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西の果ての街
解決
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「お前達、おとなしくその少年を離して両手を広げて地面に伏せろ!」
突然に、空気を切り裂くような圧力を内包した声が響いた。
黒の上下に朱の肩布、特徴的なその姿はこの街の警備隊だ。
既に抜刀している隊員が四人、その立ち姿や目配りからは油断や隙が全く覗えない。まともな人間なら相手より少人数でこれに立ち向かおうとは思いはすまい。
しかし、この人狩りの男達は、この手の駆け引きにすら慣れているようだった。
瞬時に、ライカを捕らえている方ではないもう一人の男が、その懐から細いナイフを取り出して相方に渡す。
「んん、お勤めご苦労さまですね。検問所では剣を奪ってくださって、本当に嫌になる程お仕事熱心な事で。だが、こういった生活に必要なナイフは持ったままでいさせてくださったんで助かりました」
ナイフを渡された男はそれをライカの首筋にピタリと当てた。
軽く滑らせるだけで頚動脈の上を横切る事の出来る場所。
「おお、怖い。剣を持った人が脅かすから、怖くて震えてこの坊やの首を切っちゃうかもしれないなぁ、俺って小心者でさ」
明らかに馬鹿にした声音で告げる男を、警備隊は動揺なく見ている。
「愚か者、その子供を放せ」
彼らはそのまま小揺るぎもせずに相手に勧告した。
「あぁ? わかんない野郎だな! 街の外まで出たらガキを開放するから手を出すなっていってるんだよ!」
「嘘をつけ! そのままその子を攫う気だろう、人狩り野郎め」
背後から露店の主人が怒鳴りつける。
「うっせぇな、せっかく命拾いしたんだから黙っとけよ」
ギロリと男がねめつけた。
と、その時。
「市場で揉め事を起こすとは、無知とは時として恐ろしいものですね」
彼らの真後ろから静かな声が聞こえた。
男達が瞬間凍りつく。
そこからまるで時間が加速したかのように、全てが連続して起こった。
「な!」
硬直から立ち直った男達が声の方を振り向こうとした時、ライカを拘束していた男の、ナイフを持つ右の手首に何か細長いものが、とすっという、びっくりする程に軽い音を立てて突き刺さった。
それを本人が目で確認する前にナイフが彼の手から落ちる。
それを見て取ったライカは、ごく自然に、思わずのけぞって足を滑らせたかのように後ろへ倒れた。
男がそれに気付いて引き戻そうと掴んでいた手に力を込め、もう一人は、背後から何かを仕掛けた相手を見定めようとする。
二人の男の意識が完全に背後へと移ったその瞬間、その懐へ黒い影が走り込んだ。
鈍い輝きをその場に残し、ガツンという堅い音と共に、ライカの手首を掴んでいた男の手が異様な角度に折れ曲がった。
更に連続するように、ドン、ガガッ! という重い音が響く。
その全てを動きとして実際に見て取れた人間は僅かだった。
それは警備隊の一人が繰り出した攻撃だったのである。
幅の広い長剣の平で一人の腕を掬い上げるように叩き折り、そのまま手首を返して堅い柄飾りで隣のもう一人のこめかみを殴りつけ、それと同時に最初の男の横っ腹を蹴り飛ばして、残った一人が脳震盪を起こしてふらついているのを体当たりをして仰向けに倒し、その肩をブーツを履いた踵で踏み砕いた。
バキリという鈍い音が響いて、唐突に始まった捕り物は、再び唐突に終わる。
それこそ、瞬きをする間に男達は二人共が地に伏せていたのだ。
蹴り飛ばされた男の方は残った警備隊の手によって既に縛り上げられ、もう一人は剣を振るった当人が肩を踏みつけて押さえ込んでいる。
