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第七章 幻の都
729 還らずの勇者の帰還
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「ヤバイ、身体が硬くっ……」
地面に広がる赤黒い文様から伸びるイバラに絡みつかれた部分が、まるで石にでもなったかのように、硬く、動かせなくなって行く。
先日戦った石喰いの獣の毒に似ているが、あの毒なら、石化してしまえばもはや助からない。
「魂鎮めの慈雨よ。降れ触れ、満ちよ。歪みし魂に正しき道を示したまえ」
自らの結界の範囲を出て、聖女が天に両手を掲げるように祈りの声を上げた。
胸に下がった月下草の花を模した神璽が、夜空の月のような淡い光を帯びる。
「呪は祝福をもって癒される。哀は愛を持って報われる。神よ、この儚き命の訴えを聞き届けたまえ!」
こんなときなのに、聖女の声は優しい。
そっと人を包んでくれる慈雨そのもののように。
地面の逆側にある天井に、ほんのりと青白い月光のような光が、どこかで見た魔法紋を描いて行く。
そこから光が降り注ぎ、赤黒い呪いのイバラを枯らし始めた。
石化したように固まっていた足に、再び力がこもる。
幸いにも、石喰いの獣とは違い、魔法的な作用だったようだ。
「馬鹿な! バカナァ! 癒しダト! アリエナイ! ワレラの巫女は死に絶え、同族は朽ち果てた。慈悲など、このセカイにアロウハズガナイ……ああ、やっと報われる。長い、永い、ときの果て……神よ」
二つに分かれたままの身体で、死鬼が悶える。
右は呪いを、左は祝福を、それぞれが叫ぶ。
「願いは受け取った。俺の力を貸してやる!」
勇者が叫び、その身に帯びた炎が、赤から黄金へと変化した。
「ギャアアアア! ナラヌ! ナラヌ! ミトメヌゾォオオオ!」
左の身体が黄金の炎に溶け崩れ、右の身体は白く白く、冷気を集めて炎を逆に食らわんとする。
そのとき、勇者の胸元から、一筋の翡翠の輝きが広がった。
「……ガフン」『ああ凄く美味しそう……イタダキマース!』
寝ぼけたような言葉と共に、翡翠の光は巨大なドラゴンの影となり、残った右の氷像をバリバリとむさぼる。
「うわぁ」
ドン引きだ。
やがて、悲鳴と怒りの声を上げながら、氷像は砕かれドラゴンの影に呑み込まれた。
ものすごい罪悪感が襲って来る。
あの死鬼にも何か言い分はありそうだったのに、寝ぼけたドラゴンに食われてしまった。
「こんな終わりでいいのか?」
「こんな終わりでよかったんだと思う」
メルリルが俺の手をぎゅっと掴んで言った。
「絶望と憎しみと呪いしかないまま、まるで牢獄に繋がれるように留まり続けるなんて、哀しすぎるから」
「……そうか」
きっとメルリルには、俺には見えないものが見えていたのだろう。
そのメルリルがいいと言うなら、それで正しいに違いない。
「よか……」
「ミュリアッ!」
ふっと、風にゆらぐように聖女が倒れ、咄嗟に、飛び込むように突っ込んで来たモンクが支える。
ナイスだ。
「ミュリアは大丈夫か?」
「魔力枯渇みたい」
「マジか?」
モンクの答えに驚く。
このメンバーのなかで、最も魔力が多いのが聖女だ。
その聖女の魔力が尽きるなんてこと、今までなかった。
そしてゾッとする。
もし、あの死鬼を倒し切る前に、聖女が倒れていたらどうなっていたか。
かなりギリギリの戦いだったのだ。
「師匠……」
何やら勇者が神妙な声で俺を呼んだ。
正直、俺もぶっ倒れたい気持ちでいっぱいだったが、年上の威厳というか、見栄を総動員して、呼ばれたほうに向かった。
勇者は、何やら見覚えのない剣を両手で掴んでいた。
「どうしたんだ? それ」
「おそらく……不帰の勇者の剣だ」
「本当か!」
思いもかけず目的のお宝を発見した訳だが、なんか精神状態が低迷しているのか、喜びが湧かない。
「なんでここに?」
やはり懸念の通り、不帰の勇者は死鬼にやられていたということか?
