なので、西方からの商人が多く訪れる。
その商人たちは当然ながら護衛を連れているのだ。
市場のどこで働くにせよ、ピャラウには負担が大きいとのことだった。
俺は聖女の力でなんとかならないかと確認を取った。
「そういった問題は、体験で魂が学習したことによって発生します。それをなくすためには体験したこと自体をなかったことにするのが一番の近道です」
「怖い思いをしたことを忘れさせるのか……それは一見よさそうだが、せっかく体験から学んだこともなかったことになるんじゃないか?」
「当然そうなりますね」
「今の西方人に対するショック状態は行き過ぎた感じはするが、武装している相手に対して警戒するのは間違ってはいない。それに本来あるはずの記憶がなくなってしまったら、それだけじゃなく関連したことにも影響が出そうだ」
「性格が変わる人もいるそうです」
さすがにマズいだろ。
それでも本人がそれでもいいと言えば仕方ないが。
「うーん。ほかに方法は?」
「もう一つは時間がかかります。何度も記憶を反芻することで自分に必要なことの取捨選択をさせるのです」
「嫌な記憶を反芻させるのか?」
「いえ、それでは同じことの繰り返しです。いろいろな似たシチュエーションを体験すると人は過去に体験した相似した記憶を取り出して対応するのですが、それを繰り返すうちに最適化された情報として記憶のなかで落ち着くのです。私達がサポートすることで、自然な取捨選択よりも早く最適化することが出来ます」
「それはどのくらいかかる?」
「どんなに早くてもひと季節程度はかかります」
「そこまで足止めされるのは困るな」
「あの……」
俺と聖女が対処方法を話し合っていると、ピャラウがおずおずと話に加えて欲しそうに声を上げる。
「君の話なんだから言いたいことがあるならどんどん言ってくれ」
「あ、はい。あの、もっと簡単な方法を提案したいのです」
「自分で解決方法を考えたのか。たいしたもんだな」
「そ、そこまでたいしたことではありませんけど……」
ピャラウがモジモジして照れている。
ういういしい。
若いっていいな。
トンと軽く脇腹に何かがぶつかる。
振り向くと、横に座っているメルリルが俺の脇腹に肘鉄を入れていた。
「どうした?」
「……なんでも」
むくれている。
なんだ?
とりあえず特に何か言いたい訳でもなさそうなので、話を続けた。
「それで、簡単な方法とは?」
「はい。西方人があまり来ない場所に移動することです」
「なるほど」
もともと大連合の人間は排他的なので、ほとんどの人間は他国人と接触したことすらない。
俺たちがしばらく滞在した集落では、俺たちはかなり珍しがられたものな。
原因である西方人と会わない場所に移動すれば生活に支障が出るほど怯えることはないということか。
「それで、オアシスまで護衛してくださる人を探していたんです。でも西方人の護衛は絶対に無理ですし、ここにいる戦士たちはそれぞれの部族に所属しています。私のような部族なしでは彼らを動かすことは出来ません」
大連合は自分の部族を第一とする民の集まりだ。
見知らぬ他の部族の者のために大事な戦士を動かすようなことはしないだろうな。
俺は以前聖地に滞在していた頃、部族間の妬みからほかの部族の戦士に毒を盛るという衝撃的な事件を目の当たりにしている。
彼らにとっての部族の違いは、俺たちにとっての国の違いのようなものだと思っていい。
「そこで、あなた方に出会ったのも、精霊のお導きだと思うのです。この子には巫女の資質があるので、呼び寄せたのかもしれません」
ピャラウはフォウの頭を撫でた。
なるほどな。
あ、そう言えば。
「二人は血縁者か?」
「いえ、違います。同じ部族ではありますが、血族ではありませんでした」
「そうだったのか。それなのにあれからずっと一緒に暮らしていたんだな」
「同じ部族の未成年を助けるのは大人の義務でもあります。当然です」
「なるほどな。それで、俺たちも西方人なんだが、大丈夫なのか?」
「はい。みなさまを見たときに感じたのは安心感です。だってあの絶望的な闇から助けていただいたのですから。当たり前です」
ピャラウの言うことは筋が通っている。
「つまりは俺たちを護衛に雇いたいって話だな?」
「はい。オアシスまで。お願い出来ないでしょうか?」
「ふむ」
この感じだとピャラウはアルフが勇者であることを知らないようだ。
いちいち被害者にそういう説明はしないだろうしな。
