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第七章 幻の都
691 迷宮に住む人々3
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この、砦と呼ばれている場所の貯水場が、あまりにも立派だったので確認したら、やはりこれも遺跡なのだと言われた。
貯水池の底と側面と汲み上げ口の部分に、それぞれ木材と魔鉱石がはめ込まれていて、魔鉱石には複雑な文様が刻まれているらしい。
それが、何かの仕組みで、水を集めて浄化し、取っ手を引くだけで、水を汲み上げられるようにしてあるのだ。
俺達の技術では理解出来ない魔道具だ。
恐らくだが、木材部分は神樹を使っているのではないだろうか?
そうでなければ、そんなに長い間、腐らずに仕組みが動き続けている理由がわからない。
「なんでも、メイサー姉さんが、子どもの頃にとても狭い隙間に逃げ込んだときに見つけたのだそうですよ。ここを知っていたので、迷宮内に住めるかもしれないと思ったとか」
「なるほどなぁ……てか、こんな深いところまで、子どもの頃に潜ってたのか」
「メイサー姉さんが子どもの頃は、迷宮の管理もゆるゆるで、子ども達がお小遣い稼ぎに入り込むこともよくあったようです。それでたくさん友達が死んでしまったと言ってました」
「そうか」
メイサー達兄妹は、生粋の迷宮都市育ちだ。
そういう意味ではカーンもそうだが、カーンは子どもの頃、屋敷に隠されて育てられていたらしい。
ガランとした屋敷に、半ば監禁状態だったカーンが、なんとか屋敷を抜け出して、冒険者として活動し始めたのは、十二歳ぐらいだったと聞いた。
カーンは、家の事情はともかくとして、冒険者としてはごくまっとうな経験を積んでいるのだ。
メイサーのように、子どもしか入れないような迷宮の隙間まで知っている訳ではない。
メイサーには、明るくサバサバしている部分と、秘密主義な部分があった。
どれほど親しい相手でも、完全に心を見せることはなく、自分の隠し札を何枚か用意していたのだろう。
この砦と呼ばれているヤサも、そんな場所の一つだったと考えることが出来る。
あれほど愛したカーンに、いつか裏切られるかもしれないと、メイサーは思っていたのだろうか?
カーンとメイサーの間に感じた愛情に、俺は憧れたものだ。
黙って一緒に座っているだけでも、お互いに通じ合っているような雰囲気があった。
あの絆が偽りだったとは思いたくはない。
「お師匠さん、こっちが探索者用の棟です」
「リクス。俺はお前のお師匠じゃないんだから、その呼び方はやめてくれ」
「え? なんだか素敵な呼び方じゃないですか? お師匠さんなんて、憧れます」
「お師匠さま、わたくしも、お師匠さまの弟子ではなくても、このように呼ばせていただいております。どうかリクスにもお許しになってくださいまし」
「いや、許すとか許さないとか、そういう問題じゃない。ってか、ミュリアもその呼び方をそろそろやめてもいいんだぞ?」
俺がそう言うと、聖女は途端に気落ちしたようにうなだれた。
「わたくしには、お師匠さまとお呼びする資格がないということなのですね」
「いやいや、なんでそうなる? 違うぞ。俺が師匠とかおかしいと言ってるんだ。アルフはもう諦めたけどな」
「俺はちゃんと弟子と認めてもらったからな!」
聖女との話に勇者が割り込んで来て、ますます聖女がしゅんとした。
「おこがましい真似をしてしまい。ご迷惑だったでしょうか?」
「お師匠さん、ミュリアを怒らないであげて。私が悪かったの!」
悪気のカケラもない二人の少女に揃って頭を下げられてしまい、俺は天を仰いだ。
なんで呼び名を訂正しようとしただけで、こんな大ごとになるんだろう?