「ヤツが、楔がどうのと言っていただろう? どうやら、不帰の勇者が最期の力であの化け物をここに縫い留めていたようだ」
「そうだったのか。だから死鬼は、上の層の探索者を感じ取りながら、襲って来なかったということか?」
「ああ。ほら、ヤツの声が二つ聞こえただろ? 片方は、自ら滅びようとしていた」
「ああ」
それは、確かに俺も不思議に感じていた。
死鬼が何かをしようとする度に、まるで傍にいる誰かがそれを止めているようだった。
「まさか……あれが不帰の勇者?」
「おそらくそうだと思う。俺に力を貸してくれたからな。そんな真似、同じ勇者じゃなきゃ不可能だ」
ああ、なるほど。
勇者が発した黄金の炎は、過去の、亡くなった不帰の勇者の力が合わさったものだったのか。
「この剣に、全ての力を込めたんだろう」
勇者の持つ剣は、柄の部分に見覚えのある勇者の紋章が刻まれている。
間違いなく勇者の聖剣だ。
「あ……」
「え?……」
勇者がツイと、手にした剣を持ち上げた。
その途端、ボロボロと剣先が崩れて行く。
「マジかよ!」
「まぁ……当然の結果ではあるな」
今までの苦労が……嘘だろ?
勇者は勇者で妙に達観した表情だし。
「いやいや、どうすんだ、これ?」
今回の、要の品である勇者の聖剣が壊れてしまったら、迷宮にここまで潜った意味がなくなるぞ。
「師匠、柄は残ってる」
「いやいや……ん?」
俺の視線と、勇者の視線がかち合う。
そしてどちらからともなく、少し悪い笑みを浮かべた。
「不帰の勇者の剣について詳しくわかっているのか?」
「一枚、肖像画が残っているな。鞘に入ったままの聖剣を手にした不帰の勇者の」
俺と勇者はお互いにうなずき合った。
ようは見た目をそれらしくすればいいんだ。
聖剣が本物じゃなくても、使うのは勇者だからな。
誰も困らない。
ようは、大聖堂と国の偉いさんをごまかせればいいのだ。
地面に広がる赤黒い文様から伸びるイバラに絡みつかれた部分が、まるで石にでもなったかのように、硬く、動かせなくなって行く。
先日戦った石喰いの獣の毒に似ているが、あの毒なら、石化してしまえばもはや助からない。
「魂鎮めの慈雨よ。降れ触れ、満ちよ。歪みし魂に正しき道を示したまえ」
自らの結界の範囲を出て、聖女が天に両手を掲げるように祈りの声を上げた。
胸に下がった月下草の花を模した神璽が、夜空の月のような淡い光を帯びる。
「呪は祝福をもって癒される。哀は愛を持って報われる。神よ、この儚き命の訴えを聞き届けたまえ!」
こんなときなのに、聖女の声は優しい。
そっと人を包んでくれる慈雨そのもののように。
地面の逆側にある天井に、ほんのりと青白い月光のような光が、どこかで見た魔法紋を描いて行く。
そこから光が降り注ぎ、赤黒い呪いのイバラを枯らし始めた。
石化したように固まっていた足に、再び力がこもる。
幸いにも、石喰いの獣とは違い、魔法的な作用だったようだ。
「馬鹿な! バカナァ! 癒しダト! アリエナイ! ワレラの巫女は死に絶え、同族は朽ち果てた。慈悲など、このセカイにアロウハズガナイ……ああ、やっと報われる。長い、永い、ときの果て……神よ」
二つに分かれたままの身体で、死鬼が悶える。
右は呪いを、左は祝福を、それぞれが叫ぶ。
「願いは受け取った。俺の力を貸してやる!」
勇者が叫び、その身に帯びた炎が、赤から黄金へと変化した。
「ギャアアアア! ナラヌ! ナラヌ! ミトメヌゾォオオオ!」
左の身体が黄金の炎に溶け崩れ、右の身体は白く白く、冷気を集めて炎を逆に食らわんとする。
そのとき、勇者の胸元から、一筋の翡翠の輝きが広がった。
「……ガフン」『ああ凄く美味しそう……イタダキマース!』
