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第六章 その祈り、届かなくとも……

578 最悪の日を迎えた者達

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 最初に気づいたのは、堀に死体を投げ込んでいた雑兵だった。
 不快な作業を行っている彼らは、黙々と動き続けていたが、それでも視線が手元以外を見ることはある。
 最初、その姿を見た雑兵の男は、それが何か理解出来なかった。

 暮れゆく世界は色も形も揺らぎ、相手をはっきりと認識出来なくする。
 そんな時間的な影響だけでなく、彼は今、頭を真っ白にして作業をしていたのだ。
 まともにものを考えて出来る作業ではない。
 そんなところへ突然、非常識な風景が現出したのだから、彼の混乱も当然だろう。

 なんと、占拠した砦の入り口に続く半分壊れた橋の上に三人の男が横並びに並んで彼らのいる方向に進んで来ていたのだ。
 男は死体を扱うという精神的な苦痛から見た幻と最初思った。

「な、なんだ貴様らは! 返答次第では命がないぞ!」

 返答次第も何も、見られた以上は殺すしかない。
 だが、男は兵士のサガとして、叩き込まれた誰何の文言をつい口にしていた。

「責任者に会わせろ。話はそれからだ」

 三人のうち、一番若い男が物憂げに言った。
 血なまぐさい死体だらけの現場だというのに、その男の顔には面倒臭さしかなかった。
 そのあまりの緊張感の無さが、雑兵の男の混乱に拍車をかける。

「お、おのれ、賊め!」

 実際は自分たちが賊なのだが、そういった皮肉は彼の頭にはなかった。
 ただ、死体を掘に落とすために持っていた槍を、訓練の通り流れるような動作で突き出す。
 だが、それは悪手だった。
 相手は避けるそぶりも見せずに槍の穂先よりもやや下を掴み、それを頼りに男を引き寄せる。

「案内するのかしないのか。返答次第ではお前もそこの堀に落とすぞ」

 感情の感じられない淡々とした脅し。
 それは下手に激高されるよりもよほど恐ろしい。
 喉元を引っ掴まれた雑兵の男は、ただガクガクと首を振るしかなかった。

 もちろんそんな簡単に相手の言葉を受け入れたのは、砦のなかに入れば周囲は全て味方であるという計算あってのことだ。
 こんないかにも今戦いがあったばかりという様子の砦に、たった三人で乗り込んで来る頭のおかしい連中をまともに相手するのは愚の骨頂である。
 その愚行にふさわしい結末を与えてやればいい。

 その考えはある意味正しく、ある意味間違っていた。
 相手に抵抗しなかったのは賢かったが、この三人を招き入れたことで、砦の内部は大混乱に陥ったのだ。

 ◇◇◇

 いきなり突っかかって来たパリッとした冒険者風装備の男は、勇者に首を掴まれて半分引きずられる形で門をくぐった。
 橋の上で死体を始末していた男達は、その状態になっても、どうも何が起こっているのかよくわからないでいるようだ。
 まぁそうだろうな。
 俺だっていきなりこんな無防備な男が三人だけで戦場に現れたら混乱するだろう。
 いや、無防備ではないか。
 一応武装しているからな。
 ただ、剣を抜いたりしていないだけだ。

 どうでもいいが勇者が引きずっている男、大丈夫なのか?
 首が締まっているし、引きずられているし、なんか痙攣しているんだが。
 もう砦に入ったから放してやっていいんじゃないかな?

「アルフ、そいつもう放してやれよ。別に殺す気はないんだろ?」
「ん? ああ、忘れてた」

 どうやら勇者は男を引きずっていたことを忘れていたらしい。
 気の毒すぎる。
 俺に言われて、勇者は掴んでいた男をポーンと、近くにいた別の男に投げつけた。
 ドン! と、鈍い音と共に、二人の男がもつれ合うように転がり、近くに置いてあった木桶に突っ込んで止まる。
 ……うん、動いている。生きてるようだ。

 俺達が踏み込んだ当初、まさかこんな少数の人間が堂々と乗り込んで来るとは思っていなかったのか、包囲もされていなかったのだが、気づいた何人かが急いで矢を持って狙い出した。
 うーん、魔法を使える奴は?
 お、手に魔法紋が光っている奴がけっこういるな。
 やっぱりこいつら貴族だ。

 時間と共に包囲が完成しつつあった。
 さすがにこの人数に囲まれると不安になる。
 街の人たちに聞いた隊商の人数よりも多いようだし、何人かは別行動で街に入らずに伏せていたか。

「責任者はどこだ! 話がある!」

 そんな状況でも、全く態度が変わらない勇者は頼もしい。
 いつも通りの傍若無人ぶりがこういうところで活きるな。

「黙れ! 侵入者め! 何が目的か? 火事場狙いのコソ泥か?」

 冒険者に偽装した連中とは違い、一人商人らしい姿の男が歩み出る。
 一応服装は商人っぽいものだが、今はその上に防具を装備しているので、少しちぐはぐな感じだ。

「火事場狙いのコソ泥はそっちだろうが! 俺が知らないとでも思っているのか? 近隣の街に火を放ったな!」

 勇者の断罪に、その責任者らしき男は一瞬ひるんだが、すぐに気を取り直して薄く笑みを浮かべた。

「それを知っているということは平民ではあるまい。この砦の関係者か。わざわざ自分から死にに来るとは殊勝なことだ」
「愚か者!」

 相手の言葉を断ち切るように勇者の鋭い声が響いた。

「な、なんだ、と」
「無辜の民を苦しめ、民を守ろうとした砦の騎士を殺し、その悪行に目が曇ったか? 俺が背に負う紋章に気づかぬとはな。さすが神に背く者よ」

 勇者の舌鋒が鋭い。
 余裕しゃくしゃくだった相手は、言われて勇者のマントの紋章を確認した。
 そして、真っ青になる。

「な、……勇者さま、本当に?」

 その男の言葉に、周囲を包囲していた者達にも動揺が広がった。

「い、いや、今ここに勇者さまがいらっしゃる道理がない! おのれアンデルの非道な王よ、まさか偽の勇者を用意するとは! 信じがたき暴挙なり!」

 あ、どうやら偽物ということにしたようだ。
 まぁ予想の範囲内である。

「信じがたいのはお前だ、愚か者め!」
「冒涜者を討て! 構えッ! グオオオッ!」

 商人姿の男が部下に一斉攻撃を指示しようとしたところ、力強い踏み込みにより、わずか半歩で距離を詰めた剣聖が相手がかかげようとした腕を斬り飛ばした。

れ者! 勇者に弓引くとは、魂が摩耗するまで獄に繋がれる大罪であるぞ!」

 うわぁ、一連の動きがさっぱり見えなかった。
 しかもあれ、相手の死角から滑り込むように斬ったぞ。
 やっぱりなんだかんだ言って、聖騎士の対人技は凶悪だな。
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