「相談するんでちょっと待ってくれないか?」
「はい。あ、料金は一応ここで働いた間に貯めたものがあります。どうせ戻れば必要のないものですし、全て差し上げます」
「……わかった。考慮しよう」
俺たちが話し合いをする間、二人は別の部屋に行っているとのことだった。
俺はさっそく勇者に相談する。
「俺としては冒険者である立場でこの依頼を請けていいと思っている。オアシスにはもともと行く予定だったんだしな」
「俺もかまわないぞ。金を受け取る必要もないんじゃないか?」
「いや、金は受け取ろう。何かをするために対価を払うのは当然のことだし、むしろ俺たちが金を受け取らなかったら不審に思うだろう。勇者として金をもらうんじゃなくて、俺のパーティが仕事を請ける形にすれば問題あるまい」
俺がそう言うと、勇者が何か不満そうな様子を見せた。
「師匠たちはもう俺の仲間だろう。そういう言い方は疎外感があって嫌だ」
俺が勇者のパーティとうちのパーティを分けるという方便を使ったのが気に入らなかったようだ。
「だが便利だろ。お前たちは人助けをして対価を受け取ることは出来ないが、俺は冒険者として対価を受け取るのは当然だ。相手によって対応を変えられるのは強みだ」
「……それはそうだけど」
理解は出来ても心情的なものは別ということか。
まだまだ大人のズルさを受け入れられないというのは、勇者としては大切な資質だろう。
「お前はそれでいいさ。大人の対応って奴は俺に任せておけばいい」
「また師匠は俺を子ども扱いする!」
「そういう訳じゃねえよ」
俺たちのやりとりに他のみんなが笑いをこらえている。
ちょっとバツが悪いので、軽く咳払いをした。
「女子どもを護衛するというのは実に勇者らしい仕事だろ?」
「師匠はそうやってすぐにごまかそうとする!」
二人を護衛すること自体には勇者も賛成なので、話がそれ以上こじれることはなかった。
今日はなんだか自分がものすごく年寄りになった気分だな。
本人は気にしないようにしようと思っているのだが、西方国の武装した人間をみると身がすくんでしまうらしい。
この市場は大連合と西方諸国の唯一の接点なので、西方からの商人が多く訪れる。
その商人たちは当然ながら護衛を連れているのだ。
市場のどこで働くにせよ、ピャラウには負担が大きいとのことだった。
俺は聖女の力でなんとかならないかと確認を取った。
「そういった問題は、体験で魂が学習したことによって発生します。それをなくすためには体験したこと自体をなかったことにするのが一番の近道です」
「怖い思いをしたことを忘れさせるのか……それは一見よさそうだが、せっかく体験から学んだこともなかったことになるんじゃないか?」
「当然そうなりますね」
「今の西方人に対するショック状態は行き過ぎた感じはするが、武装している相手に対して警戒するのは間違ってはいない。それに本来あるはずの記憶がなくなってしまったら、それだけじゃなく関連したことにも影響が出そうだ」
「性格が変わる人もいるそうです」
さすがにマズいだろ。
それでも本人がそれでもいいと言えば仕方ないが。
「うーん。ほかに方法は?」
「もう一つは時間がかかります。何度も記憶を反芻することで自分に必要なことの取捨選択をさせるのです」
「嫌な記憶を反芻させるのか?」
「いえ、それでは同じことの繰り返しです。いろいろな似たシチュエーションを体験すると人は過去に体験した相似した記憶を取り出して対応するのですが、それを繰り返すうちに最適化された情報として記憶のなかで落ち着くのです。私達がサポートすることで、自然な取捨選択よりも早く最適化することが出来ます」
「それはどのくらいかかる?」
「どんなに早くてもひと季節程度はかかります」
「そこまで足止めされるのは困るな」
「あの……」
俺と聖女が対処方法を話し合っていると、ピャラウがおずおずと話に加えて欲しそうに声を上げる。
「君の話なんだから言いたいことがあるならどんどん言ってくれ」
「あ、はい。あの、もっと簡単な方法を提案したいのです」
「自分で解決方法を考えたのか。たいしたもんだな」
「そ、そこまでたいしたことではありませんけど……」
ピャラウがモジモジして照れている。
ういういしい。
若いっていいな。
トンと軽く脇腹に何かがぶつかる。
振り向くと、横に座っているメルリルが俺の脇腹に肘鉄を入れていた。
「どうした?」
「……なんでも」
むくれている。
なんだ?
