ANGEL ATTACK

西山香葉子

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「寒いっスねえ」
 一度ドアを開けた、エプロンをかけた長身の店員が、縦2割横中央の位置に『根本美容室』と書いてある厚いガラスのドアを戻しながら感想を言った。ドアの外は明るめな灰色の曇り空だが、向こう側の歩道の並木道はピンク色をしている。
「瑞絵ちゃんごめん……ん?」
『……本日最高気温7度。1月中旬の陽気です』
「やっぱりねえ。寒かったもんねえ」
「毬子さん、しっ」
 先程『瑞絵ちゃん』と呼ばれた長身の店員が唇に人差し指をあてた。
『……夜半には2度まで下がる見込みです。今日は早めに帰っておうちで一杯、というのもいいかもしれませんねえ……ねええ、今日4月1日じゃなかったっけ?』
 お洒落なノリが好評のFMラジオから、このようにお天気情報が流れた。
「ひとの仕事の邪魔するようなこと言うんじゃないよね、ムカツクね。『年度始めだから絶対和服着用』なんて言われてんのにさ」
 店員に『毬子さん』と呼ばれた女が椅子から立ちあがってふくれた。
 和服姿である。水色の訪問着。
「もう少し気ィ使って喋れってんですよね」
 瑞絵は相槌を打つ。すると、毬子がレジの方へ歩いていくので、瑞絵は慌てて、
「はい毎度有難うございまーす。今日着付けもあるんで……万3千円になります」
「はいはい」
 5千円札を一番上にして瑞絵に渡す。
「2千円お釣りっスね」
「うち帰って羽織るもの持ってった方がいいかな?」
「そうした方がいいと思いますよ。有難うございました、頑張って!」
「行って来ます」
 美容院を出た途端にビュッと寒風が来て、毬子は歩きながら自分の肩を抱いた。
 歩いて、白い壁のマンションに入る。
 入ったドアのそばには「605 七瀬」というプレート。
 5分後に出てきた彼女は道行を着ていた。

 近くにあるドラッグストア「マツモトキヨシ」。
「3千2百円になります」
 エプロンをした女の子がちょっと頬を赤くしながらこう言った。
 レジを挟んで彼女の目の前にいるのは、耳が隠れるくせっ毛ぽい髪に薄味な顔立ちで、ジーンズ履きの脚が結構短い所がご愛嬌な美青年である。
 美青年は財布からちょうどを出して、
「はい」
「ちょうどお預かり致します」
 言われると、青年はレジの横にある荷物を持った。
「ありがとうございましたー」
 女の子は頬を染めたまま挨拶をした。
 青年はそのまま歩いていく。

 毬子は、道行を羽織ってマンションを出ると、スタスタ歩いていく。
 200メートルほど歩いて角を左折し、しばらく経つと、人が1人毬子に向って歩いてくるのが見える。服装はどこか汚い。年の頃は50代後半から60歳とみた。
 距離がだいぶ縮まったかな、という頃。
 その人物がいきなり倒れた。
 左膝が曲がり、崩れるように。
 うわわわわ!!!
 どーしよどーしよどーしよう!!!!!
 こりゃ大変だ。
 折りしも右には電話ボックス。
 病人の顔を見るより先に救急車を呼ぶことにした。
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