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第六章 その祈り、届かなくとも……

551 子守唄と女心

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「鳥さん……」

 どうしたものか……。

「こんにちは。鳥さんが好きなの?」

 俺が困惑していると、男部屋に来ていたメルリルが、座って女の子と視線を合わせそう尋ねた。

「うん。鳥さんきれい!」
「そっか。ほかにどんな生き物が好き?」
「えっとね。コロコロな鳥さん」

 転がり鳥のことかな? ああいや、丸々鳥のことだな。
 農村では飼われていることが多いし、ここにもいるんだろう。
 実は丸々鳥は元は魔物なんだよな。
 人間には無害だったんで、家畜として育てることに成功したとか。
 そして今や肉も処理なしで食える。

 最初に飼おうと思った奴はすごいと思う。

「そっか鳥さんが大好きなのね」
「うん。ポッポも好き」

 ポッポというのは鳩のことだろうか?
 朝方ずっと鳴いているよな。
 家畜のエサを横取りしに来るずうずうしい鳥だ。

「おじさんの鳥、きれい!」

 おわっ、油断していたらこっちに話が回って来た。

「こいつはフォルテというんだ。フォルテはうるさいのが嫌いだから静かにしてやってくれ」
「ええっと……」

 女の子が首をかしげる。
 む? 難しかったか?

「お口を閉じてじっとして、鳥さんは夢の世界に羽ばたいて行く~」

 メルリルが優しい声で歌い出す。
 女の子はメルリルの歌に耳を澄ませているようだった。

「ねんねしたその手を母さんがそっと握ってくれる。足音を立てずに歩こう~」

 聞いているうちに女の子はふわぁと小さい口を開けてあくびをする。

「ネイもなんだか眠くなった」
「あらあら。でもここで寝たら怒られるよ」
「わかった。母屋に帰る」

 女の子はコクンとうなずくと、俺の頭上に向かって「バイバイ!」と、別れを告げると俺たちの部屋を出て行った。
 やれやれ助かった。

「ありがとうメルリル。助かった。それって子守唄か? ちょっと変わった内容だが」
「ふふっ、赤ちゃんと言うところを鳥さんに変えただけ。小さい子を寝かせているときにほかの兄妹が騒がないように歌うんです。言葉の意味よりも音のつながりに意味があって、小さい子が眠くなるような節回しになっているの」
「なるほど。子育て用の歌か。巫女メッセリはそんなことまでやるのか?」
「あはは違うわ。これは巫女メッセリの歌じゃなくて、うちの集落に伝わるただの子守唄」
「え? さっき節回しがどうとか」
「人が聞いていて心地よくなる節回しがあるの。別に巫女メッセリでなくても誰でも使えるわ」
「ほう」

 メルリルの言葉に関心する。
 歌にそんな効能があるとはな。
 精霊メイスが好むというのはそういう歌の不思議なところなのだろうか。

「子守唄というのは全国各地にあるものだよ」

 学者先生が荷馬車から特に壊れやすいものを下ろして来て、その途上で俺たちのやりとりを見かけたらしくそんな風に話しかけて来た。
 学者先生の荷物は取り扱いが難しいものがあるので、俺たちは特に指示がない限りあまり触らないようにしている。
 もちろん本人にも何がどうなっているかわからなくなっているようなときは片付けるけどな。

「それだけ母親は子どもを寝かしつけるのに苦労しているということだね」
「確かに小さい子は扱いが難しいですからね」
「そういう言い方は酷い。子どもは世界を知りたいだけ。私たち誰もが通った道よ」
「ああうん。確かにそうだな。だがまぁ付きまとわれるとどうしていいのかわからなくなる」
「ははは、メルリル君。ダスター君とて自分の子どもを持ったら苦手というばかりではいられないさ」

 学者先生がそう言うと、メルリルが困ったような嬉しいような顔になる。

「そう、ですね……ダスターは口でどう言っても子どもにも優しい人ですから」

 そしてふと俺の顔を正面から見て、いきなり赤面すると、「部屋に戻っています!」と言って、女部屋に戻って行った。
 どうした、メルリル。

「ふむ。ダスター君。君はもうちょっと女心を学ばないと大変だぞ?」
「へ? 今俺たち子ども相手は大変だって話をしていただけですよね? なんで女心の話に?」
「ふう。君はあの、メルリル君が好きなのだろう? もう夫婦になりたいと申し込んだのかね?」

 学者先生がいきなりプライベートなことに踏み込んで来た。
 どうも話の流れが見えない。

「へ? まぁ、ええ」
「ふむ。なるほど、思ったよりもちゃんとしているじゃないか。安心したよ」
「え? ありがとうございます」
「いいかね。女性というものは男よりも人生に対して現実的だ」
「あー、それはなんとなくわかります。花街の姉さんたちなんか、絶対冒険者のところには身請けされたくないとか言ってましたからね」
「……ここで花街の話を出すとは。さっき見直した分を差し引いておくよ」
「いやいや、何の話です?」
「彼女、メルリル君はダスター君との将来を現実的に考えているのだよ。だから子どもの話で恥ずかしくなったのさ」
「んん?」

 ダメだ、学者先生が何を言っているのかさっぱりわからない。

「恥ずかしい要素がどこに?」
「あの一瞬で、彼女、メルリル君は、君と自分たちの子どもと一緒に共に暮らす生活を思い浮かべたのだよ。そしてそんな生活を望んでいる自分が急に恥ずかしくなったのさ」
「? まぁ俺はそういう未来のことを思い描くことはあまりありませんが、メルリルがそういうものにあこがれるのは理解出来ます」

 学者先生がため息を吐く。

「はっきりと言うが、君たちは夫婦の営みはもう行っているのかね?」
「へっ? いや、彼女にプロポーズした後もずっと旅の途中で、そういう雰囲気じゃなかったので……」
「うんうん。君は変なところで真面目だからね。……だからだよ」
「ん?」
「メルリル君は自分が一足飛びに先走った妄想を抱いたことが恥ずかしくなったんだ。まぁいわゆる遠回しなお誘いをしたように思われたんじゃないかと思ったんだね。……こんな朴念仁にそんな心配する必要ないのにね」

 言われて、ようやく俺は理解した。
 そうか、子どもを持つということは確かにそういうことだ。
 なるほど、俺はまるで察しの悪い青二才そのものだった訳だ。
 メルリル一人に恥ずかしい思いをさせてしまった。

 これはあれだな、プロポーズした後に具体的な将来の展望を二人で全く話してないのも影響しているんだろうな。
 つまりメルリルは不安なのだ。
 これはよくない。
 今後時間を作ってちゃんと話さないとな。

「なるほど理解しました。ありがとうございます先生」
「いやいや。君が幸せな家庭を持つと思うと、私も心暖かくなる思いだよ。そのときには贈り物をさせてもらうよ」
「……変なものはいりませんよ?」
「君はときどき正直すぎるなぁ」
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