「だから愚か者と言ったんだがな」
警備隊の男は一人に呟き、その目を別の方向へと向け、視線の先にいる人物を睨むように見た。
そこには痩身に灰色の上下とマントを纏い、風にも揺らされるようなたよりない風情の男が立っている。
その男は、こんな場だというのに、警備隊の男の仏頂面にニヤリと笑ってみせた。
「余計な手出しは無用に願いたいものだ」
警備隊の男がひそりとその相手に告げる。
「余計はそちらだと思うがね、ここらは俺の管轄だし」
「馬鹿を抜かせ、街の中は全て俺達の管轄だ」
「まぁそういう事にしとくさ、それに俺、剣抜いてないっしょ?」
離れた場所でうめいている男の右腕を彼はちらりと見る。そこに突き刺さったままになっているのはどうやら木の串のようなもののようだった。
「腱を切断したのか」
相手の男はそれには答えずに軽く肩をすくめると、ゆっくり立ち去った。
「班長、あいつ帯剣してますよ」
先ほどまで不敵に笑っていた人狩りの男達は、かなり傷が痛むのか今では絶えず情けない悲鳴を上げている。
一人を縛り上げ終わってもう一人に取り掛かる為に歩いてきた隊員の一人はそのわめき声にわざとらしく耳を塞ぎながら、去って行く男の後ろ姿を目で追った。
「まぁあんまり表に出てこないから知らんのも無理はないが、あれが商組合の用心棒だ」
「ああ、あれがあの全地域での帯剣許可を持ってる輩ですか」
彼は言ってぺっと唾を吐いた。
「気に入らんのは俺も同じだが、諍いを起こすべき相手じゃあないぞ」
「分かってますよ。ところで班長、そろそろ足をどかしてやっちゃあどうです? なんかもう違う世界を見てるみたいですよ、こいつ」
あー? と声を上げ、どうやら無意識に踏んでいたらしい班長と呼ばれた彼が足を上げてみれば、脳震盪を起こした上に砕かれた肩に全体重を掛けられていた男は、泡を吹いて痙攣を起こしていた。
「後はまかせた、俺は被害者の様子見てくるわ、怪我してたら大変だ」
彼はそそくさとその場を後にする。
「それは、こいつをいたぶるより先にやるべきでしたね」
「うるせえよ、わざとじゃねぇし」
「言葉使い、まるで山賊じゃないですか。善良な街の人たちに聞かれると怖がられますよ」
「お前がいちいち煩いからそうなるんだろうが」
ライカは倒れこんだ時に駆け寄った露店の主人から助け起こされて、そのままなるべく離れた場所で一緒に事の顛末を見守っていた。
一件が落着したと判断して、二人は散らばった商品を集めだす。
「酷いや」
バラバラに千切られた繊細な鎖や綺麗に並んでいたはずの小粒の輝石を見て、ライカは溜息をこぼした。
「それはいいんだよ、それよりおまえさんが飛び出した時こそ心臓が止まりそうだった。子供が無茶するもんじゃない」
首を振りながら店主に言われて、ライカは頭を下げた。
「すいません、あの人達がどうしてああいう事をするのか知りたかったからつい」
「理由ったって、ああいう輩は自分より弱い者をいたぶるのが心底好きなんだよ。頭で考えて何かをやってるんじゃないんだ、自分が気分が良ければそれでいいのさ」
露店の主人は呆れたように、しかしちゃんと説明してやった。
暴力沙汰の度に飛び込まれてはたまらないと思ったのだろう。
「本当に他人に暴力を振るって気分が良くなるんでしょうか?」
ライカは首を捻った。
「ああ、戦争中はそういうのはいっぱいいたよ、そういうやつらは他人に暴力を振るっている時に嬉しそうに笑っていやがる。やつらが言ってたじゃないか、他人をいたぶるのが好きな病気を持っている人間がいるって。それはやつら自身にも当て嵌まっているんだ」
ライカは手の中の壊れた首飾りを見つめた。
「やっぱりなんだかよく分からないや」
