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第八章 真なる聖剣
943 魔犬との戦い 1
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「急ごう! 魔犬の大きな群れなら、戦いに慣れていない人間には厳しすぎる。大きな犠牲が出るかもしれない」
「どうか、みんな頑張って! すぐに行きます」
馬を借りて急いで森へと走る。
聖女が領民の無事を祈っていた。
聖女にとってここは故郷であり、領民は家族も同然なのだ。
家族が殺されそうになっていると聞いて焦らない者はいないだろう。
「ミュリア、現地に着いたらまずは被害者を結界内に集めるんだ。治療はそれから一気に行え。安全地帯があるとないとでは、全く治療の効率が違う」
「わかりました」
「師匠。どこから手をつける?」
聖女に手順を説明していると、勇者から質問が来る。
俺は見張り番の男に視線を向けて尋ねた。
「だいたいの場所はわかるか?」
「今日は雪が降っていませんので、足跡を追えばすぐに見つかるかと。何しろ大人数で動いていたので」
「あんたが離脱した時点でケガ人は?」
「へい、俺が知らせに走った時点では、別の方角に向かった連中が襲われるところで、まだケガ人は出ていませんでした。木樵の奥さんも血のついたショールが見つかっただけで死体とかはまだ」
見張り番の説明に、聖女が希望を持った様子が見える。
正直に言うと、おそらくは誰もケガをしていないなどという甘い状況ではないと判断出来るが、とにかく行ってみないことには、どういうことになっているかわからないからな。
俺はその希望を否定も肯定もせずにいた。
「猟師とか、魔物に詳しい者は?」
「へい、腕に覚えがある猟師が二人、それぞれ木樵衆を五、六人ずつ率いて行動していました」
なるほど。
状況を聞くと、完全に絶望的という訳ではなさそうだ。
猟師も木樵も、森で働く者達で、魔物に対する知識は深い。
これは案外持ちこたえているかもしれないな。
最初、この知らせを聞いたときには、無数に転がる死体を辿って魔犬を追うことになると思っていたが、急げば間に合うかもしれないぞ。
「アルフ、急ごう!」
「元より!」
俺達が本腰を入れて馬を走らせると、見張り番の馬を引き離してしまう。
見張り番は、貴族階級ではなく、森番を任されているだけの平民だ。
そのため、馬のような高価な乗り物を養ったりしていない。
普段は荷運びなどに活躍していると思しき使役馬に乗って知らせ走ったのだ。
「済まないが、人を集めて橋の手前に待機しておいてくれないか? ケガ人が出ると思うから、運ぶ手段と温かい広い場所が必要だ。教会に走って、事情を説明して、場所と人手を借りるといい」
「承知しました! 勇者さま方もお気をつけて!」
見張り番の使役馬が止まり、そのまま踵を返すのが見えた。
あの見張り番、おそらく夜目が利くんだろうが、カンテラ一つでよくもまぁこの暗いなかを城まで走ったな。
大したもんだ。
俺達は聖騎士以外は暗闇でもある程度見えるが、それぞれの見る力は強弱があるので、勇者に光球を使ってもらっている。
聖女が使うと言ったんだが、今後のことを考えると、聖女に魔力を使わせる訳にはいかないからな。
森と人里を隔てている橋を渡り、狭い森の獣道を走る。
「くそっ、馬を走らせながらだと、思ったよりも足跡を追いにくいな」
「私に任せて!」
勇者のぼやきにメルリルが答える。
そうか、緑の道を拓いてもらえば早いか。
勇者もすぐにそのことに思い至ったのだろう、馬の脚を止めた。
「行けるか?」
短く尋ねる。
「大丈夫。火と血を目印にする」
メルリルは首から下げた小さな丸い笛を取り出した。
もともとの術具である横笛を失った話をしたところ、余った樫材でアドミニス殿が気軽に作ってくれたのだ。
あの人なんでも出来るよな。
笛の音色はこんなときなのにあまりにも優しく心地よく森に響く。
すぐさま、目前に緑の渦巻く道が拓いた。
