728 / 885
第八章 真なる聖剣
833 胸を心地よく締め付ける風景
しおりを挟む
俺達は、一旦国境を越えるのを諦めたような様子で道を引き返してみせて、しばらくしてから大森林へと進んだ。
大公国もタシテも、大森林の開拓には消極的で、森近くにはほとんど人家がない。
わずかに、狩りを生業とする猟師が小屋を置いている程度だ。
なんと言っても、大森林の北端は、ドラゴンの棲み家に近い。
そんな場所へわざわざ近づくのは、愚か者でしかないだろう。
まぁ俺達も、ドラゴンの棲み家近くを通るつもりはさらさらないので、森の奥には行かず、森の東端近くを進む予定だ。
とは言え、基本的なコースはメルリル任せになるので、事前に入念なルート確認をすることにした。
「以前、ロスト辺境伯領に行ったときには、森から亀裂に架かった橋を渡ったが、今回は、国外から入るので、いきなり国境破りをする訳にはいかない。タシテとアンデルを素通りするのは、国の状態から仕方ないとはいえ、だからと言って、我がミホムの検問を無視は出来ないからな。だから、大川が森に流れ込むところで、一旦森を出よう」
俺は地図を広げて説明する。
すると、メルリルもうなずいて、答えた。
「うん。精霊の道では河を渡れないから、一度出る必要がある。ちょうどいいと思う」
そのメルリルの言葉で、特に反対もなく、ルートは決まった。
俺達が単純に大川と呼んでいる河は、見分け山からタシテとアンデルを横切り、一度大森林に入り込んで、ミホムの中心を通り、南にある森人の森に流れ込み、最終的に海へと続いている、大きく長い河だ。
その大川が、大森林に入り込んでいる地点が、アンデルとミホムの間に横たわる緩衝地帯となっている。
以前この辺りで賊に襲われたこともあったな。
勇者がさんざん脅かしたので、さすがにもうあの連中は同じことを続けてはいないと思うが、別の賊の縄張りになっている可能性もある。
どこの領地でもない緩衝地帯は、どうしても無法者のたまり場になってしまうのだ。
そのときは、なるべく賊が抵抗しないことを祈ろう。
むやみやたらと、勇者が殺戮を行うわけにはいかないからな。
大森林に少し入り込んだ地点で、メルリルは、きれいな細工が施された小箱を取り出した。
「お、それ……」
「あ、うん。ダスターにもらった、きれいな音を奏でる箱。緑の精霊には、きれいな音のほうが効果が高いから、笛の代わりにこれを使おうと思って」
「なるほど」
術具である笛を無くしてからは、メルリルは自分で歌ったり、踊ったり、聖者さまにもらった花をかたどった徴を使ったりしていたが、どうやら緑の精霊には、オルゴールがしっくり来たのだろう。
蓋を開けると、カチッという小さな音と共に、やさしい旋律が流れ始める。
そこに被せるようにメルリルが小さな声で、不思議な言葉を唱えた。
やがて目前に、懐かしい、キラキラ光る緑の道が開かれる。
御者台に俺、その隣にメルリルという状態で、勇者達を馬車に乗せたまま、渦巻く緑のなかへと進んだ。
キラキラと心地いい木漏れ日と、遠くから響く小鳥の声、そして、周囲を取り囲むトンネル状の蔦と、そこに咲く香り高い白い花。
毎度のことだが、この光景を見ると、胸に、身に覚えのない郷愁が溢れる。
もしかすると、この道を通る度に、精霊達が誘惑をしかけているのかもしれない。
以前、精霊の世界を通ったときほどの強さではないが、相変わらず、足を止めて、そこにずっと留まっていたいと思わせる美しい風景だった。
とは言え、もう慣れたものなので、その甘美ないざないを無視するのは簡単だ。
「ピャッピャッ!」
「こらフォルテ、威嚇するな」
フォルテは以前、精霊界を脱出する際に精霊に喧嘩を売ってから、どうも精霊を敵だと認識したらしく、精霊の気配が濃くなると、どうも落ち着かなくなるようだ。
メルリルが制御している間は危険はないんだけどな。
そのメルリルも、すでにオルゴールの蓋を閉めている。
道が安定したので、一旦音を止めたのだ。
「河までなら、半日ぐらいだと思う」
道の先が見えたらしく、そう教えてくれた。
「うわあ、これって魔法ですか?」
精霊の道が初めてのルフは、馬車の窓から顔を出して、周囲を見回しながら感激した様子だ。
「んー、まぁ似たようなものかな」
森人の秘技をあまり広める訳にもいかないので、魔法ということにしておく。
魔法は使い手によってさまざまな作用を及ぼすので、こういう魔法があってもおかしくはないだろう。
魔法のエキスパートである勇者や聖女も、特に何も言わないしな。
「しかし、半日ということは、到着時はすっかり夜ですね」
聖騎士が、馬車のなかからそう言った。
確かにそうだな。
「メルリル、野営にちょうどいい場所に出るようにしてもらえるか?」
「わかった」
魔道馬車があるので、特にテントを張る必要もないし、焚き火だけ作ればいい。
どうも精霊の道にいる間は、酩酊状態に近い感じになってしまうので、いろいろ考えるのは到着してからにしたほうがいいだろう。
「この世のものではない美しさというよりも、いつかどこかで見たような美しい風景なんだよな」
光と音と香りの全てが、人を心地よくしてくれる。
少しの間だけ、この世界に浸っていても構わないだろう。
