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第26章 灘木くん、パンプアップする
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部屋を出て、ふたりは静かな廊下を歩いていた。
タケシは先ほど調合した香水を擦り込んだ灘木の手を取ると、手の付け根の部分をクンと嗅ぐ。
「うん、いい感じだな。ちゃんと俺のイメージ通りに仕上がった」
「え、そ、そうっすか?」
灘木は、急に手を掴まれ、タケシの温もりを感じて、ドギマギしている。
「うん。あとは軽くパンプアップして、シャワーで流して、ヘアメイクして準備万端ってところか、、、」
「そうですね、、、」
そして、ふと思い出して、灘木は口を開いた。
「え?タケシさん、7時からブライアンって人達との会食じゃなかったでしたっけ?」
「あ、それなら、先方の都合で急にキャンセルになったんだ。なんか、訳ありみたいだ。さっき、クラウディオ、エミリオ、真木さんが、深刻な顔で話し合ってた。今夜の接待もお流れになるかと思ったんだが、それはないらしい、、、」
「せっかく、美味しいモノを食べられるところだったのに、もったいないですね」
「おいおい、そんな気楽なもんじゃないよ、接待は、、、ずっと気を遣って味なんかしやしない。それに、マナーを間違えると、後で怒られるしな、、、」
「え?マナー?おれ、全然、知らないっす」
「ハハッ、、、お前に同伴してくれる客がついたら、マナー研修をたっぷりと受けることになるさ、、、」
「ゲ、、、」
灘木は、クラウディオとエミリオの研修を思い出し、胃が痛くなった。
タケシが一瞬、歩を緩める。
「なんか、トラブってるみたいなんだ。さっき、真木さん達ががバタバタしてた。会食はキャンセルになる可能性が高いけど、来店はする可能性が高いから、用意はしておけって、言われた」
そのとき、廊下の角の奥で真木とエミリオが顔を寄せ合い、何やらボソボソと話し込んでいた。
“口座凍結?”
“ロンダリング、、、”
“ここには来るんだろ?”
“即金、、、”
“灘木以外も用意するか?”
“到着するまで、繋げないと、、、”
不穏な言葉が聞こえてくる。
通りがかった二人に気づくと、ふたりとも口を噤んだ。
が、すぐに真木が苦笑気味に口を開いた。
「聞こえたか?」
「いえ、全然、、、」
灘木とタケシは首を振る。
「まあ、別に隠すほどじゃないな。二人にも関係していない訳じゃないし、、、」
エミリオが肩をすくめる。
「大きな声じゃ言えないけどね。ブライアンの都合じゃなく、ドバイの富豪がトラブってるらしい。ブライアンも振り回されているようだった。あのブライアンがだぜ、、、」
「相当、ヤバい状況らしくて、会食はキャンセルになった。富豪の身体が空き次第、店に来るそうだ。寿司、天麩羅、ツマミになるものVIPルームに用意しておけってさ、、、」
「ドバイの富豪さん用にですか?」
接客の経験などない灘木は、VIPルームも、そこに置かれる寿司やら天麩羅やらも想像がつかない。
「ああ、腹をすかしているかもしれないから、注文したらすぐに出せるように用意してくれってさ。今、その手配を仕出し屋に済ましたところだ」
「へー、あのブライアンがそこまで気を遣ってるんですか、、、」
ブライアンに気に入られていたタケシが驚いたように言う。
「おそらく、メチャクチャ金持ちだろ。そして、かなりの実力者、、、口座凍結されるほどのな、、、ヤバい金だろ、、、あのブライアンがビビるほどだぜ。」
真木の言葉に余計なことを話すなと言うようにエミリオが少し眉を顰める。
「俺たちにはお客様がどんな素性でも構わない。見合う金を払うなら、見合うサービスをするだけだ」
エミリオの言葉に頷いた真木は、二人の顔を見て言った。
「まぁ、粗相があったら大金が消えると思え、、、特に、灘木は、初めての客だ、絶対に気に入ってもらえ」
真木の目はいつになく鋭かった。
それ以上のことは言えないという空気があった。
灘木は、真木の言葉が羽村警部の手紙の内容と重なり、ブルッと緊張する。
「了解です」
