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ちゃんとこっち見てや
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田中とアイス食って、家に帰ってから渉の返事が来た。
『ええよ』
何がええねん!? ってちょっとムカついた。でも、話し合いせなと思って、堪える。
――俺の家に来てもろてもええけど……今日も親おらんし、あいつ、まじめに話しせえへんかも……
そう思って、シャワー浴びてさっぱりしてから、渉の家に向かった。
「あっつー……」
もわっとした熱気に、タンクトップに汗が染みる。幼なじみだけあって、俺らの家は近いからええけどな。俺ん家の『コーポ安らぎ』から、二軒となりのでっかい一軒家が渉ん家。手土産のアイスの袋を揺らし、インターホンを押す。
「あー、つむちゃんやー」
ごめんくださーいをいう間もなく、玄関が開く。たぶん、ドアホンいうやつで見てるんやろな。サンダルをつっかけて出てきたのは、渉の一個下の弟の透くんやった。脱色してキンキラキンになった髪の中で、人懐っこい笑みを浮かべとる。
俺は笑い返して、よっと手を上げた。
「透くん、どうもなー。お兄ちゃんおる?」
手土産のアイスを渡すと、「わあい」と歓声が上がる。
「にいちゃん? まだ帰ってへんけどー。とりあえず上がってや、メシ食うとるから」
「ああっ、ごめんやで」
「ええよ、ええよ。おかあちゃーん、つむちゃん来たー」
ぺたぺたと裸足で廊下を歩く、透くんの後に続く。
――渉、帰ってへんって……もう八時やのに、まだ沙也さんのとこにおるってこと……?
モヤモヤした気持ちを抱えつつ、居間に通してもらうと、ふわりと揚げ物の香ばしい匂いがする。まさに晩メシ時らしく、六人掛けの大きなテーブルには、美味しそうなごはんが所せましと並んどった。
「つむちゃん、いらっしゃい!」
台所から、おばちゃんが笑顔で出てくる。俺は、ぺこりと頭を下げた。
「おばちゃん、こんばんは! ごはんどきにごめんなぁ」
「なに水くさいこと言うてんのよー。もうごはん食べたん?」
「ううん、まだ」
「ほな、食べていきなさい! そのうち、渉も帰ってくるやろうからさ。待ってたって」
ぱん、と背中を叩かれる。あたたかい笑顔に迎えられて、なんか胸に染みた。
透くんに促されて、俺の定位置にしてくれてる、渉の席のとなりに腰かける。向かいに座るおじさんに「こんばんは」て会釈したら、ニコッとして枝豆をくれた。無口やけど優しいねん。
幼なじみの特権言うか、ちっさい頃はお互いの家に入り浸っとったん。思春期になってからは、渉は親の留守率98パーセントのうちの家に来たがるようになったけど……俺は、にぎやかな渉の家の方が好きや。
「つむちゃん、聞いてやー。俺これから塾なんやでー、くそだるいわー」
「何言うてんねん、あんな成績で! つむちゃん、どついたって」
「あはは。おばちゃん、心配いらんて。透くん、俺よりずっと頭ええし!」
でも、わいわい晩ごはんを食べる間――隣の椅子はずっと空いたままやった。
渉が帰って来たのは、ごはんのお礼にと食器を洗い、透くんを塾に送り出してからやった。
「あれ、つむぎ? 来てたん?」
開口一番、これ! 俺はぴきっとこめかみが引き攣ったけど、それより先におばちゃんが怒った。
「何言うてるねん! つむちゃん待ってくれてたんやで」
「いや、うちくると思ってなかったし……ああ、沙也。うるさかったか? ごめん、いったん切るわ」
渉は手に持っていたスマホに、優しく声をかける。――こんなに遅くまで居たくせに、電話で話しながら帰ってきたんかい! つき合いたての彼女か? と目をむいた。
「……話したい言うたやん? ええよって言うてたから、お邪魔してんねん」
しばきたい気持ちを押さえ、笑顔を作る。なにせ、話し合いに来たわけやからな。すると、渉は「ふーん」て気のない返事をして、手を洗いに行ってまう。おばちゃんが「渉!」と怒鳴ると、「めし食うから、俺の部屋行っといてって」とのんきな声が飛んできた。
――なんやあいつ!
