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第六章 その祈り、届かなくとも……
539 歩き学者(フィールドワーカー)
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学者先生の護衛依頼をむりやり請けさせてもらい、市場の名前にふさわしい巨大な天幕へと向かう。
金銭に対する考え方が消極的な大連合の民は、外国の商人などを相手にする天幕をはっきりと分けている。
と言うか、市場の名前自体がこの巨大な天幕のものだ。
大連合の民は言葉を大雑把に使ったり、やたら繊細に使ったりするのだが、特に金銭などの自分たちの生活に馴染みのないものに対してはかなり大雑把だよな。
大きな天幕の入り口のところではやたら長い串焼きを持った勇者が待っていた。
「師匠! これこれ、これが美味かったぞ!」
ぶんぶん振り回すな。
タレが飛ぶだろうが。
「ああ、ありがとう。いくらだった」
「まとめて買ったから一ついくらかはわからないぞ。気にせず受け取ってくれ」
「バカ言うな。お前達の金は民の祈りが詰まっている金だ。俺が勝手に使えるか」
「うぬ、それなら次は師匠が何かおごってくれればいいだろ」
確かに金額のわからないものに対してうだうだ言うのもおかしなことだ。
「わかった。次は俺が何かおごろう。先生。食べますか?」
「いや、今はいいよ。後でご馳走を腹いっぱい食べたいからな」
「ごちそう?」
勇者が学者先生の言葉に反応した。
「ああ、先生の護衛料として何か美味いものをおごってもらうことになった」
俺がそう言うと、勇者が顔をしかめた。
「じゃあ俺のほうは?」
「何も問題ないだろ。先生が俺におごる。俺がお前におごる。両立する話だ」
「うぬぬ……」
勇者は何が気に入らないのか何やらうなり続けている。
こういうときには放っておくのが一番だ。
あれで勇者は自分のなかで折り合いがついたら後を引かない性格だからな。
むしろ消化出来てないところにちょっかいをかけるとこじれまくる。
「大森林でも思ったが、本当に君たちはいい師弟だな」
「ほ、本当か? お前、思ったよりもいい奴だな」
「アルフ、失礼だろ!」
王国に功績大な学者先生をお前よばわりはないだろ。
まぁ本人的には悪意は全くないんだろうが、貴族であることを止めて以降の勇者のこういう全く礼儀を気にしない様子は見ていてハラハラする。
「ほっほっ、構わないさ。確かに勇者さまからしてみれば取るに足らない老人だろうからな」
「む? そんなことは思ってないぞ。だが確かに名を呼ばないのは失礼だった。護衛として務めさせていただくアルフレッドだ。よろしく頼む」
「これは丁寧にありがとうございます。改めて名乗りましょう。私はデアクリフ・ザクト。俗に言う歩き学者を生業としております。護衛、よろしくお願いしますぞ。アルフレッド殿」
「おう、任せておけ!」
どうやら二人が打ち解けたようでホッとする。
いい機会なので全員が改めて学者先生と挨拶と名を交わし、一気になごやかな雰囲気になった。
先程間食をしたこともあり、食事の時間まで俺たちは学者先生が借りているという天幕にお邪魔することとなった。
個人用の天幕なのでそう広くはないのは当然なのだが、そこにさまざまな書物や箱などが積み上がっているおかげで正に足の踏み場もない状態となっていた。
もう帰国するという時期にこれはないだろうと、俺は手早く分類を始める。
この先生とはまだ若い頃、野外での活動の案内人として長期雇われたことがあるので、だいたいの癖がわかっている。
ほかの連中がオロオロしている間におおまかな分類に分けて全員が座るスペースを確保した。
「うんうん、相変わらずダスター君は仕事が早いな。どうだ、私専属の冒険者にならんかね?」
「あっ、ズルいぞザクト師。俺のほうが先約だ」
