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第10章 その後の世界 / パーティーとやりたいことの話
羨ましい(2)
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「元の世界……」
イユリちゃんが少し悔しそうに唇を噛む。
「やはり……何度聞いても羨ましいです。人間が上位種族の世界なんて。僕も、そちらの世界に生まれていれば……」
イユリちゃんの悔しそうな視線は俺……ではなくて、俺の後ろの壁際。チェストの上に飾られている弟たちの写真へ向いている気がした。
「あのような『写真』や、自分で描くことで……どんどん記憶から消えてしまう両親の顔を残せるのに。そもそも、ライト様のいらした世界ならきっと……こんな世界より……!」
「イユリちゃん……」
俺の秘書になってもらうときに少しだけ生い立ちを聞いたけど、イユリちゃんのご両親は人間の村の施設が老朽化していたために起きた事故で亡くなったらしい。
イユリちゃんのいた東の国は、城下町は国際商工ギルドがあるおかげでにぎやかだけど、他の街は栄えていなくて、人間の住む村への予算も少なくて……事故が起きても助けが来ない、医療も整っていない、そんな状況で人間の地位が低いことを悔しく思ったと教えてくれた。
頼るのも、かわいがられるのも嫌。自立して、魔族より上に立ちたい……という思いも教えてくれた。
その志は立派だし、悲しみには寄り添ってあげたいけど、あんまり僻みっぽくはなってもらいたくない。
それで苦しいのは、イユリちゃんだから。
「……俺は、両親の顔なんて思い出したくもないけどね」
「え?」
「イユリちゃんは、素敵なご両親に愛されて育ったんだね? だから、その分悔しいんだね。俺は両親のこと大嫌いだから……」
イユリちゃんに俺の生い立ちは話していないけど、弟の写真しか飾っていないことで察してくれたのか、あわてて「写真」から俺の顔に視線を戻したイユリちゃんが頭を下げる。
頭がよくて察しのいい子だ。だからこそ……もっとポジティブに、自分の幸せのために頭を使ってほしい。
「あ! も、申し訳ございません!」
「俺のほうこそごめん。意地悪なこと言った。でも……どんなに素敵な場所でも、素敵なことばかりじゃないんだよ。ほら、俺が元の世界に帰れるのにずっとここにいることを選んだ時点で……ね? 俺、この世界にいる今が最高に幸せなんだよ? わかってくれる?」
「はい! 本当に申し訳ございません! あまりにも浅慮でした! 自分やこの世界の人間みんなが不幸のような言い方で……自分が卑屈になっているだけなのに、僕は、ハレアザート様に拾っていただけて、ライト様に仕えられて……人間の雇い主のもとでこんなに良い環境で働かせていただいているのに。恵まれているのに!」
「そうそう。『嫌だな~』よりも『ここが好きだな~』『もっとこうしたいな~』のほうが自分のご機嫌が取れていいよ」
「はい! 肝に銘じます!」
「俺は、自分のそばにいる子がいつもご機嫌でにこにこしてくれている方が幸せ。だから……」
ソファから立ち上がって、ほとんど同じ高さになった視線をイユリちゃんにまっすぐ向ける。
「パーティーの準備でイユリちゃんをこき使っちゃったお詫びに、この仕事が落ち着いたら、イユリちゃんのご両親の似顔絵を描いてみるよ」
「え……?」
「実際に見て描くわけじゃないから、上手くできるかわからないけど。イユリちゃんに話を聞いて、少しずつ調整していけば、時間がかかるかもしれないけど……描けるかなって」
そういう描き方はあまりしていないけど、小さい子の遊びに付き合って言われるがままに描いたこともあるから多少は近いものが作れるはず。
「そ、そんな……そんな、手間なこと……ライト様にしていただくわけには!」
「だから、俺は自分のそばにいる子がいつもご機嫌でにこにこしてくれていると幸せ……なんだけど?」
イユリちゃんはここまで言っても笑顔になってくれない。
笑顔になってくれないけど……
「あ……あ、あぁ……ありがとうございます! う、うれしいぃ、で、すっ!」
「頑張ってみるけど、上手にできなかったらごめんね?」
「その、お心が……もう……うれし、うぅ……」
「も~。泣かないでよ? にこにこしてって言ったよ~?」
イユリちゃんはハンカチを取り出して自分の目元を覆う。
……あ、汚さないように自分の似顔絵をテーブルに置くあたり、こんな状況でも冷静でえらい。
頭撫でておこう。
「すみません……自分から大口叩いて秘書として雇っていただいているのに、ライト様のように、上手くできなくて……こんな、子どもで……」
「育てがいがあって楽しいよ。俺もいっぱい助けてもらっているし、学ばせてもらっている。それに、この世界で、イユリちゃんみたいな気持ちが持てる子は貴重だと思う。卑屈にはなって欲しくないけど、イユリちゃんの気づきは大事にしてほしい。これからも一緒に楽しく頑張ろう」
「……っ、は、はい! まずは、パーティーの準備も、当日も、精一杯頑張ります!」
イユリちゃんの、まだ赤い目がまっすぐ俺に向く。
うんうん。いい顔。
本当に、イユリちゃんに来てもらえたことは、俺にとっても幸運だと思う。
今日はそれが再確認出来て、よかったな。
「うん。よろしくね……さて、お昼食べようかな」
「あ」
俺の位置からは常にご飯が見えていたんだけどね。