勝手知ったる渉の部屋。俺は、でっかいテニスボール型のクッションを抱き、むかむかしとった。
「そりゃ、家に行くとは言わへんかったけど! ちょっと冷淡すぎるやろ。沙也さんには、ずっと通話したってたくせにっ」
むぎゅむぎゅとクッションを圧し潰す。
悶々としながら待っていると――しばらくして、ドアが開いた。
「おう」
麦茶とグラスを二つ乗せた盆を持って、渉が入ってきた。最低限のものしか置かん主義のこいつの部屋に、ちゃぶ台なんてものはない。床に直でお盆を置き、「よっこいしょ」とあぐらをかいとる。
「制服、着替えへんの?」
「あー……もう、風呂入るしええわ。んで、話ってなに?」
渉は言いながら、ポッケからスマホを取り出して、手元に置いた。それがやけに目につきながら、俺は言う。
「ん……あのさあ、部活やねんけどな。部長が、明日はぜったい朝練来いよって言うてたで。レギュラーとしての示しがつかんって」
「えー、マジか。ええけど」
渉はスマホを指先で操作しながら、頷く。軽すぎる返事にズッこけそうになる。
――いや、ここでキレたらあかん。今日こそ、きちんと話さな。
副キャプテンの励ましを胸に、俺はせつせつと訴える。
「渉。さいきんサボっとるん、バレとるよ? 俺ら、レギュラーなんやしさ、ちゃんとしやな。俺も、ペアの練習はお前としか出来ひんし、来てほしいねんて」
「ああ。わかっとる、わかっとる……」
渉は、くすくす笑い交じりに、生返事を寄こす。俺は焦れて、身を乗り出して――眼を見ひらいた。ちらっと見えた画面は、メッセージのアプリやった。
『沙也』と相手の名前がはっきり見えて、怒りにカッとなる。
「……ちゃんと聞いてってば!」
俺はパッとスマホを奪い取った。渉は「ああっ」と声を上げて、太い眉を寄せる。
「ああもう、何すんねん! わかったて言うてるやんけ。スマホ返せ!」
「ほな、大事な話してんのに、スマホいらうなよっ」
ドタバタもみ合って、あっさりスマホを奪い取られる。四歳ぐらいのときならまだしも、いまや身長が百八十センチを超える男相手に、なすすべもない。
床からじとりと睨み上げても、渉は嬉しそうにスマホを操作しとる。夢中って感じの態度に、ずきりと胸が痛む。
――なんで、そこまで……先輩らは最後の試合やし、頑張ろうって言うてたのに。忘れてしもたん?
「……渉、沙也さんのことばっかや」
思わず、呟くと……渉はきょとんとする。それから、「ふーん」としたり顔で呟くと、上に覆いかぶさって来た。
「はあ? 何?!」
ぎょっとして、電灯で逆光になった顔を見上げる。
渉は「ええから、ええから」と笑って、身を屈めてきた。何するつもりかわかって、顔を逸らそうとすると、爽やかでちょっとスパイシーな香りが鼻先をくすぐる。――渉のフェロモンやった。
「んっ……!」
思わず、からだの力が抜けたすきに、唇が塞がれる。強引に、自分を押し付けられるようなキス……そんなんでも、好きな奴からされるんやと思ったら、もう負けや。一応、「うー」とか「んー」とか呻いて、肩とか押してみるけど、全部嫌がるふりみたいになってまう。渉のアホも、それをわかっとるみたいに、マイペースを崩さへん。
――あああ……悔しい悔しい~!!!
やっと唇が離れた時には、息も絶え絶えやった。生理的な涙に滲んだ視界に、渉のにやにや顔が映る。
ぺちん、と頬を右手の甲で叩かれた。
「真っ赤。日焼けしとるくせに」
「う……うるさいっ!」
ふい、と顔を背けると、「ははは」と声を上げて笑われた。腹立つ。でも、いちばん腹立つんは、こんなんでもちょっと嬉しい自分なんや。
――惚れたもん負け、てやつなんかなあ……はあ……
センチな気分で渉を見上げて、目を見ひらく。……渉の奴、性懲りもなくスマホを握ってやがるやないかい!
俺はごろごろ転がって、腕の下から脱け出した。目を丸くする渉に、はっきりと言い放つ。
「帰る」
ズカズカと大股で入り口に向かうと、渉はびっくりした声で言うた。
「えっ、泊ってかへんの?」
下心だけはあるらしい恋人を、俺はきっと睨みつけた。
「明日、朝迎えに来るから!!」
それだけ言って、ドアを閉めたった。
てか、迎えにきてほしいのはこっちやっちゅーねん!
