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第17話 告白

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「えっと、色々ツッコミどころがあるけど……電話とメールでやりとりしていたから、俺の顔、知らないですよね?」
「それは……桜田さんの会社って常に求人広告が出ているので。そこで、見ました」
「あぁ……」

 常に人が辞めるから常に色々な求人サイトで募集しているアレか。
 俺が無理やり笑顔を浮かべて「大手に比べて自分の采配で様々な仕事に取り組めます。営業はやりがいある仕事です! 入社七年目で営業部マネージャーに昇進した桜田清彦さん(29歳)」なんて紹介されているんだった。
 
「でも、顔が解っても電車って……?」
「それは……最初は会社の前で待っていたんですが、桜田さん、帰りの時間はバラバラだし、チラっと見ることしかできないから」

 は?

「朝の電車なら、毎日同じ時間だし、乗車中の一五分、ずっと一緒にいられるなと思って……朝、会社の前や駅で待ち伏せして、乗る電車や乗車位置を調べて……」

 え、ちょっと。
 それは。
 痴漢と言うより、もう、ストーカー……?

「あ! ずっとじゃないですよ? イラストレーターとして成功したと胸を張って言えるようになってから会いに行こうと思っていたので……半年くらい前からです!」
「……」

 半年……いや、それ、長いって。
 俺が浅野さんに支えてもらうようになったのがせいぜい二ヶ月前からだから……四ヶ月くらいは黙って側にいたってことだよな? 
 え……。

「すみません。こんなの気持ち悪いですよね? でも……」

 あぁ、気持ち悪い。
 彼がもし絶世の美女だったとしても、その行動は流石に気持ち悪い。
 ……と、頭の冷静な部分では思っているのに。
 なんだろうな……不思議と……意外と、嫌ではないんだよな。

「でも、実際の桜田さんをみたら、やっぱり嫌われていないか怖くて勇気が出なかったのと……その、ドキドキしてしまって、声が掛けられなくて……」
「ドキドキ?」

 俺を抱きしめていた腕が緩み、両肩を少し強く掴まれた。
 
「あ、あの……」

 言葉を濁した浅野さんは顔が真っ赤で、一度唇をかみ、ぎゅっと目を閉じる。

「俺、実はゲイで……その、助けてもらったあの日から、ずっと……」

 閉じていた大きな目が開いた。
 その目は、真っすぐ俺を見ている。

「桜田さんのことが好きなんです!」
「え……?」
「ずっとずっと桜田さんのことを考えて仕事をしていました。片時も忘れたことはありません!」

 なんか、それは……いろんな感情が混ざっているんじゃないか?
 感謝とか、恩人とかそういう……?

「しかも、実際にお顔を見てしまうと、桜田さんはとても守ってあげたくなるような方で……」

 ……俺がやせ型で疲れてふらふらしているからだろう?
 心配の意味でドキドキしたんじゃ……?

「毎日見守りたくて仕方なくて、毎朝、桜田さんを見るためだけにあの電車に乗っていました」

 ……話を聞いてもやっぱりツッコミどころはあるけど、一応納得はしたというか、疑問は解消した。
 浅野さんがどこで仕事をしているのかは解らないけど、家がここで電車の進行方向を考えると、毎朝必ず無駄な乗車をしていたことになる。
 すごいな……俺なんかのために。

「今日は少し顔色が良いな、良かったなとか。今日は荷物が重そうで持ってあげたいけど、急にそんなこと言われても困るかなとか。板チョコが入ったコンビニの袋を下げていることがあるから、チョコレートがお好きなのかなとか」
「……」

 見られていて気持ち悪いという気持ちもあるけど、ずっと心配してくれていたんだと思うと、悪い気はしない……か?

「あと、その、ちょっとだけ……どうしても我慢できなくて、偶然を装って、手とか……触れて……あの、すみません!」

 おい。やっぱり痴漢!
 ……でも、黙っていればバレないのに、言っちゃうんだな。
 素直な人だ。

「それで満足だという気持ちと、いつもしんどそうな桜田さんの力になれないかなという気持ちで葛藤していたんですが、二ヶ月ほど前のあの日……目の前の桜田さんが倒れそうになった瞬間、体が勝手に動いていました」
「あぁ……」

 最初に支えてもらった日だな。

「……俺、あの時少し浮かれていました。やっと助けられたって。あと、俺の腕の中で桜田さんが安心しきってくれているのが嬉しくて」

 ずっと不思議だったんだ。
 なんで彼の腕の中は居心地がいいのか。落ち着くのか。
 結局は、こんなにもストレートな無償の愛みたいな感情をぶつけられていたから気持ちよかったのかもしれない。
 俺に対して、愛情をもって接してくれていたからなのかもしれない。

 でも、愛があるからって犯罪スレスレだからな? 思ったより激重でヤバくて……痴漢兼ストーカーなんだから。

「役に立てたのは嬉しかったし、桜田さんに堂々と触れられるだけで満足だったんですけど……何度も言いますが、嫌われていないか不安だったし。ずっと名乗り出ないでおこうと思っていたんですが……でも、今朝は見過ごせませんでした」
「っ……!」

 俺の前で真剣ではあるけど頬を赤らめて照れたり笑ったりしていた顔が、ふっと口を引き結び、俺と視線を合わせる。

「何があったか解りませんが、今までずっと、桜田さんは疲れていても仕事のことを考えているような顔で、真剣というか、真面目というか……頑張れって応援したくなる顔だったんです。でも今日は……ずっと怯えた様子で、応援したい桜田さんじゃありませんでした!」
「……あぁ」

 そうだろうな。
 自覚はある。
 でも、毎日疲れ切った顔で、目元も半分前髪で隠れているようなものなのに……気づいてくれたのか。

「桜田さんには、自分をもっと大事にして欲しいです。でも、自分より周りの人を優先してしまう桜田さんに助けてもらった俺には、それを言う資格がありません。桜田さんがこんなになるまで頑張っていることを否定できません」

 俺の肩を掴む手が震えている。
 俺なんかのために、こんなに真剣に向き合ってくれて……。

「だからせめて、桜田さんを少しでも癒せたらと思ったんですが……やっぱり、桜田さんの体が心配です。俺が桜田さんのお陰で気づけたように、桜田さんにも余裕を持って仕事をして欲しいです」

 浅野さんは先ほどまでの優しい笑顔からは想像できないほど、ずっと真剣で、噛みつくような勢いで言葉を紡いでいく。

「失礼を承知で言います!」

 顔が少し近づいた。
 あぁ、なんか……食われそう。

「桜田さん、俺の側にいてください!」
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