とりあえず特に何か言いたい訳でもなさそうなので、話を続けた。
「それで、簡単な方法とは?」
「はい。西方人があまり来ない場所に移動することです」
「なるほど」
もともと大連合の人間は排他的なので、ほとんどの人間は他国人と接触したことすらない。
俺たちがしばらく滞在した集落では、俺たちはかなり珍しがられたものな。
原因である西方人と会わない場所に移動すれば生活に支障が出るほど怯えることはないということか。
「それで、オアシスまで護衛してくださる人を探していたんです。でも西方人の護衛は絶対に無理ですし、ここにいる戦士たちはそれぞれの部族に所属しています。私のような部族なしでは彼らを動かすことは出来ません」
大連合は自分の部族を第一とする民の集まりだ。
見知らぬ他の部族の者のために大事な戦士を動かすようなことはしないだろうな。
俺は以前聖地に滞在していた頃、部族間の妬みからほかの部族の戦士に毒を盛るという衝撃的な事件を目の当たりにしている。
彼らにとっての部族の違いは、俺たちにとっての国の違いのようなものだと思っていい。
「そこで、あなた方に出会ったのも、精霊のお導きだと思うのです。この子には巫女の資質があるので、呼び寄せたのかもしれません」
ピャラウはフォウの頭を撫でた。
なるほどな。
あ、そう言えば。
「二人は血縁者か?」
「いえ、違います。同じ部族ではありますが、血族ではありませんでした」
「そうだったのか。それなのにあれからずっと一緒に暮らしていたんだな」
「同じ部族の未成年を助けるのは大人の義務でもあります。当然です」
「なるほどな。それで、俺たちも西方人なんだが、大丈夫なのか?」
「はい。みなさまを見たときに感じたのは安心感です。だってあの絶望的な闇から助けていただいたのですから。当たり前です」
ピャラウの言うことは筋が通っている。
「つまりは俺たちを護衛に雇いたいって話だな?」
「はい。オアシスまで。お願い出来ないでしょうか?」
「ふむ」
この感じだとピャラウはアルフが勇者であることを知らないようだ。
いちいち被害者にそういう説明はしないだろうしな。
「相談するんでちょっと待ってくれないか?」
「はい。あ、料金は一応ここで働いた間に貯めたものがあります。どうせ戻れば必要のないものですし、全て差し上げます」
「……わかった。考慮しよう」
俺たちが話し合いをする間、二人は別の部屋に行っているとのことだった。
俺はさっそく勇者に相談する。
「俺としては冒険者である立場でこの依頼を請けていいと思っている。オアシスにはもともと行く予定だったんだしな」
「俺もかまわないぞ。金を受け取る必要もないんじゃないか?」
「いや、金は受け取ろう。何かをするために対価を払うのは当然のことだし、むしろ俺たちが金を受け取らなかったら不審に思うだろう。勇者として金をもらうんじゃなくて、俺のパーティが仕事を請ける形にすれば問題あるまい」
俺がそう言うと、勇者が何か不満そうな様子を見せた。
「師匠たちはもう俺の仲間だろう。そういう言い方は疎外感があって嫌だ」
俺が勇者のパーティとうちのパーティを分けるという方便を使ったのが気に入らなかったようだ。
「だが便利だろ。お前たちは人助けをして対価を受け取ることは出来ないが、俺は冒険者として対価を受け取るのは当然だ。相手によって対応を変えられるのは強みだ」
「……それはそうだけど」
理解は出来ても心情的なものは別ということか。
まだまだ大人のズルさを受け入れられないというのは、勇者としては大切な資質だろう。
「お前はそれでいいさ。大人の対応って奴は俺に任せておけばいい」
「また師匠は俺を子ども扱いする!」
「そういう訳じゃねえよ」
俺たちのやりとりに他のみんなが笑いをこらえている。
ちょっとバツが悪いので、軽く咳払いをした。
「女子どもを護衛するというのは実に勇者らしい仕事だろ?」
「師匠はそうやってすぐにごまかそうとする!」
二人を護衛すること自体には勇者も賛成なので、話がそれ以上こじれることはなかった。
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