『ええよ』
何がええねん!? ってちょっとムカついた。でも、話し合いせなと思って、堪える。
――俺の家に来てもろてもええけど……今日も親おらんし、あいつ、まじめに話しせえへんかも……
そう思って、シャワー浴びてさっぱりしてから、渉の家に向かった。
「あっつー……」
もわっとした熱気に、タンクトップに汗が染みる。幼なじみだけあって、俺らの家は近いからええけどな。俺ん家の『コーポ安らぎ』から、二軒となりのでっかい一軒家が渉ん家。手土産のアイスの袋を揺らし、インターホンを押す。
「あー、つむちゃんやー」
ごめんくださーいをいう間もなく、玄関が開く。たぶん、ドアホンいうやつで見てるんやろな。サンダルをつっかけて出てきたのは、渉の一個下の弟の透くんやった。脱色してキンキラキンになった髪の中で、人懐っこい笑みを浮かべとる。
俺は笑い返して、よっと手を上げた。
「透くん、どうもなー。お兄ちゃんおる?」
手土産のアイスを渡すと、「わあい」と歓声が上がる。
「にいちゃん? まだ帰ってへんけどー。とりあえず上がってや、メシ食うとるから」
「ああっ、ごめんやで」
「ええよ、ええよ。おかあちゃーん、つむちゃん来たー」
ぺたぺたと裸足で廊下を歩く、透くんの後に続く。
――渉、帰ってへんって……もう八時やのに、まだ沙也さんのとこにおるってこと……?
モヤモヤした気持ちを抱えつつ、居間に通してもらうと、ふわりと揚げ物の香ばしい匂いがする。まさに晩メシ時らしく、六人掛けの大きなテーブルには、美味しそうなごはんが所せましと並んどった。
「つむちゃん、いらっしゃい!」
台所から、おばちゃんが笑顔で出てくる。俺は、ぺこりと頭を下げた。
「おばちゃん、こんばんは! ごはんどきにごめんなぁ」
「なに水くさいこと言うてんのよー。もうごはん食べたん?」
「ううん、まだ」
「ほな、食べていきなさい! そのうち、渉も帰ってくるやろうからさ。待ってたって」
ぱん、と背中を叩かれる。あたたかい笑顔に迎えられて、なんか胸に染みた。
透くんに促されて、俺の定位置にしてくれてる、渉の席のとなりに腰かける。向かいに座るおじさんに「こんばんは」て会釈したら、ニコッとして枝豆をくれた。無口やけど優しいねん。
幼なじみの特権言うか、ちっさい頃はお互いの家に入り浸っとったん。思春期になってからは、渉は親の留守率98パーセントのうちの家に来たがるようになったけど……俺は、にぎやかな渉の家の方が好きや。
「つむちゃん、聞いてやー。俺これから塾なんやでー、くそだるいわー」
「何言うてんねん、あんな成績で! つむちゃん、どついたって」
「あはは。おばちゃん、心配いらんて。透くん、俺よりずっと頭ええし!」
でも、わいわい晩ごはんを食べる間――隣の椅子はずっと空いたままやった。
渉が帰って来たのは、ごはんのお礼にと食器を洗い、透くんを塾に送り出してからやった。
「あれ、つむぎ? 来てたん?」
開口一番、これ! 俺はぴきっとこめかみが引き攣ったけど、それより先におばちゃんが怒った。
「何言うてるねん! つむちゃん待ってくれてたんやで」
「いや、うちくると思ってなかったし……ああ、沙也。うるさかったか? ごめん、いったん切るわ」
渉は手に持っていたスマホに、優しく声をかける。――こんなに遅くまで居たくせに、電話で話しながら帰ってきたんかい! つき合いたての彼女か? と目をむいた。
「……話したい言うたやん? ええよって言うてたから、お邪魔してんねん」
しばきたい気持ちを押さえ、笑顔を作る。なにせ、話し合いに来たわけやからな。すると、渉は「ふーん」て気のない返事をして、手を洗いに行ってまう。おばちゃんが「渉!」と怒鳴ると、「めし食うから、俺の部屋行っといてって」とのんきな声が飛んできた。
――なんやあいつ!