(食べる為に殺すのだったり、怒りで傷つけるのだったら理解出来るんだけど)
胸中で呟いて溜め息を吐く。
「二人共怪我は大丈夫か?」
ふいに彼らに声が掛けられた。
振り向いた二人の目に例の特徴のある黒の隊服が映る。
先程助けに駆けつけた警備隊の中の班長と呼ばれていた人間がそこにいた。
「詳細を聞きたいが、その前に殴られた所とかあったら言ってくれ。腹や頭の打撲の場合は後から来る事があるから気を付けんといかんからな」
「あいつら、この子をさんざん殴ったり蹴ったりしていたぞ、だ、大丈夫かな?」
言われて、急に不安になったのか露店の主人は警備隊の班長という男に訴えた。
「ん? どこやられた? 見せてみろ」
「え? いや、大した事ないですよ」
ライカは首を振った。
「馬鹿か、素人が勝手に判断するな、いいからどこだ?」
相手の有無を言わさない迫力に負けて、ライカは頭と腹部と足を示す。
「悪党っぽいやり口だな、んー、どうだ? 痛いか?」
彼はライカのこめかみを押してそう聞いた。
「ええっと、少し」
「吐き気とか、腹がもたれるような感じとかは?」
「いえ、それはないみたいです」
「ううむ、とりあえず治療所行っとくか、事件の怪我はお上持ちで治療して貰えるから良い薬使ってもらえ」
なんだかそれでいいのか? という感じの発言をして男はにやりと笑った。
「え、はい。あ、でもおじさんも確か蹴られて」
「ふむ、どこかやられたか?」
「いえ、私は突き飛ばされたり、蹴られたと言っても腹を少しですし、大した事は」
「ああ、だから腹はいかんと言っただろ? あちこち怪我もしてるじゃないか。よし、一緒に治療だ」
見ると、露店の主人は顔と膝を酷く擦り剥いているようだった。彼自身あまり痛がってない所を見ると、ショックで痛さを忘れていたのかもしれない。
「んじゃ、城の治療所行って、その後で今回の事の詳細を聞くから頼んだぞ。荷物も一緒に持って行った方が良いだろう。移動出来るように纏めとけ」
二人に向かってそう言うと、彼は背後を振り返って大きく叫んだ。
「おおい、ロン、本営にひとっ走りして護送馬車と人手を借りて来い。ジルとカイはそれが来るまでそいつら見張っとけ」
「はい」
「あーそれまで生きてればいいですねぇ」
「こら、蹴るなよ。こんくらいで人間死なねぇって」
「馬車なんてもったいないからこのまま引きずっていったらどうだ? 色々削れていい感じに悪い垢が落ちてまともになるんじゃないか?」
「いやいや、あの護送馬車も凄い乗り心地だからなあんまり差はないと思うぞ」
なんだか微妙に犯人に同情したくなる光景だったが、とりあえず被害者二人は店の片付けを急いだ。
「ところで班長さん、どうしてあんたが出てきたんですか?」
店の主人が不思議そうに聞いた。
「じいさんがな、詰め所に来ちまってよ、仕方ないから途中でやつらを拾って駆けつけたって訳だ」
「ご隠居、詰め所までいっちゃったんですか。どうりで時間が掛かったはずだ」
詰め所というのは街の入り口の検問所の詰め所の事である。
どうやら老人は見回り隊を見つけるより、少し遠いが誰か必ず常駐している詰め所に知らせに走ったらしい。
ライカはその足の悪さを心配していたが、ご隠居は案外健脚なのかもしれなかった。
「お前も怖かったな」
最近すっかり仲良しになったロバを撫でながら、ライカはちょっと自分の失敗に沈んでいる。
(もう少しちゃんと怪我しとけば良かった)
人狩りと呼ばれた者達の一人は気絶したが、まだ一人がわめき続けている。その声を聞きつけたのか、元々そろそろ店を開ける為にやってきただけなのか、徐々にその場には人が集まり始めていた。
