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第六章 その祈り、届かなくとも……

586 騎士を追い払うのに方便は大事

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「我らは砦奪還のために隙を窺っていたのです」

 暑苦しい感謝を勇者がひとにらみで退け、無事合流したメルリルと聖女とモンクに無事ことが終わったという報告をする。
 その間、おとなしく周囲でかしこまって待っていた騎士達だったが、うっとおしいので、砦に戻るように勇者がうながした。
 追っ払いたい本音が隠せてもいない。

 しかし、歴戦の騎士団はこゆるぎもしなかった。
 いわく、「このまま恩をお返しせずに立ち去るのは騎士の名折れ」であると言い張ったのだ。

「そんなことで折れるような名なら折れてしまえ」

 勇者は冷たい。
 なんだかいたたまれない雰囲気になったので、仕方なく俺が騎士団の代表の人に、俺達と街道で別れてからどうしていたのかを聞いてやった。
 聞いて欲しそうだったからな。

 案の定意気込んで語り始めた。
 それが先の言葉だ。
 勇者が俺のほうを恨みがましい目で見たが、素知らぬ顔でそっぽを向く。

「街道から街へと向かう途中に砦よりの使者が駆け込んで来ましてな。砦が襲撃を受けておると。それですぐさま進路を変更して、砦へ戻ることにしました」
 
 しかし砦に到着してみると、入り口はすでに破られ、多くの仲間の死体が散乱している状態。
 砦の内部を賊らしき者たちが徘徊しているのは外からはっきりと見て取れたので、すぐに賊を蹴散らしたかったのだが、戦力差と砦のなかと外という場所の不利を考えて、いったん周囲に潜んで機会を待っていたらしい。
 こまめに出していた斥候が聖女さまを発見して、慌てて危険を告げて合流したのだとのことだった。

 聖女の様子からして、立場的には逆だったんじゃないかと察する。
 ようするに聖女からしてみれば騎士団連中が血気にはやって砦に突入するかもしれないので、それを止めるために合流したということだろう。
 騎士達のプライドのためにその事実は伏せていたというところか。

「よし、お前達の事情はわかった。さ、話は聞いてやったんだからさっさと砦に戻れ。砦に残った連中は戦えない者がほとんどで、明らかに人手不足だ。お前達の力を必要としているぞ」
「勇者さま、我らの苦境を慮っていただき、恐悦至極にございます。この上は我が身を賭しても御恩返しを!」
「チッ、俺に恩返しがしたいなら、砦を立て直した後、連中に焼かれた街の復興に力を貸してやれ」

 勇者舌打ちをしたらせっかくいいこと言ってるのに台無しだぞ。

「む? 街が焼かれたとは?」
「ふー」

 ここまで頑張って騎士の相手をしていた勇者だったが、とうとう限界に達したらしい。
 もう騎士相手に口を開かないという意思の籠った表情になると、聖女に話しかけた。

「ミュリア、こいつらの相手で疲れたんじゃないか? 早々にここを離れよう」
「いえ、わたくしは大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「ゆ、勇者さま……」

 無視された形の騎士が情けない顔になる。
 仕方なく俺が説明を引き継いだ。

「あの砦を襲った連中だが、街に火をかけ、詰めていた兵士や冒険者を殺害したようだ。しかも魔物を呼び寄せたのもどうも連中の仕業らしい」
「な、なんと! それはまことか?」
「捕縛された連中のなかにはけっこうなお偉いさんもいたみたいだから、詳しくはそいつらに聞くといい。証拠の品などは今は勇者さまが預かっている。ここの砦主さまは、今は砦を離れることが無理だろうからな。今回の件はかなりきな臭いんで勇者さまが直々に調べるようだ。わかったら、あんた達は勇者さまのおっしゃったように砦と街の復興のため働いてくれ。無辜の民を守ってこそ勇者への恩返しにもなるだろう」

 出来るだけ騎士のプライドを傷つけない言い回しを選んだつもりだが、どうかな?
 俺には騎士の気持ちなんか想像するしか出来んから、冷や汗ものだぜ。
 勇者は面倒臭くなったら放り出すのをやめて欲しい。

「おお、これは我らが心得違いであった。勇者さまは神の御子、戦えぬ者達を守ってこそその慈悲の心にお応えすることになるのであるな。委細承知した。我ら、この南辺境砦の騎士の誇りをお見せいたしましょうぞ。民をこれ以上苦しめるようなことはいたしませぬ!」

 うんうん、あの教会の教手おしえてさまとか、ご老体に無理をさせられないから、ほんと、頼むよ。
 深々と礼をして、整然と隊列を組んで砦へと戻る騎士団に安堵する。
 とにかくこれ以上面倒な奴と関わっている場合じゃないからな。
 あと、砦の騎士達が街の復興の手伝いをすれば、一時的とはいえ、俺達の懐から提供する資金も少なく済むだろうという打算もある。

「さすが師匠、うまく追っ払ったな。全くああいう連中は恩返しを押し付けて来るから迷惑だ」
「ははは」

 勇者の言いようはちょっと厳しいが、俺も同じように思わないでもなかったので軽く笑ってごまかす。
 勇者の後ろでは聖騎士が困ったような顔をしていた。
 あー、聖騎士からすると、自分も同類という感じなのかな?
 まぁ気にすんな。

「ダスター、無事でよかった」

 さっきまでは騎士達がいたからか、ひっそりと気配を消していたメルリルが、俺の腕をぎゅっと握って言った。

「ああ、問題なかった。砦のなかにも生き残りがいたし。最初想定したよりもマシな感じで終わったよ」

 俺がそう言うと、メルリルは頬を膨らませた。

「そうじゃない! ダスターにケガがなくてよかったってこと」
「お、おう、心配? かけたか」
「うん。いつも一緒にいるのが約束なのに、ダスターはときどき酷い」

 ん? 俺、メルリルに怒られてる?
 なんでだ?

「ダスターさんはさ、ものごとを合理的に考えすぎ。もっとこう、感情的に……んー、いや、情熱的に、『メルリル心配かけたな!』と言いつつガバッと抱き着いてみるとか」

 何言ってるんだ? このモンクさんは。

「いいの。そこまで期待してない。ダスターが無事ならそれでいいの」

 メルリルがモンクに微笑みかけてそう言った。
 え? これ、俺が何かダメな流れなのか?

「師匠、女は理屈じゃ割り切れないときがある。そういうときは抱きしめてにっこり笑うといいと、昔うちの兄が言っていた」
「何気にお前が兄貴の話をするのは初めてだな」
「年に一回ぐらいしか会ってなかったから、語るべきことが少ないんだ」
「お前のとこの家庭事情はほんと冷え冷えしてるな」

 俺達がそんな情報交換をしていると、モンクが冷めた目でこっちを見ていた。

「そういう話は聞こえないところでやって。うちの連中はほんと、デリカシーがないんだから」
「でもテスタ、そういうところもダスターの魅力だから」

 メルリルが少し照れたようにモンクに主張する。
 しかしメルリル、それはあれだ、目が曇っているぞ。贔屓の引き倒しというか。

「はいはい、のろけない。とにかくもうここから移動するよ。いい加減血の臭いがきついし」

 モンクがはぁと脱力しながら移動をうながした。

「お、おう、そうだな」

 しかしなんだな、メルリルも仲間内だと遠慮がなくなって来たようだ。
 それに女性陣はほんと仲がいいんだよな。
 さてさて、さっきは騎士団の連中がいたから詳しい話が出来なかったし、どこかに落ち着いて情報のすり合わせをしておくか。
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