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第八章 真なる聖剣
756 誕生を祝う
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今回は全員でゾロゾロと作業場の奥へと行った。
もう出来ているという話だし、それなら気を使ってやる必要はない。
作業場の奥、窯が据えられた小さな部屋に入ると、驚いたことに、ロボリスは、こざっぱりと身なりを整えて待っていた。
清潔でパリッとした、立派な服を着て、肌はつやつや、髪もヒゲも、よく手入れされ、整えられている。
手に、鞘に入った一振りの剣を抱え、作業場の腰掛けにどっしりと座って待っていた。
「来たか」
言って、重々しく立ち上がる。
「デルタ、あれを」
「はい!」
そう言えば今気づいたが、デルタも、普段よりもいい服を着ていたな。
二人共、祝い事などに着るような服だ。
デルタは、別の部屋から慎重にワゴンを押して戻って来た。
そこには、銀製らしい取っ手付きの杯と、小さなカップが並んでる。
不思議に思ってロボリスを見ると、少し照れたように笑みを浮かべた。
「あーいや、何か、こう、祝いごとの真似がしたくなってな。わりぃけど、付き合っちゃくれないか?」
「別にいいが」
「わりぃな」
ロボリスは、赤くなりつつワゴンの台の上に乗った、取っ手付きの杯を手にする。
どうやら、わずかに漂う香りから、ワインが入っていると思われた。
ロボリスは、大きめの杯のなかのワインを、小さなカップに注ぎ分けて、全員にそのカップを取るように促す。
カップは、親指と人差し指で輪を作ったほどの大きさで、なかのワインが一口にも足りない量であることは見て明らかだった。
そのため、あまり酒が得意ではない聖女も、特に何も言わずに手に取った。
「クー……」
フォルテが不満そうに唸る。
いや、いくらなんでも鳥の分まで用意するほど、ロボリスは敏い奴じゃないぞ?
仕方ないので、少し舐めさせてやった。
全員すでにフードは取り去っている。
窯の火を落とし、静かで冷たい空気の、鉄と油の臭い漂う狭い作業場には、ちょっと似つかわしくないメンバーだな。
中身を知っているとアレだが、見た目だけなら陽光の化身のような輝かしさのある勇者。
年齢よりも幼く見える、白銀の清き聖女。
武に全てを捧げ、魔力無きまま強さを磨き上げた聖騎士。
少し冷笑癖はあるものの、まっすぐな黒髪と緑の瞳が、神秘性を持つモンク。
そして、美しい精霊の友、森人のメルリルと、ドラゴンから生まれた、青い幻想のような鳥、フォルテ。
少しくたびれた冒険者の俺と、街の奥さん連中が使うナイフを作っていたロボリスがいることで、ようやく、人間の世界にとどまっている感じだ。
おっと、可愛らしい少女のデルタも忘れちゃだめだな。
こんな狭くて臭い場所でも、心癒してくれる存在だしな。
「おい、ダスター。なんか失礼なこと考えやがっただろ」
「よくわかったな」
「お前なぁ……」
ロボリスが絡んで来たので、適当に相手する。
「ほらほら、そんないかつい顔つきしてるのにロマンチストなロボリスさんは、何かしたいんだろ?」
「くっそ、覚えてやがれ」
冒険者時代に戻ったような悪態をつきながら、ロボリスは、手にした小さなカップを掲げた。
「まぁあれだ。らしくないとはてめぇでも思ってるんで、勘弁してくれよ。そういう気分のときがあるだろ? なぁ。男なら、なぁ?」
「何かわからんが早くしろ」
勇者が取り付く島もなく、冷たく言った。
さすがにちょっとかわいそうになる。
ヒゲも力なく垂れ下がってしまったロボリスを励ますように、声をかけた。
「まぁまぁ、形式だって大事なときだってあるさ」
「ロボリスさま。わたくしわかります。お仕事を大事になさっているので、ご自分のお仕事を誇りたいのでしょう? とても素晴らしいことです」
俺の言葉を引き継ぐように、聖女も励ました。