「何言ってるんだか。それよりもほらほら座った。先生このポットは使えますか?」
「ん? ああ、それは大丈夫。実験に使ってないはずだ」
断言出来ないときは怪しい。
俺はすかさず聖女にポットを差し出す。
「済まないが、体に危険なものがあっても大丈夫なように浄化してもらえるか?」
「はい!」
聖女は何かを頼むと嬉しそうな顔をする。
他人の役に立つことが嬉しいのだろう。
もうちょっと自信を持ってくれるといいんだけどな。
十分すごい存在なのに、あまりにも自信がなさすぎる。
「ありがとう、助かった」
「あ、ダスター。お茶なら私が」
俺がポットを火にかけようとすると、メルリルがそれを引き取った。
「私は護衛のやり方とかわからないし、こういう雑用は任せて」
「ああ、頼む。ありがとう」
メルリルがニコニコ微笑んでうなずく。
聖女ばかりじゃなくってメルリルもまだ押し出しが弱いよな。
仮にも冒険者ならもっとぐいぐい来ていいんだが。
まぁ自分からやると言い出せるようになっただけいいか。
「ダスター君、君私を信用してないだろ?」
「先生は研究に没頭すると周りのことは構わなくなりますからね。念の為ですよ」
「むむっ、反論出来ん」
「あはは。偉い先生だから難しい人だと思ってたけど、なんだか昔近所にいたやさしいお爺ちゃんを思い出すよ」
モンクがこれまた失礼なことを言い出す。
「ほう。そう言ってもらえると嬉しいな。私のような仕事は人と接して手助けしてもらわないと何も出来ないのでな。難しい人などと思われていては研究もはかどらんわい」
まぁモンクはいいか。
学者先生も若い娘にかまってもらえて嬉しそうだしな。
「それでザクト師は何を研究しにここまで来られたのですか?」
勇者が不思議そうに聞いた。
ミホムの高名な学者先生が自国と関係性がいいとは言えない大連合に出向いて来ていることが不思議だったのだろう。
「そこのダスター君には言ったが、この荒野には興味深い生き物が多くてな。特にダンゴムシと呼ばれる虫は実に不思議な生態をしておるのだよ」
俺たちはメルリルの淹れてくれた茶を口にしながら興味深い学者先生の話を聞くこととなったのだった。
金銭に対する考え方が消極的な大連合の民は、外国の商人などを相手にする天幕をはっきりと分けている。
と言うか、市場の名前自体がこの巨大な天幕のものだ。
大連合の民は言葉を大雑把に使ったり、やたら繊細に使ったりするのだが、特に金銭などの自分たちの生活に馴染みのないものに対してはかなり大雑把だよな。
大きな天幕の入り口のところではやたら長い串焼きを持った勇者が待っていた。
「師匠! これこれ、これが美味かったぞ!」
ぶんぶん振り回すな。
タレが飛ぶだろうが。
「ああ、ありがとう。いくらだった」
「まとめて買ったから一ついくらかはわからないぞ。気にせず受け取ってくれ」
「バカ言うな。お前達の金は民の祈りが詰まっている金だ。俺が勝手に使えるか」
「うぬ、それなら次は師匠が何かおごってくれればいいだろ」
確かに金額のわからないものに対してうだうだ言うのもおかしなことだ。
「わかった。次は俺が何かおごろう。先生。食べますか?」
「いや、今はいいよ。後でご馳走を腹いっぱい食べたいからな」
「ごちそう?」
勇者が学者先生の言葉に反応した。
「ああ、先生の護衛料として何か美味いものをおごってもらうことになった」
俺がそう言うと、勇者が顔をしかめた。
「じゃあ俺のほうは?」
「何も問題ないだろ。先生が俺におごる。俺がお前におごる。両立する話だ」
「うぬぬ……」
勇者は何が気に入らないのか何やらうなり続けている。
こういうときには放っておくのが一番だ。
あれで勇者は自分のなかで折り合いがついたら後を引かない性格だからな。
むしろ消化出来てないところにちょっかいをかけるとこじれまくる。
「大森林でも思ったが、本当に君たちはいい師弟だな」
「ほ、本当か? お前、思ったよりもいい奴だな」
「アルフ、失礼だろ!」
