六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか

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背中ばっかり見てる

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 へらへらとはき出された言葉に、俺は眉を顰めた。肩にしょったラケットバッグが、急にずんと重く感じる。
 
「えっ。また部活でえへんの?」
 
 自分でも、困惑してるんがはっきりわかる声やった。わたるが、所属するテニス部の練習を休むのは、今月だけでも六回目やねんもん。
 けど、渉は付き合いが長いからか何も気にせんと、ぱっぱと鞄に教科書を詰め込んどる。黒髪を短く刈った頭は下を向いたままで、こっちを見もしない。
 
「しゃあないやん。沙也さやから、具合悪くなったて連絡来たんやから。あいつ一人暮らしやし、見舞い行ったらな可哀想やろ」
 
 うきうきした口調に、ぴき、とこめかみが引き攣った。
 でも、腹は立って当然やと思うねん。なにせ、こいつの親友の沙也さんと言うのは、この田舎じゃ珍しいと評判の美人オメガなんやから。いちおう、俺もオメガやけど、「つむぎくんってオメガやったん?」って驚かれる程度のあれでして。危機感もってもしゃあなくないかね?
 だって、俺の彼氏でもある渉も、アルファやったりすんねんから。
 
 ――いくら親友でも、他のオメガの家に行くってどうなんよ?
 
 悶々としてると、「つむぎ」と渉が言う。
 
「なーんや、ふくれっ面して。また妬いてるん?」
「はい? そそそそんなんちゃうし!」
 
 図星を刺され、かっと頬が熱る。すると、日に焼けた精悍な顔が、たちの悪い笑みを浮かべた。
 
「ほんまにガサツなわりに、つむぎはヤキモチ焼きやなあ~。もう付き合って六年なんやし、そろそろ落ち着いてほしいわあ」
「な……なにその言い草! だって、渉が」
「ははは」
 
 大きな手が伸びて来て、頭をうりうりと揺らされた。渉の目が、楽し気に笑っている。ああもう……おちょくられて腹立つのに、構われて嬉しい自分がいやや。
 
「もうっ!」
 
 ぱっと手を払いのけると、渉はふふんと鼻を鳴らす。あー、これもう俺が折れるって、はっきり思ってるのが伝わってくる。これやから、幼なじみは損なんや。
 
 ――……でもまあ、沙也さんは独り暮らししてるのはほんまやし、オメガが急に具合悪なるんは、俺もオメガやからわかるし……
 
 相手は病人やし、友達に優しいのはえらいやんかって、俺は無理やり笑顔を作る。
 
「わかった。ほな……お大事にて言うといてな」
「おう。部長に休むって言うといて」
「はーい」
 
 いい子の返事をすれば、渉はにっと笑って俺の頭を撫でた。うきうきした足取りで、教室から出て行く。ポッケから取り出したスマホを耳に当て、満面の笑みで話しかけとる。
 
「……よう、大丈夫か? 今から行くけど、何ぞほしいもんある?」
 
 教室の喧騒にまぎれながら、呆れるくらい優しい声が聞こえて来て、むらっと怒りが再燃する。
 
 ――そんな声、ここ最近かけてくれたことないんやけど!
 
 俺は、こちらを振り返りもせんでちッさなってく背を、きっと睨みつけた。
 
 
 
 
 
 ぱっかーん、と軽快な打球音が夕空に響く。
 
「渉のやつ……やっぱり腹立つっ」
 
 部活の間中も、怒りは冷めやらず。俺は、ちゃかちゃかとコート上を走り回り、飛んでくるボールをボカボカ打ち返す。
 
「つむぎ、張り切っとんなあ……」
「この暑さで……さすがレギュラーや」
 
 夏の夕方は蒸し暑く、へばっとるチームメイトがコート脇に続出や。俺はと言うと、「今頃、渉は沙也さんと……」と思えば、スタミナが無限に湧いてくるようやった。
 
 ――なにが、ヤキモチ焼きじゃ。なーにが、欲しいもんないかじゃい……あのええかっこしい~!
 
 高く上がったボールを、ボカっ、とハードヒットする。
 渉への怒りを打ち込んだボールは、ベースラインぎりぎりに置いてあった的に命中した。吹っ飛ぶショッキングピンクのコーンに、「おお~!」と歓声が上がる。
 
「ナイショー、つむぎ!」
 
 球出しをしている副キャプテンが、威勢のいいかけ声を飛ばす。俺は頬を伝う汗もそのままに、ラケットを構えた。
 
「あざす、もう一本お願いします!」
「おっしゃ、行くで!」
 
 俺は、日が沈んでボールが見えなくなるまで、走り回った。
 
 
「いやあ、今日のつむぎは気合入ってたなあ!」
 
 部活の終了後、部室に鍵をかけながら副キャプテンが笑う。厳しい部長も表情を和らげ、うむと頷く。
 
「試合も近え。レギュラーが、ああいうプレイするのは大事だかんな」 
「ありがとうございますっ」
 
 渉への怒りをぶつけていただけに、若干の気まずさを覚えつつ、へらへら笑う。 
 
「それに比べて、渉の奴はたるんでんな。つむぎ、あいつに「明日の朝練には顔出せ」って言うとけよ」
「あ……はいっ! すみません」
 
 一転して、怖い顔で告げられ、頭を上げた。副キャプテンが苦笑する。
 
「まあまあ。渉は実力あるし、もともと練習熱心やから心配はいらんやろうけど。つむぎもペアとして不安やろ」
「はい……」
「ふたりで頑張って来てんし、ちゃんと話し合いや?」
 
 ぽん、と頭をなでられた。
 先輩たちを見送り、俺は一年が集まる更衣室で着替えた。同期の田中が、「帰りにアイス食うてかん?」と話しかけてくるのに頷きつつ、考える。
 
 ――ちゃんと話し合わな、か……
 
 さっきな。先輩たちは、俺と渉が付き合ってるの知らんけど、核心を突かれた気がしたんや。
 俺は、鞄に入れておいたスマホを出し、渉にメッセージを送る。
 
『今夜、話すじかんある?』
 
 しばらく見ても、既読はつかへん。まだ沙也さんとこに居るんかな、って勝手に想像して、胸がモヤついた。
 
「……はあ」
 
 渉と出会って、十六年。つきあって六年。
 幼なじみで、親公認のカップルの俺たちは、ずっと仲良くやって来たはずやねん。
 けど……今年、高校に入ってから、なんとなく倦怠期っぽい。
 っていうか、渉が、俺に興味ない気がするん。デートも、お家でダラダラするばっかやし。一緒に居ても、ずっとスマホ触ってるし……それでも、そういうもんなんかなって思ってた。
 六年も付き合ってたら落ちついて来るって、お母さんも言うてたし。
 
 ――けど、ほんまにそれだけ? これって大丈夫なん?
 
 まだ既読のつかないスマホをじっと見つめる。
 沙也さんが転校してきて、渉は楽しそうや。今まで一度も見たことのないくらい、うきうきした様子に……胸がざわざわしていた。
 
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