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第八章 真なる聖剣

742 小さな家

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「すまんが秘匿性の高い依頼なんで、閉め切れる部屋で話をしたいんだが」
「ん~。作業場にそういう場所は保管庫しかねえぞ」
「応接用の場所もないのか?」
「普段はここで済ませてるな」
「なるほど」

 つまり、身分の高い者や、大金を持った相手と、取り引きしたことがないということだ。
 さすがの俺も、ちょっとこいつの腕に不安を感じ始めた。
 だがまぁ、聖剣の柄に、適当な刃をすっぽ抜けないように差し込んでくれればそれでいいので、さすがに、商売として鍛冶師をしているなら、その程度の仕事は出来るだろう。

 俺が自分の腕を疑っているとはつゆ知らず、ロボリスはしかめっ面で言った。

「……訳ありか?」
「ああ」

 ロボリスの視線が、俺の背後で、ベンチに並んで腰かけている、フードを深く被ったローブ姿の者達に向いた。
 勇者達は、単にフードを下ろしているだけではなく、認識阻害の魔法もかかっているので、ちょっと見たぐらいでは、素性はわからない。

 ロボリスはため息を吐くと、部屋から外に向かって声をかけた。

「デルタ、今日はもうしまいだ。戻るぞ」
「はーい」

 可愛らしい声が返って来る。
 俺は慌ててロボリスに言った。

「何もしまわなくても、ここしかないならここでもかまわないぞ」

 要は聖女が結界を張ればいいだけなのだ。
 まぁ周り中から鍛冶の音が響いている環境なので、結界もいらないかもしれないが、ことがことだけに、依頼内容がバレると大変なことになる。
 慎重過ぎるぐらいでちょうどいいのだ。

「いや、ここにいてもやる仕事がねえ。きちんと聞かなきゃならん話なら家のほうがいいだろ。狭いところだが」
「じゃ、お父さん、後片付けは私に任せて、お父さんはお客さんをご案内してね」
「ああ、頼んだぞ」

 娘さんがぺこりと頭を下げるので、こちらも手を振って挨拶を返す。

「いい子だな」
「ああ。うちの末っ子でな。上はみんな男で、他所へ修行に出したんだが、娘は手元に置いておくことにしたんだ」
「親バカか?」
「うっせ! 会う奴会う奴みんなそう言いやがる。ちげえし! どこの家でも娘は、嫁入りまでは家の手伝いだろうが!……まぁ嫁に出すかどうかは別として」
「何言ってんだお前?」

 ダメだこいつ。
 冒険者時代はけっこう命知らずの盾持ちタンクとして知られていたんだが、もはや、その頃の面影のカケラもねえ。

 家は作業場の近くにあって、小さいながら一軒家だった。

「へえ。いい家だな」
「だろ? カミさんの実家には頭が上がらねえよ」
「実家出しか」
「ああ、家具込みで持参金だとよ」
「へええ」

 狭い敷地の小ぢんまりとした家だが、冒険者にとって家を持つというのは難しい。
 たとえ金があっても、住人として登録して十年以上居住して、居住税を払っているという実績が必要だ。
 だが、冒険者の多くは、ギルドを通して年間の儲けから三割ほどを納めることで、居住税を免除してもらっている。
 根無し草で、あちこち移動して、なかなか一つ所に居つかないのだ。

「今帰ったぞ」

 ところどころ鉄の金具で補強した木製の扉を開けると、チリリと音がする。
 ギルドの迎え鈴を真似ているのか。

「あら、早かったね。忘れものとか?」

 庭のほうから、洗濯でもしていたのか、かっぽう着姿の女性が小走りでやって来た。
 背が低いが平野人の女性だ。
 歳の頃は俺と同じかちょっと若いぐらい。
 順当に考えて、奥さんだろうな。
 つまり、旦那のロボリスと釣り合いのいい年頃なのだろう。
 まぁ、今のロボリスの見掛けだと、圧倒的に奥さんのほうが若く見えるが。

「あら?」

 奥さんは、俺達に気づくと怪訝な顔をしながらも、ぺこりと挨拶をした。

「こんにちは」
「こんにちは。このたびは、旦那さんにあつらえ仕事を依頼したいと思いまして」
「まぁまぁ!」

 俺の言葉に、奥さんは踊り出しそうな勢いで喜んだ。

「よかったわね。あなたの腕を見込んでくださる方がいらしたのね。あ、どうぞ奥へ、お茶とお菓子を準備しますね」

 俺は慌てて両手を振って、それを押しとどめる。

「いえ、お構いなく。ちょっと秘匿性の高い依頼になると思うので、申し訳ないのですが、どこかお部屋を借りして、奥さんも離れていてくださるとありがたいのですが」
「あら……」
「……お茶とお菓子」

 後ろのほうでボソリと言うのが聞こえたが、無視する。
 奥さんは秘匿性が高いと聞いて不安になったのか、旦那の顔をうかがった。

「大丈夫だ。こいつは、おれの古なじみよ。信頼出来る奴だ」
「あ、失礼いたしました」

 奥さんは俺達を疑うような様子を見せてしまったことを謝る。
 いやまぁ怪しいのは自覚しているので。

 広い部屋が居間しかなかったので、申し訳ないが、俺達で居間を占拠してしまった。
 奥さんは、ご近所の友達の家にお茶をいただきに行って来ると言って、席を外してくれる。

「へー。いい奥さんじゃないか」
「……手を出すなよ」
「おい。変な言いがかりをつけるなよ」
「昔は女と付き合ったことがないウブい野郎だったが、人間は変わるからな」

 そんなに奥方が大事なのかよ。

「あ、あのっ!」

 メルリルが、何やら意気込んで声を上げた。
 ん?

「ダスターには、私がいるので、大丈夫です。ご安心ください!」
「ちょ」
「ほー」

 俺が反応出来ないまま、ロボリスはニヤニヤしながらうなずいた。

「な、人ってのは変わるもんだろ?」

 そして得意げに片目を瞑ってみせる。
 余計なお世話だ!
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