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第八章 真なる聖剣
758 聖者の到着
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ロボリスの作業場を後にした俺達は、今回は街に寄ることもなく、まっすぐ領主館に戻ることにした。
祭典が近いので、ほとんど余裕がないのだ。
そんなときだった。
「わああああああっ!」
という、まるで悲鳴にも聞こえるような歓喜の声が響いたのだ。
「なんだ?」
「また、七家の誰かが到着したんじゃないか?」
俺の疑問に、勇者が答える。
最近は毎日のように七家の代表が到着しているので、もはや、誰が来ていて、誰が来ていないかよくわからない状態になっていた。
精鋭の伝令部隊は城のなかを飛び回っているので、俺達のほうには、遅れた情報が入って来る程度。
街の噂を聞いたほうが、正確な情報が手に入るんじゃないか? という状態だ。
カーンが勇者達を出し惜しみして、七家との対面を引き伸ばしているので、面倒な挨拶回りが無いだけ、マシと言えた。
街の大通りのほうから人が走って来ては、家に飛び込み、家族を連れ出して、大通りの方へと戻って行く。
「いや、これは……」
「お師匠さま、聖者さまですわ」
貴族相手に、家族を連れ出す平民などいない。
何か粗相でもあったら、命すら取られかねないのだ。
平民にとって、貴族は尊敬する相手であると同時に、恐ろしい怪物であり、出来れば日常の場面で出会いたくない存在と言える。
だから、貴族ではないかもしれない。
そう、言おうとした俺の言葉に被せるように、聖女が答えを口にした。
見れば、人々は、手に花や、果物などを持ち、必死で走っている。
大公国は、昔から大聖堂の守護者を自認するお国柄で、その誇りも相まって、神の盟約の使徒への敬愛は深い。
なかでも聖女、聖人、聖者と、聖を冠した役職は、神の代理人とされていて、その体の一部に触れるだけで、魂が清められると信じられていた。
つまり、彼らは聖者に贈り物を捧げることで、あわよくば、その手に触れようと考えている訳である。
警護の神殿騎士の苦労が、目に浮かぶようだ。
「なんでわかるんだ?」
そんな人々の様子から、聖女の言葉が正しいだろうと思いはしたが、聖女に聖者が来ていることがすぐにわかった理由が知りたかった。
「ほら、耳を澄ませると、澄んだ、鐘のような音がするでしょう? あれは祝福の鐘の音です」
「なるほどなぁ」
ぼんやりと聞いていると、人々の喧騒に、ほかの音など聞こえなくなってしまうが、慎重に音を聞き分けると、なるほど、リィィイイン! というような、鐘の音が響いている。
あれが、かの有名な祝福の鐘か。
初めて本物の音を聴いたぜ。
確か、聖者の巡行のときに、先触れが鳴らすんだったよな。
「と言うことは、大通りはまずいな。裏を回って戻ろう。フォルテ、先導頼む」
「ピャッ!」
久々なので、張り切ったフォルテが空高く舞い上がる。
おい、お前目立つんだから、低く飛べ!
フォルテのおかげで、人の少ない、領主館までの道を知ることが出来たので、俺達は熱狂を背にして、ひっそりと、館に戻ったのだった。
最近、地方からやって来た警備兵達にも顔を覚えてもらい、今は顔パスで気軽に出入りすることが出来る。
「おかえりなさい!」
ただこっちは、未だに憧れの籠もった目で俺達を見る兵士達には、慣れない。
田舎の貴族ほど、信仰には純真なようで、勇者や聖女、そしてその仲間に対する、物語の登場人物を見るような高揚があるようなのだ。
おおう、俺にまでそのキラッキラした目を向けないで欲しい。
若者はまだいいとして、歴戦の強者そのものの、いかつい風貌の連中までがそんな感じなので、大変疲れるのだ。
俺達は適当に挨拶を返しながら、さっそく部屋に引きこもった。
「おかえりー!」
勇者の部屋に戻ったはずが、なぜかメイサーがくつろいでいた。
……わかった。
寂しいんだな。
ほんと、素直じゃない奴だ。
「はぁ? なんであんたがいるんだよ、おばさん!」
よくも悪くも全くブレない勇者が、さっそく噛み付く。
「あら? ここはあたしの家なんだから、どこにいたっていいでしょ?」
「まだ結婚してねえだろうが」
「手続きの問題なんて、他人に知らせるためのものに過ぎないわ。大事なのは事実よ」
「事実だと?」
「ええ。私とカーンは、お互いの体の形を隅々まで知っている仲なのよ」
「おいこら!」
何言い出すんだ、こいつ。
「うちには純粋な若いのが多いんだから、妙に刺激的な話をするのはやめろ」
俺がそう言うと、メイサーははぁ、とわざとらしいため息を吐いてみせた。
「童貞野郎はこれだから。女に対する理想とか、夢をこじらせて、現実から遠い、幻想を女に求めているんでしょ? ね、メルリル。こういう奴はヘタレだから、ちゃんと引っ張ってやらないと大変よ」
口が汚い。
「ありがとうございます。がんばります!」
メルリル、なんでそこでありがとうになるんだ?