「よし、行くぞ!」
「うん」
「任せろ!」
俺の掛け声にメルリルと勇者が声を出して応じ、聖騎士とモンクは力強く、聖女は泣きそうな顔でうなずく。
今は美しい緑の道の風景に目をやることもなく、ひたすら進む。
「見えた。繋げる」
メルリルの声で、緑の道が解けるように解除された。
まず最初に光球が周囲を照らし出すと、そこには明らかに争った跡があり、ところどころに生々しい血も残っている。
「血の臭いと、松明が焼ける臭いがするな」
冷えた空気はピンと張った弦のようだ。
そのなかに紛れ込んだ場違いな臭いは、すぐに違和感をもたらした。
「足跡というか、争った跡がわかりやすく続いている。追おう」
言うなり、勇者は馬を走らせる。
そのすぐ後をぴったりと聖騎士が追随して行く。
「おい、先走るな!」
「私が場所、わかるから」
勇者が民を救うためにがむしゃらなのはいいんだが、一人で突っ走っても何もいいことはない。
残された俺達はメルリルの指示する場所を通って、現場へとショートカットした。
案の定、先に現場に着いたのは俺達のほうだ。
「ああっ!」
聖女が悲鳴のような声を上げた。
そこには凄惨な光景が広がっている。
既に傷を受けて動けなくなったらしい男達が雪の上に数人転がり、生き残り達を魔犬の群れが囲んでいた。
倒れた人間に無駄に食いつく魔犬がいないことを見ても、群れのリーダーの統率力の高さが窺える。
「だ、大丈夫ですか?」
聖女が慌てて馬を下り、倒れた一人に駆け寄った。
「メルリル、ミュリアと一緒にケガ人を集めて安全地帯を確保してくれ。何かあったらそこに逃げ込めるように、大人数が入れる広さをミュリアに頼んでおいて欲しい」
「わかった」
聖女も先走ったが、メルリルに指示を出してフォローを入れる。
魔犬よりも人間のほうが指揮系統が混乱しているぞ。
本来知恵で勝るのが人間の強みなのに、これでは勝てるものも勝てない。
そこへ、俺たちの斜め前方から飛び出した勇者の騎乗した馬が、猟師や木樵達を襲っている魔犬を蹴り飛ばした。
俺は思わず顔を覆う。
せっかく不意を突けるタイミングだったのに、その攻撃はないだろ?
「どうか、みんな頑張って! すぐに行きます」
馬を借りて急いで森へと走る。
聖女が領民の無事を祈っていた。
聖女にとってここは故郷であり、領民は家族も同然なのだ。
家族が殺されそうになっていると聞いて焦らない者はいないだろう。
「ミュリア、現地に着いたらまずは被害者を結界内に集めるんだ。治療はそれから一気に行え。安全地帯があるとないとでは、全く治療の効率が違う」
「わかりました」
「師匠。どこから手をつける?」
聖女に手順を説明していると、勇者から質問が来る。
俺は見張り番の男に視線を向けて尋ねた。
「だいたいの場所はわかるか?」
「今日は雪が降っていませんので、足跡を追えばすぐに見つかるかと。何しろ大人数で動いていたので」
「あんたが離脱した時点でケガ人は?」
「へい、俺が知らせに走った時点では、別の方角に向かった連中が襲われるところで、まだケガ人は出ていませんでした。木樵の奥さんも血のついたショールが見つかっただけで死体とかはまだ」
見張り番の説明に、聖女が希望を持った様子が見える。
正直に言うと、おそらくは誰もケガをしていないなどという甘い状況ではないと判断出来るが、とにかく行ってみないことには、どういうことになっているかわからないからな。
俺はその希望を否定も肯定もせずにいた。
「猟師とか、魔物に詳しい者は?」
「へい、腕に覚えがある猟師が二人、それぞれ木樵衆を五、六人ずつ率いて行動していました」
なるほど。
状況を聞くと、完全に絶望的という訳ではなさそうだ。
猟師も木樵も、森で働く者達で、魔物に対する知識は深い。
これは案外持ちこたえているかもしれないな。
最初、この知らせを聞いたときには、無数に転がる死体を辿って魔犬を追うことになると思っていたが、急げば間に合うかもしれないぞ。
「アルフ、急ごう!」
「元より!」
