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番外編1 ●●が怖い執事長の話
救い(1)
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その後も、戦局が厳しさを増すにつれ、同じことを求める兵士が現れた。
一人でも、もっと下世話に求めてくるものがいれば抵抗しようと思うのに、全員「愛している」と口にしながら、涙を流して求めて来た。
そして全員、帰ってこなかった。
もう一〇人を超えた。
明日も隊が派遣される。
今夜も誰か来るかもしれない。
一方的な愛を受け入れるのも、体に負担がかかる行為をするのも、自分に好意を向けてくる者の死を受け入れるのも、もう嫌だ。
嫌……なのに……。
「ローズウェル……お願いだ。一度だけ、一度だけでいい! 戦地に行く前に、愛しいお前に……!」
今夜の男も拒めない。
この兵士は確か、一度だけ食事に誘われて断ったことがある。
もう五年は経つのに、まだ私に執着していたのか。
「この、かわいい唇に……触れたかった。あぁ、夢のようだ。こんな……こんな……かわいいローズウェルに触れられるなんて、幸せだ……」
男の腰が止まって、本当に幸せそうに、心からの笑顔を浮かべた瞬間……部屋の入り口から声が聞こえた。
「お前が幸せでも、愛しい相手が不幸そうだな。それでいいのか?」
「……!?」
「い、一番様!?」
楽な寝間着姿の一番様が、怒るわけでもなく、咎めるわけでもなく、首を傾げて不思議そうに私たちを見ていた。
「俺だったら、好きな子には死ぬ前に笑顔になってもらって、自分の死後の幸せを確信しながら死にに行くけど……考え方が違うんだなぁ?」
私に覆いかぶさっていた男が、私から、更にベッドから転がり落ちるようにして床にひれ伏した。
「あ……う、うぅ……も、申し訳ございません!」
男が声を上げると、一番様は……なぜか慈悲深い笑顔になった。
「お前の考え方を尊重してやりたいけど、強姦は死刑か無期罪か……。明日、戦地で名誉の戦死を遂げるか、罪人になるか、好きな方を選ばせてやる」
慈悲深いと思った笑顔はさらに深まり、有無を言わせない凄味が増した。
「……あ、せ、戦地に……」
「あぁ。ありがとう。国のために戦ってくれることに感謝する。俺たちが不甲斐ないせいで、すまないな」
「……そんな……勿体ないお言葉……」
「ほら、もういいから早く戻れ」
「……はい」
男は乱れた衣服を掴みながら走っていった。
「……」
足音が完全に聞こえなくなるまで、一番様はじっと私を見ながら考え込んでいて……ここでやっと、自分の状況に頭が追い付いてきた。
「っ……!」
衣服は乱れ、下半身は……男が放ったもので汚れている。
こんな姿を見られてしまうなんて。
いや、それ以前に、こんな……男の慰み者になっている姿を見られるなんて。
羞恥なのか、情けないのか、悲しいのか、もうよく解らないが居た堪れなくて必死にシーツを引き寄せた。
「……あぁ、声が出ないのか」
一番様がこちらに歩いてくると、指が喉に近づき、声を消す魔法を解除してくれる。
「あ……あ、ありがとうございます……」
「遅くなってすまない。あと……もう少し羞恥に耐えてくれるか?」
「え?」
一番様が、私の体をシーツで包みながら横抱きにして持ち上げる。
「首に手を回して。隠したいとは思うが、顔は下げずに……そう、俺の顔を見ていてくれ」
「一番様……?」
訳が解らない。
だが、一番様の言う通りに、首に手を回し、至近距離にある精悍な顔を見つめた。
「良い子だな。しばらく……何があってもそうしていろよ?」
「はい……」
先ほどからの混乱がおさまらないまま言われた通りにしていると、一番様がゆっくり歩き始め、寮の廊下を進む。
深夜なので誰もいないと思ったが、ちょうど深夜の見回りから帰って来たらしい先輩執事が歩いていた。
「……あ」
一番様の顔ばかり見ているので反応は解らないが……
「少し借りる。あと、明日のローズウェルの業務、午前は休みにしてやってくれるか?」
「はい……承知いたしました」
先輩の驚いた声が聞こえて、また一番様が歩き出した。
寮から一番様の部屋までは、裏口から城に入り、少し廊下を進んで階段を上がるだけで着く。
五分もあれば着くはずだ。
しかし、一番様は私を抱えたまま、あえて裏口ではなく、建物を大きく迂回して、中庭に面した渡り廊下に出る。
「……一番様?」
「こんな夜中に?」
長い渡り廊下を歩く姿は、中庭からよく見える。
今、中庭には兵士の待機所があり……おそらく、この時間でも見張りなどで起きている兵士の視線が全てこちらに向いている。
「誰か抱えて……執事か?」
「銀髪……執事の、ローズウェルか」
私だとバレた。
顔を隠していないのだから、当たり前か。
中庭の方がザワついているのが解る。
居た堪れない。
だが……
「ローズウェル。良い子だな。もう少しだ」
