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第六章 その祈り、届かなくとも……

617 渦巻く黒い筋

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 どんどん人が集まって来て、騎士らしき者達が戦う体勢になっている。
 ヤバいな。

「サーサム卿、申し訳ないが、あの騎士達を止めてくれないか? あの化け物相手じゃ犠牲者を増やすだけだ。もし魔法以外の遠隔攻撃手段があるなら、こっちに当てないように試してくれてもいいが、絶対に接近戦や魔法は控えて欲しいと伝えてくれ」
「……ここの城主は俺が殺したも同然だぞ。その俺の指示を聞くはずがない」

 この人も融通が利かない人だな。
 
「黙っていればいいじゃないか」
「ど、どういうことか?」
「だから、城主があんたのせいで死んだとか言わずに、あの化け物に食われたと言えばいい。それはそれで本当だろ? その上で、そのなんとかのコインを見せて身分を明かせばきっと協力してくれるさ」

 英雄殿はぎょっとした顔で俺を見る。
 何かおかしなことを言っているか? 俺。

「し、しかし、城の者はこの化け物のことを知っているやも知れぬ。そうなればむざむざ城主が食われたことを怪しむだろう」
「それこそ願ったりじゃないか」
「どういうことか?」
「しっかりしろよ、あんたここに富国公の罪を暴きに来たんだろ? あの魔物はその罪の一部だ。それを知っているということは、そいつは証拠を知っている奴だってことだ。とっ捕まえろ!」
「っ! なる……ほど?」

 英雄殿は納得したような納得していないような変な顔をしていたが、うなずいて城内の者達のほうへと行ってくれた。
 勇者がニヤニヤ笑っている。

「あいつ、自分の常識がひっくり返されて頭のなかが混乱している状態だぞ。ざまーみろ」
「お前、他人のことをつべこべ言ってる暇はないぞ。見ろ、奴はもう城の人間からこっちに向きなおってる。お前とフォルテに反応しているんだ。食われないように、ひとけのないほうへ走れ!」
「わかった。フォルテはどう動くんだ?」
「ピャッ、ジジッ!」
「なんでお前、俺に挑戦的なんだ?」

 勇者とフォルテがじゃれている。
 こんなときなのにのんきだな。

「フォルテ、お前の役割は重要だぞ。よく聞け。奴の頭上の攻撃がぎりぎり届くか届かないかという高さを見極めて、そこで相手を刺激し続けろ。お前が攪乱することで、勇者へ攻撃が集中しなくなる。頼んだぞ?」
「ピッ!」

 おお、意気揚々と飛び立って行った。
 久々にやる気があるようだ。
 あいつむらっけタイプなんで、やる気があるときとないときが極端で困る。

 半透明の巨大な芋虫の魔物は、自分の糸で体を陸地へと引き寄せていたが、勇者が走り出した途端、糸の一部をそっちに放った。
 早い!
 魔物に背を向ける形で走っている勇者にはその動きは当然見えないのだが、何かを察知したのだろう、勇者は咄嗟に斜めにステップを踏み、それにとどまらず、水の上に足場を作って、空を蹴るように反転した。
 おお、今のはよく避けたな。
 おっと、感心している場合じゃなかった。
 芋虫の化け物がとうとう上陸して来たぞ。
 湖の水がそれに押されるように押し寄せて来る。
 なるほど勇者が水の上に足場を作ったのはこれのせいか。

 俺は慌てて水から距離を取る。
 幸い、芋虫の魔物は体が水に触れている訳ではないので、打ち寄せた水自体はそう多くはない。

「キュルキュル……」

 頭上を見て糸を吐く。
 フォルテの攪乱だ。
 視界を重ねると、迫りくる魔力の糸に恐怖を感じる。
 高く高く上がって、ようやく糸の限界点になったようだ。
 フォルテの位置を確認した感じ、奴の糸はこの城がある島ぐらいは余裕でカバーしてしまえるようだ。
 ようするに逃げ場はないということだな。

 しかし改めて見ると、デカい。
 さっきまでは湖の上で比較対象物がなかったからそこまで感じなかったが、陸に近づくと城との対比でそのデカさがわかる。
 おそらくこの城というか、島の半分ぐらいの大きさはあるぞ。

 俺は星降りの剣をかまえた。
 さっきは剣技による斬撃だけを飛ばしたが、今なら剣自体で斬りつけることが可能だ。
 いくら体表が硬くても、ドラゴンの爪なら貫けるのではないだろうか。
 魔物にとって俺は全く眼中にない感じなので、ほぼ危険なく近づくことが出来た。
 近くで見ると、遠目で見ていたときよりも、その醜悪で、おぞましい姿がはっきりとわかる。
 見た目で言うと、スライムが芋虫の形になったようにも見えていたが、ちゃんと口部分や節があって、幼虫らしさがはっきりとしている。
 それでいながら、なんというか、中身が丸見えでうねうねと蠢いているのだ。
 見覚えのある男の半分溶けた頭が見えたときには吐き気を覚えた。

「よし、断絶の剣!」

 星降りの剣を叩きつける。
 ズルッという、泥に剣を叩き込んだような感触と共に、魔物の割れた体から黒い筋が溢れ出て、星降りの剣を取り込もうとしやがった。
 慌てて剣を引きはがして飛び退く。

 しばらく傷口からどろどろとした透明な体液のようなものが出ていたが、黒い筋がその部分を覆うと、傷が消えてしまった。

「嘘だろ?」
「キシャアアア!」
「うおっと!」

 芋虫の化け物は、俺を餌ではなく敵と見なしたようで、体をうねらせて突進して来た。
 周囲の木がべきべきと音を立ててへし折れる。
 俺は城壁に剣を突き立てて、それを足場にして駆け上がった。

「星降り!」

 出来るような気がして剣を呼ぶ。
 すると、城壁に刺さった星降りは、ふるりと震えて、次の瞬間俺の手に収まっていた。

「おお。やってみるもんだな」

 こんな場合じゃなければ試そうとすらしなかっただろう。
 芋虫の魔物は、俺がいたであろう場所を転げまわって気が済んだのか、勇者とフォルテに意識を戻したようだ。
 やはり俺が見えていた訳ではない。
 今は奴の真横の城壁の上にいるのに、全く気付いた風もなかったからな。

「しかし、傷つけても治しちまうのかよ」

 あの黒い筋、この魔物の力の中心はそこにあるのは確かなようだ。
 とは言え、どうすればいいんだか。
 と、魔物の背に、火球がぶつかった。

「あ、城の連中! くそっ、サーサム卿、説得に失敗したか?」

 魔法の火球だ。
 普通に考えれば虫の魔物に火は効果的なんだが、こいつは魔力を吸収するっぽいんで、魔法は避けて欲しかったんだが。
 すると、案の定、火球を受けた魔物の体の部分に黒い筋が広がって、火球を吸収してしまった。

「キューキュー」
「ご機嫌だな」

 魔物は心なしか嬉しそうだ。
 こいつからすればおやつのようなものかもしれないな。
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