「いや、別に怒っちゃいない。誰をどう呼ぶかは、そいつの勝手ではあるからな」
「まぁ!」
聖女の顔がパッと明るくなる。
「お赦しいただけるのですね!」
「さすがお師匠さんね!」
うん、もう、どうでもいいや。
なんとなく、そんな投げやりな気分になったのだった。
さて、探索者達の住んでいる場所は、裏方仕事をする場所と違って、ひどく殺風景だった。
赤味掛かった灰色の岩棚の側面に、細長い穴が並んでいる。
その一つ一つが部屋らしい。
いくつか入り口に布を張っている場所もあるが、たいがいは開けっ放しになっているようだ。
開放的だな。
「あん? なんだぁ、そいつら!」
骨に削った石を括りつけて槍のようにしたものを担いだ男が、俺達のほうを見て、大声を上げた。
「メイサー姉さんのお客さま。聖女さま方なの」
「聖女さまだぁ? あー、そう言えば、なんかあねさんが言ってたような」
「昨夜飲んで、頭がはっきりしないままなんでしょう? ここで作るお酒はあんまりよくないから、たくさん飲まないほうがいいよ?」
「うるせーな。たまに飲まなきゃ、こんな場所でやってられるかよ。くそっ、大手ギルドの連中め、好き勝手しやがって。おかげで俺も今じゃ落ちぶれて、こんな場所に流れて来たって訳だ」
男は、ふーっ、と、大きく息を吐くと、俺達のことなどもう忘れたようにふらふらと歩いて行った。
よく見ると、手が細かく震えている。
よくない傾向だ。
なんらかの中毒になった奴が、ああいう状態になっていることが多い。
酒ならいいが、魔力の場合には、早めに抜かないと、身体の変化に耐えきれずに命を落としてしまう。
人間のような生き物は、一代で、魔力による変化を受け入れることは出来ないのだ。
そこで暮らして、何代か目ぐらいに、魔力持ちの子どもが増えるというような変化を起こす。
まぁだいたいはその前に、魔物に襲われて土地を追われるか、殺されるかしてしまうんだが。
「ああいう状態の奴はけっこういるのか?」
「え? お酒がないと動けない人? たくさんじゃないけど、少しでもないかな。ああなっちゃうとだんだん乱暴になって、最期には狩りで判断を誤って死んじゃうんだって、メイサー姉さんが言ってた。なんで大人はお酒飲むんだろう」
「……酒を飲んでいる間は、辛いこととか考えずに済むから、かな? まぁたまに楽しく飲むのは悪くないぞ」
「お師匠さんも飲むんだ?」
「ああ。大人はだいたい飲むかな。水が悪いところなんかは、酒で水を消毒して飲んだりもするし、単に楽しむだけって訳でもないんだぞ」
「へー、そんなこともあるんだ。お師匠さんは、いろいろな場所を知ってるのね」
「これでも冒険者だからな」
リクスがなぜか尊敬したような目で俺を見る。
いやいや、ここに流れ着く探索者にも、外で冒険者をしていた奴ぐらいいるだろう。
俺程度の奴はいくらでもいるぞ。
尊敬するなら勇者とか聖女ぐらいにしておいてくれ。
リクスの案内で、砦の主な施設を巡った後、自分たちの部屋へと戻ると、伝言が残されていた。
壁にナイフで皮紙を留めるのは、いかがなものかと思うぞ?
「手伝いを許可する。ドッロ……んん?」
「ドッロさんは裏方の元締めなの」
「そう言えば、さっき聞いたな。って、ことはこれはあの白婆が言っていた、食材の確認の件か」
手伝いって書かれているのが、嫌な予感しかしないけどな。
貯水池の底と側面と汲み上げ口の部分に、それぞれ木材と魔鉱石がはめ込まれていて、魔鉱石には複雑な文様が刻まれているらしい。
それが、何かの仕組みで、水を集めて浄化し、取っ手を引くだけで、水を汲み上げられるようにしてあるのだ。
俺達の技術では理解出来ない魔道具だ。
恐らくだが、木材部分は神樹を使っているのではないだろうか?
そうでなければ、そんなに長い間、腐らずに仕組みが動き続けている理由がわからない。
「なんでも、メイサー姉さんが、子どもの頃にとても狭い隙間に逃げ込んだときに見つけたのだそうですよ。ここを知っていたので、迷宮内に住めるかもしれないと思ったとか」
「なるほどなぁ……てか、こんな深いところまで、子どもの頃に潜ってたのか」
「メイサー姉さんが子どもの頃は、迷宮の管理もゆるゆるで、子ども達がお小遣い稼ぎに入り込むこともよくあったようです。それでたくさん友達が死んでしまったと言ってました」
「そうか」
メイサー達兄妹は、生粋の迷宮都市育ちだ。
そういう意味ではカーンもそうだが、カーンは子どもの頃、屋敷に隠されて育てられていたらしい。
ガランとした屋敷に、半ば監禁状態だったカーンが、なんとか屋敷を抜け出して、冒険者として活動し始めたのは、十二歳ぐらいだったと聞いた。
カーンは、家の事情はともかくとして、冒険者としてはごくまっとうな経験を積んでいるのだ。
メイサーのように、子どもしか入れないような迷宮の隙間まで知っている訳ではない。
メイサーには、明るくサバサバしている部分と、秘密主義な部分があった。
どれほど親しい相手でも、完全に心を見せることはなく、自分の隠し札を何枚か用意していたのだろう。
この砦と呼ばれているヤサも、そんな場所の一つだったと考えることが出来る。
あれほど愛したカーンに、いつか裏切られるかもしれないと、メイサーは思っていたのだろうか?
