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第八章 真なる聖剣

833 胸を心地よく締め付ける風景

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 俺達は、一旦国境を越えるのを諦めたような様子で道を引き返してみせて、しばらくしてから大森林へと進んだ。
 大公国もタシテも、大森林の開拓には消極的で、森近くにはほとんど人家がない。
 わずかに、狩りを生業とする猟師が小屋を置いている程度だ。

 なんと言っても、大森林の北端は、ドラゴンの棲み家に近い。
 そんな場所へわざわざ近づくのは、愚か者でしかないだろう。
 まぁ俺達も、ドラゴンの棲み家近くを通るつもりはさらさらないので、森の奥には行かず、森の東端近くを進む予定だ。
 とは言え、基本的なコースはメルリル任せになるので、事前に入念なルート確認をすることにした。

「以前、ロスト辺境伯領に行ったときには、森から亀裂に架かった橋を渡ったが、今回は、国外から入るので、いきなり国境破りをする訳にはいかない。タシテとアンデルを素通りするのは、国の状態から仕方ないとはいえ、だからと言って、我がミホムの検問を無視は出来ないからな。だから、大川が森に流れ込むところで、一旦森を出よう」

 俺は地図を広げて説明する。
 すると、メルリルもうなずいて、答えた。

「うん。精霊メイスの道では河を渡れないから、一度出る必要がある。ちょうどいいと思う」

 そのメルリルの言葉で、特に反対もなく、ルートは決まった。
 俺達が単純に大川と呼んでいる河は、見分け山からタシテとアンデルを横切り、一度大森林に入り込んで、ミホムの中心を通り、南にある森人の森に流れ込み、最終的に海へと続いている、大きく長い河だ。
 
 その大川が、大森林に入り込んでいる地点が、アンデルとミホムの間に横たわる緩衝地帯となっている。
 以前この辺りで賊に襲われたこともあったな。
 勇者がさんざん脅かしたので、さすがにもうあの連中は同じことを続けてはいないと思うが、別の賊の縄張りになっている可能性もある。
 どこの領地でもない緩衝地帯は、どうしても無法者のたまり場になってしまうのだ。

 そのときは、なるべく賊が抵抗しないことを祈ろう。
 むやみやたらと、勇者が殺戮を行うわけにはいかないからな。

 大森林に少し入り込んだ地点で、メルリルは、きれいな細工が施された小箱を取り出した。

「お、それ……」
「あ、うん。ダスターにもらった、きれいな音を奏でる箱。緑の精霊メイスには、きれいな音のほうが効果が高いから、笛の代わりにこれを使おうと思って」
「なるほど」

 術具である笛を無くしてからは、メルリルは自分で歌ったり、踊ったり、聖者さまにもらった花をかたどったしるしを使ったりしていたが、どうやら緑の精霊メイスには、オルゴールがしっくり来たのだろう。
 蓋を開けると、カチッという小さな音と共に、やさしい旋律が流れ始める。
 そこに被せるようにメルリルが小さな声で、不思議な言葉を唱えた。

 やがて目前に、懐かしい、キラキラ光る緑の道が開かれる。
 御者台に俺、その隣にメルリルという状態で、勇者達を馬車に乗せたまま、渦巻く緑のなかへと進んだ。

 キラキラと心地いい木漏れ日と、遠くから響く小鳥の声、そして、周囲を取り囲むトンネル状の蔦と、そこに咲く香り高い白い花。
 毎度のことだが、この光景を見ると、胸に、身に覚えのない郷愁が溢れる。
 もしかすると、この道を通る度に、精霊メイス達が誘惑をしかけているのかもしれない。
 以前、精霊の世界を通ったときほどの強さではないが、相変わらず、足を止めて、そこにずっと留まっていたいと思わせる美しい風景だった。
 
 とは言え、もう慣れたものなので、その甘美ないざないを無視するのは簡単だ。

「ピャッピャッ!」
「こらフォルテ、威嚇するな」

 フォルテは以前、精霊界を脱出する際に精霊メイスに喧嘩を売ってから、どうも精霊メイスを敵だと認識したらしく、精霊メイスの気配が濃くなると、どうも落ち着かなくなるようだ。
 メルリルが制御している間は危険はないんだけどな。

 そのメルリルも、すでにオルゴールの蓋を閉めている。
 道が安定したので、一旦音を止めたのだ。

「河までなら、半日ぐらいだと思う」

 道の先が見えたらしく、そう教えてくれた。

「うわあ、これって魔法ですか?」

 精霊メイスの道が初めてのルフは、馬車の窓から顔を出して、周囲を見回しながら感激した様子だ。

「んー、まぁ似たようなものかな」

 森人の秘技をあまり広める訳にもいかないので、魔法ということにしておく。
 魔法は使い手によってさまざまな作用を及ぼすので、こういう魔法があってもおかしくはないだろう。
 魔法のエキスパートである勇者や聖女も、特に何も言わないしな。

「しかし、半日ということは、到着時はすっかり夜ですね」

 聖騎士が、馬車のなかからそう言った。
 確かにそうだな。

「メルリル、野営にちょうどいい場所に出るようにしてもらえるか?」
「わかった」

 魔道馬車があるので、特にテントを張る必要もないし、焚き火だけ作ればいい。
 どうも精霊メイスの道にいる間は、酩酊状態に近い感じになってしまうので、いろいろ考えるのは到着してからにしたほうがいいだろう。
 
「この世のものではない美しさというよりも、いつかどこかで見たような美しい風景なんだよな」

 光と音と香りの全てが、人を心地よくしてくれる。
 少しの間だけ、この世界に浸っていても構わないだろう。 
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