タケシがそれだけ返し、灘木の背中を押すようにジムの方へと誘導した。
その灘木の後ろから、真木の声が追う。
「灘木、お前もだぞ、、、」
「はいっ!もちろんっす!」
振り返り応える。
いよいよ本番が近づいてくる。
そんな緊張と闘志が灘木内から湧いてくる。
専用ジム室に着くと無人だった。
おそらくボーイ達は、贔屓客の接客、そして、贔屓が来ない者はその補助に入っているのだろう。
「灘木、お前は上半身が映えるから、プッシュアップとチューブで胸と肩をしっかり出せ」
タケシは的確な指示を出す。
灘木は言われるがままに、胸筋を張らせるプッシュアップ、チューブを使ったチェストフライを行う。
ジワリと汗が滲んでくる。
タケシも並んでダンベルショルダープレス、サイドレイズなどでパンプを行いながら、「肩、出てきたな」と声をかけてくる。
筋肉が熱を持ち、表皮の下から血流で筋が浮かび上がったのを確認すると、二人はシャワー室へといく。
灘木は身体を心地よいシャワーの飛沫に曝しながら、さっきのタケシの横顔を思い出す。
考えてみれば、知り合ってからの時間は短い。
それなのに灘木の面倒をよく見てくれている。
灘木の体臭を時折嗅ぎながら調香を考えてくれた時の真剣な横顔、誠実で優しい人柄が漂っていた。
そして、シャワーから上がり、ドライヤーで髪を乾かしていると、扉の外からミス・アキの甲高い声が近付いてきた。
「灘木のヘアは私がやるわよ。ゴージャスじゃなく、ナチュラルにってのが癪だけど、とびっきり可愛い“ナチュラル”にしあげてみせるわっ!え?ラメはダメなの?クラウディオの指示ですって?なら仕方ないか、、、」
ゲ、、、
近づく声の気合に、灘木は身構える。
扉が開き、ミス•アキが勢いよく入ってくる。
「さ、灘木ボウヤ、アタシに任せなさいっ!クラウディオの指示で“作りすぎない自然体”ってオーダーらしいわっ。あんた、不器用そうだから、アタシがやったげる。ナチュラルって難しいからね。自然に見せて実は計算ずく!センスの勝負よっ!」
ミス•アキは、ヘアピンなどを使い、テキパキと整えていく。
仕上がったヘアは、ラフに整えたように見えつつ計算されていた。
「じゃ、ショーまで、振り付けの確認をしましょ」
ミス•アキの言葉に、灘木は、グッと唇を引き締めた。
本番が近付く。
ダンスの、接客の、潜入捜査の、、、
タケシは先ほど調合した香水を擦り込んだ灘木の手を取ると、手の付け根の部分をクンと嗅ぐ。
「うん、いい感じだな。ちゃんと俺のイメージ通りに仕上がった」
「え、そ、そうっすか?」
灘木は、急に手を掴まれ、タケシの温もりを感じて、ドギマギしている。
「うん。あとは軽くパンプアップして、シャワーで流して、ヘアメイクして準備万端ってところか、、、」
「そうですね、、、」
そして、ふと思い出して、灘木は口を開いた。
「え?タケシさん、7時からブライアンって人達との会食じゃなかったでしたっけ?」
「あ、それなら、先方の都合で急にキャンセルになったんだ。なんか、訳ありみたいだ。さっき、クラウディオ、エミリオ、真木さんが、深刻な顔で話し合ってた。今夜の接待もお流れになるかと思ったんだが、それはないらしい、、、」
「せっかく、美味しいモノを食べられるところだったのに、もったいないですね」
「おいおい、そんな気楽なもんじゃないよ、接待は、、、ずっと気を遣って味なんかしやしない。それに、マナーを間違えると、後で怒られるしな、、、」
「え?マナー?おれ、全然、知らないっす」
「ハハッ、、、お前に同伴してくれる客がついたら、マナー研修をたっぷりと受けることになるさ、、、」
「ゲ、、、」
灘木は、クラウディオとエミリオの研修を思い出し、胃が痛くなった。
タケシが一瞬、歩を緩める。
「なんか、トラブってるみたいなんだ。さっき、真木さん達ががバタバタしてた。会食はキャンセルになる可能性が高いけど、来店はする可能性が高いから、用意はしておけって、言われた」
そのとき、廊下の角の奥で真木とエミリオが顔を寄せ合い、何やらボソボソと話し込んでいた。
“口座凍結?”
“ロンダリング、、、”
“ここには来るんだろ?”
“即金、、、”
“灘木以外も用意するか?”