カーンとメイサーの間に感じた愛情に、俺は憧れたものだ。
黙って一緒に座っているだけでも、お互いに通じ合っているような雰囲気があった。
あの絆が偽りだったとは思いたくはない。
「お師匠さん、こっちが探索者用の棟です」
「リクス。俺はお前のお師匠じゃないんだから、その呼び方はやめてくれ」
「え? なんだか素敵な呼び方じゃないですか? お師匠さんなんて、憧れます」
「お師匠さま、わたくしも、お師匠さまの弟子ではなくても、このように呼ばせていただいております。どうかリクスにもお許しになってくださいまし」
「いや、許すとか許さないとか、そういう問題じゃない。ってか、ミュリアもその呼び方をそろそろやめてもいいんだぞ?」
俺がそう言うと、聖女は途端に気落ちしたようにうなだれた。
「わたくしには、お師匠さまとお呼びする資格がないということなのですね」
「いやいや、なんでそうなる? 違うぞ。俺が師匠とかおかしいと言ってるんだ。アルフはもう諦めたけどな」
「俺はちゃんと弟子と認めてもらったからな!」
聖女との話に勇者が割り込んで来て、ますます聖女がしゅんとした。
「おこがましい真似をしてしまい。ご迷惑だったでしょうか?」
「お師匠さん、ミュリアを怒らないであげて。私が悪かったの!」
悪気のカケラもない二人の少女に揃って頭を下げられてしまい、俺は天を仰いだ。
なんで呼び名を訂正しようとしただけで、こんな大ごとになるんだろう?
「いや、別に怒っちゃいない。誰をどう呼ぶかは、そいつの勝手ではあるからな」
「まぁ!」
聖女の顔がパッと明るくなる。
「お赦しいただけるのですね!」
「さすがお師匠さんね!」
うん、もう、どうでもいいや。
なんとなく、そんな投げやりな気分になったのだった。
さて、探索者達の住んでいる場所は、裏方仕事をする場所と違って、ひどく殺風景だった。
赤味掛かった灰色の岩棚の側面に、細長い穴が並んでいる。
その一つ一つが部屋らしい。
いくつか入り口に布を張っている場所もあるが、たいがいは開けっ放しになっているようだ。
開放的だな。
「あん? なんだぁ、そいつら!」
骨に削った石を括りつけて槍のようにしたものを担いだ男が、俺達のほうを見て、大声を上げた。
「メイサー姉さんのお客さま。聖女さま方なの」
「聖女さまだぁ? あー、そう言えば、なんかあねさんが言ってたような」
「昨夜飲んで、頭がはっきりしないままなんでしょう? ここで作るお酒はあんまりよくないから、たくさん飲まないほうがいいよ?」
「うるせーな。たまに飲まなきゃ、こんな場所でやってられるかよ。くそっ、大手ギルドの連中め、好き勝手しやがって。おかげで俺も今じゃ落ちぶれて、こんな場所に流れて来たって訳だ」
男は、ふーっ、と、大きく息を吐くと、俺達のことなどもう忘れたようにふらふらと歩いて行った。
よく見ると、手が細かく震えている。
よくない傾向だ。
なんらかの中毒になった奴が、ああいう状態になっていることが多い。
酒ならいいが、魔力の場合には、早めに抜かないと、身体の変化に耐えきれずに命を落としてしまう。
人間のような生き物は、一代で、魔力による変化を受け入れることは出来ないのだ。
そこで暮らして、何代か目ぐらいに、魔力持ちの子どもが増えるというような変化を起こす。
まぁだいたいはその前に、魔物に襲われて土地を追われるか、殺されるかしてしまうんだが。
「ああいう状態の奴はけっこういるのか?」
「え? お酒がないと動けない人? たくさんじゃないけど、少しでもないかな。ああなっちゃうとだんだん乱暴になって、最期には狩りで判断を誤って死んじゃうんだって、メイサー姉さんが言ってた。なんで大人はお酒飲むんだろう」
「……酒を飲んでいる間は、辛いこととか考えずに済むから、かな? まぁたまに楽しく飲むのは悪くないぞ」
「お師匠さんも飲むんだ?」
「ああ。大人はだいたい飲むかな。水が悪いところなんかは、酒で水を消毒して飲んだりもするし、単に楽しむだけって訳でもないんだぞ」
「へー、そんなこともあるんだ。お師匠さんは、いろいろな場所を知ってるのね」
「これでも冒険者だからな」
リクスがなぜか尊敬したような目で俺を見る。
いやいや、ここに流れ着く探索者にも、外で冒険者をしていた奴ぐらいいるだろう。
俺程度の奴はいくらでもいるぞ。
尊敬するなら勇者とか聖女ぐらいにしておいてくれ。
リクスの案内で、砦の主な施設を巡った後、自分たちの部屋へと戻ると、伝言が残されていた。
壁にナイフで皮紙を留めるのは、いかがなものかと思うぞ?
「手伝いを許可する。ドッロ……んん?」
「ドッロさんは裏方の元締めなの」
「そう言えば、さっき聞いたな。って、ことはこれはあの白婆が言っていた、食材の確認の件か」
手伝いって書かれているのが、嫌な予感しかしないけどな。
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