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第七章 幻の都

643 手続きと悪徳商人

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 馬車の問題が片付いたら、次は探索許可証を提出に行かなければならない。
 そしてそれを行うと、高確率で偉い人からの呼び出しがあるだろう。
 なにしろ許可を出したのは大公陛下であり、許可を受けたのは勇者なのだから。

「気が重い……」
「どうした、師匠。ワインで悪酔いか?」
「あんな薄まった酒で酔う訳あるか。まーた、州公辺りからの呼び出しがあるんだろうなと思って頭が痛いだけだ。あ、そうだ。俺はただの従者なんだから呼び出されても行かなくていいよな。迷宮探索に必要な買い物をしておくからお前等だけで行って来てくれ」
「師匠はいつもそれだ。ズルい。いるだけでいいから一緒に来てくれよ。そうじゃなきゃ俺が州公にケンカ売るかもしれないぞ?」

 いつものように偉い人にお目通りするイベントをパスしようとしたら、勇者がとんでもない脅しをかけて来た。
 そして、それがいかにもありそうな話で、めまいがする。
 よくも悪くも勇者は率直だ。
 こんな治安の悪い街を収めている州公に対して、面と向かって何を言い出すかわかったものではない。

「……わかった。一緒に行くだけな」
「やった、言ってみるもんだな!」

 くそっ。

「うふふ。勇者さまがうれしそうでよかった。わたくしも心強いです。ありがとうございます」

 聖女がぺこりと頭を下げる。
 ぬおっ、なんで俺にいて欲しいんだ?
 正直、貴族の礼儀など全くわからんから、俺こそが問題を起こす可能性もあるんだぞ。

「偉い人って、上から目線で自慢話をべらべらくっちゃべるか、嫌らしい顔ですり寄って来るかどっちかのことが多いからさ。私も行きたくないんだよね。まぁダスターもメルリルも、同じ苦しみを分かち合う仲間ということで」

 モンクがにこやかに偉い人をこき下ろした。
 
「みんな一緒だと心強いですからね」

 メルリルはメルリルで、何かちょっとズレている。
 まぁそういう浮世離れしたところも美点だが。
 俺はしぶしぶながら、勇者と同行する覚悟を決めたのだった。

 迷宮探索の手続きは、街のどこからでも目立つ塔で行う。
 ただし、実は州公府は、この塔の近くにはない。
 迷宮入口からかなり離れた場所に堅牢な城郭があり、州公府はその奥だ。
 噂では、州公府のある場所は、迷宮外となっていて、迷宮の魔力侵食を防ぐ仕組みがあるらしい。

 迷宮管理関係は塔で処理されるのだが、その報告のなかで急ぎのものだけが魔道具か何かで州公の元へと送られ、返事を待って結果が伝えられる。
 勇者達は外套を纏っていたので、手続きの当初は周囲から特に気にされることはなかったんだが、許可証を受け取った係員が「ゆ、勇者さまっ!」などと声を上げたおかげで、いきなり注目の的となってしまった。

 まぁ遅かれ早かれ、噂になったんだろうが、居心地が悪い。
 今のところ敵対心というよりも好奇心が勝っているな。
 迷宮へ潜る順番待ちは受付とは別の場所なので、生粋の冒険者は役所のほうには少ない。
 俺達が顔を出した時間帯が早かったこともあって、役所にはどちらかというと、商人風の者が多かった。
 そのおかげでこの程度なんだろう。
 ただし、どんな場所にも情報屋の耳は入り込んでいるんで、一度漏れた情報は確実に広まってしまうのだ。

 注目されるのに慣れていないメルリルはなにやら俺にぴったりと寄り添って離れない。
 やわらかくてあったかいな。

「ゆ、勇者さま方。大変お待たせいたしました! 州公閣下より許可証の受諾がなされました。こちらが迷宮探索証です! ろ、六名さまでよろしいでしょうか? それぞれ受け取り書にお名前をご記入ください」

 なんか係員が焦っているが大丈夫か?
 勇者と言っても、お前よりも年下の若造だ。恐れることはないぞ?

