勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第七章 幻の都

681 気まぐれな女神

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 俺達は用心しつつ崩れた壁と天井……というよりも、新たに出来た狭い通路を、足場に苦心しながら向こう側に通り抜けた。
 抜けてみると、壁の向こうとはかなりの段差がある。
 反対側にもそれなりにがれきが流れ込んでいて、俺達のほうの通路が塞がらなかったのは、こっちの空間に落ち込んだがれきや土砂が多かったおかげだろう。

 上から下にいる相手を見渡してみると、当初数えた三人よりも多い、五人ほどが集まっていた。
 彼等の装備は一般的な探索者とそう変わりはない。
 ただし、頭部には骨のような兜をかぶっていて、少々不気味だ。

 分厚い防具を纏っているのでわかりにくいが、やはり一人は女のように見える。
 それにしても下手な男よりも背が高く、堂々たる立ち姿だ。
 そして背中には、特徴的な武器である、エストックを背負っていた。

「は、女連れとはな。さすがは勇者さまだ」

 後ろから姿を現したメルリルを見て、その背の高い女が挑発するように言い放つ。
 やっぱり声に覚えがある。
 というか、お前も女だろうに。

「彼女は優秀だぞ。というかあんたも女だろ?」
「ふっ、だからこそさ。迷宮って場所に、女は向いてないってことを、骨身に染みて知っているんだよ」
「……なぁ」

 俺は思い切って尋ねてみることにした。

「あんたもしかして、闇灯にいなかったか?」
「っ!」

 相手は驚いたようだった。
 そして近づいて来ると、下から俺のほうをじっと見る。

「ち、ここからじゃわかりにくいね。だけど、なんとなく面影がある気がする。……もしかするとあんた、ダスターか?」
「そうだ。……あんたは死んだって聞いていたんだけどな」
「へえ? 誰から?」
「師匠」

 少々緊張感のある会話を俺達が行っていると、勇者がついと俺をつついて呼びかけた。
 さりげなく剣に手をかけている。
 俺は、勇者の剣の柄をそっと押しやった。

「まだそういう判断が出来るときじゃない。待ってろ」
「わかった」

 勇者がスッと引く。
 そういう殺伐とした事態にはならないことを切に願うぞ。

「この街の支配者になっている男さ」
「ふふっ」

 俺の返答に彼女は笑った。
 俺が昔憧れた、少しはすっぱで、それでいながら優し気な、そんな笑いかただ。

「昔より、もっと賢くなったんじゃない? そういうところ嫌いじゃないよ」
「あねさん!」

 彼女の傍にいた男が、辛抱しきれなかったようで、こっちに何かを投げつけて来た。
 瞬間、備えていた勇者が抜剣して、飛んで来た何かを斬り裂く。
 同時にまるで燃え盛る蛇のような渦が、俺達と彼女達との間の空間に出現して、まるで魔物のうなり声のような音を立て、灼熱の輝きを放って消える。

「ひぃっ!」

 何かを投げつけた男が腰を抜かした。

「俺が当代勇者だ。今のは敵対と考えていいんだな?」

 勇者が感情の見えない声で、下の者達を睥睨しながら宣言する。

「待ちな!」

 両者の間にある緊張を、あねさんと呼ばれた彼女が、止めた。
 そしてずいっと一歩進み出る。

「悪かったね。うちの連中はちょっと血の気が多いのさ。勇者の坊やはどうか知らないけど、昔はここにいたあんたにはわかるだろ? ダスター」
「迷宮探索者は争いを求めるってか? 昔はあんたの嫌いな言葉だったと思うんだけどな」
「人は変わるもんさ。だけど、今あんた達と争うつもりはないんだよ。敵が多いからみんなピリピリしているだけ。もういいから、早くそっから降りておいでよ。昔話でもしようじゃないか。勇者さまも、お仲間もさ。あっちにあたしたちのヤサがあるんだ」
「ヤサだって?」

 迷宮のなかで宿泊する場合、探索者はそこをキャンプ地、あるいは野営地と呼ぶ。
 ヤサという呼び方は、探索者の使う隠語で、本拠地のことを意味する。
 つまり彼女は、迷宮のなかに本拠地があると言っているのだ。

「メイサー、あんたまさか、迷宮で盗賊団を率いているのか?」
「はぁ? 黙って聞いてりゃ、何抜かすんじゃわれ! 俺達はなぁ!」

 死んだと聞かされていた昔なじみの女、メイサーの、背後にいた男が、俺の言葉に切れたように怒鳴る。

「黙りな。その話はこんな場所で大声でがなり立てるようなことじゃないだろ?」
「へ、へい。もうしわけありやせん」

 大男がメイサーの優しい叱りつけに、母犬に叱られた子犬のように縮こまった。
 なかなか慕われているようじゃないか。
 そういうところは昔のままか。

「そっから降りるのは大変だろ? 何か足場になるものを持って来てやるよ」
「わかった。さっきは変な風に疑ってすまない」

 俺が盗賊団と勘違いしたことを謝ると、メイサーは弾けるように笑いだす。

「あははっ! 案外、的外れってこともないかもね?」

 そう言って、さらに笑いながら仲間を引き連れて奥のほうへと向かった。
 本当に足場を探しに行ってくれたらしい。
 見張りも置かないということは、それだけ信用されているということか?

「師匠、あれは……」
「ああ。煙玉、いや、おそらく眠り薬か何かが入った煙幕みたいなもんだな」

 男の一人が当初投げて来たものについて言及して来た勇者に答える。
 カラカラの実と呼ばれる硬い木の実の外側は、種を落とした後はなかが空洞の丸い頑丈な容器として利用出来るんだが、冒険者はこれを武器として使用する者が多い。
 中に薬品や油などを詰めて、外側をニカワか何かで塞ぎ、投げつけた衝撃で割れるようにして、使うのだ。

 勇者が斬った瞬間に漂った匂いで、中身が知れた。

「胡散臭すぎる」
「そう言うな。あれでも俺の昔なじみだ。そして彼女は昔からうさんくさかった」
「はぁ?」

 勇者が顔をしかめて俺の顔を見て、次にメイサー達が向かった先を見る。
 
「師匠、仲間は選ぶべきだぞ」
「何言ってる。俺が仲間を選ぶような人間なら、今ここにはいない」
「うん? どういう意味だ?」

 メイサーは、俺の初恋の相手であり、とことん翻弄された女でもあった。
 炎のように激しく、猫のように気まぐれで、気位が高くて、しかもいたずら好きだった。
 彼女のいたずらは基本的に趣味が悪い。

「まさか、カーンを困らせるために死んだふりをしたんじゃないだろうな?」

 あり得ない話ではないと考えてため息を吐く。
 俺はこれ以上面倒事は抱え込めないからな。
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