大公国もタシテも、大森林の開拓には消極的で、森近くにはほとんど人家がない。
わずかに、狩りを生業とする猟師が小屋を置いている程度だ。
なんと言っても、大森林の北端は、ドラゴンの棲み家に近い。
そんな場所へわざわざ近づくのは、愚か者でしかないだろう。
まぁ俺達も、ドラゴンの棲み家近くを通るつもりはさらさらないので、森の奥には行かず、森の東端近くを進む予定だ。
とは言え、基本的なコースはメルリル任せになるので、事前に入念なルート確認をすることにした。
「以前、ロスト辺境伯領に行ったときには、森から亀裂に架かった橋を渡ったが、今回は、国外から入るので、いきなり国境破りをする訳にはいかない。タシテとアンデルを素通りするのは、国の状態から仕方ないとはいえ、だからと言って、我がミホムの検問を無視は出来ないからな。だから、大川が森に流れ込むところで、一旦森を出よう」
俺は地図を広げて説明する。
すると、メルリルもうなずいて、答えた。
「うん。精霊の道では河を渡れないから、一度出る必要がある。ちょうどいいと思う」
そのメルリルの言葉で、特に反対もなく、ルートは決まった。
俺達が単純に大川と呼んでいる河は、見分け山からタシテとアンデルを横切り、一度大森林に入り込んで、ミホムの中心を通り、南にある森人の森に流れ込み、最終的に海へと続いている、大きく長い河だ。
その大川が、大森林に入り込んでいる地点が、アンデルとミホムの間に横たわる緩衝地帯となっている。
以前この辺りで賊に襲われたこともあったな。
勇者がさんざん脅かしたので、さすがにもうあの連中は同じことを続けてはいないと思うが、別の賊の縄張りになっている可能性もある。
どこの領地でもない緩衝地帯は、どうしても無法者のたまり場になってしまうのだ。
そのときは、なるべく賊が抵抗しないことを祈ろう。
むやみやたらと、勇者が殺戮を行うわけにはいかないからな。
大森林に少し入り込んだ地点で、メルリルは、きれいな細工が施された小箱を取り出した。
「お、それ……」
「あ、うん。ダスターにもらった、きれいな音を奏でる箱。緑の精霊には、きれいな音のほうが効果が高いから、笛の代わりにこれを使おうと思って」
「なるほど」
術具である笛を無くしてからは、メルリルは自分で歌ったり、踊ったり、聖者さまにもらった花をかたどった徴を使ったりしていたが、どうやら緑の精霊には、オルゴールがしっくり来たのだろう。
蓋を開けると、カチッという小さな音と共に、やさしい旋律が流れ始める。
そこに被せるようにメルリルが小さな声で、不思議な言葉を唱えた。
やがて目前に、懐かしい、キラキラ光る緑の道が開かれる。
御者台に俺、その隣にメルリルという状態で、勇者達を馬車に乗せたまま、渦巻く緑のなかへと進んだ。
キラキラと心地いい木漏れ日と、遠くから響く小鳥の声、そして、周囲を取り囲むトンネル状の蔦と、そこに咲く香り高い白い花。
毎度のことだが、この光景を見ると、胸に、身に覚えのない郷愁が溢れる。
もしかすると、この道を通る度に、精霊達が誘惑をしかけているのかもしれない。
以前、精霊の世界を通ったときほどの強さではないが、相変わらず、足を止めて、そこにずっと留まっていたいと思わせる美しい風景だった。
とは言え、もう慣れたものなので、その甘美ないざないを無視するのは簡単だ。
「ピャッピャッ!」
「こらフォルテ、威嚇するな」
フォルテは以前、精霊界を脱出する際に精霊に喧嘩を売ってから、どうも精霊を敵だと認識したらしく、精霊の気配が濃くなると、どうも落ち着かなくなるようだ。
メルリルが制御している間は危険はないんだけどな。
そのメルリルも、すでにオルゴールの蓋を閉めている。
道が安定したので、一旦音を止めたのだ。
「河までなら、半日ぐらいだと思う」
道の先が見えたらしく、そう教えてくれた。
「うわあ、これって魔法ですか?」
精霊の道が初めてのルフは、馬車の窓から顔を出して、周囲を見回しながら感激した様子だ。
「んー、まぁ似たようなものかな」
森人の秘技をあまり広める訳にもいかないので、魔法ということにしておく。
魔法は使い手によってさまざまな作用を及ぼすので、こういう魔法があってもおかしくはないだろう。
魔法のエキスパートである勇者や聖女も、特に何も言わないしな。
「しかし、半日ということは、到着時はすっかり夜ですね」
聖騎士が、馬車のなかからそう言った。
確かにそうだな。
「メルリル、野営にちょうどいい場所に出るようにしてもらえるか?」
「わかった」
魔道馬車があるので、特にテントを張る必要もないし、焚き火だけ作ればいい。
どうも精霊の道にいる間は、酩酊状態に近い感じになってしまうので、いろいろ考えるのは到着してからにしたほうがいいだろう。
「この世のものではない美しさというよりも、いつかどこかで見たような美しい風景なんだよな」
光と音と香りの全てが、人を心地よくしてくれる。
少しの間だけ、この世界に浸っていても構わないだろう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9,283
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。