 俺が心のなかから応援エールを送ったにも関わらず、係員は従者として登録した俺とメルリル相手ですら、ものすごく緊張していた。
 きっと真面目な人間なんだろうな。
 急に来て悪かったよ。
 記名と探索証の交付が終わると、係員は硬直したままさらなる伝言を伝えて来た。

「つきましては、州公閣下が勇者さま方と、忌憚なく語り合いたいとのご意向で、ご夕食にお招きしたいとのことです。旅の途上のことでもあり、余計な手間になるだろうからと、服装は普段着でとのお申し出です!」
「……わかった。ご苦労」

 勇者が代表して答える。
 お前に任せると、最低限の会話しかしないよな。
 とは言え、ことがことだから俺が代表して手続きする訳にもいかなかった。
 係の人が真っ青になっているのを申し訳ない気持ちで見つめる。

 違うんだ。
 あんたの態度が気に障ったとかじゃないんだ。
 あれが勇者の普通の態度なんだ。
 しかも、わりと愛想のいいほうなんだぞ?
 信じられないかもしれないけどな。

「話のわかる州公のようだな」

 塔を出て、勇者は機嫌よくそう言った。
 下手に着飾らずに済むとわかって、この街の州公への評価が上がったらしい。
 俺も正直ほっとした。

「そう言えば、師匠は昔この街で活動していたんだろ? 州公について何か知らないのか?」
「十年も前だぞ。それでもいいなら話すが、当時は州公についてほとんど知らなかった。街に顔を出すことなんかなかったし、特別に俺達に何かを要求することもなかったからな。ほとんど街とかかわりを持とうとしない州公だったとしか記憶してないな」
「へえ。まぁ下手に下々に迷惑をかけるよりはいいってことかな?」
「冒険者の噂では、迷宮のもたらす利益以外はどうでもいいと思っているって話だったが、まぁ噂だしな」
「ふーん」
「まぁとりあえず時間もあるし、迷宮探索に必要なものを揃えよう」
「あの……」

 伝え聞いた刻限までかなり時間があったので、迷宮探索の準備に使うことにして、その割り振りを相談しようとしていた俺達に、遠慮がちに声を掛ける者がいた。

 振り向くと、気弱な顔でふくよかな体つきの仕立てのいい服を来た男である。
 隣には露出の高い服を着た女がいた。
 この女、見た目をごまかしているが、冒険者か闘士っぽいぞ。
 用心棒か?

「何か御用でしょうか?」

 今度こそ、俺が勇者の代理で話をする。
 こういう連中はちょっとでも対応を間違えると大変なことになるのだ。

「偶然手続きの場面に出くわしましてな。あ、私、この街で商いを営んでいる者で、主に迷宮探索に必要な道具を取り扱っているのですよ」
「それは。さぞやもうけていらっしゃるのでしょうね」
「ええまぁ、ぼちぼちは。ありがたいことに信用もあって、お得意様も多いのですよ」
「素晴らしいことですね」

 ヤバい。
 こいつ、どっかの大手ギルドのパトロンだな。

「勇者さま方はこちらの迷宮は初めてとお見受けします。よろしければ私共のほうで、探索道具一式を準備させていただけないでしょうか?」
「それは、無償で提供いただける、ということでしょうか?」
「ええ、ええ。悪い話ではないでしょう?」
「条件は?」
「え?」
「条件は?」

 こいつ、条件を伏せて美味しいところだけこっちに聞かせるつもりだったな。
 油断ならない奴だ。

「あ、はい。条件というほどのものではありませんが、ぜひ探索で見つかったものの買い取りをさせていただきたいと……」
「迷宮で取得したものは、塔に納めるという話だったようですが?」
「あれは、魔鉱石や魔物の特定素材のみです。それ以外の素材などは自由取引なのですよ」
「なるほどわかりました」
「おおっ!」

 こっちが条件を呑んだと思ったのか、おどおどとしていた商人の目が鋭くなる。
 本性がチラ見えしてるぞ?

「ちょうど州公閣下にお目通りの機会を得たので、そこで迷宮探索の決まり事について詳しいお話をお伺いすることにします。もし取り引きをする場合にはその後ということで、よろしいでしょうか?」

 俺の言葉に商人の目がせわしなく瞬く。
 予定と違ってしまったらしい。

「そ、それは当然ですね。また、そのときはよろしうお願いいたします」

 ぺこぺこしながら女連れで去って行く。
 こっちがここの常識を知らないと思って、食い物にする気満々だったな。
 勇者相手でもひるまずに悪だくみが出来るとは、逆に大した胆力と言えるだろう。

「師匠、今のは?」
「あー。悪徳商人だ」
「へー。さすが師匠だな」
「それは禁止しただろうが」

 そもそも何がさすがなのか全くわからん。

「日も変わったから無効でいいだろ?」
「お前のルールを勝手に作るな。とにかく、州公さまの前で口走るなよ?」
「もちろんだ!」

 軽い。
 ものすごく不安だ。
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