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第八章 真なる聖剣

906 冬場の薪は大切です

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「いや、師匠。薪を燃やせというなら簡単だが、水分だけ飛ばすのは無理なのでは? 俺は火を操ることは出来るが、水は操れないぞ?」
「その認識がおかしいんだ。仮にも勇者の魔法が、そんなしょぼいはずないだろ? そりゃあ雷の魔法は特別で強力だし、火だってかなりの火力だ。威力だけを言えばとんでもない強さだ。だがな、言ってしまえばそれだけだ。現に、お前、周囲の被害を怖れて、まともに戦えないことが何度かあったよな」
「むう」

 俺の指摘に勇者が悔しそうに押し黙る。
 勇者の使う魔法は、神の怒りである雷と、何ものをも一瞬で焼き尽くす炎の二通りだ。
 そのほかに灯りや身体強化、頑張れば精神干渉もいけるらしいが、そっちはちょっと勇者の魔法としてはいかがなものか? という感じがする。

 雷も火も見栄えがいいから、アピールにはいいんだが、実戦となると、ただ火力で押し切る今の戦い方ばかりでは、底が見えている。
 そこで、聖騎士が剣技の粋を勇者に叩き込もうとしている訳だ。

 一方で俺は、勇者の魔法にもっと可能性があると感じていた。

「俺は一度神の盟約に触れたことがあるが、あれは底なしの、……人には到底知覚出来ないほどの深みがある意識だった。魔法紋は、あそこから読み取った情報を元に作られた魔法のサインなんだろう? だから本来はもっと可能性があるはずなんだ。特に勇者の魔法は、もっと、こう、自由度が高いものじゃないかと俺は思っている」
「むむっ?」
「まずは得意な火からでいい。イメージを固定するのをやめるんだ。現実の火と魔法の火は違う。もっといじれる・・・・はずだ」

 ということで、勇者に新たな修行を課すこととなった。

「火というイメージには何がある? 言ってみろアルフ」
「うーん。熱い、眩しい、強い」
「そのそれぞれイメージを分離して使うことも、魔法なら可能なんじゃないか? そもそも灯りの魔法なんて、火の輝きをイメージしたもんだろ?」
「そう言われれば、そう、かもしれない」
「なら、熱だけをコントロールすることも可能のはずだ」

 パキッという音と共に、俺の手首よりふた周りほど太い丸太が、縦にひび割れる。

「あっ……」
「お前は性急すぎるんだ。慌てて熱をこめれば生木は膨張して割れる。全体にゆっくりと熱を通して、水分を飛ばすんだ」
「くっ、師匠、これって本当に修行なのか? 単に手早く薪を作ってるだけじゃ?」
「何言ってる。修行と、滞在のお礼が同時に出来るんだぞ? さすが勇者だと思わないか? ほかの誰にも出来ない仕事だ」
「ま、まぁ。ほかに出来る奴がいるとは思えないのは確かだけどな」
「ならいいじゃないか。まぁ薪なら、失敗して割れても使うことは出来るからな。ただ、暖炉で燃やす薪は、太いままでじっくりと長時間燃えるものがいいということだ。割ってしまわないように、きれいに水気を抜くことが出来たら、さぞや感謝されるだろう。俺達だってその恩恵に預かれるんだぞ?」
「うぬう」

 火から熱だけイメージして魔法として発動する。
 ここまでは、勇者は簡単に成してしまった。
 さすがは勇者というところか。
 ただ、その熱の高さや、範囲にはかなりムラがあり、まだ危なくて実戦には使えないレベルだ。
 こうやって生木を乾かすことに集中して、精密にコントロールが出来るようになれば、実戦で戦いの幅が広がるのは間違いないだろう。

「ダスターさん、ありがたいけどよ。本当に、神の御子さまのお力を、こんなことに使ってしまっていいんかな?」
「神は人の護り手として勇者を遣わしたんだろう? 冬の寒さから人を守るのだって、立派な仕事だと思うけどな」
「そういうことをさらっと言えるダスターさんは、本当に大物だと思うよ」

 いやいや、現実的な話として、モンスターに殺される人間よりも、冬の寒さで死ぬ人間のほうが遥かに多いはずだ。
 自然との戦いは命の定めとは言え、知恵を持ち、神の力を借りて、死に抗うのは人が自らに課した使命と言ってもいい。
 生きたいと、その先にある未来へと手を伸ばすために、人は神と盟約を結んだのだから。

「うーん……。ええっと……おっ?」

 勇者のうなるような声と共に、丸太から蒸気のような煙が出て来る。
 魔力の流れはきれいに整っていて、無駄な偏りはないようだ。
 勇者は、もう最近は意識せずに魔力をスムーズに放出することが出来るようになって来た。

 丸太から出ている煙は、先程のような勢いはなく、全体から薄く周囲に伸びるように広がっている。

「うっ……けっこう、これは……」
「今、いい感じだぞ」

 勇者の額に汗が浮いて来た。
 どうもだいぶキツイっぽい。
 普通の人なら魔力を集中して放出するのに苦労するというのに、勇者は、魔力を極力絞りつつ、均一に放出するのに苦労している。
 ほかにはなかなかこういう人間はいないだろうな。

 いや、聖女は、さすがに長年の修行の成果なのか、常に整った魔力操作をしている。
 魔力自体は勇者よりも多いのに、あれは大したものだ。
 ただし、攻撃的な魔力放出は出来ないっぽいので、勇者の参考にはならないんだよな。

「あっ!」

 最後の最後で油断したらしく、パキッと小さな音と共に丸太にヒビが入った。

「くっ、そ……」

 勇者はかなり悔しかったようで、拳で地面を叩いてる。

「いやいや、この程度のヒビなら十分上等な薪になりますよ。……うん、きれいに水分が抜けてますな。さすがは勇者さまです」

 最初は直接口を利くことはとても出来ないと、遠巻きに勇者を見ていた薪小屋番も、勇者が気にせず話しかけるので、段々普通に会話出来るようになって来たようだ。

「……そうか」

 かなり悔しかったはずだが、勇者は、薪小屋番の気づかいを理解したのか、素直にうなずいた。

「だが、まだやるからな」

 まぁ負けず嫌いなので、ここで満足したりはしないんだけどな。
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