勝手知ったる渉の部屋。俺は、でっかいテニスボール型のクッションを抱き、むかむかしとった。
「そりゃ、家に行くとは言わへんかったけど! ちょっと冷淡すぎるやろ。沙也さんには、ずっと通話したってたくせにっ」
むぎゅむぎゅとクッションを圧し潰す。
悶々としながら待っていると――しばらくして、ドアが開いた。
「おう」
麦茶とグラスを二つ乗せた盆を持って、渉が入ってきた。最低限のものしか置かん主義のこいつの部屋に、ちゃぶ台なんてものはない。床に直でお盆を置き、「よっこいしょ」とあぐらをかいとる。
「制服、着替えへんの?」
「あー……もう、風呂入るしええわ。んで、話ってなに?」
渉は言いながら、ポッケからスマホを取り出して、手元に置いた。それがやけに目につきながら、俺は言う。
「ん……あのさあ、部活やねんけどな。部長が、明日はぜったい朝練来いよって言うてたで。レギュラーとしての示しがつかんって」
「えー、マジか。ええけど」
渉はスマホを指先で操作しながら、頷く。軽すぎる返事にズッこけそうになる。
――いや、ここでキレたらあかん。今日こそ、きちんと話さな。
副キャプテンの励ましを胸に、俺はせつせつと訴える。
「渉。さいきんサボっとるん、バレとるよ? 俺ら、レギュラーなんやしさ、ちゃんとしやな。俺も、ペアの練習はお前としか出来ひんし、来てほしいねんて」
「ああ。わかっとる、わかっとる……」
渉は、くすくす笑い交じりに、生返事を寄こす。俺は焦れて、身を乗り出して――眼を見ひらいた。ちらっと見えた画面は、メッセージのアプリやった。
『沙也』と相手の名前がはっきり見えて、怒りにカッとなる。
「……ちゃんと聞いてってば!」
俺はパッとスマホを奪い取った。渉は「ああっ」と声を上げて、太い眉を寄せる。
「ああもう、何すんねん! わかったて言うてるやんけ。スマホ返せ!」
「ほな、大事な話してんのに、スマホいらうなよっ」
ドタバタもみ合って、あっさりスマホを奪い取られる。四歳ぐらいのときならまだしも、いまや身長が百八十センチを超える男相手に、なすすべもない。
床からじとりと睨み上げても、渉は嬉しそうにスマホを操作しとる。夢中って感じの態度に、ずきりと胸が痛む。
――なんで、そこまで……先輩らは最後の試合やし、頑張ろうって言うてたのに。忘れてしもたん?
「……渉、沙也さんのことばっかや」
思わず、呟くと……渉はきょとんとする。それから、「ふーん」としたり顔で呟くと、上に覆いかぶさって来た。
「はあ? 何?!」
ぎょっとして、電灯で逆光になった顔を見上げる。
渉は「ええから、ええから」と笑って、身を屈めてきた。何するつもりかわかって、顔を逸らそうとすると、爽やかでちょっとスパイシーな香りが鼻先をくすぐる。――渉のフェロモンやった。
「んっ……!」
思わず、からだの力が抜けたすきに、唇が塞がれる。強引に、自分を押し付けられるようなキス……そんなんでも、好きな奴からされるんやと思ったら、もう負けや。一応、「うー」とか「んー」とか呻いて、肩とか押してみるけど、全部嫌がるふりみたいになってまう。渉のアホも、それをわかっとるみたいに、マイペースを崩さへん。
――あああ……悔しい悔しい~!!!
やっと唇が離れた時には、息も絶え絶えやった。生理的な涙に滲んだ視界に、渉のにやにや顔が映る。
ぺちん、と頬を右手の甲で叩かれた。
「真っ赤。日焼けしとるくせに」
「う……うるさいっ!」
ふい、と顔を背けると、「ははは」と声を上げて笑われた。腹立つ。でも、いちばん腹立つんは、こんなんでもちょっと嬉しい自分なんや。
――惚れたもん負け、てやつなんかなあ……はあ……
センチな気分で渉を見上げて、目を見ひらく。……渉の奴、性懲りもなくスマホを握ってやがるやないかい!
俺はごろごろ転がって、腕の下から脱け出した。目を丸くする渉に、はっきりと言い放つ。
「帰る」
ズカズカと大股で入り口に向かうと、渉はびっくりした声で言うた。
「えっ、泊ってかへんの?」
下心だけはあるらしい恋人を、俺はきっと睨みつけた。
「明日、朝迎えに来るから!!」
それだけ言って、ドアを閉めたった。
てか、迎えにきてほしいのはこっちやっちゅーねん!
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