「ここには暖かな火の息吹を感じる。ロボリスさんは、火に愛されている。だから、自信を持って」
メルリルも、ちょっと違った方向からながら、ロボリスに優しく告げる。
お前、俺だってメルリルにここまで認めてもらってるかどうかわからないんだぞ? ちょっとは光栄に思えよ。
「お父さんっ、ファイトッ!」
「おお、デルタは優しいなぁ」
結局は娘で立ち直った。
それはそうだよな。
家族のために全く違う場所に立った男だもんな。
「コホン、失礼をした。宴とか、祝いとか、そういうほどのもんじゃないが、この剣の本当の意味で生まれる記念日を、少し祝ってやりたくてな」
「本当の意味で生まれる?」
ロボリスの言を、勇者が聞き返す。
「ああ。剣は使い手を得たとき初めて本当の意味で生まれるんだ。俺はそう思っている」
「ふーん。いい考え方だな」
勇者が笑った。
そしてカップを煽る。
「あっ」
ロボリスが声を出した。
「ならさっさと生まれさせてやれ。待ちかねてるぞ」
「うぬ。あー、この偽りの聖剣のために!」
ロボリスが次いでカップを飲み干し、俺達はタイミングもバラバラながら、多少微笑ましい気持ちになりつつ、僅かなワインを口にした。
ロボリスのような庶民が手に入れるワインだ。
当然すっぱいものだろうと思ったら、意外に、甘みのある味だった。
「まぁ?」
聖女も少し驚いてるな。
というか、聖女や勇者は、普段ワインをストレートで飲むような下品な真似はしない。
お湯で割ったり、少し贅沢な気分のときにははちみつ水で割ったりするものだ。
単純にストレートの味に戸惑っただけかもしれないな。
全員がワインを煽り、カップをワゴンの台上に戻す。
それを見て、ロボリスは傍らの剣を勇者に無造作に差し出した。
「偽物じゃ、大仰な儀式は必要じゃないだろ。こういうちっとした祝い事がふさわしい。だがな、俺からすれば、一生で一度、作れるかどうかの剣じゃった。だから、どうか大事にしてくれ」
「ああ、任せろ」
ロボリスの願いを軽く受けて、勇者が剣を握る。
人の願いを受け取るのが勇者の本分だ。
そう、誰かの願いを叶えることは、勇者にとっては当たり前のことなのだ。
剣を手にした勇者の笑みは、惚れ惚れするような、不敵なものだった。
そして、無造作に、鞘から剣を抜いて行く。
ゆっくりと、刀身が姿を現した。
もう出来ているという話だし、それなら気を使ってやる必要はない。
作業場の奥、窯が据えられた小さな部屋に入ると、驚いたことに、ロボリスは、こざっぱりと身なりを整えて待っていた。
清潔でパリッとした、立派な服を着て、肌はつやつや、髪もヒゲも、よく手入れされ、整えられている。
手に、鞘に入った一振りの剣を抱え、作業場の腰掛けにどっしりと座って待っていた。
「来たか」
言って、重々しく立ち上がる。
「デルタ、あれを」
「はい!」
そう言えば今気づいたが、デルタも、普段よりもいい服を着ていたな。
二人共、祝い事などに着るような服だ。
デルタは、別の部屋から慎重にワゴンを押して戻って来た。
そこには、銀製らしい取っ手付きの杯と、小さなカップが並んでる。
不思議に思ってロボリスを見ると、少し照れたように笑みを浮かべた。
「あーいや、何か、こう、祝いごとの真似がしたくなってな。わりぃけど、付き合っちゃくれないか?」
「別にいいが」
「わりぃな」
ロボリスは、赤くなりつつワゴンの台の上に乗った、取っ手付きの杯を手にする。
どうやら、わずかに漂う香りから、ワインが入っていると思われた。
ロボリスは、大きめの杯のなかのワインを、小さなカップに注ぎ分けて、全員にそのカップを取るように促す。
カップは、親指と人差し指で輪を作ったほどの大きさで、なかのワインが一口にも足りない量であることは見て明らかだった。
そのため、あまり酒が得意ではない聖女も、特に何も言わずに手に取った。
「クー……」
フォルテが不満そうに唸る。
いや、いくらなんでも鳥の分まで用意するほど、ロボリスは敏い奴じゃないぞ?
