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第一章~婚約破棄~
二十三話
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「成己くん。検査の結果なんだけれど――たしかに、フェロモンの値が上がっていたよ」
パソコンのモニターを見ながら、中谷先生が言う。ぼくは、先生の対面に座って、息を漏らした。
「やっぱり、抑制剤をやめたからでしょうか……?」
「うん。でも、これは自然なことだからね、心配はいらないよ」
「えっ?」
どういうことなんやろう?
首をかしげてたら、中谷先生が、丁寧に説明してくれた。
抑制剤には「ヒートを止める」のと同時に、「フェロモンを減じる」という効果があるんやって。
というのも――ぼくたちオメガは、三か月に一度、卵胞が排卵可能に成熟したときにヒートを起こすんやけど。
抑制剤には、オメガの妊娠期に出るホルモンと同じ成分が入ってて。それが卵胞の発育を阻止するから、ヒートが止まるそうなん。
ほんでね。妊娠中のオメガは胎児を守るため……他の雄に襲われないよう、フェロモンが減少するねんて。
「――成己くんはファーストヒート以降、抑制剤でヒートのコントロールをしてきたでしょう。だから今まで、殆どフェロモンが出ていなかったんだ。抑制剤を止めて、本来の数値に戻ってきているだけで、これ自体、なにもおかしいことはないんだよ」
「そうなんですね……それじゃ、あの。フェロモンって、これからも」
増えていくんですか、と言葉に出来なくて――もごもごと呻く。先生は察してくれて、眉を下げて頷いた。
「そうだね……これまでのデータから言っても、この倍くらいにはなると思う」
「倍っ……?!」
そ、そんなに増えるの、と愕然とする。
――いまでも、あんなことがあったのに。どうしよう……
本屋さんでのことを思い出して、気が滅入ってまう。あんまり不安そうな顔をしてたのか……中谷先生が包むような笑みを浮かべた。
「良いこととはいえ……成己くん、不安だよね。わかるよ、自分の身体が変わるんだもの」
「先生……」
「だからこそ、パートナーとはよく話し合ってごらん。……城山さんも学生さんだから、忙しいのはわかるよ。でも、二人のことだからね。よく協力してもらって」
穏やかな声で、力づけるように――中谷先生はぼくに語りかける。ぼくは、その温かな励ましにほほ笑みながら……心の裏側が締めつけられるように、苦しかった。
「あまり不安があるようなら、ひとまず減薬にするという方法もとれるからね。其の辺も含めて、話し合ってみてね」
「はいっ……わかりました」
中谷先生はしごく真っ当に……お医者さんとして、ぼくの監督者として、適切な助言をしてくれて。
ぼくは、元気よく頷く。「どうしよう」と思ってるのが、ばれないように……
帰る前に、トイレに入った。バスに乗るから、香り止めのクリームを塗り直そうと思って。
やっぱり、自衛はしすぎてあかんことはないもんね。
「……いたっ」
首に巻いていたスカーフをほどく。布地が微かに触れるだけで、ひどい疼痛が肌を襲った。
「うわぁ~……赤くなってる」
鏡に映る、自分の姿をまじまじと見る。
首輪のまわり――香り止めクリームを塗ったところが、赤く腫れていた。ぴりぴりと、引き攣れるような痛みもある。
「蓑崎さんの香り止めクリーム……さっそくやなあ……」
いつものクリームでバスに乗るのが怖くて……蓑崎さんに貰ったクリームを塗ってきたんよ。
その効果のおかげか、何事もなく来ることが出来た。でも……すでに、かぶれ始めちゃってるみたい。
「ふぅ……つめたぁ」
ぼくは、水に濡らしたハンカチで軽く首を拭う。ひんやりとした感触に、少し痛痒さが落ち着いた。
ほっと息を吐く。
――蓑崎さんは、慣れっこやて言うてた。ぼくもいずれ、慣れれるんやろうか……
きゅう、と不安が胸にもたげかけ、慌てて首をふる。
弱気になったらあかん。
これからのこと、陽平とも……ご両親とも話さなあかんのに、これくらいで弱音吐いちゃだめ。
ぼくは、ふんすと気合を入れ――クリームをたっぷり項に塗る。
「痛っ……うう、我慢、我慢……」
ぴりっと痛みが走ったのを堪え、上からスカーフを巻き直した。
パソコンのモニターを見ながら、中谷先生が言う。ぼくは、先生の対面に座って、息を漏らした。
「やっぱり、抑制剤をやめたからでしょうか……?」
「うん。でも、これは自然なことだからね、心配はいらないよ」
「えっ?」
どういうことなんやろう?