ライカはそんな人々をぼんやり眺めながら、もっと人間の事を、そして普通であるとはどういう事なのかを知りたいと思うのだった。
突然に、空気を切り裂くような圧力を内包した声が響いた。
黒の上下に朱の肩布、特徴的なその姿はこの街の警備隊だ。
既に抜刀している隊員が四人、その立ち姿や目配りからは油断や隙が全く覗えない。まともな人間なら相手より少人数でこれに立ち向かおうとは思いはすまい。
しかし、この人狩りの男達は、この手の駆け引きにすら慣れているようだった。
瞬時に、ライカを捕らえている方ではないもう一人の男が、その懐から細いナイフを取り出して相方に渡す。
「んん、お勤めご苦労さまですね。検問所では剣を奪ってくださって、本当に嫌になる程お仕事熱心な事で。だが、こういった生活に必要なナイフは持ったままでいさせてくださったんで助かりました」
ナイフを渡された男はそれをライカの首筋にピタリと当てた。
軽く滑らせるだけで頚動脈の上を横切る事の出来る場所。
「おお、怖い。剣を持った人が脅かすから、怖くて震えてこの坊やの首を切っちゃうかもしれないなぁ、俺って小心者でさ」
明らかに馬鹿にした声音で告げる男を、警備隊は動揺なく見ている。
「愚か者、その子供を放せ」
彼らはそのまま小揺るぎもせずに相手に勧告した。
「あぁ? わかんない野郎だな! 街の外まで出たらガキを開放するから手を出すなっていってるんだよ!」
「嘘をつけ! そのままその子を攫う気だろう、人狩り野郎め」
背後から露店の主人が怒鳴りつける。
「うっせぇな、せっかく命拾いしたんだから黙っとけよ」
ギロリと男がねめつけた。
と、その時。
「市場で揉め事を起こすとは、無知とは時として恐ろしいものですね」
彼らの真後ろから静かな声が聞こえた。
男達が瞬間凍りつく。
そこからまるで時間が加速したかのように、全てが連続して起こった。
「な!」
硬直から立ち直った男達が声の方を振り向こうとした時、ライカを拘束していた男の、ナイフを持つ右の手首に何か細長いものが、とすっという、びっくりする程に軽い音を立てて突き刺さった。
それを本人が目で確認する前にナイフが彼の手から落ちる。
それを見て取ったライカは、ごく自然に、思わずのけぞって足を滑らせたかのように後ろへ倒れた。
男がそれに気付いて引き戻そうと掴んでいた手に力を込め、もう一人は、背後から何かを仕掛けた相手を見定めようとする。
二人の男の意識が完全に背後へと移ったその瞬間、その懐へ黒い影が走り込んだ。
鈍い輝きをその場に残し、ガツンという堅い音と共に、ライカの手首を掴んでいた男の手が異様な角度に折れ曲がった。
更に連続するように、ドン、ガガッ! という重い音が響く。
その全てを動きとして実際に見て取れた人間は僅かだった。
それは警備隊の一人が繰り出した攻撃だったのである。
幅の広い長剣の平で一人の腕を掬い上げるように叩き折り、そのまま手首を返して堅い柄飾りで隣のもう一人のこめかみを殴りつけ、それと同時に最初の男の横っ腹を蹴り飛ばして、残った一人が脳震盪を起こしてふらついているのを体当たりをして仰向けに倒し、その肩をブーツを履いた踵で踏み砕いた。
バキリという鈍い音が響いて、唐突に始まった捕り物は、再び唐突に終わる。
それこそ、瞬きをする間に男達は二人共が地に伏せていたのだ。
蹴り飛ばされた男の方は残った警備隊の手によって既に縛り上げられ、もう一人は剣を振るった当人が肩を踏みつけて押さえ込んでいる。
「だから愚か者と言ったんだがな」
警備隊の男は一人に呟き、その目を別の方向へと向け、視線の先にいる人物を睨むように見た。
そこには痩身に灰色の上下とマントを纏い、風にも揺らされるようなたよりない風情の男が立っている。