俺はちょっと悲しいぞ。
「メイサーお前さ、もうすぐ領主夫人、それどころか、七家の当主の奥方になるんだぞ? その口の悪さは直しておかないと、いざってときに出るぞ」
「いいじゃない。表面を取り繕ったって、あたしはあたしなんだから、頑張っただけボロが出るもんなのよ。なら、最初から、こういう女だって、周囲にわからせておけばいいのさ。そもそも、なんであたし達がほかの連中と同じことをしなきゃならないんだ? 偉いんなら、自分の好きなように生きていいじゃない」
はぁ。
メイサーは、ほんと自分の生き方に迷わない女だよな。
素直と言えば聞こえがいいが、赤裸々すぎて、周囲が困惑する。
あのホルスがビシビシやってこれなんだから、もう諦めるしかないのかもしれないな。
実際、食事のときなどは、完璧にマナー通りに食べられていると、勇者が保証してくれたので、安心していたが、根本的なところが、貴族向きじゃないんだ。
「そんな、ことよりさ。出来たんでしょ? 詐欺道具」
「詐欺道具とか言うな、失礼だろ、ロボリスに。あいつかなりがんばってくれたんだぞ」
「わかった。訂正する。ロボリスはさ、あたしもちょっと見直した男なんだよ。探索者なんて明日をも知れない仕事をさっさと引退して、家族のために手に職をつけるなんて、ちょっと感動ものじゃない? あんなマトモな男がうちにいたなんて、快挙だと思わない?」
「それは、思う。あいつはすごいよな。普通さ、あの年頃から、修行を始めようとか思わない。技能を習得するのが難しいのもあるが、何よりも年下に馬鹿にされるのはきついもんだ。偉いよ、あいつは」
俺の言葉にうなずくと、メイサーがおあずけを食らった子どものような目で勇者の腰を眺める。
その目つきをやめろ。
他人が誤解するだろうが。
まぁ今は身内しかいないからいいけど。
メイサーはこれで、意外と武器マニアで、いろんな武器を眺めるのが好きな女なのだ。
変な奴だよな、ほんと。
祭典が近いので、ほとんど余裕がないのだ。
そんなときだった。
「わああああああっ!」
という、まるで悲鳴にも聞こえるような歓喜の声が響いたのだ。
「なんだ?」
「また、七家の誰かが到着したんじゃないか?」
俺の疑問に、勇者が答える。
最近は毎日のように七家の代表が到着しているので、もはや、誰が来ていて、誰が来ていないかよくわからない状態になっていた。
精鋭の伝令部隊は城のなかを飛び回っているので、俺達のほうには、遅れた情報が入って来る程度。
街の噂を聞いたほうが、正確な情報が手に入るんじゃないか? という状態だ。
カーンが勇者達を出し惜しみして、七家との対面を引き伸ばしているので、面倒な挨拶回りが無いだけ、マシと言えた。
街の大通りのほうから人が走って来ては、家に飛び込み、家族を連れ出して、大通りの方へと戻って行く。
「いや、これは……」
「お師匠さま、聖者さまですわ」
貴族相手に、家族を連れ出す平民などいない。
何か粗相でもあったら、命すら取られかねないのだ。
平民にとって、貴族は尊敬する相手であると同時に、恐ろしい怪物であり、出来れば日常の場面で出会いたくない存在と言える。
だから、貴族ではないかもしれない。
そう、言おうとした俺の言葉に被せるように、聖女が答えを口にした。
見れば、人々は、手に花や、果物などを持ち、必死で走っている。
大公国は、昔から大聖堂の守護者を自認するお国柄で、その誇りも相まって、神の盟約の使徒への敬愛は深い。
なかでも聖女、聖人、聖者と、聖を冠した役職は、神の代理人とされていて、その体の一部に触れるだけで、魂が清められると信じられていた。
つまり、彼らは聖者に贈り物を捧げることで、あわよくば、その手に触れようと考えている訳である。
警護の神殿騎士の苦労が、目に浮かぶようだ。
「なんでわかるんだ?」
そんな人々の様子から、聖女の言葉が正しいだろうと思いはしたが、聖女に聖者が来ていることがすぐにわかった理由が知りたかった。
「ほら、耳を澄ませると、澄んだ、鐘のような音がするでしょう? あれは祝福の鐘の音です」
「なるほどなぁ」
ぼんやりと聞いていると、人々の喧騒に、ほかの音など聞こえなくなってしまうが、慎重に音を聞き分けると、なるほど、リィィイイン! というような、鐘の音が響いている。
あれが、かの有名な祝福の鐘か。
初めて本物の音を聴いたぜ。
確か、聖者の巡行のときに、先触れが鳴らすんだったよな。
「と言うことは、大通りはまずいな。裏を回って戻ろう。フォルテ、先導頼む」
「ピャッ!」
久々なので、張り切ったフォルテが空高く舞い上がる。
おい、お前目立つんだから、低く飛べ!