首をかしげてたら、中谷先生が、丁寧に説明してくれた。
抑制剤には「ヒートを止める」のと同時に、「フェロモンを減じる」という効果があるんやって。
というのも――ぼくたちオメガは、三か月に一度、卵胞が排卵可能に成熟したときにヒートを起こすんやけど。
抑制剤には、オメガの妊娠期に出るホルモンと同じ成分が入ってて。それが卵胞の発育を阻止するから、ヒートが止まるそうなん。
ほんでね。妊娠中のオメガは胎児を守るため……他の雄に襲われないよう、フェロモンが減少するねんて。
「――成己くんはファーストヒート以降、抑制剤でヒートのコントロールをしてきたでしょう。だから今まで、殆どフェロモンが出ていなかったんだ。抑制剤を止めて、本来の数値に戻ってきているだけで、これ自体、なにもおかしいことはないんだよ」
「そうなんですね……それじゃ、あの。フェロモンって、これからも」
増えていくんですか、と言葉に出来なくて――もごもごと呻く。先生は察してくれて、眉を下げて頷いた。
「そうだね……これまでのデータから言っても、この倍くらいにはなると思う」
「倍っ……?!」
そ、そんなに増えるの、と愕然とする。
――いまでも、あんなことがあったのに。どうしよう……
本屋さんでのことを思い出して、気が滅入ってまう。あんまり不安そうな顔をしてたのか……中谷先生が包むような笑みを浮かべた。
「良いこととはいえ……成己くん、不安だよね。わかるよ、自分の身体が変わるんだもの」
「先生……」
「だからこそ、パートナーとはよく話し合ってごらん。……城山さんも学生さんだから、忙しいのはわかるよ。でも、二人のことだからね。よく協力してもらって」
穏やかな声で、力づけるように――中谷先生はぼくに語りかける。ぼくは、その温かな励ましにほほ笑みながら……心の裏側が締めつけられるように、苦しかった。
「あまり不安があるようなら、ひとまず減薬にするという方法もとれるからね。其の辺も含めて、話し合ってみてね」
「はいっ……わかりました」
中谷先生はしごく真っ当に……お医者さんとして、ぼくの監督者として、適切な助言をしてくれて。
ぼくは、元気よく頷く。「どうしよう」と思ってるのが、ばれないように……
帰る前に、トイレに入った。バスに乗るから、香り止めのクリームを塗り直そうと思って。
やっぱり、自衛はしすぎてあかんことはないもんね。
「……いたっ」
首に巻いていたスカーフをほどく。布地が微かに触れるだけで、ひどい疼痛が肌を襲った。
「うわぁ~……赤くなってる」
鏡に映る、自分の姿をまじまじと見る。
首輪のまわり――香り止めクリームを塗ったところが、赤く腫れていた。ぴりぴりと、引き攣れるような痛みもある。
「蓑崎さんの香り止めクリーム……さっそくやなあ……」
いつものクリームでバスに乗るのが怖くて……蓑崎さんに貰ったクリームを塗ってきたんよ。
その効果のおかげか、何事もなく来ることが出来た。でも……すでに、かぶれ始めちゃってるみたい。
「ふぅ……つめたぁ」
ぼくは、水に濡らしたハンカチで軽く首を拭う。ひんやりとした感触に、少し痛痒さが落ち着いた。
ほっと息を吐く。
――蓑崎さんは、慣れっこやて言うてた。ぼくもいずれ、慣れれるんやろうか……
きゅう、と不安が胸にもたげかけ、慌てて首をふる。
弱気になったらあかん。
これからのこと、陽平とも……ご両親とも話さなあかんのに、これくらいで弱音吐いちゃだめ。
ぼくは、ふんすと気合を入れ――クリームをたっぷり項に塗る。
「痛っ……うう、我慢、我慢……」
ぴりっと痛みが走ったのを堪え、上からスカーフを巻き直した。
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