その男は、こんな場だというのに、警備隊の男の仏頂面にニヤリと笑ってみせた。
「余計な手出しは無用に願いたいものだ」
警備隊の男がひそりとその相手に告げる。
「余計はそちらだと思うがね、ここらは俺の管轄だし」
「馬鹿を抜かせ、街の中は全て俺達の管轄だ」
「まぁそういう事にしとくさ、それに俺、剣抜いてないっしょ?」
離れた場所でうめいている男の右腕を彼はちらりと見る。そこに突き刺さったままになっているのはどうやら木の串のようなもののようだった。
「腱を切断したのか」
相手の男はそれには答えずに軽く肩をすくめると、ゆっくり立ち去った。
「班長、あいつ帯剣してますよ」
先ほどまで不敵に笑っていた人狩りの男達は、かなり傷が痛むのか今では絶えず情けない悲鳴を上げている。
一人を縛り上げ終わってもう一人に取り掛かる為に歩いてきた隊員の一人はそのわめき声にわざとらしく耳を塞ぎながら、去って行く男の後ろ姿を目で追った。
「まぁあんまり表に出てこないから知らんのも無理はないが、あれが商組合の用心棒だ」
「ああ、あれがあの全地域での帯剣許可を持ってる輩ですか」
彼は言ってぺっと唾を吐いた。
「気に入らんのは俺も同じだが、諍いを起こすべき相手じゃあないぞ」
「分かってますよ。ところで班長、そろそろ足をどかしてやっちゃあどうです? なんかもう違う世界を見てるみたいですよ、こいつ」
あー? と声を上げ、どうやら無意識に踏んでいたらしい班長と呼ばれた彼が足を上げてみれば、脳震盪を起こした上に砕かれた肩に全体重を掛けられていた男は、泡を吹いて痙攣を起こしていた。
「後はまかせた、俺は被害者の様子見てくるわ、怪我してたら大変だ」
彼はそそくさとその場を後にする。
「それは、こいつをいたぶるより先にやるべきでしたね」
「うるせえよ、わざとじゃねぇし」
「言葉使い、まるで山賊じゃないですか。善良な街の人たちに聞かれると怖がられますよ」
「お前がいちいち煩いからそうなるんだろうが」
ライカは倒れこんだ時に駆け寄った露店の主人から助け起こされて、そのままなるべく離れた場所で一緒に事の顛末を見守っていた。
一件が落着したと判断して、二人は散らばった商品を集めだす。
「酷いや」
バラバラに千切られた繊細な鎖や綺麗に並んでいたはずの小粒の輝石を見て、ライカは溜息をこぼした。
「それはいいんだよ、それよりおまえさんが飛び出した時こそ心臓が止まりそうだった。子供が無茶するもんじゃない」
首を振りながら店主に言われて、ライカは頭を下げた。
「すいません、あの人達がどうしてああいう事をするのか知りたかったからつい」
「理由ったって、ああいう輩は自分より弱い者をいたぶるのが心底好きなんだよ。頭で考えて何かをやってるんじゃないんだ、自分が気分が良ければそれでいいのさ」
露店の主人は呆れたように、しかしちゃんと説明してやった。
暴力沙汰の度に飛び込まれてはたまらないと思ったのだろう。
「本当に他人に暴力を振るって気分が良くなるんでしょうか?」
ライカは首を捻った。
「ああ、戦争中はそういうのはいっぱいいたよ、そういうやつらは他人に暴力を振るっている時に嬉しそうに笑っていやがる。やつらが言ってたじゃないか、他人をいたぶるのが好きな病気を持っている人間がいるって。それはやつら自身にも当て嵌まっているんだ」
ライカは手の中の壊れた首飾りを見つめた。
「やっぱりなんだかよく分からないや」
(食べる為に殺すのだったり、怒りで傷つけるのだったら理解出来るんだけど)
胸中で呟いて溜め息を吐く。
「二人共怪我は大丈夫か?」
ふいに彼らに声が掛けられた。
振り向いた二人の目に例の特徴のある黒の隊服が映る。