俺達が本腰を入れて馬を走らせると、見張り番の馬を引き離してしまう。
見張り番は、貴族階級ではなく、森番を任されているだけの平民だ。
そのため、馬のような高価な乗り物を養ったりしていない。
普段は荷運びなどに活躍していると思しき使役馬に乗って知らせ走ったのだ。
「済まないが、人を集めて橋の手前に待機しておいてくれないか? ケガ人が出ると思うから、運ぶ手段と温かい広い場所が必要だ。教会に走って、事情を説明して、場所と人手を借りるといい」
「承知しました! 勇者さま方もお気をつけて!」
見張り番の使役馬が止まり、そのまま踵を返すのが見えた。
あの見張り番、おそらく夜目が利くんだろうが、カンテラ一つでよくもまぁこの暗いなかを城まで走ったな。
大したもんだ。
俺達は聖騎士以外は暗闇でもある程度見えるが、それぞれの見る力は強弱があるので、勇者に光球を使ってもらっている。
聖女が使うと言ったんだが、今後のことを考えると、聖女に魔力を使わせる訳にはいかないからな。
森と人里を隔てている橋を渡り、狭い森の獣道を走る。
「くそっ、馬を走らせながらだと、思ったよりも足跡を追いにくいな」
「私に任せて!」
勇者のぼやきにメルリルが答える。
そうか、緑の道を拓いてもらえば早いか。
勇者もすぐにそのことに思い至ったのだろう、馬の脚を止めた。
「行けるか?」
短く尋ねる。
「大丈夫。火と血を目印にする」
メルリルは首から下げた小さな丸い笛を取り出した。
もともとの術具である横笛を失った話をしたところ、余った樫材でアドミニス殿が気軽に作ってくれたのだ。
あの人なんでも出来るよな。
笛の音色はこんなときなのにあまりにも優しく心地よく森に響く。
すぐさま、目前に緑の渦巻く道が拓いた。
「よし、行くぞ!」
「うん」
「任せろ!」
俺の掛け声にメルリルと勇者が声を出して応じ、聖騎士とモンクは力強く、聖女は泣きそうな顔でうなずく。
今は美しい緑の道の風景に目をやることもなく、ひたすら進む。
「見えた。繋げる」
メルリルの声で、緑の道が解けるように解除された。
まず最初に光球が周囲を照らし出すと、そこには明らかに争った跡があり、ところどころに生々しい血も残っている。
「血の臭いと、松明が焼ける臭いがするな」
冷えた空気はピンと張った弦のようだ。
そのなかに紛れ込んだ場違いな臭いは、すぐに違和感をもたらした。
「足跡というか、争った跡がわかりやすく続いている。追おう」
言うなり、勇者は馬を走らせる。
そのすぐ後をぴったりと聖騎士が追随して行く。
「おい、先走るな!」
「私が場所、わかるから」
勇者が民を救うためにがむしゃらなのはいいんだが、一人で突っ走っても何もいいことはない。
残された俺達はメルリルの指示する場所を通って、現場へとショートカットした。
案の定、先に現場に着いたのは俺達のほうだ。
「ああっ!」
聖女が悲鳴のような声を上げた。
そこには凄惨な光景が広がっている。
既に傷を受けて動けなくなったらしい男達が雪の上に数人転がり、生き残り達を魔犬の群れが囲んでいた。
倒れた人間に無駄に食いつく魔犬がいないことを見ても、群れのリーダーの統率力の高さが窺える。
「だ、大丈夫ですか?」
聖女が慌てて馬を下り、倒れた一人に駆け寄った。
「メルリル、ミュリアと一緒にケガ人を集めて安全地帯を確保してくれ。何かあったらそこに逃げ込めるように、大人数が入れる広さをミュリアに頼んでおいて欲しい」
「わかった」
聖女も先走ったが、メルリルに指示を出してフォローを入れる。
魔犬よりも人間のほうが指揮系統が混乱しているぞ。
本来知恵で勝るのが人間の強みなのに、これでは勝てるものも勝てない。
そこへ、俺たちの斜め前方から飛び出した勇者の騎乗した馬が、猟師や木樵達を襲っている魔犬を蹴り飛ばした。
俺は思わず顔を覆う。
せっかく不意を突けるタイミングだったのに、その攻撃はないだろ?
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