イユリちゃんが思い切り「忘れてた!」って顔をするのがかわいくて笑ってしまった。
イユリちゃんが少し悔しそうに唇を噛む。
「やはり……何度聞いても羨ましいです。人間が上位種族の世界なんて。僕も、そちらの世界に生まれていれば……」
イユリちゃんの悔しそうな視線は俺……ではなくて、俺の後ろの壁際。チェストの上に飾られている弟たちの写真へ向いている気がした。
「あのような『写真』や、自分で描くことで……どんどん記憶から消えてしまう両親の顔を残せるのに。そもそも、ライト様のいらした世界ならきっと……こんな世界より……!」
「イユリちゃん……」
俺の秘書になってもらうときに少しだけ生い立ちを聞いたけど、イユリちゃんのご両親は人間の村の施設が老朽化していたために起きた事故で亡くなったらしい。
イユリちゃんのいた東の国は、城下町は国際商工ギルドがあるおかげでにぎやかだけど、他の街は栄えていなくて、人間の住む村への予算も少なくて……事故が起きても助けが来ない、医療も整っていない、そんな状況で人間の地位が低いことを悔しく思ったと教えてくれた。
頼るのも、かわいがられるのも嫌。自立して、魔族より上に立ちたい……という思いも教えてくれた。
その志は立派だし、悲しみには寄り添ってあげたいけど、あんまり僻みっぽくはなってもらいたくない。
それで苦しいのは、イユリちゃんだから。
「……俺は、両親の顔なんて思い出したくもないけどね」
「え?」
「イユリちゃんは、素敵なご両親に愛されて育ったんだね? だから、その分悔しいんだね。俺は両親のこと大嫌いだから……」
イユリちゃんに俺の生い立ちは話していないけど、弟の写真しか飾っていないことで察してくれたのか、あわてて「写真」から俺の顔に視線を戻したイユリちゃんが頭を下げる。
頭がよくて察しのいい子だ。だからこそ……もっとポジティブに、自分の幸せのために頭を使ってほしい。
「あ! も、申し訳ございません!」
「俺のほうこそごめん。意地悪なこと言った。でも……どんなに素敵な場所でも、素敵なことばかりじゃないんだよ。ほら、俺が元の世界に帰れるのにずっとここにいることを選んだ時点で……ね? 俺、この世界にいる今が最高に幸せなんだよ? わかってくれる?」
「はい! 本当に申し訳ございません! あまりにも浅慮でした! 自分やこの世界の人間みんなが不幸のような言い方で……自分が卑屈になっているだけなのに、僕は、ハレアザート様に拾っていただけて、ライト様に仕えられて……人間の雇い主のもとでこんなに良い環境で働かせていただいているのに。恵まれているのに!」
「そうそう。『嫌だな~』よりも『ここが好きだな~』『もっとこうしたいな~』のほうが自分のご機嫌が取れていいよ」
「はい! 肝に銘じます!」
「俺は、自分のそばにいる子がいつもご機嫌でにこにこしてくれている方が幸せ。だから……」
ソファから立ち上がって、ほとんど同じ高さになった視線をイユリちゃんにまっすぐ向ける。
「パーティーの準備でイユリちゃんをこき使っちゃったお詫びに、この仕事が落ち着いたら、イユリちゃんのご両親の似顔絵を描いてみるよ」
「え……?」
「実際に見て描くわけじゃないから、上手くできるかわからないけど。イユリちゃんに話を聞いて、少しずつ調整していけば、時間がかかるかもしれないけど……描けるかなって」
そういう描き方はあまりしていないけど、小さい子の遊びに付き合って言われるがままに描いたこともあるから多少は近いものが作れるはず。
「そ、そんな……そんな、手間なこと……ライト様にしていただくわけには!」
「だから、俺は自分のそばにいる子がいつもご機嫌でにこにこしてくれていると幸せ……なんだけど?」
イユリちゃんはここまで言っても笑顔になってくれない。
笑顔になってくれないけど……
「あ……あ、あぁ……ありがとうございます! う、うれしいぃ、で、すっ!」
「頑張ってみるけど、上手にできなかったらごめんね?」
「その、お心が……もう……うれし、うぅ……」
「も~。泣かないでよ? にこにこしてって言ったよ~?」
イユリちゃんはハンカチを取り出して自分の目元を覆う。
……あ、汚さないように自分の似顔絵をテーブルに置くあたり、こんな状況でも冷静でえらい。
頭撫でておこう。
「すみません……自分から大口叩いて秘書として雇っていただいているのに、ライト様のように、上手くできなくて……こんな、子どもで……」
「育てがいがあって楽しいよ。俺もいっぱい助けてもらっているし、学ばせてもらっている。それに、この世界で、イユリちゃんみたいな気持ちが持てる子は貴重だと思う。卑屈にはなって欲しくないけど、イユリちゃんの気づきは大事にしてほしい。これからも一緒に楽しく頑張ろう」
「……っ、は、はい! まずは、パーティーの準備も、当日も、精一杯頑張ります!」
イユリちゃんの、まだ赤い目がまっすぐ俺に向く。
うんうん。いい顔。
本当に、イユリちゃんに来てもらえたことは、俺にとっても幸運だと思う。
今日はそれが再確認出来て、よかったな。
「うん。よろしくね……さて、お昼食べようかな」
「あ」
俺の位置からは常にご飯が見えていたんだけどね。
イユリちゃんが思い切り「忘れてた!」って顔をするのがかわいくて笑ってしまった。
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