先程助けに駆けつけた警備隊の中の班長と呼ばれていた人間がそこにいた。
「詳細を聞きたいが、その前に殴られた所とかあったら言ってくれ。腹や頭の打撲の場合は後から来る事があるから気を付けんといかんからな」
「あいつら、この子をさんざん殴ったり蹴ったりしていたぞ、だ、大丈夫かな?」
言われて、急に不安になったのか露店の主人は警備隊の班長という男に訴えた。
「ん? どこやられた? 見せてみろ」
「え? いや、大した事ないですよ」
ライカは首を振った。
「馬鹿か、素人が勝手に判断するな、いいからどこだ?」
相手の有無を言わさない迫力に負けて、ライカは頭と腹部と足を示す。
「悪党っぽいやり口だな、んー、どうだ? 痛いか?」
彼はライカのこめかみを押してそう聞いた。
「ええっと、少し」
「吐き気とか、腹がもたれるような感じとかは?」
「いえ、それはないみたいです」
「ううむ、とりあえず治療所行っとくか、事件の怪我はお上持ちで治療して貰えるから良い薬使ってもらえ」
なんだかそれでいいのか? という感じの発言をして男はにやりと笑った。
「え、はい。あ、でもおじさんも確か蹴られて」
「ふむ、どこかやられたか?」
「いえ、私は突き飛ばされたり、蹴られたと言っても腹を少しですし、大した事は」
「ああ、だから腹はいかんと言っただろ? あちこち怪我もしてるじゃないか。よし、一緒に治療だ」
見ると、露店の主人は顔と膝を酷く擦り剥いているようだった。彼自身あまり痛がってない所を見ると、ショックで痛さを忘れていたのかもしれない。
「んじゃ、城の治療所行って、その後で今回の事の詳細を聞くから頼んだぞ。荷物も一緒に持って行った方が良いだろう。移動出来るように纏めとけ」
二人に向かってそう言うと、彼は背後を振り返って大きく叫んだ。
「おおい、ロン、本営にひとっ走りして護送馬車と人手を借りて来い。ジルとカイはそれが来るまでそいつら見張っとけ」
「はい」
「あーそれまで生きてればいいですねぇ」
「こら、蹴るなよ。こんくらいで人間死なねぇって」
「馬車なんてもったいないからこのまま引きずっていったらどうだ? 色々削れていい感じに悪い垢が落ちてまともになるんじゃないか?」
「いやいや、あの護送馬車も凄い乗り心地だからなあんまり差はないと思うぞ」
なんだか微妙に犯人に同情したくなる光景だったが、とりあえず被害者二人は店の片付けを急いだ。
「ところで班長さん、どうしてあんたが出てきたんですか?」
店の主人が不思議そうに聞いた。
「じいさんがな、詰め所に来ちまってよ、仕方ないから途中でやつらを拾って駆けつけたって訳だ」
「ご隠居、詰め所までいっちゃったんですか。どうりで時間が掛かったはずだ」
詰め所というのは街の入り口の検問所の詰め所の事である。
どうやら老人は見回り隊を見つけるより、少し遠いが誰か必ず常駐している詰め所に知らせに走ったらしい。
ライカはその足の悪さを心配していたが、ご隠居は案外健脚なのかもしれなかった。
「お前も怖かったな」
最近すっかり仲良しになったロバを撫でながら、ライカはちょっと自分の失敗に沈んでいる。
(もう少しちゃんと怪我しとけば良かった)
人狩りと呼ばれた者達の一人は気絶したが、まだ一人がわめき続けている。その声を聞きつけたのか、元々そろそろ店を開ける為にやってきただけなのか、徐々にその場には人が集まり始めていた。
ライカはそんな人々をぼんやり眺めながら、もっと人間の事を、そして普通であるとはどういう事なのかを知りたいと思うのだった。
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