フォルテのおかげで、人の少ない、領主館までの道を知ることが出来たので、俺達は熱狂を背にして、ひっそりと、館に戻ったのだった。
最近、地方からやって来た警備兵達にも顔を覚えてもらい、今は顔パスで気軽に出入りすることが出来る。
「おかえりなさい!」
ただこっちは、未だに憧れの籠もった目で俺達を見る兵士達には、慣れない。
田舎の貴族ほど、信仰には純真なようで、勇者や聖女、そしてその仲間に対する、物語の登場人物を見るような高揚があるようなのだ。
おおう、俺にまでそのキラッキラした目を向けないで欲しい。
若者はまだいいとして、歴戦の強者そのものの、いかつい風貌の連中までがそんな感じなので、大変疲れるのだ。
俺達は適当に挨拶を返しながら、さっそく部屋に引きこもった。
「おかえりー!」
勇者の部屋に戻ったはずが、なぜかメイサーがくつろいでいた。
……わかった。
寂しいんだな。
ほんと、素直じゃない奴だ。
「はぁ? なんであんたがいるんだよ、おばさん!」
よくも悪くも全くブレない勇者が、さっそく噛み付く。
「あら? ここはあたしの家なんだから、どこにいたっていいでしょ?」
「まだ結婚してねえだろうが」
「手続きの問題なんて、他人に知らせるためのものに過ぎないわ。大事なのは事実よ」
「事実だと?」
「ええ。私とカーンは、お互いの体の形を隅々まで知っている仲なのよ」
「おいこら!」
何言い出すんだ、こいつ。
「うちには純粋な若いのが多いんだから、妙に刺激的な話をするのはやめろ」
俺がそう言うと、メイサーははぁ、とわざとらしいため息を吐いてみせた。
「童貞野郎はこれだから。女に対する理想とか、夢をこじらせて、現実から遠い、幻想を女に求めているんでしょ? ね、メルリル。こういう奴はヘタレだから、ちゃんと引っ張ってやらないと大変よ」
口が汚い。
「ありがとうございます。がんばります!」
メルリル、なんでそこでありがとうになるんだ?
俺はちょっと悲しいぞ。
「メイサーお前さ、もうすぐ領主夫人、それどころか、七家の当主の奥方になるんだぞ? その口の悪さは直しておかないと、いざってときに出るぞ」
「いいじゃない。表面を取り繕ったって、あたしはあたしなんだから、頑張っただけボロが出るもんなのよ。なら、最初から、こういう女だって、周囲にわからせておけばいいのさ。そもそも、なんであたし達がほかの連中と同じことをしなきゃならないんだ? 偉いんなら、自分の好きなように生きていいじゃない」
はぁ。
メイサーは、ほんと自分の生き方に迷わない女だよな。
素直と言えば聞こえがいいが、赤裸々すぎて、周囲が困惑する。
あのホルスがビシビシやってこれなんだから、もう諦めるしかないのかもしれないな。
実際、食事のときなどは、完璧にマナー通りに食べられていると、勇者が保証してくれたので、安心していたが、根本的なところが、貴族向きじゃないんだ。
「そんな、ことよりさ。出来たんでしょ? 詐欺道具」
「詐欺道具とか言うな、失礼だろ、ロボリスに。あいつかなりがんばってくれたんだぞ」
「わかった。訂正する。ロボリスはさ、あたしもちょっと見直した男なんだよ。探索者なんて明日をも知れない仕事をさっさと引退して、家族のために手に職をつけるなんて、ちょっと感動ものじゃない? あんなマトモな男がうちにいたなんて、快挙だと思わない?」
「それは、思う。あいつはすごいよな。普通さ、あの年頃から、修行を始めようとか思わない。技能を習得するのが難しいのもあるが、何よりも年下に馬鹿にされるのはきついもんだ。偉いよ、あいつは」
俺の言葉にうなずくと、メイサーがおあずけを食らった子どものような目で勇者の腰を眺める。
その目つきをやめろ。
他人が誤解するだろうが。
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変な奴だよな、ほんと。
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