仕方ないので、少し舐めさせてやった。
全員すでにフードは取り去っている。
窯の火を落とし、静かで冷たい空気の、鉄と油の臭い漂う狭い作業場には、ちょっと似つかわしくないメンバーだな。
中身を知っているとアレだが、見た目だけなら陽光の化身のような輝かしさのある勇者。
年齢よりも幼く見える、白銀の清き聖女。
武に全てを捧げ、魔力無きまま強さを磨き上げた聖騎士。
少し冷笑癖はあるものの、まっすぐな黒髪と緑の瞳が、神秘性を持つモンク。
そして、美しい精霊の友、森人のメルリルと、ドラゴンから生まれた、青い幻想のような鳥、フォルテ。
少しくたびれた冒険者の俺と、街の奥さん連中が使うナイフを作っていたロボリスがいることで、ようやく、人間の世界にとどまっている感じだ。
おっと、可愛らしい少女のデルタも忘れちゃだめだな。
こんな狭くて臭い場所でも、心癒してくれる存在だしな。
「おい、ダスター。なんか失礼なこと考えやがっただろ」
「よくわかったな」
「お前なぁ……」
ロボリスが絡んで来たので、適当に相手する。
「ほらほら、そんないかつい顔つきしてるのにロマンチストなロボリスさんは、何かしたいんだろ?」
「くっそ、覚えてやがれ」
冒険者時代に戻ったような悪態をつきながら、ロボリスは、手にした小さなカップを掲げた。
「まぁあれだ。らしくないとはてめぇでも思ってるんで、勘弁してくれよ。そういう気分のときがあるだろ? なぁ。男なら、なぁ?」
「何かわからんが早くしろ」
勇者が取り付く島もなく、冷たく言った。
さすがにちょっとかわいそうになる。
ヒゲも力なく垂れ下がってしまったロボリスを励ますように、声をかけた。
「まぁまぁ、形式だって大事なときだってあるさ」
「ロボリスさま。わたくしわかります。お仕事を大事になさっているので、ご自分のお仕事を誇りたいのでしょう? とても素晴らしいことです」
俺の言葉を引き継ぐように、聖女も励ました。
「ここには暖かな火の息吹を感じる。ロボリスさんは、火に愛されている。だから、自信を持って」
メルリルも、ちょっと違った方向からながら、ロボリスに優しく告げる。
お前、俺だってメルリルにここまで認めてもらってるかどうかわからないんだぞ? ちょっとは光栄に思えよ。
「お父さんっ、ファイトッ!」
「おお、デルタは優しいなぁ」
結局は娘で立ち直った。
それはそうだよな。
家族のために全く違う場所に立った男だもんな。
「コホン、失礼をした。宴とか、祝いとか、そういうほどのもんじゃないが、この剣の本当の意味で生まれる記念日を、少し祝ってやりたくてな」
「本当の意味で生まれる?」
ロボリスの言を、勇者が聞き返す。
「ああ。剣は使い手を得たとき初めて本当の意味で生まれるんだ。俺はそう思っている」
「ふーん。いい考え方だな」
勇者が笑った。
そしてカップを煽る。
「あっ」
ロボリスが声を出した。
「ならさっさと生まれさせてやれ。待ちかねてるぞ」
「うぬ。あー、この偽りの聖剣のために!」
ロボリスが次いでカップを飲み干し、俺達はタイミングもバラバラながら、多少微笑ましい気持ちになりつつ、僅かなワインを口にした。
ロボリスのような庶民が手に入れるワインだ。
当然すっぱいものだろうと思ったら、意外に、甘みのある味だった。
「まぁ?」
聖女も少し驚いてるな。
というか、聖女や勇者は、普段ワインをストレートで飲むような下品な真似はしない。
お湯で割ったり、少し贅沢な気分のときにははちみつ水で割ったりするものだ。
単純にストレートの味に戸惑っただけかもしれないな。
全員がワインを煽り、カップをワゴンの台上に戻す。
それを見て、ロボリスは傍らの剣を勇者に無造作に差し出した。
「偽物じゃ、大仰な儀式は必要じゃないだろ。こういうちっとした祝い事がふさわしい。だがな、俺からすれば、一生で一度、作れるかどうかの剣じゃった。だから、どうか大事にしてくれ」
「ああ、任せろ」
ロボリスの願いを軽く受けて、勇者が剣を握る。
人の願いを受け取るのが勇者の本分だ。
そう、誰かの願いを叶えることは、勇者にとっては当たり前のことなのだ。
剣を手にした勇者の笑みは、惚れ惚れするような、不敵なものだった。
そして、無造作に、鞘から剣を抜いて行く。
ゆっくりと、刀身が姿を現した。
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