王国に功績大な学者先生をお前よばわりはないだろ。
まぁ本人的には悪意は全くないんだろうが、貴族であることを止めて以降の勇者のこういう全く礼儀を気にしない様子は見ていてハラハラする。
「ほっほっ、構わないさ。確かに勇者さまからしてみれば取るに足らない老人だろうからな」
「む? そんなことは思ってないぞ。だが確かに名を呼ばないのは失礼だった。護衛として務めさせていただくアルフレッドだ。よろしく頼む」
「これは丁寧にありがとうございます。改めて名乗りましょう。私はデアクリフ・ザクト。俗に言う歩き学者を生業としております。護衛、よろしくお願いしますぞ。アルフレッド殿」
「おう、任せておけ!」
どうやら二人が打ち解けたようでホッとする。
いい機会なので全員が改めて学者先生と挨拶と名を交わし、一気になごやかな雰囲気になった。
先程間食をしたこともあり、食事の時間まで俺たちは学者先生が借りているという天幕にお邪魔することとなった。
個人用の天幕なのでそう広くはないのは当然なのだが、そこにさまざまな書物や箱などが積み上がっているおかげで正に足の踏み場もない状態となっていた。
もう帰国するという時期にこれはないだろうと、俺は手早く分類を始める。
この先生とはまだ若い頃、野外での活動の案内人として長期雇われたことがあるので、だいたいの癖がわかっている。
ほかの連中がオロオロしている間におおまかな分類に分けて全員が座るスペースを確保した。
「うんうん、相変わらずダスター君は仕事が早いな。どうだ、私専属の冒険者にならんかね?」
「あっ、ズルいぞザクト師。俺のほうが先約だ」
「何言ってるんだか。それよりもほらほら座った。先生このポットは使えますか?」
「ん? ああ、それは大丈夫。実験に使ってないはずだ」
断言出来ないときは怪しい。
俺はすかさず聖女にポットを差し出す。
「済まないが、体に危険なものがあっても大丈夫なように浄化してもらえるか?」
「はい!」
聖女は何かを頼むと嬉しそうな顔をする。
他人の役に立つことが嬉しいのだろう。
もうちょっと自信を持ってくれるといいんだけどな。
十分すごい存在なのに、あまりにも自信がなさすぎる。
「ありがとう、助かった」
「あ、ダスター。お茶なら私が」
俺がポットを火にかけようとすると、メルリルがそれを引き取った。
「私は護衛のやり方とかわからないし、こういう雑用は任せて」
「ああ、頼む。ありがとう」
メルリルがニコニコ微笑んでうなずく。
聖女ばかりじゃなくってメルリルもまだ押し出しが弱いよな。
仮にも冒険者ならもっとぐいぐい来ていいんだが。
まぁ自分からやると言い出せるようになっただけいいか。
「ダスター君、君私を信用してないだろ?」
「先生は研究に没頭すると周りのことは構わなくなりますからね。念の為ですよ」
「むむっ、反論出来ん」
「あはは。偉い先生だから難しい人だと思ってたけど、なんだか昔近所にいたやさしいお爺ちゃんを思い出すよ」
モンクがこれまた失礼なことを言い出す。
「ほう。そう言ってもらえると嬉しいな。私のような仕事は人と接して手助けしてもらわないと何も出来ないのでな。難しい人などと思われていては研究もはかどらんわい」
まぁモンクはいいか。
学者先生も若い娘にかまってもらえて嬉しそうだしな。
「それでザクト師は何を研究しにここまで来られたのですか?」
勇者が不思議そうに聞いた。
ミホムの高名な学者先生が自国と関係性がいいとは言えない大連合に出向いて来ていることが不思議だったのだろう。
「そこのダスター君には言ったが、この荒野には興味深い生き物が多くてな。特にダンゴムシと呼ばれる虫は実に不思議な生態をしておるのだよ」
俺たちはメルリルの淹れてくれた茶を口にしながら興味深い学者先生の話を聞くこととなったのだった。
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