寝ぼけたような言葉と共に、翡翠の光は巨大なドラゴンの影となり、残った右の氷像をバリバリとむさぼる。
「うわぁ」
ドン引きだ。
やがて、悲鳴と怒りの声を上げながら、氷像は砕かれドラゴンの影に呑み込まれた。
ものすごい罪悪感が襲って来る。
あの死鬼にも何か言い分はありそうだったのに、寝ぼけたドラゴンに食われてしまった。
「こんな終わりでいいのか?」
「こんな終わりでよかったんだと思う」
メルリルが俺の手をぎゅっと掴んで言った。
「絶望と憎しみと呪いしかないまま、まるで牢獄に繋がれるように留まり続けるなんて、哀しすぎるから」
「……そうか」
きっとメルリルには、俺には見えないものが見えていたのだろう。
そのメルリルがいいと言うなら、それで正しいに違いない。
「よか……」
「ミュリアッ!」
ふっと、風にゆらぐように聖女が倒れ、咄嗟に、飛び込むように突っ込んで来たモンクが支える。
ナイスだ。
「ミュリアは大丈夫か?」
「魔力枯渇みたい」
「マジか?」
モンクの答えに驚く。
このメンバーのなかで、最も魔力が多いのが聖女だ。
その聖女の魔力が尽きるなんてこと、今までなかった。
そしてゾッとする。
もし、あの死鬼を倒し切る前に、聖女が倒れていたらどうなっていたか。
かなりギリギリの戦いだったのだ。
「師匠……」
何やら勇者が神妙な声で俺を呼んだ。
正直、俺もぶっ倒れたい気持ちでいっぱいだったが、年上の威厳というか、見栄を総動員して、呼ばれたほうに向かった。
勇者は、何やら見覚えのない剣を両手で掴んでいた。
「どうしたんだ? それ」
「おそらく……不帰の勇者の剣だ」
「本当か!」
思いもかけず目的のお宝を発見した訳だが、なんか精神状態が低迷しているのか、喜びが湧かない。
「なんでここに?」
やはり懸念の通り、不帰の勇者は死鬼にやられていたということか?
「ヤツが、楔がどうのと言っていただろう? どうやら、不帰の勇者が最期の力であの化け物をここに縫い留めていたようだ」
「そうだったのか。だから死鬼は、上の層の探索者を感じ取りながら、襲って来なかったということか?」
「ああ。ほら、ヤツの声が二つ聞こえただろ? 片方は、自ら滅びようとしていた」
「ああ」
それは、確かに俺も不思議に感じていた。
死鬼が何かをしようとする度に、まるで傍にいる誰かがそれを止めているようだった。
「まさか……あれが不帰の勇者?」
「おそらくそうだと思う。俺に力を貸してくれたからな。そんな真似、同じ勇者じゃなきゃ不可能だ」
ああ、なるほど。
勇者が発した黄金の炎は、過去の、亡くなった不帰の勇者の力が合わさったものだったのか。
「この剣に、全ての力を込めたんだろう」
勇者の持つ剣は、柄の部分に見覚えのある勇者の紋章が刻まれている。
間違いなく勇者の聖剣だ。
「あ……」
「え?……」
勇者がツイと、手にした剣を持ち上げた。
その途端、ボロボロと剣先が崩れて行く。
「マジかよ!」
「まぁ……当然の結果ではあるな」
今までの苦労が……嘘だろ?
勇者は勇者で妙に達観した表情だし。
「いやいや、どうすんだ、これ?」
今回の、要の品である勇者の聖剣が壊れてしまったら、迷宮にここまで潜った意味がなくなるぞ。
「師匠、柄は残ってる」
「いやいや……ん?」
俺の視線と、勇者の視線がかち合う。
そしてどちらからともなく、少し悪い笑みを浮かべた。
「不帰の勇者の剣について詳しくわかっているのか?」
「一枚、肖像画が残っているな。鞘に入ったままの聖剣を手にした不帰の勇者の」
俺と勇者はお互いにうなずき合った。
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