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第20話 報告(2)
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課長に話した後、大川先輩と後輩二人を会議室に呼んで引継ぎなどの話をした。
みんな「辞めてほしくないけど仕方がない」というような反応で、申し訳ないけど受け入れてくれた三人には感謝しかなかった。
「桜田、昼飯行こう」
「……はい!」
昼休み、大川先輩に食事に誘われた。
食事をとる時間も惜しんで仕事をしている俺たちは、一緒に昼食に出るなんて……いつ振りだ? 三年ぶりくらいかもしれない。
「ここでいいか?」
うちの会社が入っているビルの隣のビルの地下にある、先輩オススメの落ち着いた蕎麦屋で「なんでも好きな物頼めよ。餞別だから」なんて言ってもらって、やっとこれが送別会の代わりなんだと気が付いた。
「桜田だけは俺より先に辞めないと思ったんだけどなぁ。ほら、去年ヤバイ案件三つ同時に抱えて死にそうになってもやり切っていただろ?」
愚痴っぽく言いながらも先輩は笑顔で、蕎麦も美味かった。
「あのコンペに勝てたのも、あの仕事ができたのも、お前のお陰だよなぁ」
「それは、先輩も根気よく俺に指導してくれて……」
笑いながら思い出話をひとしきり話した後、蕎麦湯を一口飲んだ先輩が、少しだけ真剣な顔になった。
「なぁ、次って決まってないよな?」
「それが……声をかけてもらっていて」
一瞬迷ったけど正直に言うと、大川先輩は大げさに頭を抱えた。
「うわ、遅かったか! そうだよな。お前みたいなできる奴、引く手あまただよな」
「そんなことは……たまたまです。でも、遅かったって?」
もしかして、先輩も転職を考えているのか?
俺が首をかしげていると、先輩は少しだけ周囲を伺って、声を潜める。
「……俺、独立しようと思っているんだ」
「え?」
「今、俺が抱えているクライアントと、派遣さんに持ってもらっている中の数社、あと、課長が夏に辞めるらしいから引き継ぐ分……これだけの仕事量があれば、変に社長の思い付きで新規事業に手を伸ばしたり、見栄を張ったテナントに入ったりしなければ、社員五~六人でめちゃくちゃ利益が出る計算なんだよ」
「そう……ですね」
俺だって営業だ。だいたいの数字の感覚は解る。
「だから、クライアント引っ張って辞められるように三年かけて根回ししていて、夏に課長が辞めるのを切っ掛けに……な?」
「おぉ……!」
「制作部からは二人引っ張る予定で外注デザイナーも使う。この前正式に退社した山口さんにも連絡しているんだ。営業とディレクターで仕事を分けようと思っていて……あと一~二人営業がいればと思っていたんだけど……」
ここまで声を潜めていた大川さんが眉を寄せたまま笑顔になった。
「桜田はダメか~。残念! 若い奴らに声かけてみるか」
「すみません。でも……先輩ならいい会社になると思います」
クライアントを引っ張って辞めるなんて不義理だとは思う。
でも、社長はクライアントを大事にしないし、営業が辞めて変わるたびに引継ぎ引継ぎでクライアントにも二度手間が発生している。
先輩はちょっと大雑把なところはあるけど、そこが気取らなくて仕事もサクサク回せる人だ。
コミュニケーションをとるのが上手いし、社長と違ってクライアントを大事にするし情に厚い。
クライアントにとっても良いと思う。
「ありがとう。小学生の頃から『社長になるのが夢!』って言ってきたんだ。やっと夢がかなうよ。もし桜田が路頭に迷うようなことがあったら連絡して来いよ。お前ならいつでも大歓迎だからな!」
「はい……!」
先輩の申し出が素直に嬉しくて思わず表情を緩めると、先輩が「あ」と小さく声を上げた。
「そうそう。実は吉野にもメールで声をかけたんだけど……今朝、返事があってさ。あいつはWEB系の専門学校を考えているんだって」
「吉野が……?」
「会社でWEB系の広告を扱っているうちに興味が湧いたらしい。……体調が万全じゃないから、当分会社勤めが辛いっていうのもあるみたいだし、通えるとしても来年の春からになりそうとは書いてあったけど……」
学校か……。
体調は心配だけど、吉野にも新しい道が見えているなら少しだけ安心した。
「……吉野はコツコツ作業をするのが得意だから、向いていそうですね」
「だよな! 作る方の作業が向いてるよな、吉野。数年後には俺から吉野に発注することもあるかもな」
「そうですね。落ち着いたころに、何かまた一緒にできることがあれば……吉野を応援できればと思います」
俺一人が逃げ出す罪悪感が少し軽くなった。
みんな、口に出さないだけでちゃんと考えているし、会社だけが人生じゃないんだよな……。
俺は特に夢とか無いし、やりたいことも無いけど……。
