いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
23 / 505
第一章~婚約破棄~

二十二話

 夢うつつにドアの閉まる音が聞こえて、ぼくは目を覚ました。
 ゆっくりと身じろいで……ベッドの隣が、からっぽなのに気づく。
 
「ぁ……陽平?」
 
 がば、と体を起こす。サイドチェストのスマホを確認すれば、すでに八時すぎ。――大寝坊だ、と青くなる。
 
 ――ウソ……いつも目覚ましがなくても、起きれるのにっ……
 
 ぼくは、大慌てで寝室を飛び出した。
 
「――陽平っ!」
 
 ばたばたとリビングに駆け込んで、ぼくは目を見開く。
 そこは、もう誰もいなかった。
 陽平も、蓑崎さんの姿もなくて――昨夜も遅くまで飲んでいたのか、お酒の空き缶と、おつまみの食べ残しがテーブルに残されてる。
 
「そっか……二人とも、もう学校行っちゃったんや……」
 
 ぼくは、がっくりと肩を落とした。
 昨夜、揉めちゃったから……ちゃんと、送り出したかったのに。今朝に限って、寝坊しちゃうなんて。
 
「……あれ?」
 
 ふと、テーブルのすみっこに、書き置きかあるのに気づく。そこには、細い端正な字で、こう書かれてあってん。
 
『おはよう、成己くん。昨夜はお世話さま。あ、このクリームあげるから、良かったら使って。晶』
 
 重しがわりに乗せられているクリームのチューブを手に取り、眺めた。……未認可の、香り止めクリーム。わざわざ、ぼくに置いてってくれはったんや。
 
「……」
 
 有難いことのはずやのに、気もちがズンと重くなる。
 あの後、陽平がお風呂に行っちゃってから――蓑崎さんは、ぼくに耳打ちしたん。
 
「成己くん、不安なのはわかるけど。陽平も、いろいろ大変だからさ……ほら、あいつ線の細いとこあるし、あんまり寄っかかったらしんどいと思うんだ。もうちょっと察してあげてね?」
 
 そう言う風に言われたら……ぼくが、自分のことばっかやったんかなって、恥ずかしくなった。
 
 ――でも……ぼく、すごい不安で。陽平に、一緒に考えて欲しかったん。
 
 ずっと側に居て、守ってなんて言わへん。ただ、不安な気持ちを受け止めて欲しかったんよ。
 それって、よっぽど重いんやろうか……?
 
「はぁ~……」
 
 あかん。悩んでても、滅入るばっかりやね。
 とりあえず、掃除でもしよっ。頬をぱちんと叩いて、ぼくはごみ袋を開いた。
 食べ残しを片付けて、洗い桶に食器をつける。それから、大量のお酒の空き缶を拾った。……陽平は、一緒に飲む人のお酒の好みに合わせるから。蓑崎さんの好きな、度数の高いカクテルやハイボールの缶ばっかり。
 
「また、こんなにたくさん……二人とも、からだは大丈夫なんやろか」 
 
 ひとりごちながら、水で洗い流した缶を袋に入れていく。とぽとぽ……と、缶の飲み口が蛇口の水を飲みこんで、甘いお酒の匂いがシンクに満ちる。
 もくもくと作業してたら、リビングで着信音が聞こえてきた。
 
「……電話?」
 
 もしかして、陽平かな。時間的に、大学に着いた頃やろうし。
 ぼくは慌てて手を拭い、スマホを取り上げた。画面を見て、「あっ」と目を丸くする。
 
「宏兄……」
 
 どうして? ――不思議に思いつつ受話器を上げると、低くて穏やかな声が聞こえてきた。
 
『おはよう、成。いま、時間大丈夫だったか?』
「おはよう。うん、大丈夫やで。どうしたん?」
 
 夜型の宏兄が、こんな時間に起きてるなんて。そんな疑問を察したんか、電話越しの声が恥ずかし気にくぐもった。
 
『いや、その……ただ、元気にしてるかなー、と』
「えっ……ふふ。昨日も会ったのに?」
 
 へんな宏兄。
 思わずふきだすと、宏兄は「あっ」と小さく呻いた。
 
『あー、ええと……そうだ! 体調が良かったら、メシでも食いにこないかと思って。もちろん、迎えに行くからな』
 
 焦ったように早口で弁明する宏兄に、ますます笑いがこみ上げる。
 桜庭先生は、とことん読者の裏をかくストーリーテラーやのに。宏兄ってば、本当にウソがつけないっていうか。
 
 ――……たぶん心配して、電話かけてきてくれたんやね。
 
 あたたかな気遣いが心にしみて……笑いながら、ちょっと瞼が熱くなった。
 
『成?』
「あ……ううん! ありがとうね。でも、今日はセンターにいくつもりやねん」
 
 不思議そうな宏兄に、あわてて応えを返す。
 
『そうなのか?』
「うんっ。とりあえず、センターに行って。中谷先生に、いろいろ相談してみようと思って。やから、お店には、また今度お邪魔するね」

 やっぱり、不安なままは嫌やから。中谷先生に、フェロモンの件を相談しようと思って、昨日のうちにアポをとったんよ。
 そう伝えると、宏兄の声も明るくなる。

『そっか、そっか。俺は、いつでも歓迎だからな。センターへは、城山くんと一緒にいくのか?』
「あ……うん、そのつもりっ」
 
 これ以上、心配をかけたくなくて――咄嗟に、ウソが口を突いて出た。
 ほんまは、一人で行く。でも、そんなこと言ったら、「何があったんだ」って、聞かれちゃうから。
 幸い、宏兄はすぐに納得してくれた。
 
『良かったな、成』
「うん、ありがとう」

 穏やかな声に頷いて、ぼくは通話を終えた。ウソをつく罪悪感で、胸がひりひりしたけれど。

「もう大人やし、しっかりしなくちゃ」

 ぼくを心配してくれる人を、悲しませへんように。
 気合を入れ直し、せっせと部屋の掃除に精を出した。
 

 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。