Trisphere 〜三界紀の黎明

NAYUTA

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虚空に呻く者

アマツ中央思考統合システム《Omoikane Core System》 (通称:オモイカネ)の決定

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アマツ宇宙拠点〈リュウジン〉司令中枢。

天蓋に浮かぶ半透明の光球が、ゆっくりと形を変えながら回転している。

その中に、淡く投影された映像があった。

ユイチ・サイジョウは、中央の指令席に腰を下ろし、無言のまま指先で操作卓を撫でた。

スクリーンに浮かぶのは、〈ゲンブ〉内部――

探索準備を始めたナギ・アマサトの記録映像である。

“ツクモ”に到着した彼が淡々とスーツを脱ぎ、全裸となりエアシャワーを浴び、探索スーツを装着していく一連の動画。

センサー映像ゆえに生々しさはない。

だが、その静謐な動作一つひとつが、奇妙な温度を持っていた。

ユイチは薄く微笑みながら、そのナギの無防備な着替えの画像を見ている。

「覗き見とは、いい趣味ですね――サイジョウ閣下」

急な声にユイチが振り向く。

そこに立っていたのは彼の秘書官。

「シン・ハヅキ。上官の執務室に入る時はノックくらいする礼儀は、まだ弁えていると思っていたが」

「ノックをして、扉が開かないことほど傷つくものはありませんので」

シン・ハヅキと呼ばれた秘書官は、皮肉な笑みを浮かべて応える。

上官の言葉に物怖じしていない。

長身に黒衣を纏い、金属の装飾を最小限にした制服が、光の加減で紫にきらめく。

姿勢は控えめで、動作にも隙がない。

何を考えているのか分からぬ穏やかな表情をいつも崩さないが、近くで見ると、鼻筋の通った整った顔立ちであることがわかる。

華やかではない。

だが、その静かな美しさは、見慣れるほどに人の目を離さなくさせる。

肩や腕のラインには、制服越しにも訓練による鍛えが感じられ、それが彼の佇まいに、抑制された色気と確かな体躯の強さを滲ませていた。

ユイチは椅子を回し、シンの方へ身体を向けると、手を伸ばしシンの掌を握る。

「サイジョウ閣下、監視モニターの存在をお忘れですか?」

「フッ!この私がここで何をしようと、誰に文句を言われる筋合いがある?」

「その傲慢さ、、、そのうち、痛い目にあいますよ」

手を引っ張るユイチの力に逆らわず、シンはユイチの腰掛ける椅子の肘掛けに軽く腰を掛ける。

そのシンの太腿をユイチは愛おしそうに触る。

ユイチは、片手をシンの大腿這わせつつ、もう一方でコンソールを操作し、ナギの映像を止める。

「憐れなモルモットの観察ですか?それも、裸体の、、、全く、趣味がよろしいことで、、、」

「ハッハッハッ、、、モルモットとは聞き捨てならない。崇高な任務に向かった我がアマツの兵士の勇姿を見ていただけだよ、、、畏敬の念を持ってね、、、それで、お前の用向きは?私にかまってほしいというような可愛い理由ではないのだろう?」

シンはわずかに眉を上げる。

「いい加減、リュウからの通信に応じていただけませんか。あなたのエンクラシスの受信ポートが、彼からのメッセージのお陰でパンク仕掛けてます。そして、私の元にも、あなたと連絡を取りたいとのメッセージ、通信が次々と、、、その対応をし、あなたが未読のままの通知も処理をする私の身にもなってください。正直、お手上げです。」

ユイチは軽く笑い、指先でデータをスクロールした。

「それは、お前の業務が阻害されるからか?それとも、リュウに対する嫉妬からか?」

シンは表情を動かさず、視線だけで返す。

「私が、リュウに嫉妬するわけないでしょう。あなたと彼の間に、かつてなにがあろうと私には関係ない」

「悲しいな。そういうお前のドライなところが好きだ、、、」

「昔の男の恋人に試練を与え、窮地に追い込むあなたがウェット過ぎるのですよ」

「おやおや、手厳しい。なにも私怨で彼を“ツクモ”に送ったわけではない。あくまで、アマツ中枢AI《オモイカネ》の演算の結果、選ばれたのだ。アマツ中央思考統合システムに逆らえるわけではないだろう」