なぜか一番様は得意げに笑って、ゆっくりと渡り廊下を進み、通常の三倍近く時間をかけて自室へと向かった。
一人でも、もっと下世話に求めてくるものがいれば抵抗しようと思うのに、全員「愛している」と口にしながら、涙を流して求めて来た。
そして全員、帰ってこなかった。
もう一〇人を超えた。
明日も隊が派遣される。
今夜も誰か来るかもしれない。
一方的な愛を受け入れるのも、体に負担がかかる行為をするのも、自分に好意を向けてくる者の死を受け入れるのも、もう嫌だ。
嫌……なのに……。
「ローズウェル……お願いだ。一度だけ、一度だけでいい! 戦地に行く前に、愛しいお前に……!」
今夜の男も拒めない。
この兵士は確か、一度だけ食事に誘われて断ったことがある。
もう五年は経つのに、まだ私に執着していたのか。
「この、かわいい唇に……触れたかった。あぁ、夢のようだ。こんな……こんな……かわいいローズウェルに触れられるなんて、幸せだ……」
男の腰が止まって、本当に幸せそうに、心からの笑顔を浮かべた瞬間……部屋の入り口から声が聞こえた。
「お前が幸せでも、愛しい相手が不幸そうだな。それでいいのか?」
「……!?」
「い、一番様!?」
楽な寝間着姿の一番様が、怒るわけでもなく、咎めるわけでもなく、首を傾げて不思議そうに私たちを見ていた。
「俺だったら、好きな子には死ぬ前に笑顔になってもらって、自分の死後の幸せを確信しながら死にに行くけど……考え方が違うんだなぁ?」
私に覆いかぶさっていた男が、私から、更にベッドから転がり落ちるようにして床にひれ伏した。
「あ……う、うぅ……も、申し訳ございません!」
男が声を上げると、一番様は……なぜか慈悲深い笑顔になった。
「お前の考え方を尊重してやりたいけど、強姦は死刑か無期罪か……。明日、戦地で名誉の戦死を遂げるか、罪人になるか、好きな方を選ばせてやる」
慈悲深いと思った笑顔はさらに深まり、有無を言わせない凄味が増した。
「……あ、せ、戦地に……」
「あぁ。ありがとう。国のために戦ってくれることに感謝する。俺たちが不甲斐ないせいで、すまないな」
「……そんな……勿体ないお言葉……」
「ほら、もういいから早く戻れ」
「……はい」
男は乱れた衣服を掴みながら走っていった。
「……」
足音が完全に聞こえなくなるまで、一番様はじっと私を見ながら考え込んでいて……ここでやっと、自分の状況に頭が追い付いてきた。
「っ……!」
衣服は乱れ、下半身は……男が放ったもので汚れている。
こんな姿を見られてしまうなんて。
いや、それ以前に、こんな……男の慰み者になっている姿を見られるなんて。
羞恥なのか、情けないのか、悲しいのか、もうよく解らないが居た堪れなくて必死にシーツを引き寄せた。
「……あぁ、声が出ないのか」
一番様がこちらに歩いてくると、指が喉に近づき、声を消す魔法を解除してくれる。
「あ……あ、ありがとうございます……」
「遅くなってすまない。あと……もう少し羞恥に耐えてくれるか?」
「え?」
一番様が、私の体をシーツで包みながら横抱きにして持ち上げる。
「首に手を回して。隠したいとは思うが、顔は下げずに……そう、俺の顔を見ていてくれ」
「一番様……?」
訳が解らない。
だが、一番様の言う通りに、首に手を回し、至近距離にある精悍な顔を見つめた。
「良い子だな。しばらく……何があってもそうしていろよ?」
「はい……」
先ほどからの混乱がおさまらないまま言われた通りにしていると、一番様がゆっくり歩き始め、寮の廊下を進む。
深夜なので誰もいないと思ったが、ちょうど深夜の見回りから帰って来たらしい先輩執事が歩いていた。
「……あ」
一番様の顔ばかり見ているので反応は解らないが……
「少し借りる。あと、明日のローズウェルの業務、午前は休みにしてやってくれるか?」
「はい……承知いたしました」
先輩の驚いた声が聞こえて、また一番様が歩き出した。
寮から一番様の部屋までは、裏口から城に入り、少し廊下を進んで階段を上がるだけで着く。
五分もあれば着くはずだ。
しかし、一番様は私を抱えたまま、あえて裏口ではなく、建物を大きく迂回して、中庭に面した渡り廊下に出る。
「……一番様?」
「こんな夜中に?」
長い渡り廊下を歩く姿は、中庭からよく見える。
今、中庭には兵士の待機所があり……おそらく、この時間でも見張りなどで起きている兵士の視線が全てこちらに向いている。
「誰か抱えて……執事か?」
「銀髪……執事の、ローズウェルか」
私だとバレた。
顔を隠していないのだから、当たり前か。
中庭の方がザワついているのが解る。
居た堪れない。
だが……
「ローズウェル。良い子だな。もう少しだ」
なぜか一番様は得意げに笑って、ゆっくりと渡り廊下を進み、通常の三倍近く時間をかけて自室へと向かった。
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