勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第六章 その祈り、届かなくとも……

619 反動

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 白というか、銀色に近い色合いの繭が水の上に鎮座している。
 けっこうシュールな絵面だ。

「動かないなら丁度いいだろ。今のうちに干上がらせてしまえばいい」

 勇者は前向きだ。
 この根拠のない前向きさは、こういった切迫した状況では頼もしいものである。
 勇者は再び足場を作って宙を駆け、繭となった巨大な魔物に接近し、聖騎士から預かったドラゴンの盾を繭に叩きつけた。

 奇妙な、感覚があった。
 ぐにゃりと空間が歪むような、臓腑が裏返るような、なんとも言えないおぞましい感覚だ。

「ぐっ……」

 俺は思わずうめいてしまったが、それどころではない者もいた。
 勇者である。
 すさまじい勢いで吹っ飛んで来ると、数本の木をなぎ倒して地表に突っ込んだのだ。

「アルフッ!」
「勇者!」

 勇者のほうへ駆けつつ、ちらりと視線を城壁前の騎士団に向けた。
 すると、一瞬のことだったが、多くの者が倒れ込んでいるのが見える。
 いったい今何があったんだ?

「勇者さまっ!」

 ぎょっとする。
 聖女が結界を解除して駆けつけて来た。

「何してる! 危ないだろ!」
「わたくしよりも勇者さまが!」

 聖女の必死の訴えに、さすがにそれ以上咎める気持ちになれず、とにかく勇者の無事を確認することにする。
 メルリルとモンクがどうなっているかも気になるが、今のところ害される要因がある訳でもないので、そっちについては後回しにした。

 勇者は半分地面に埋まっていた。
 そんな状態になりながらも、盾と剣を手放してないのはさすがというか、なんというか。
 どうやらそのおかげで盾が衝撃をやわらげてくれたようだ。
 とは言え、全くの無事でもない。
 腕が一か所折れているようだし、顔の皮膚が半分以上めくれて鼻血も出ている。
 なるほど、聖女はこの状態を察知したのか。
 よくもまぁ首の骨が折れなかったものだ。

「勇者さま!」
「待った!」

 聖女がいきなり回復魔法を浴びせようとしたので、慌てて止めると、折れている部分を触って確認して、注意しながら添え木で挟んで固定する。
 幸い、周囲には、今折れたばかりの新鮮な枝がいっぱいあったので添え木には事欠かない。
 骨折などに回復魔法を使うと、その状態のまま骨が繋がって、いびつな状態になることがあるのだ。
 勇者は気絶しているのか、うめき声一つ上げない。
 もしかしたら頭も打っているかも?
 とりあえず、呼吸を確かめると、荒いながらもちゃんと呼吸していたので命に別状はないようだ。
 それから聖女に聖水が湧き出る魔法を使ってもらって、傷口に付着している泥を落とした。

「いいぞ。回復してやってくれ」
「はい。神よ、その敬虔なるしもべに慈愛をもたらし、心身に完全なる回復を」

 聖女が神璽みしるしに触れながら聖句を唱えると、聖女の魔力が神璽みしるしに吸い込まれて、その内部から光が沸き上がる。
 その光が慈雨のように勇者に降り注いだ。

「ぐぅう……」

 勇者がうめきながら目覚めた。

「ほら、これで顔を拭け。腕はもう少しだけ固定しておけ」

 勇者は俺から受け取った手巾で言われた通りに顔を拭く。
 血や泥がぬぐわれると、真っ赤に染まっていた顔が元通りに回復しているのがわかって、なんとなくホッとした。
 聖水ではなぜか血は落とせないのだ。

「今のはなんだったんだ?」
「はっきりとは……だが、盾が魔力を吸い込もうとした途端、ものすごい反発があった」
「こっちまで衝撃があったからな。アレを間近で受けて、よくもまぁバラバラにならなかったもんだ。さすがは勇者というところか」
「俺の力というよりも盾のおかげだな。クルス、助かった。ありがとう」
「お力になれたのならその盾も本望でしょう」

 勇者の無事が確認出来たので、聖女も落ち着いたようだ。
 勇者と聖騎士のやりとりに微笑んでいる。

「大丈夫か?」
「ダスター!」

 モンクとメルリルも駆けつけて来て、奇しくも無残に折れ砕けた林の残骸のなかで全員集合となった。

「ピャッ!」

 フォルテもいつの間にかちゃっかりと頭の上にいるしな。

「あの糸がくせものだな」
「うっ……注視すると気分が悪くなる」

 勇者が俺に倣って目に魔力を通して繭を見て口を押える。
 そうなんだよな。
 あの繭の糸は物質じゃない。
 通常の視力でも見えるようになった高濃度の魔力そのものみたいなものだ。
 直視すると、自分の体内の魔力に干渉して、感覚がかき乱されてしまう。

「おい、すごい音がしたが、大丈夫か?」

 お、英雄殿までやって来たぞ。
 まさしく全員集合となったな。

「そっちは大丈夫なのか? 騎士達も何人か倒れていたようだが」
「ああ。どうも連中のなかでも強い魔法を使える者ほどダメージを受けたようだ。今は休ませている。一応あれから火矢の攻撃もさせてみたんだが、あの固まった化け物に届く前に粉々になってしまって意味がないようだ」

 思わず舌打ちが漏れる。
 相手が動かなくなって好機だと思ったが、そう簡単な話ではないようだ。
 あの魔力の糸そのものが、方向性を定めない原始的な魔法のようなものなのかもしれない。
 外部からの干渉を倍にして返すとか、なんかそういうのだろう。
 調べた訳じゃないからはっきりとはわからないが。

「くそっ、あれが羽化する前になんとかしたいんだが」
「羽化……だと?」

 俺が思わず呟くと、英雄殿がぎょっとしたように反応した。

「見た感じ、うじ虫とか芋虫とかの類だろ。なら羽のある成虫になると考えるのが普通じゃないか?」
「……っ、それはだが、おぞましいことになるぞ。羽があればどこにでも行ける。アレが飛び回る世界など考えたくもない」
「心配するな。俺が倒してみせる」

 勇者が添え木を腕から外しながら言った。
 どうやら調子が戻ったようだ。

「かの者に祝福を、神の息吹を宿したまえ」

 聖女が神璽みしるしを手に、何か新たな魔法を勇者にかけていた。

「回復力を活性化しました。そう長くは持ちませんが」
「助かる」

 聖女の魔法に勇者が礼を言い、すっくと立ちあがった。
 今、体のバランスがちょっと崩れたな。
 まだ本調子ではないらしい。

「どうする気だ? 攻撃したら同じ結果になるだけだぞ」
「……魔力を、魔法ではなくて、純粋な魔力をぶつけたらどうだろう? それなら攻撃という訳じゃないし」
「相手にとっては餌を与えられたようなもんじゃないのか?」
「もし、あれが昆虫の蛹のような状態だとしたら、食事を消化する作用は止まっているんじゃないだろうか? そこに俺の魔力を注ぎ込めば、その……、いつかの俺達のように、消化出来ない魔力が毒になるんじゃないか?」

 なるほど。
 目の付け所としては悪くはない。しかし……。

「だが目論見が間違っていたら、いたずらに相手に力を与えるだけになってしまうぞ」
「だからと言って、何もせずにアレを放置する訳にはいかない」
「そりゃあそうだな」

 勇者の言う通りだ。
 とにかくやれることをやるしかないよな。
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