「“オモイカネ”は選んばれた百余名のうちから誰を先陣に選ぶかは決めてはないでしょうが、、、まあ、リュウが逆上するのも分かります」

「ヤツは単細胞だからな、、、」

その瞬間、室内の光が一段階暗転し、前方モニターに通信表示が現れた。

 〈ENCRASYS SECURE-LINK : INCOMING TRANSMISSION〉

通信が来た合図だ。

ユイチは眉をわずかに動かし、シンは皮肉な笑みを浮かべる。

「あいつは本当に、しつこい。」

シンが肩をすくめる。

「それが、彼の優しさでもあります。あなたがそれを嫌うのも、理解していますが。」

ユイチは片手を上げ、やれやれといった調子で通信を開いた。

モニターに光が走る。

やがて、その歪んだ光の中から一人の男の顔が浮かび上がった。

リュウ・アサクラ。

大柄で、厚みのある肩。

軍服の襟元から覗く首筋には、戦場で刻まれた細い傷が一本走っていた。

普段の彼なら、訓練された軍人らしい引き締まった表情で、どんな状況でも冷静に指揮を執る男だ。

だが今、その顔には怒気が浮かんでいた。

彼は本来、下層区画の出身だった。

アマツ軍では珍しい下層平民上がり。

彼を最初に見出し、育て、軍へと引き上げたのはユイチ・サイジョウだった。

リュウがユイチの庇護を受けているということは、アマツ軍の中では公然の秘密でもあった。

モニター越しとはいえ、リュウはその恩人を睨みつけている。

怒声が通信室に響く。

「ユイチッ!なぜナギを一人で“ツクモ”に送った?いったい、あの星になにがある?」

ユイチは微動だにしない。

シンは表情を抑え、その背後に佇む。

リュウは息を荒げ、手元の端末を叩きつけるように操作する。

開かれたのはアマツ中枢AI《オモイカネ》の中央記録庫:惑星デーデータベース“ツクモ”の項。

緑の文字が浮かぶ。

惑星名:ツクモ(TSUKUMO)

登録コード:AM-09-Ξ(アマツ前線宙域)

区分:未居住/観測保留

大気組成:窒素 71.3% 酸素 25.6% その他微量元素
地表温度:-12℃~38℃(変動あり)

水圏情報:有(熱水活動を確認)

生態系:確認されず

鉱物資源:低/戦略価値なし

アクセス権限:第4級(研究目的のみ)

警戒レベル:軽度観測領域

備考:「特筆すべき異常なし」

ユイチはモニターの文字にチラリと目を落としただけだ。

微かに頬が引き攣ったように見える。

リュウの怒気をはらんだ声が続く。

「見ろっ!“ツクモ”のデータだ。なんだ?この記載は、、、あの星ではレアメタルが見つかり大規模な掘削計画が立てられたはずだ。それが、消えている。まるごとだ。報告ログも、地表観測値も、職員名簿までもが、すべて“辺境惑星扱い”に書き換えられている!」

データベースの画面が消え、再びリュウの顔がモニターに現れる。

声が震えている。

「どういうことだ?これは、、、なにを隠している?」

「言っている意味がわからんが、、、」

ユイチが鋭く冷たい目でモニターを見据える。

モニター越しにリュウとユイチの視線がぶつかる。

「いったいあの星でなにがあったんだ?私の管轄外だが、“ツクモ”の大規模開発が開始されたのは聞いている。その後、“リュウジン”が秘密裏に特務班を組んだこともな、、、その行き先は“ツクモ”、、、違うか?」

ユイチはしばらく沈黙した後、口を開いた。

「任務を軽々しく口にする兵士が特務班にいるとは、、、特務班の教育をやり直さなければなりませんね、、、」

「はぐらかすな、ユイチッ!俺たち兵士は使い捨てのモノではないっ!上層部は何を隠している?それに、ナギが向かった先は“ツクモ”開発基地が置かれた南半球とは反対の北半球、、、未開発の地域だというのはどう説明するっ!」

