いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第一章~婚約破棄~

二十二話

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 夢うつつにドアの閉まる音が聞こえて、ぼくは目を覚ました。
 ゆっくりと身じろいで……ベッドの隣が、からっぽなのに気づく。
 
「ぁ……陽平?」
 
 がば、と体を起こす。サイドチェストのスマホを確認すれば、すでに八時すぎ。――大寝坊だ、と青くなる。
 
 ――ウソ……いつも目覚ましがなくても、起きれるのにっ……
 
 ぼくは、大慌てで寝室を飛び出した。
 
「――陽平っ!」
 
 ばたばたとリビングに駆け込んで、ぼくは目を見開く。
 そこは、もう誰もいなかった。
 陽平も、蓑崎さんの姿もなくて――昨夜も遅くまで飲んでいたのか、お酒の空き缶と、おつまみの食べ残しがテーブルに残されてる。
 
「そっか……二人とも、もう学校行っちゃったんや……」
 
 ぼくは、がっくりと肩を落とした。
 昨夜、揉めちゃったから……ちゃんと、送り出したかったのに。今朝に限って、寝坊しちゃうなんて。
 
「……あれ?」
 
 ふと、テーブルのすみっこに、書き置きかあるのに気づく。そこには、細い端正な字で、こう書かれてあってん。
 
『おはよう、成己くん。昨夜はお世話さま。あ、このクリームあげるから、良かったら使って。晶』
 
 重しがわりに乗せられているクリームのチューブを手に取り、眺めた。……未認可の、香り止めクリーム。わざわざ、ぼくに置いてってくれはったんや。
 
「……」
 
 有難いことのはずやのに、気もちがズンと重くなる。
 あの後、陽平がお風呂に行っちゃってから――蓑崎さんは、ぼくに耳打ちしたん。
 
「成己くん、不安なのはわかるけど。陽平も、いろいろ大変だからさ……ほら、あいつ線の細いとこあるし、あんまり寄っかかったらしんどいと思うんだ。もうちょっと察してあげてね?」
 
 そう言う風に言われたら……ぼくが、自分のことばっかやったんかなって、恥ずかしくなった。
 
 ――でも……ぼく、すごい不安で。陽平に、一緒に考えて欲しかったん。
 
 ずっと側に居て、守ってなんて言わへん。ただ、不安な気持ちを受け止めて欲しかったんよ。
 それって、よっぽど重いんやろうか……?
 
「はぁ~……」
 
 あかん。悩んでても、滅入るばっかりやね。
 とりあえず、掃除でもしよっ。頬をぱちんと叩いて、ぼくはごみ袋を開いた。
 食べ残しを片付けて、洗い桶に食器をつける。それから、大量のお酒の空き缶を拾った。……陽平は、一緒に飲む人のお酒の好みに合わせるから。蓑崎さんの好きな、度数の高いカクテルやハイボールの缶ばっかり。
 
「また、こんなにたくさん……二人とも、からだは大丈夫なんやろか」 
 
 ひとりごちながら、水で洗い流した缶を袋に入れていく。とぽとぽ……と、缶の飲み口が蛇口の水を飲みこんで、甘いお酒の匂いがシンクに満ちる。
 もくもくと作業してたら、リビングで着信音が聞こえてきた。
 
「……電話?」
 
 もしかして、陽平かな。時間的に、大学に着いた頃やろうし。
 ぼくは慌てて手を拭い、スマホを取り上げた。画面を見て、「あっ」と目を丸くする。
 
「宏兄……」
 
 どうして? ――不思議に思いつつ受話器を上げると、低くて穏やかな声が聞こえてきた。
 
『おはよう、成。いま、時間大丈夫だったか?』
「おはよう。うん、大丈夫やで。どうしたん?」
 
 夜型の宏兄が、こんな時間に起きてるなんて。そんな疑問を察したんか、電話越しの声が恥ずかし気にくぐもった。
 
『いや、その……ただ、元気にしてるかなー、と』
「えっ……ふふ。昨日も会ったのに?」
 
 へんな宏兄。
 思わずふきだすと、宏兄は「あっ」と小さく呻いた。
 
『あー、ええと……そうだ! 体調が良かったら、メシでも食いにこないかと思って。もちろん、迎えに行くからな』
 
 焦ったように早口で弁明する宏兄に、ますます笑いがこみ上げる。
 桜庭先生は、とことん読者の裏をかくストーリーテラーやのに。宏兄ってば、本当にウソがつけないっていうか。
 
 ――……たぶん心配して、電話かけてきてくれたんやね。
 
 あたたかな気遣いが心にしみて……笑いながら、ちょっと瞼が熱くなった。
 
『成?』
「あ……ううん! ありがとうね。でも、今日はセンターにいくつもりやねん」
 
 不思議そうな宏兄に、あわてて応えを返す。
 
『そうなのか?』
「うんっ。とりあえず、センターに行って。中谷先生に、いろいろ相談してみようと思って。やから、お店には、また今度お邪魔するね」

 やっぱり、不安なままは嫌やから。中谷先生に、フェロモンの件を相談しようと思って、昨日のうちにアポをとったんよ。
 そう伝えると、宏兄の声も明るくなる。

『そっか、そっか。俺は、いつでも歓迎だからな。センターへは、城山くんと一緒にいくのか?』
「あ……うん、そのつもりっ」
 
 これ以上、心配をかけたくなくて――咄嗟に、ウソが口を突いて出た。
 ほんまは、一人で行く。でも、そんなこと言ったら、「何があったんだ」って、聞かれちゃうから。
 幸い、宏兄はすぐに納得してくれた。
 
『良かったな、成』
「うん、ありがとう」

 穏やかな声に頷いて、ぼくは通話を終えた。ウソをつく罪悪感で、胸がひりひりしたけれど。

「もう大人やし、しっかりしなくちゃ」

 ぼくを心配してくれる人を、悲しませへんように。
 気合を入れ直し、せっせと部屋の掃除に精を出した。
 

 
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