“到着するまで、繋げないと、、、”
不穏な言葉が聞こえてくる。
通りがかった二人に気づくと、ふたりとも口を噤んだ。
が、すぐに真木が苦笑気味に口を開いた。
「聞こえたか?」
「いえ、全然、、、」
灘木とタケシは首を振る。
「まあ、別に隠すほどじゃないな。二人にも関係していない訳じゃないし、、、」
エミリオが肩をすくめる。
「大きな声じゃ言えないけどね。ブライアンの都合じゃなく、ドバイの富豪がトラブってるらしい。ブライアンも振り回されているようだった。あのブライアンがだぜ、、、」
「相当、ヤバい状況らしくて、会食はキャンセルになった。富豪の身体が空き次第、店に来るそうだ。寿司、天麩羅、ツマミになるものVIPルームに用意しておけってさ、、、」
「ドバイの富豪さん用にですか?」
接客の経験などない灘木は、VIPルームも、そこに置かれる寿司やら天麩羅やらも想像がつかない。
「ああ、腹をすかしているかもしれないから、注文したらすぐに出せるように用意してくれってさ。今、その手配を仕出し屋に済ましたところだ」
「へー、あのブライアンがそこまで気を遣ってるんですか、、、」
ブライアンに気に入られていたタケシが驚いたように言う。
「おそらく、メチャクチャ金持ちだろ。そして、かなりの実力者、、、口座凍結されるほどのな、、、ヤバい金だろ、、、あのブライアンがビビるほどだぜ。」
真木の言葉に余計なことを話すなと言うようにエミリオが少し眉を顰める。
「俺たちにはお客様がどんな素性でも構わない。見合う金を払うなら、見合うサービスをするだけだ」
エミリオの言葉に頷いた真木は、二人の顔を見て言った。
「まぁ、粗相があったら大金が消えると思え、、、特に、灘木は、初めての客だ、絶対に気に入ってもらえ」
真木の目はいつになく鋭かった。
それ以上のことは言えないという空気があった。
灘木は、真木の言葉が羽村警部の手紙の内容と重なり、ブルッと緊張する。
「了解です」
タケシがそれだけ返し、灘木の背中を押すようにジムの方へと誘導した。
その灘木の後ろから、真木の声が追う。
「灘木、お前もだぞ、、、」
「はいっ!もちろんっす!」
振り返り応える。
いよいよ本番が近づいてくる。
そんな緊張と闘志が灘木内から湧いてくる。
専用ジム室に着くと無人だった。
おそらくボーイ達は、贔屓客の接客、そして、贔屓が来ない者はその補助に入っているのだろう。
「灘木、お前は上半身が映えるから、プッシュアップとチューブで胸と肩をしっかり出せ」
タケシは的確な指示を出す。
灘木は言われるがままに、胸筋を張らせるプッシュアップ、チューブを使ったチェストフライを行う。
ジワリと汗が滲んでくる。
タケシも並んでダンベルショルダープレス、サイドレイズなどでパンプを行いながら、「肩、出てきたな」と声をかけてくる。
筋肉が熱を持ち、表皮の下から血流で筋が浮かび上がったのを確認すると、二人はシャワー室へといく。
灘木は身体を心地よいシャワーの飛沫に曝しながら、さっきのタケシの横顔を思い出す。
考えてみれば、知り合ってからの時間は短い。
それなのに灘木の面倒をよく見てくれている。
灘木の体臭を時折嗅ぎながら調香を考えてくれた時の真剣な横顔、誠実で優しい人柄が漂っていた。
そして、シャワーから上がり、ドライヤーで髪を乾かしていると、扉の外からミス・アキの甲高い声が近付いてきた。
「灘木のヘアは私がやるわよ。ゴージャスじゃなく、ナチュラルにってのが癪だけど、とびっきり可愛い“ナチュラル”にしあげてみせるわっ!え?ラメはダメなの?クラウディオの指示ですって?なら仕方ないか、、、」
ゲ、、、
近づく声の気合に、灘木は身構える。
扉が開き、ミス•アキが勢いよく入ってくる。
「さ、灘木ボウヤ、アタシに任せなさいっ!クラウディオの指示で“作りすぎない自然体”ってオーダーらしいわっ。あんた、不器用そうだから、アタシがやったげる。ナチュラルって難しいからね。自然に見せて実は計算ずく!センスの勝負よっ!」
ミス•アキは、ヘアピンなどを使い、テキパキと整えていく。
仕上がったヘアは、ラフに整えたように見えつつ計算されていた。
「じゃ、ショーまで、振り付けの確認をしましょ」
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