ユイチは沈黙を保ったまま、わずかに指先でデスクを叩いた。

「リュウ、君は相変わらず、熱いな。そこが可愛いところでもあり、憎たらしいところでもあったよ、、、」

「ふざけるな!」

リュウの怒気が通信越しにも伝わる。

「お前達、上層部はの狙いはなんだ?“リュウジン”で何が行われている?ここ最近、アマツ軍は“紛争”と呼べぬ戦闘を繰り返している。どれもアマツ連邦から仕掛けなければ起こらなかった戦闘ばかりだ。しかも、敵兵の人命優先で、生きて捕虜として捕えろだと?その捕虜たちはどこへ送られている? 、、、全部、リュウジンだ。お前のいるその場所へ、だ!」

ユイチの口元がわずかに歪む。

 「全ては“オモイカネ”の御心のままだ。私は“オモイカネ”の演算の結果、軍の命令に従っているだけだよ、リュウ」

「従うだけ、か、、、」

リュウの声が低く、かすれた。

「変わらないな、ユイチ、、、」

短い沈黙が流れる。

「感傷は、戦場では毒と化すものだよ、リュウ、、、」

ユイチの声は静かだった。

「お前も、将校という立場なのだから、軍の命令には私心を挟まぬという基本くらいは理解してほしいね、、、」

リュウは唇を結び、モニター越しにユイチを睨みつける。

次の瞬間、その沈黙を断ち切るように叫んだ。

「ならば、アマツ連邦宇宙軍将校として言う。ナギ・アマサト技術士を帰還させろ。我、アマツ軍の大事な一員を、正体のわからぬ任務で単独で向かわせることは承服できないっ!」

ユイチはその言葉にわずかに目を細め、息を吐いた。
 「リュウ・アサクラ将校、命令権限は上層司令部にある。アマツの軍人ならば、“オモイカネ”
の演算に従い、僧将会議での決定は絶対であると知っているだろう」

「僧将会議だと?」

リュウの顔色が変わる。

「、、、そ、そんな大きな事案にナギが関わったと言うのか?」

「そうだ、、、」

「いったい何が、、、」

リュウは自問するように呟く。

僧将会議まで出てくる問題だとは思わなかった。

リュウは、ユイチが私怨からナギに過酷な任務を命じた程度にしか考えていなかった。

「了解したかね?アサクラ将校、、、もはや、一将校の私情で動くような事象ではないのだよ、、、」
 
低く、冷たい声。

そして続ける。

「そして、軍の緊急通信エンクラシスを使用して会話している以上、礼節を守ってもらいたい。あなたの言葉は上官に対するものとしては粗暴で不適切だ。たとえ、かつて、あなたが私の庇護のもとにあったとしても、、、身分をわきまえなさい、アサクラ将校、、、それができないなら、その地位を辞退し、席から降りることだ」

リュウの顔が、歪み引き攣る。

拳が机を打つ。

「要件は以上かね?アサクラ将校、、、私も、忙しい。通信はこれで終わらせてもらう」

顔を強張らせたリュウは何も言わない。

ユイチが指先を伸ばし、スイッチを押す。

画面は無音の闇へと沈んだ。

そして、ユイチは、小さく浮かんだ複数のモニターの内の一つをタップする。

荒涼とした惑星の映像が浮かび上がる。

時折りノイズが入る。

ゆっくりと画面は前に進んでいく。

「ほう、、、」

画面をユイチの背後から覗き込んだシンが感嘆したように言う。

「ナギのヘッドモニター映像ですか」

「ああ、シン、これをどう見る?」

「どう見るも何も、、、“オモイカネ”だらけで、見ていて気分が悪くなりそうです」

「被験者第一号は、見事に成果を上げてくれそうだな、、、」

「どこまでを成果というか分かりませんがね、、、“オモイカネ”を取り込むまでなのか、その後、生きて活動するまでなのか、、、」

ユイチが手をシンの背中に回し、身体を引き寄せる。

シンは抵抗しない。

モニターの光を受けながら、二人は唇を合わせた。




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