今まで仕事を頑張ったことは無駄じゃないし、これからも、新しい仕事をしっかり頑張ろうと思えた。
みんな「辞めてほしくないけど仕方がない」というような反応で、申し訳ないけど受け入れてくれた三人には感謝しかなかった。
「桜田、昼飯行こう」
「……はい!」
昼休み、大川先輩に食事に誘われた。
食事をとる時間も惜しんで仕事をしている俺たちは、一緒に昼食に出るなんて……いつ振りだ? 三年ぶりくらいかもしれない。
「ここでいいか?」
うちの会社が入っているビルの隣のビルの地下にある、先輩オススメの落ち着いた蕎麦屋で「なんでも好きな物頼めよ。餞別だから」なんて言ってもらって、やっとこれが送別会の代わりなんだと気が付いた。
「桜田だけは俺より先に辞めないと思ったんだけどなぁ。ほら、去年ヤバイ案件三つ同時に抱えて死にそうになってもやり切っていただろ?」
愚痴っぽく言いながらも先輩は笑顔で、蕎麦も美味かった。
「あのコンペに勝てたのも、あの仕事ができたのも、お前のお陰だよなぁ」
「それは、先輩も根気よく俺に指導してくれて……」
笑いながら思い出話をひとしきり話した後、蕎麦湯を一口飲んだ先輩が、少しだけ真剣な顔になった。
「なぁ、次って決まってないよな?」
「それが……声をかけてもらっていて」
一瞬迷ったけど正直に言うと、大川先輩は大げさに頭を抱えた。
「うわ、遅かったか! そうだよな。お前みたいなできる奴、引く手あまただよな」
「そんなことは……たまたまです。でも、遅かったって?」
もしかして、先輩も転職を考えているのか?
俺が首をかしげていると、先輩は少しだけ周囲を伺って、声を潜める。
「……俺、独立しようと思っているんだ」
「え?」
「今、俺が抱えているクライアントと、派遣さんに持ってもらっている中の数社、あと、課長が夏に辞めるらしいから引き継ぐ分……これだけの仕事量があれば、変に社長の思い付きで新規事業に手を伸ばしたり、見栄を張ったテナントに入ったりしなければ、社員五~六人でめちゃくちゃ利益が出る計算なんだよ」
「そう……ですね」
俺だって営業だ。だいたいの数字の感覚は解る。
「だから、クライアント引っ張って辞められるように三年かけて根回ししていて、夏に課長が辞めるのを切っ掛けに……な?」
「おぉ……!」
「制作部からは二人引っ張る予定で外注デザイナーも使う。この前正式に退社した山口さんにも連絡しているんだ。営業とディレクターで仕事を分けようと思っていて……あと一~二人営業がいればと思っていたんだけど……」
ここまで声を潜めていた大川さんが眉を寄せたまま笑顔になった。
「桜田はダメか~。残念! 若い奴らに声かけてみるか」
「すみません。でも……先輩ならいい会社になると思います」
クライアントを引っ張って辞めるなんて不義理だとは思う。
でも、社長はクライアントを大事にしないし、営業が辞めて変わるたびに引継ぎ引継ぎでクライアントにも二度手間が発生している。
先輩はちょっと大雑把なところはあるけど、そこが気取らなくて仕事もサクサク回せる人だ。
コミュニケーションをとるのが上手いし、社長と違ってクライアントを大事にするし情に厚い。
クライアントにとっても良いと思う。
「ありがとう。小学生の頃から『社長になるのが夢!』って言ってきたんだ。やっと夢がかなうよ。もし桜田が路頭に迷うようなことがあったら連絡して来いよ。お前ならいつでも大歓迎だからな!」
「はい……!」
先輩の申し出が素直に嬉しくて思わず表情を緩めると、先輩が「あ」と小さく声を上げた。
「そうそう。実は吉野にもメールで声をかけたんだけど……今朝、返事があってさ。あいつはWEB系の専門学校を考えているんだって」
「吉野が……?」
「会社でWEB系の広告を扱っているうちに興味が湧いたらしい。……体調が万全じゃないから、当分会社勤めが辛いっていうのもあるみたいだし、通えるとしても来年の春からになりそうとは書いてあったけど……」
学校か……。
体調は心配だけど、吉野にも新しい道が見えているなら少しだけ安心した。
「……吉野はコツコツ作業をするのが得意だから、向いていそうですね」
「だよな! 作る方の作業が向いてるよな、吉野。数年後には俺から吉野に発注することもあるかもな」
「そうですね。落ち着いたころに、何かまた一緒にできることがあれば……吉野を応援できればと思います」
俺一人が逃げ出す罪悪感が少し軽くなった。
みんな、口に出さないだけでちゃんと考えているし、会社だけが人生じゃないんだよな……。
俺は特に夢とか無いし、やりたいことも無いけど……。
今まで仕事を頑張ったことは無駄じゃないし、これからも、新しい仕事をしっかり頑張ろうと思えた。
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